LoveSummer!
Process



日曜日の休日、昼下がり。

暖かな日差しを通り越して暑い位の陽光が降り注ぐリビングで午後のお茶を楽し……んでいるかは定かではないけれど、とりあえずお茶を飲んでいる壱と二人きりで私は留守番の真っ最中。

「雛、暇そうだねぇ。どっか行く?」
「別に暇じゃないわよ。私のことは気にしないで頂戴。」

リビングのテーブルセットに坐っている壱から離れてソファで寛いでいた私は、伸びてきた爪をそろそろ切らなきゃなんて思いながら素っ気無く返事をした。

つまりは、正直結構暇なんだけど。

父さんと節子さんは休日だというのに仕事。
二人ともちょっと働きすぎよね。これじゃ、新婚気分もあんまり味わえないんじゃないかしら。

もしかして弟か妹が出来たりするかもなんてちょっとだけ期待しているんだけど、当分先になりそう。

「相変わらず連れないんだから、雛さんは。」

よよよっと手にしていた新聞紙の陰に隠れ、壱がわざとらしい泣きまねをする。でもそんなことしても無駄。
この頃、壱と一緒に出かけるとかなりの高確率で如何わしい場所に引っ張り込まれるんだもの。冗談じゃないわよ。
ただでさえ、ちょっと今は拙いんだから。ああ、くわばらくわばら。

とはいっても、ぷいっとそっぽを向いてソファに寄りかかりながら庭に視線を転じれば、そこは見事な晴天也。
……これはちょっと出かけたくるかも。

頭の中でご近所にあるお店を幾つかと公園を思い浮かべる。
まだ今月のお小遣いが出たばかりだし、出かけてみようかな。

つらつらと算段を練りはじめたところで、ソファが軋んだ。
ぎょっとして振り返れば、間近に壱。

あ、あんたね! 気配もなく近づかないでよ!
しかも何故押し倒す……っ! こんな真昼間から何考えてるの、この男は!

「ちょっと……、何するつもりよ。」
「いやだなぁ、雛ってば。わかってるくせに。」

ああ、やっぱりそういうつもり。ってふざけてるんじゃないわよ、この!

「さっさとどいて。重いじゃないの。」
「どうしようかな? だって雛、冷たいんだもん。壱さん寂しくて。」

何をほざくか。なーにが、寂しい、よ。
そんなしおらしいこと言っても目がはっきりくっきり笑ってるってのよ!

「いーから退いて。」
「その気にならない?」
「ミジンコほどもならないわ。」

「ふーん? それじゃその気にさせてあげようか?」
「余計なお世話……っ、ちょっと壱……。」

やだ、本気!?

一体いつどの部分でなったのかわからないけど、何故か壱はかなり本気モードに切り替わっていた。
そんなに力を込めているとも思えないのに、振りほどけない手。

しまったこんなことなら幾ら暑くともミニスカじゃなくてジーンズを穿いとくべきだったとか、キャミソールじゃなくてサマーせーターくらい着とけばよかったとか幾ら考えても後の祭り。

「雛の服って毎回毎回脱がせやすいよねぇ。」
「待って、壱、今日は駄目だってば……その、アレ、なの。だから駄目……っ。」

「――雛、その理由は先週聞いたけど?」

え、嘘? そうだった? 確か本当に生理だったのって先先週だったはずよね?
そんな言い訳、先週は使ってなかったと思うんだけど――って、そんなこと考えてる場合じゃないわよ!

いつの間にか服、脱がしにかかってるし! なんでそんなに手際がいいの!
そもそも、こんな明るい中で脱がされたりしたら……っ!

