LoveSummer!番外編
Fall

Side.壱


眼鏡越しの目に晒されているのは、夏用の薄がけからすんなり伸び、朝日に照らされた白い足。

足の持ち主でありこの部屋の主人でもある少女がベッドの上で暢気に寝返りを打ち、少しだけ茶色がかった柔らかな髪が枕の上を滑る。

「相変わらず無用心だねぇ、雛は」

苦笑いが、漏れた。

部屋の扉から離れ、枕元に座り込み寝顔を覗き込めば実に安らかだ。
今こうして寝姿を見られていることなど、まったく気づいていないに違いない。

彼女の名前は、雛。
つい先日妹になった女子高生であり、今は俺が何よりも手に入れたいと望んでいる血のつながらない妹。

そして俺は、雛の義理の兄であり―――初めての男でもある。
初めての男というのは、もちろんそういう意味で。


初めに誘ってきたのは雛だった。

母親から聞いていた話ではとてもそんな真似のできる女の子だとは思っていなかっただけに意外ではあったが、しょせん近頃の女子高生、こんなものなのだろうなと最初は思っていた。

けれど、男を誘いなれていないということにすぐ気づいた。

時折見せる態度も妙に男慣れしていない。それなのに、縋るような必死さで俺を誘う。
それが酷くアンバランスで、まず気になった。

しかも、まがりなりにも家族になる存在だ。
馬鹿なことをされて迷惑をかけられるのは真っ平だった。

仕方ない、理由を聞き出して、せめて成人するまでは大人しくしているように説得しようと…

だから―――義妹になる子だと知っていながら誘いにのった。


もちろん最後までする気はなかったし、途中までいったとしても止める自信はあった。理由を聞き出す、それが目的のはずだった。


なのに…抱いてしまったのはどうしてだったんだか。

シャワーを浴びてしっとりとした細い身体。抱きしめた時に微かに震えてはいたが、まさか初めてだとは思ってもいなかった。

経験は少ないんだろうとは思っていたが、雛にとって俺は見ず知らずの男。
普通は、幾らなんでもそんな相手に初めてをやるはずがない、と思って当たり前だ。

でも雛はしっかりはじめてで、けれど、それがわかったときにはもう自分を止められなかった。

理性の箍が外れたのは、多分この時が初めてだ。

理由はいろいろ考えられる。そのどれもが当たりのような気もするし、的外れな気もする。結局のところ―――

雛に―――おとされた。

それが全てなのかもしれない。


それにしても、最初に雛の誘いにのった理由を言ったら。

「―――間違いなく、暴れそうだなぁ…」

くっと喉の奥から笑いが漏れた。

小さく寝息を立てている雛の頬へ、起こさない程度にそっと指を滑らす。
無防備な寝顔。

こんな姿を晒してるくせにどうして部屋の鍵、閉めないんだろうねぇ。

この間の台風の夜もそうだったが、どうやらもともと雛には部屋に鍵をかける習慣がないらしい。まあ、今まではその必要性もなかったんだろう。



「…んっ、……んぅ………あ、つ…っ」


眠ったまま、無意識状態の雛が鬱陶しそうに体の上にかかっていた薄がけを引き剥がした。

多分、部屋の扉を開け放したままだったので、冷房の効果が薄れているのが原因。
足音を立てないようにそっと扉へ近づき、静かに閉める。

その後再びベッドへ近づき、雛を見下ろた。

先程も見た、すんなんり伸びた足。
かなり露出の高いショートパンツとその上には薄いキャミソール。
薄い肩口から、鎖骨。触れてみれば冷やりとしている。

これじゃあ、冷えすぎだろう。薄着のし過ぎだ。
大体、風呂上りに着込み過ぎているから部屋に戻って必要以上に薄着することになるっていうのに。

もっともその原因はわかっている。
まだ両親の帰っていない現在の状況で、雛が俺を警戒するのは当然だろう。

雛が引き剥がした薄がけを手に取り、雛の身体を覆い、薄がけごと雛をそっと抱きしめる。

まだ雛が起きる気配はない。

「嬉しいけどね、意識してくれるのは」

雛の耳元で囁く。

そう、警戒しているということは、男として意識しているから。
それは俺にとって願っても無いことだ。

ただの兄として扱われるなんて冗談じゃない。

初めは手を出さずに安心させようと思っていた。

でも嵐の夜が明けた朝、雛の放った一言でその手順は吹き飛んだ。


『抱かれるのなんて大したことない』

本心から言ってるんじゃないことはわかってはいた。
それでも雛だったら、勢いで、ということも充分ありえそうだとも思えた。

俺以外の誰かと―――なんて、考えたくもない。

売り言葉に買い言葉で、なんていう馬鹿げた理由でよその男に横から掻っ攫われるなんて許せるわけが無いだろう?

