カボチャのプリン
(「LoveSummer!」シリーズ 壱×雛)



「なにこれ」

学校から帰った私をキッチンで出迎えたのは、小さな容器に入った黄土色のお菓子だった。
テーブルの上にちょこんと置かれたそれを指差す私に、製作者本人の実にいい笑顔が返って来た。

「カボチャのプリン。おいしいよー? 壱さんの愛情がたっぷり」
「それはまた胸焼けか腹痛をおこしそうね」

そっけない私の言葉に、ええー雛さんひどーい、なんてまったくダメージを受けていない口調でのたまった壱が水道の蛇口を捻って水を止める。
ギャルソンタイプのエプロンで軽く手を拭って、はい、と私に銀色のスプーンを差し出した。

「味見してみて?」

有無を言わさぬ完璧ないい人の仮面を被った壱。
本性を知っている身としては――あまりココロ穏やかにみられるものじゃ、ない。



「ど?」
「……まあまあ?」

うそ。ホントは悔しいくらいおいしいんですけど。

「まあまあかぁ。それって雛さん的には、すっごく美味しいってことだよね?」
「ちっ、違うわよッ! まあまあって言ったらまあまあなの!」

馬鹿じゃない、と強く否定すればするほど、どういうことか壱の笑みが深まった。

「ね、壱さんのこと雛専属の料理人にしてくれる? いい仕事するよー?」
「はあ?」

にこにこしている壱をまじまじ見つめる。
専属の料理人? 私の?

しばらく考えてみる。

「……それって私に壱を養えってこと?」

思いっきり眉間に皺を寄せ、ぼそっと呟くと奇妙な沈黙が流れた。
不意をつかれた様に壱が黙り込む。

「ちょっと」

大丈夫? と、あまりにも動かない壱に声をかけようとした途端、当人がいきなり吹き出した。
腹を抱え、眼鏡を外して涙まで拭いてる。――いや、ホントに大丈夫なの壱ってば。

「ああ、そっちでくるんだぁ……いやぁ、雛さんの情夫ねえ、うん、それも面白そうでいいよねぇ。壱さん、どきどきしちゃう」

呆気にとられ、咄嗟に言い返すことができなかった。

……情夫? 響きがえろくさいけど、確か、愛人とかそんな意味じゃなかった?

息を切らせて笑いながら目尻に浮かんだ涙を指先で拭う壱を、きつく睨みつける。

どきどきしちゃう、なんて二十歳過ぎの男が語尾にハートを飛ばすな、ハートを。
ええい、その両手を組み合わせて空を仰ぐ夢見がちな乙女風スタイルも止めなさい、きもいからっ!
というよりも、意味がわからないわ!

ああもう、どんだけ笑うつもりなのよ、この男は。

「はー、お腹痛い」

そのまま胃腸が捩れてしまえ。
もう駄目だ。たぶん、今はなにを言っても墓穴を掘る。

目じりの涙を拭う壱をがん無視して、ひたすらプリンを口に運ぶ。

「あのね、養ってくれなくてもいいから、いつか雛のお婿さんにして?」

危うく口の中に入れていたものを噴き出すところだった。

なにを言い出したのこの男は。そもそもそれって、なんかちがくない?
普通は、女の子がお嫁さんにして、とか言うものでしょ。

「かーわいいなー、雛さん。真っ赤」
「……うるさい馬鹿壱」

くやしい、顔、あげらんない。いつもの軽口だってわかってるのに。
いつだってそう。からかわれているのか本気なのか、わかんない。

自分が素直じゃないっていうのは嫌って程わかってるけど、壱だって相当なひねくれ者だわ。

「雛? 顔あげて?」

テーブルを回り込んだ壱がいつの間にか直ぐ傍に立っていた。
いやよ、と言う前に、顎の下に差し入れられた手が私を上向かせた。

「……っ」

眼鏡越しじゃない壱の視線。いきなりのキスが落とされて戸惑う間もなかった。

「……ふ……ん、ん」

散々に口中を蹂躙されて、ようやく解放されたときには息が上がっていた。

「……な、なにす」
「少し甘かったかな?」
「は?」

あ、甘かった? え? それってまさか、このプリンのこと?

「あ、味見ならスプーンから食べればいいでしょ!」

僅かに残ったプリンを壱に押し付ける。
ダンダンと足音荒くキッチンを後にした私の背後で、壱が不思議そうに呟く声が聞こえた。

「……あれー? やっぱり甘さ控えめだよねぇ?」





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