「……っ、壱、嫌……止めてっ!」

はっと気付いたときには、叫んでた。
多分、かなり本気な響きがあった、と思う……失敗した。

「……雛?」

――ああ、やっぱり思いっきり不審がられてるわよ……私の馬鹿。

「なんでもない! 私、ちょっと宿題があるから。」

私の上から身体を起こした壱を押し退け、床に足をつく。

挙動不審だなんて自分でもわかってるけど。
明らかに疑惑の目を向けてくる壱を残してさっさと自室の中に逃げ込んだ。

だって、壱に見られるわけにはいかないもの。

――他の人につけられた痕、なんて。



***




「……あー、やっぱりまだ消えてない……。」

全身サイズの鏡の前でキャミソールを捲りあげれば、胸の下辺りにくっきりと赤い痣のようなものが浮き上がってる。よくよく見れば、それは薄っすらとした手形になっているわけで。

まいったなぁ。まさかこんな事になるなんて。これを壱に見られたら、一体何を言われることか。
考えただけで頭が痛い。

「まずい、わよねぇ。」

まさかそんなに強く掴まれてただなんて。
とにかくこれが消えるまでは、壱に近づかないようにしなくちゃ。

「――へぇ? そういうこと。」

「……っ!?」

驚いて振り向いた先には、勝手に開けたのだろう部屋のドアに寄りかかった壱がいた。
どうしてここに居るの。いえ、それ以前に気配もなくって本気で心臓に悪いから止めて欲しいわ!

「なんで勝手に入ってくるのよ……っ!」
「それ、誰につけられたの?」

怯む私に、壱がおもむろに一歩を踏み出してくる。
そのままの勢いで私の前に佇むと、威圧的に見下ろしてきた。

「これは……別にただちょっと強く掴まれただけで。」
「ふぅん? だったら何で隠そうとしたんだろうねぇ?」
「隠してなんか。」
「なら、それ。どういう状況でつけられたのか説明して?」
「それは……。」
「それは?」

ああ、蛇に睨まれた蛙。風前の灯。誰かちょっと私を助けて。
なんだかわからないままに不特定多数のヒーローに呼びかけてみるけれど、当然答えなんてあるわけない。
今ちょっとでいいからこの窓から誰か飛び込んできてくれないかしらなんて、馬鹿な想像までしちゃったわよ。

「――い、壱には関係ないでしょ!」
「関係あるよ。」
「関係ない!」
「関係ある。」

しつこい……っ、そんなに詮索しなくてもいいじゃないのよっ。
だから知られたくなかったのに!

「関係ない……っ! ――彼氏でもないくせに、詮索しないでっ。」

言い過ぎた、と思った。

自分の迂闊さを知られたくは無くて、壱に早くこの場から立ち去って欲しくてたまらなかったとはいえ、これは多分言い過ぎた。

「――ああ、そう。」

不機嫌そうな呟きは、耳元で。
壱に抱きすくめられ、私はあっという間にベッドの上に放り出されていた。

「……っ、ちょっと壱、なにす」
「うるさいよ、雛。」

静止の言葉は無視と決めたらしい壱に、完全に押し倒される。
引き剥がされるようにキャミソールが脱がされて、ブラが上に押し上げられた。
乱暴で容赦の無い愛撫は、痛いほどで。

「い、やだ、壱……やだっ。」
「関係ないなんて言わせないよ。俺とセックスするくせに。」

言葉に詰まる。壱に告白された後、返事もしていないのに曖昧な関係のまま、誘われるままに何度かそいうことを、しているのは事実だから。

「……それは壱、が……。」
「無理やり誘うから? でも最後にのってくるのは雛だよね?」

その通りだ。反論なんてできない。
壱の所為にして逃げてるけれど、最終的に拒まないのは私なんだもの。

「どいて、よ。」
「誰につけられたのか言ったらね。」

「やだ、言いたくない。」
「俺と寝ている間は、俺だけにして欲しいね。性病を移されるのはごめんだよ。」

せ……!? 何、言ってるの? 私、そんなに誰とでも寝るような軽い女に見られてるわけ!?
絶句……なんてもんじゃないわよ!

しおらしく打ちひしがれるなんて通り越して、怒髪天をつく勢いで壱の横っ面を張り倒してやりたかった。
そりゃ怪しい行動をしたのは私よ? だけどね、言うに事欠いてそれはあんまりなんじゃない!?