抱かれるのは特別な男にだけ。つまり俺だけで充分なんだよ、雛。

だから少しは学習して欲しいね。その向こう見ずでいじっぱりな性格が自分を追い込んでいるってこと。

それはもう、そこにつけ込んでいる俺が言うんだから間違いないよ?


「意地っ張りで素直じゃなくて……」

しかも、義妹。
けれど今、馬鹿みたいに雛が欲しい。

どうかしてる。それでも止めようとは思えない。


「―――ん…、んぅ」

腕の中に抱き込んだ雛が小さく声をたてる。

これはそろそろ起きるかな。

思った途端に雛の長い睫が震え、薄っすらと目が開いた。
いつもは勝気に開かれた瞳。

でも今は焦点が定まらず、ぼやりしている。
ゆっくりと何度か瞬きを繰り返す。その仕草はとてもあどけなく見えた。

そして、何度目かの瞬きの後、目が合った。

「おはよう、雛」

まだ状況が飲み込めていないらしい雛に向けて最上級の笑顔を送ってみる。

雛がもう一度目を瞑る。

そして次にはこれ以上ないほど目を見開いていた。


「……っ!?な、なななな、なんでここにいるのよ!壱!!」

叫ぶなり、雛が薄がけを取り払うように凄い勢いで身を起こす。

「ん?雛の寝顔を見に来たに決まってるじゃない。」

でもそれをがっしり押さえ込みながら返事をしてみれば、雛がぎっと眦をあげて睨みつけてきた。

「この変態!!」

「ええ、そんなこと言っていいのかなぁ?」

含み笑いと、意味ありげな言葉。
実際に何も無いとしてもそれをあるように見せるのは得意なんだよ、俺は。

「―――何よ。」

案の定、かなり憮然としながらも雛が聞き返してきた。
これでもう罠にかかったも同然。馬鹿だね、雛。

「寝言、聞いちゃった。…雛ってばそうだったんだ?」

わざと肝心な部分はぼかして、核心はまだ突かない。
けれどもちろん、雛は一言も寝言なんていってはいない。

「!?…ね、寝言なんて言わないわよ!嘘ばっかり言わないでよ!」

はい。その通り。もっとも正直に言うつもりなんて全然ないけどね?

「嘘じゃないよ?もちろん。」

にっこり笑いかける。
雛が口を開いて閉じて。悔しそうに顔を背けた。

葛藤中。それが手に取るようにわかる。本当に言ったのか言っていないのか。
それを必死に考えているっていうところかな。

しばらく雛を腕の中に抱えたまま、じっと待つ。
すると雛が実に悔しそうに口を開いた。

「……てたの…」

「え?何、雛?聞こえなかったんだけど?」

聞こえなかったのは、本当。けれど雛が言った内容なら容易に想像がつく。
それでもわざとわからないふりをするのは、ちゃんと雛に言ってもらうため。

何事にも言質をとるのは、交渉を有利に運ぶ条件だしね?

「…こ、の…っ!何て、いってたのよ!!」

頬を紅く染めながら雛が今度ははっきりと叫んだ。
こちらの予想通りに返してくる雛が可愛くて仕方ない。

口元が緩みそうになり、それを雛に見せないよう雛の耳元へ口を寄せる。

薄がけ越しの細い体が僅かに強張った。

このまま押し倒してしまうのもいいかもしれない。
でもなし崩し的に身体だけ慣らしてしまって―――というのは、やっぱりどうかと思うんだよねぇ?

