パンプキン・プディング
(「ラウンド」シリーズ 加地×ユズ)



「加地君」
「いやー、すんげー自信作なの、これ。どうよこの艶、この色味」

草臥れた机の上に広げられたそれを得意げに披露され、返答に窮した。

どうよといわれても、答えようがない。

観察する限り、作りは細部まで凝っているのではないかと思う。
まず容器からして、ジャック・オ・ランタンを模したと思しき陶器である。ペースト状にしたかぼちゃを材料としたのだろうプリンの上には、チョコレートソースで更にジャック・オ・ランタンの顔まで描かれているという念の入れようだ。
だがいったいこれを私にどうしろと言うのだろうか。――否、大体の予想はつくのだけれど。

「さあさあユズ、芳醇な香り、まったりとした食感、この顎が落ちそうな俺特製かぼちゃプリンを心ゆくまで味わって――って、おーい、どこいくのよ」

机と同じく草臥れた椅子は、長年使い込まれた歴史を感じさせるように足の長さが若干異なっている。
慎重に後ろに引いたつもりでも、年季の入った教室の床板とこすれ合い、耳障りな音を立てた。

「落ちるのは顎ではなく頬。それじゃあ私は帰るから、加地君はどうぞごゆっくり」

机の横に下げていた鞄を手にとり、机の上に乗せたままになっていた文庫本を仕舞う。
やけに真剣な面持ちの加地君に放課後待っていて欲しいと言われたからといって、諾々と従うなんてまったくどうかしていたとしか思えない。
おかげで教室にはもう誰も残っていない、それどころか、校舎自体に人の気配が薄くなっている。

「えー、俺の口上、全無視?」
「いまのは口上だったの?」
「口上ですよー。折角ユズに食べてもらおうと思ってはりきってつくってきたのにさー。ほら、せめて一口どうよ?」

容器に満たされた南瓜プリンの端を、加地君は手にしたスプーンで軽くすくった。
大量生産されたのであろうプラスチック製のスプーンは、そのまま私に差し出される。

はあ、と溜息を一つ。加地君からスプーンを受取ろうと渋々手を伸ばす。
すっとその手が引かれた。

「加地君?」
「ほらお前お食べ、はいあなたアーン、ってやりたいなー」
「……加地君」

げんなりする。本気で私にそんなことを望んでいるのだろうか。
無理に決まっている。

「それじゃあ私は帰るから、加地君はどうぞごゆっくり」

先ほどの台詞をそっくりそのまま繰り返す。

「いやいやいや、まって。わかった、わかったからさー、せめて食べようか。ほい、どうぞ」

今度こそ手渡されたスプーンに盛られた南瓜プリン。
いまの季節、至る所で見かけるようになったが、売られているものと比較してもおかしな点は見られない。

なら、さっさと済ませてしまうに限るだろう。


「……おいしい」


意外というほかなかった。
食にたいして拘りがある性質ではないけれど、口に含んだこれは、多分一般的に言っても美味しいのではないかと思う。
さっぱりとした甘さにしっかりとした南瓜の風味。プラスチックのスプーンをもう一度動かす。

「イエース! 俺天才っしょ!」

浮かれ模様の加地君を放置して、黙々とスプーンを動かす。
南瓜容器の下部には、程よく色づいたカラメルが溢れていた。

わずかな苦味が舌を刺激した後、濃密な甘さが広がる。

「ユーズ、おおい、無言かよー」

加地君が拗ねたように椅子を揺らしているが、目元も口元もずいぶんとにやけているように思えるから、本気で機嫌を損ねているわけではないようだ。

「ごちそうさまでした、本当に美味しかった」
「マジで? 人見ちゃんがさー、放課後に料理教室開くっつーから面白半分でいってみたんだけどアタリだったな」
「人見先生が?」
「そうそう、なんか彼女が出来たらしくて、これからは男も手料理だーってハッスルしてたわ」
「……そう、人見先生が」

複雑な心境というべきだろう。
筋骨隆々とした体育教師である人見先生が彼女のために手料理とは、人は見かけによらない。

「そんなに美味かったんだ。実は俺、食ってないんだよなー」
「加地君、味見は」
「いやもう分量通りきっちりきちんとだったから、味見する隙がなくってさー」

結果良ければすべてよしというが、どうやら危険な一品を食べさせられたらしい。
呆れ半分、怒り半分で席を立つ。

「ユズ?」
「容器を洗ってくる」
「うん、けどさ、その前に味見させてよ」

無茶を言う。もう食べてしまったものをどうやって味見できるというのか。
もう食べてしまったわ、と言おうとしたが、加地君の両手に頬を挟まれ、引き寄せられた。

加地君の舌が私の唇を舐めた。片手で瞬く間に眼鏡を外され、抗議する間もなく更に口付けられる。いつもなら朧な世界も、加地君がすべてを占めてしまっているいま、眼鏡をかけているときと大差ない。

「うん、うまい。ごっそーさん」

ぼんやりとする景色の中、自分の唇を満足そうに舐めた加地君が猫のように目を細める。

直視していることが出来ず机の上を見れば、輪郭のにじむジャック・オ・ランタンが笑っているようにみえた。

正真正銘、掛け値なしに危険な一品だ。

けれど舌に残る濃厚な風味は、これをまた差し出されたとき、きっと受け取ってしまうだろうという予感に満ちていた。





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