「――そんなこと、してないわよ!! ばっかじゃないの! 早くどいて……っ、じゃなきゃ。」

「じゃなきゃ?」
「じゃ――じゃなきゃ……っ。」

……悔しい。何も思いつかない。大体私が壱に出来る報復なんて、何があるっていうのよ。いっそのこと今の関係を父さんにばらすとでも言ってみる? ああ、駄目よ、そんな父さんと節子さんの関係にも影響が出ることできるわけないじゃないの。

「じゃなきゃ……じゃなきゃ壱のことなんて……嫌いになってやる!」

咄嗟だからとは言え、この台詞ってどうなの私。

結局のところ、私に出来る抵抗なんてこの程度。こんなの、壱に効果があるわけ無い。
馬鹿じゃないかしら、私。

身から出た錆とは言え、自分の信用の無さに泣けてきそうよ……。

情けないやら腹立たしいやらで、そっぽを向いて唇を噛む。
突然に、身体が軽くなった。
驚いて肘を尽き身を起こせば、壱が私の上からどいてベッドの上に片膝を立てて苦笑いで座り込んでいた。

「え? 何? ……どうしたの?」
「それ、俺を撃退する最強の呪文だよね。」

え? ええと、それって……嫌いになるってやつ?
……まさかそんなので、効果有り? 冗談でしょ?

「……嘘、でしょ? 私をからかってるわけ?」
「生憎と、からかう為だけに今の格好の雛を眺めてるだけなんて酔狂な真似は出来ないなぁ。」

肩を竦めてみせた壱の視線は、私のすっかり露になった胸に向けられていた。

「……っ、ちょ……み、見てないでよ! 馬鹿壱!」

手近にあったシーツを引き寄せ、中に潜り込む。
引き上げられたブラをひっぱりおろして、辺りを手探りで何度か叩いてみたけれど、脱がされたキャミソールは見当たらない。
仕方がないとシーツを肩から掛けたまま、座り込んでいる壱の真正面に陣取った。

「――壱、さっきの本気で言った?」
「さっきのって?」
「だから、つまり……嫌いって言われるのがいや、とか。」
「嫌だよ。雛に嫌われたくない。」

さらりと言ってのける壱に吃驚仰天なんて突き抜けるくらい驚いた。

「好きな子に嫌いって言われるのは誰でも嫌でしょ?」

ああ、うん、そうだとは思うけど。
壱っていまひとつ一般的な感覚から掛け離れている気がしてたから。

「それに言い過ぎた……ごめん。だから無理強いはしないよ。自主的に教えて? どうしてついたの、それ。」

さっきまでの怒りがゆるゆると消えていく。
ちょっと謝られたくらいで許してる私って、単純過ぎるわよ。

でも、そんな風に謝って懇願するのはずるい。眼鏡の奥の切れ長な目が、全然笑ってないなんて。
真剣になられたら……誤魔化せない。

「……だって絶対怒るもの。」
「怒らないよ。」
「嘘。」
「どうして? 怒らないよ。」

ぐらぐらと迷う。壱の本性なんてわかってるけど、迷う。
だって、もしかしたら本当に何でもないことのように、受け流してくれるかもしれないじゃない?

――そうよ、多分きっとたいした事じゃないわよ、ね?

「――その、じゃあ最初から……話す?」
「出来ればね。」

「ほら、あのね? 人生の中でモテ期ってあるじゃない? どうも私は今がそれみたいな感じなわけよ。」
「だから?」

「昨日、少し知っている先輩に告白なるものをされて、お断りしたら抱きつかれたの。」
「――抱きつかれただけじゃないよね?」

そんなにくっきりはっきり確定口調で言わなくてもいいじゃない。
……まあ、事実抱きつかれただけじゃなんだけど。

空き教室で二人きりになって告白された時は凄く吃驚して、でも直ぐに壱の顔が浮かんで断ってた。
そう、そこまでは良いのよ。別段やましい事なんて何一つありゃしないし。

だけど、その後。

「だって、最後の思い出にって言われたんだもの……諦めるから最後に少しだけこのままでって。」

寂しそうな顔で、言われちゃったんだもの。
まったく知らない人なら断れたんだけど、なまじ知ってる人だったものだから断りづらくて。

仕方ないじゃない。だからそんな俯いて思いっきり溜息つかないでよ……っ!