どうせなら素直になった雛というのをぜひとも見てみたいというのもあるし。

だから今は―――

「秘密」

吐息を吹き掛けながら囁くのみに留める。

びくっと雛が震える。そして、一瞬の後に激しく暴れだした。

「なっ!いいなさいよ!この馬鹿壱!」

薄がけを取り払おうと動かされている手足を、身動きできないように封じ込めベッドに雛を押さえつける。

どうにも動くことができなくなったことに気づくと、ようやく雛が悔しそうにではあるが、おとなしくなった。

居心地悪そうに、雛が身じろぐ。

雛は、付き合う男にどんな風に甘えるんだろうかとふと思った。

ベッドの上で甘く啼く声は聞いた。でも雛から求められらことは無い。
耐える姿は見たけれど、甘える姿はまだ見せてくれていない。

この気の強い子に甘えられるのはどんな気分だろう。

―――何でもいうこと聞いてあげたくなっちゃいそうだなぁ…。

苦笑いを抑えて、じっと雛を見下ろす。
雛が眉根を寄せて、こちらを睨んでいた。

「だーめ、ただでは教えてあげられないな。何かくれるっていうなら考えてもいいんだけどね?」

不審そうに眇められる瞳。抵抗は無駄だとわかっているらしく押さえ込んだ体が動く気配はない。…雛の場合、油断は禁物だけど。

「……………因みに聞くけど…それは何を期待しているわけ…?」

「そうだねぇ…。キスとかそれ以上とか?」

おどけたように言って見せれば、たちまち雛が眦を吊り上げる。

「ば、馬っ鹿じゃないの!何で私がそんなことしないといけないのよ!」

予想通りの拒絶。
雛はまず考えるよりも言葉と手が出るタイプだからね。
でも、もちろんもう少し考えて交渉しないとなんて言うつもりは無い。

そんなことしたらつけ込む隙が無くなっちゃうでしょ。

「じゃあ仕方ない。交渉決裂だね」

押さえ込んでいた手を離し、あっさりと雛の上から退いてベッドから足を下ろす。
雛が慌てたように薄がけを引き剥がし、ベッドの上で飛び起きた。


「ま…っ!」

「ん?」

扉に手をかけたところで、背後から雛の声が掛かる。
振り返ると、雛がしまったという顔でこちらを見ていた。

だからね、雛。少しは考えてから行動しないと。

「……何でも、ない……」

「そう?」

ばつが悪そうに呟いた雛に対してそっけなく答え、扉を開けて廊下へ出る。

静かに扉を閉め―――、そのまま雛の部屋の扉と向かい合っている壁にもたれかかった。

さて、今度も予想通りかな?
声には出さずカウントを開始する。

一秒、二秒…五秒…十秒…そろそろ、か。


「壱!」

雛の声と共に、乱暴に部屋の扉が開いた。
予想通り。でも幾らなんでも行動を読まれ過ぎる雛に対して、苦笑いが浮かぶ。

「はい?」

返事をした俺に対して、雛は扉を開けた体勢のまま口を開けて呆然としていた。



「……何でまだそんなところにいるのよ。」

衝撃から立ち直ったらしい雛が憮然と言う。
それを笑顔で受け、壁から身を起こし雛へと近づく。

「ほら、壱さん優しいから。雛がまだ俺に用があるんだろうなと思って待ってたんですよ?」

部屋の中へ逃げ込めないように扉に手をかけ、ついでに雛の腰へ手を回す。
雛のキツイ一瞥。けれどそこでふと雛が不思議そうな顔をした。

「―――壱、なんでスーツなんて着てるの?」

ああ。そこ。それにしても今更それに気づくのが実に雛らしい。

「今日大学で講習会があってね。今日はそれのお手伝い要員なんです」

「へえ。」

説明に対して、雛が気のなさそうな返事をする。
しかもふいっと顔を逸らされた。

「雛?」

「何よ」

不機嫌そうな声。返事だけはしてもこちらを見ようとはしない。
耳と頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。

「―――あ、もしかして雛ってばスーツフェチ?」

「…ち、違うわよ!!何っているのよ!!!」

適当に思いついたことを言ってみただけだったのだが、はっきりと頬を紅くしながら動揺する雛を見てどうやらこれは当たりだと確信した。

へえ。これは新発見。知っておく弱点は多いに越したことは無い。

「ふぅん?じゃあ、この格好で抱きしめてあげようか?」

「ち、違うって言ってるでしょー!?馬鹿壱!!」

だからね、雛。そうやって動揺しちゃうから相手にばれちゃうんだよ?