「――半端な態度はかえって残酷だよ、雛。……それで、どこまで許したの?」

「どこまでって……抱きつかれて……その、机の上に坐らされて、何となくこめかみと首にキス、とか……。」
「と?」

「ちょっとだけ、胸、揉まれたかも?」
「他には?」

ふとあげられた壱の顔が険しくなっているような気がする。
醸し出す気配が怖いわよ、ちょっと勘弁して……っ。

「他って……それだけ。後は机から落ちそうになって、抱きとめられた時に痣が出来て、それがさっきの痕、なんだけ、ど……壱、何してるの?」

何で私の被ったシーツを剥ぎ取ろうとするの。その上、若干目が据わってるんだけど!

「今日こそ言質を貰おうと思って。」
「言質?」
「後に証拠となる言葉。」
「馬鹿にしないで、それくらい知ってるわよ。じゃなくて、何の言質を。」
「雛との関係をはっきりさせる言葉、かな。」
「……は?」
「ちゃんと言うまで今日はいかせてあげないから覚悟してね?」

お、怒ってる、絶対静かに怒ってるわ!
さっき怒らないっていったじゃないのよ!
それにいかせてあげないって、何言ってるのよ、この男は!

それは自分でもちょっと迂闊だったかもなんて思ったけど、告白してくれた人、凄くいい人だったんだもの。机から落っこちそうになった後も、ごめん調子に乗り過ぎたなんて謝ってくれたわけだし、流石にそれ以上されるようだったら逃げようと思ってたんだけど。

「――雛、そうそう簡単に逃げられると思ったら大きな間違いだよ。」

私の無言の抗議を感じ取ったのか、細めた目で、笑みの無い表情で、壱が冷たく囁く。

「……別に簡単だと思ってるわけじゃ……、……つっ、壱、痛い!」

きりっと手首を掴みあげられて、腕が痛んだ。

「体格の差、力の差、雛は女の子なんだよ? 自覚している? 手加減無しで襲われたらどうするつもりだったの?」

「だから、逃げようと。」
「どうやって?」

「そんなのそのときになってみなくちゃわからないわ。」
「逃げられないよ。俺からも逃げられないくせに。」

畳み掛けるように私の逃げ道を塞ごうとする壱は、嵐の明けた朝、勢いで馬鹿な事を言った私を組み敷いたときと同じに見えた。

わかってる。壱の言っている事のほうが正しいなんて、わかってるのよ。
だけど悔しいんだもの。大人な顔で、私を諭さないでよ。

「……何、よ。壱なんて。」

――嫌いっ。

言い終わる前に、舌を絡め取られた。
差し入れられた暖かな感触に知らず反応している自分に気付いたけれど、抵抗は出来なかった。
濃密なキスと熱を孕んだ壱の目。漸く離れた舌先からは糸が引く。

「壱、やだ。」
「今日は聞いてあげない。」

嘘吐き。今日は、じゃなくて今日も、じゃないの。



***




「……ん、ふ……あ……。」

鼻にかかった甘ったるい声。
自分のだなんて思えないけど、やっぱり声の元は私らしい。

いかせてあげないとの宣言どおり、壱がくれるのは中途半端な刺激ばかり。
もう駄目と思ったところで、離れてく。少しおさまったと思ったらまた触れてくる。
最初は我慢していたけど、耐えられなくて。もう何度目わからなくなったところで恥も外聞も無く壱に懇願した。

「壱……壱、もうやだ……ちょう、だい。」
「――駄目。」

返ってきたのは実に素気無い答え。
もう全部どろどろに溶けそう。
事実、中に壱の指が入り込んでくると、淫靡な水音をたてて透明な液がうちももに流れ出していく。じれったくて仕方が無くて、熱に浮かされたようにそこに指を忍ばせようとしたら壱に止められた。

「――何しようとしてるの? いけない子だね、雛は。」
「や……壱。」
「欲しいなら、わかってるでしょ? ほら言って、雛。」

「……いわな、い。」
「いじっぱり。いい加減観念して、俺もそろそろ限界だから。」

「い、や……あ……んっ。」

ももの内側に壱が舌を這わせる。
濡れて冷たくなっていた部分に壱の熱い舌が触れると、身体が痙攣したみたいに震えた。
でも焦らす壱の舌先は、絶対に核心部分を辿らない。
硬くなった芽を避け、外側だけをゆるゆると舐めていく。

「……っ、壱。」

もう、泣きそう。
絶対言わないって思ってるのに本能に負けそうで、壱の頭を押し返すけどそれはもっと深くして欲しいのか止めて欲しいのか自分でもわからなかった。

「や……ほ、本気の恋に……本気の恋にしてくるっていったじゃない……っ、まだ私、なってない……っ。」

「それを出されると弱いんだけどね。でも今のままの関係は雛にとって”関係ない”部類に入っちゃうんでしょ? それって雛が他の男とホテルに行っても俺に怒る権利は無いってことだよね? それ、無理だから。」

「……んんっ!」

芽に触れた壱の舌と、中に入り込んできた指。
一気に上り詰めそうになるのに、また壱が手を止める。

「雛、今本気になってよ。雛を独占できる権利、俺に頂戴?」

もう、駄目。限界。

「や、わかった、わかったから……何でもあげるから、壱……っ。」

――もう許して。

「……んん……っ、ふ……ああっ。」

中をすられ芽を押しつぶされて、私はやっと絶頂を迎えた。



***




「雛、まだ終わりじゃないよ、しっかりして?」
「……ん……ふ……?」

夢うつつに聞いた声に気だるいまま目を開けると、苦笑いの壱が覗き込んでいた。
あれ、私何してたんだっけ。

「壱?」

「そう。晴れて雛の彼氏になった壱さんですよ?」

「――かれし?」

カレシ、カレシ、彼氏……しまった、私、何を口走ったんだっけ?
本能に負けてうっかり何か、言っちゃった気はするんだけど。
壱のこの嬉しそうな様子から察するに、承諾しちゃった……とか?

……本日二度目の失敗……っていうか、失敗させられたって言う方が正しい気がするんだけど。

「何でもくれるって言ったよね?」

「……何でも?」

なんてことを口走ったのよ、私。ああ、是非とも誰か嘘だと言って!

「――そんなの、無効。脅迫じみた方法での約束なんて、ぜったい無効……クーリングオフ対象よ。」

張ったつもりの声は、掠れてた。総じて抗議も弱弱しい。
……咽が痛い。壱の所為よ、馬鹿。

「残念。契約解除はなしだよ、雛。」

「悪徳商法並じゃないのよ――こんなの、ずるい。」

「わかってるけどね。それだけ雛に溺れてるってことで勘弁して?」

あのね、大の男が幾らかわいぶっても、ぜんぜん心に響いてなんてこないわよ!
とにかくこんなの絶対嫌。ベッドの中で散々責められた挙句、だなんて。

どうすればうっかり吐いた言葉を無かった事に出来るか、上手く働かない頭でつらつらと考える。
だけど、眠い……もう! 考えも何もまとまりゃしないじゃないのよー!

「雛、出来れば考え込むのは終わってからにしてくれると助かるんだけど。続き、してもいい?」

「――は?」

続きって何の、と思ったら閉じる気力も無かった足を片方持ち上げられて、間に壱が体を入れてきた。

……そういえば、壱はまだ、だった気が……。
でもちょっと待って、私もうくたくたなんだけど。どこかの誰かさんが無茶苦茶なことをしてくれたお陰で。

「待って、続き……そう、続きするなら、さっきの無効にしてっ。」

咄嗟の言葉だったんだけど、これは壱の意識を逸らす格好の餌になった。
壱が、困ったように笑う。

「――ずるいなぁ。」

確かにずるいとは思うけど、私だけ責められるのは不公平ってものだわ。
ずるいのはお互い様だもの。

「――んー、じゃあ、止めとこうかな。」

「え!? ……止める、の?」

やだ嘘。なんでそっちを選ぶのよ。
その気じゃなくなったっていうわけでもないと思うんだけど。
……だって……その、足に当ってるし感触があるし、壱の。

「別に一人で処理しても構わないし? それに、ここで止めたら雛は大人しく俺の彼女になるんだよね。」

ひ、一人で処理……そんな生々しい事仮にも乙女に向かって言わないでよ!
それに止めたら彼女って……それを阻止したいから提案したのに、ここで止められたら意味が無いじゃない。