「まあまあ、そういわずに。ほらおいで?」

腰に回した腕に力を籠め、 ますます赤くなっている雛を引き寄せる。


「この!この馬鹿壱ーッ!!……しっかり、受け取りなさいよ!!!」

喧嘩腰に、まるで決闘でも申し込むみたいに雛が叫んだ。
ネクタイが勢い良く引かれ、軽く、掠めるように何かが唇に触れる。

これは、少し予想外だった。
情緒も雰囲気もまったくないキス。

唇が離れた後もネクタイを握り締めまま俯いている雛。
髪の間から覗く耳が真っ赤になっている。

―――ああ、まずいな。

どうしようもなく、可愛くて仕方がない。
扉にかけていた手を離し、かけていた眼鏡を外す。もともと殆ど度の入っていないものなので外したところで大した支障は無い。

眼鏡を持ったままの手を雛の顎にかけ、上向かせた。

「雛、違うでしょ?…キスっていうのは―――…」

「え?」

雛の薄い肩を掴んで、後頭部に手を回し強引に引き寄せる。
咄嗟のことで雛も抵抗できなかったんだろう、簡単に手の中に落ちてきた。

驚きで僅かに開いた柔らかな唇。
熱い口内に舌を忍び込ませれば、そこでようやく雛がはっとしたように抵抗を始める。

遅いよ、雛。

噛み付かれる心配はもう無い。
背中を叩く手とは対照的に、雛の舌は応じてきている。

もっと深く雛の中を探る。
それにつれ、段々と背中に与えられる衝撃が弱まっていく。

「ん…ぅ、ん…」

雛の喉から、甘い声。
薄いキャミソール越しに柔らかな胸の膨らみへ触れてみれば、固くなった小さなものに指が当たった。

「んん!?」

雛が身じろぎする。再び、抵抗。

そうだね、これ以上は本当にまずそうだ。止まらなくなる。
自制できる、なんて絶対に言うことは出来ない。少なくとも雛に関しては。

残念だけれど、今日は此処まで。
そっと唇を離すと、雛が荒い息をついた。腰に回している腕にかなり雛の重心がかかっている所を見ると、足に力が入らないのかもしれない。

雛がきつく睨んでくる。涙の滲む目でされても、あまり効果はないけどね。

「キス、したんだから…正直に白状しなさいよ。」

「うん?」

「すっとぼけないでよ!何言ったの!?ほら早く!」

ぐいっとネクタイをつかまれる。どうも余程掴みやすいらしい。
苦笑いで、雛の手からやんわりとそれを奪い返す。

「じゃあ、ちょっと耳、貸して?」

「え!?」

ありありと警戒の色を浮かべる雛。それでもしばし迷った後、しぶしぶというように耳を寄せてきた。

寄せられた耳たぶにそっと触れ、小さく囁く。

「―――壱、スキ。」

今、雛の口から聞きたくて仕方が無い一言を。


「……っ!?」

「聞こえた?」

余程驚いたのか、目が零れ落ちそうなほど見開かれている。
雛がどうでるのか。どう反応してくれるのか。

「う―――嘘よ!嘘!そんなこと言うわけないわ!」

雛は、激しく否定した。
まあ、そうだよねぇ。実際言ってないわけだし。

けれど嘘から出た真―――ということもある。
この際、勢いで言ってくれてもいいんだけどね?俺にだったら。

「嘘じゃないですよ?ほら、いい加減素直になって認めて。オレのこと、スキでしょ?」

上から雛を覗き込むように囁く。
雛が酸欠の金魚の如く口を開け閉めしている。


「す、好き…じゃないわよっ!馬鹿壱!!!!」

そして、結局最後に吐き出したのは矢張り予想通りの台詞だった。


やっぱり雛が甘い言葉を呟きながら甘えてくれる、という状況に持っていくには、いま少し―――時間が必要らしい。


それに今は、頬を染めて顔を背ける雛を可愛いと感じるし。

―――惚れた弱み―――なのかもしれないけどね?

それを充分自覚しながらも、気づいてみれば俺は再び雛を連れて部屋の扉を潜り、雛のベッドへ向っていた。



〜Fin〜



LoveSummer! INDEX


TOP ‖ NOVEL


Copyright (C) 2003-2006 kuno_san2000 All rights reserved.