「……やだ。」
「それじゃあ取引にならないよ、雛。そんなに俺の彼女は嫌?」

「――いや。」

本当は、壱の彼女になるのは嫌じゃない。
素直じゃないってわかってるけど、でもこのままなし崩し的に受けちゃうのだけは嫌なんだもの。

「そう、困ったね。」
「壱、だからさっきのは、」

――無かった事にして、と言い終わるより早く壱が再び覆い被さってきた。

「……っ、え、あ……っ、や、壱、待って、ま」

中心に熱が触れたと思ったら、抵抗する間もなく壱が入りこんできてた。
まだ充分潤っている私の中は壱を受け入れていく。もう止める事も出来なくて、受け止めるしかない。

ゆっくり入り込んでくる壱に、漸く冷めかけていたはずの熱がもう一度戻ってくる。

「雛の中、熱い。」

全部おさまったところで、壱は動きを止めて少しだけ身震いした。
熱くした張本人が何をいけしゃあしゃあと。息をゆっくり吐いて、身体の中心からくる波を遣り過ごす。
じれったいくらい動こうとしない壱。

あ……でも続き、するのよね。つまりさっきの何でもする云々の約束は。

「これで、無効?」

「本当は続きをするしないの取引自体が無効だけどね。仕方ないから今回は雛に譲ってあげる。だけど次に何かあったらこの程度じゃすまないから覚えておいて?」

この程度じゃすまないって、一体何をするつもりなのか考えるだけでちょっとぞっとする。
そもそも今回のは、全然”この程度”なんかじゃないわよ!

「今度は焦らすつもりは無いから。」

宣言と共に、壱がゆるりと動き出す。

すっかり壱に馴らされた体は、敏感に壱の愛撫に反応する。
壱しか知らないけど、壱だけ知ってればいい。
自分から足を絡めて、深く入ってくる壱を受け入れる。

「……ん、も……いっぱい……壱。」
「まだ大丈夫。もっと欲しがって、雛。可愛い。」
「――馬鹿。」

ぐっと奥を突かれて、壱の背に思い切り爪を立ててやった。
篭った水音と荒い呼気と壱の小さなうめき声。

いやらしい音。愛してもらってる音だとは思うけどやっぱりいけないことをしている気がする。
名目上とはいえ、壱と私は兄妹、なんだから。

「……ん、つ……っ、壱!?」
「集中しない雛が悪い。」

だからって胸の先端に噛み付くこと無いじゃない、あまがみでも今は痛いの……っ。

「今は俺だけ見てればいいよ。」
「……ん、あ……あ。」

私の耳朶を噛みながら囁き、またゆるく動き出した壱に翻弄される。

――もっと強くして欲しい。まだ足りないのに。

「……壱……。」

悔しいけど、懇願してるみたいな響きを含んでたと思う。だけど壱の動きは変わらなかった。
焦らさないって言ったくせに。

「雛、どうして欲しいか教えて?」

――どうして欲しい? そんなのどうせ言わなくたってわかってるんじゃない、馬鹿壱。

欲求のまま壱の頭を引き寄せて、舌を差し入れ絡めとり、壱の髪の毛を両手でくしゃくしゃにしながら口付ける。唇が離れた後、壱は切なそうに目を伏せて微笑した。

「本当にずるいな、雛。逆らえないよ。」

「……ん……っ、」

二人でいるには狭いシングルベッドが壱の動きで、きしっと軋む。

そこから先は、本当に焦らされなかった。
でもそのかわり嫌と言うほど追い上げられて、落とされて。

最後に、壱の昂ぶりが解放されたところで一緒に昇り詰め、白く霞む頭で聞いたのは壱の優しい声音。

「――強情だね、雛は。でもそこがたまらなく可愛いんだけど。」

……なら、もっと優しくしてよ、馬鹿壱。



***




「ひーな、いい加減機嫌直そうよ? ね?」
「やだ。ヤダヤダヤダ! 壱のごーかん魔! 変態エロ親父!」

ああ、もう最悪。ちょっと私の休日、何処に行ったのよ!

――目が覚めたら、もうすっかり日が傾いてるなんてあんまりじゃない?

元凶である男はまだ私のベッドの上で寝転がってるし。
私はというと、なんだか自分の醜態っぷりに顔から火が出る勢いで、とてもじゃないけど壱のことまともにみられやしなくて、布団に頭まですっぽり潜り込んだまま出られやしないし!

「……雛のそれもいい加減なれたけどね? 流石に親父は勘弁して欲しいかな、俺まだ二十代前半だよ?」

「私より四つも年上じゃない。」

「そうだね。でもきっと雛が思ってるほど大人じゃないもん、俺。」

「――何、それ。」

羽布団から顔を出して後ろを向いたら、まだ眼鏡をかけていない壱としっかり視線が絡んでちょっとどきっとした。

「結構これでも不安なんだけどな。そろそろ雛に本気で嫌われそう、とかね?」
「別に、嫌ってなんか。」
「そう? でも毎回毎回最初は拒んでくれるし、一緒に出かけるにしてもいつも誘うのは俺だよ?」

壱が布団越しに私に抱きついて、ああ壱さんかわいそう、なんて実にわざとらしくほざく。

……泣きまねはやめてほしいわ、中身はともかくとして、体格だけはいい大人なんだから。

壱と付き合いたくないってわけじゃもちろんないけど。
壱に告白してもらったときにタイミングを逃したから、どうしていいかわからないんだもの。

今更素直に可愛くなんて、なれやしないわよ。

「別に嫌なわけじゃ、なくて。――だから、そういうんじゃ無くて……だってこんなシチュエーション、酷いじゃない? 出会いがアレで、付き合うようになった切っ掛けが焦らされて無理やり、とか……もっとこう……なんていうか、とにかく違うの!」

自分でも何を言いたいのか到達点が見えなくて、最後は布団を頭から被りなおしながら八つ当たり気味に喚いてた。

わけわかんないわ、私。こんなんじゃ、壱に伝わるわけ無い。
薄暗い布団の中で蹲って低く低く呻き声をあげる。ただ気持ちを伝えるだけなのにこんなに難しいなんて。

恋愛って奥が深すぎて、ちょっともう私には無理かもだわ……。

「あー、なるほど。そういうこと。」

すっかり壱の存在を忘れて自分の事に手一杯になってから暫く。
布団越しに何事かを納得したらしい声が降ってきた。

「何がなるほど。」
「ごめん、雛って、てっきりそういうの拘らない方かと思ってたんだけど。」

がばっと勢い良く起き上がり、迂闊だったなぁなんて呟く壱をしげしげと凝視する。

……まさか、私の言いたい事、わかったわけ?

平たく言えば、確かに”そういうこと”への拘り、つまりお付き合いの初めはこうあるべき、みたいな私の思い込み、なんだけど。

「――拘る、わよ。悪かったわね……っ。そりゃ、壱のこと逆ナンしようとしたし……直ぐホテルも行ったし……勢いでしちゃったけど。」

でもそれなりに、夢だって持ってたんだから。

……もっとこう告白して、初々しくお付き合い、とか。

自分が悪いのはわかってるけど、セフレもどきからはじまって果てはベッドの上で焦らされまくって付き合うことになった、なんて誰にも言えないわよ。

ううん、そもそもこの関係が秘密な事に変わりは無いけど、それでもそこは拘りたいじゃない?
なんだか違う手順を踏みすぎて、素直になる切っ掛けなんてどこにもなかったんだもの。

近頃、ますます自分の可愛げの無さと素直じゃない性格に磨きがかかってる気すらするわよ。

「それじゃあもう一度振り出しに戻ろうか。」
「……? 振り出し?」

「雛、次の休みに一緒に出かけよう。」
「何よ、その唐突さ。」

「何回か二人で出かけて、まず手をつないで、それから軽いキス……で、どう?」

どうって言われても。――そもそも、もうエッチまでしちゃってるんだし。
手をつないでキス……とかは無かったけど、出かけるだけならいろんなところに行ってるし。

今更そこに立ち返るもの変な感じ。

「――手をつないで、キス……からでいい。」
「じゃあそうしよう。手をつないでキスをして、最初からはじめようか。」

「――うん。」

私が壱に完全降伏するのはきっともう時間の問題。

悔しいけど、そんな気がした。



〜Fin〜



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