LoveSummer! body temperature |
寒い時期になると人肌が恋しい。それは割りと正しいんじゃないかと思うわけよ。 「雛、雛さーん、寝ちゃった?」 うとうとしている耳に囁くような低い呼びかけが気持ちよくて。 直接触れる肌の温かさに瞼が持ち上げられなくなる。 私が今いるのは壱の部屋で、壱のベッドで。 隣には当然のように壱がいるにも関わらず、眠気は最高潮。 どうしてこんな事になっちゃってるんだろ、とぼんやり思い出せば、父さんと節子さんは百貨店の歳末抽選会で当った温泉宿で今頃まったりしているはずなわけで。 私たちを置いていくことを躊躇していた二人を説得して送り出したのは今朝のことだった。 そして夜。壱のベッドに済し崩し的に引っ張り込まれて。 引っ張り込まれた以上そのまあ……何事も無かった、なんてこともなかったわけで。 私、自分がこんなに流されやすい性質だったなんて、はっきりいって壱と会うまで無自覚だったわよ。 だけど、でも。好きな人の肌がこんなに気持いいってわかったのは、多分ちょっとだけ収穫――な気がしなくもないけど。 つらつらと取り留めの無いことを考えながらまどろみを満喫していた私の耳に、無粋な振動が唐突に伝わってきた。 下に敷いていた壱の腕から布団の中へと頭を潜り込ませ、保温された空気の中でほんの少しだけ目を開ける。 「壱、けーたい、うるさい」 「ん? ああ、ごめんね」 ベッドの上から手を伸ばした壱が、床に散乱していたジーンズを持ち上げ携帯電話を取り出しているのを、服を着ているときはそうは見えないくせに実はしっかり筋肉のついた背中越しに眺める。 ぴったり身体を覆っていた羽根布団と壱が離れて素肌に冷気が触れる。 携帯を開いた壱は、まだ上半身を起こして私に背中を向けたまま。 ちょっといつまで電話を眺めてるつもりよ。 「雛?」 寒さに焦れて自分から擦り寄って壱の腰に手を回した私を、随分と驚いた様に壱が見下ろしてくる。 寒い、と、非難を込めた眼で見上げると、壱が苦笑した。 「えー? 雛ってば珍しく甘えたがり?」 「冬だからいいのよ」 むっつりと不機嫌を装う私に、ぱちんと電話を閉じた壱が眼を細め唇の片端を持ち上げる。 「寒いならもう一回あったまることする?」 ……あったまることって……私はもう眠いのよ、馬鹿壱。 「言い方がおやぢっぽいからヤダ」 「うわ、酷い。壱さん寂しいなー、雛が焚きつけたのになー」 抱きついていた私の腕をふざけながらもやんわり外した壱に、手首をつかまれる。 ベッドにぼふっと押し付けられ、壱に圧し掛かられた。 「何?」 「ん? 何って?」 「笑ってるじゃないのよ」 「ああ。寒いっていいなぁ、と思って」 なんでかにこにこ笑っている壱へ不審の目を向ける私に、軽いキスが落とされた。 寒いのがいい? 何それ? 壱ってそんなに暑がりだったっけ? まあでも私は寒いわけで、悪いんだけど暖房のスイッチオンよ。 身じろぎしただけで案外あっさり解かれた拘束。 上半身を起こしてベッドのヘッド部分へ無造作に放り出されていたクリーム色のリモコンをつかんだ。 が、瞬く間にそれは私の手の中からひょいと取り上げられ、何でか壱が握ってて……て、ちょっとなにすんのよ。 「……壱、リモコン返して。」 「まあまあ、省エネ省エネ。」 楽しそうに語尾を跳ね上げながら、リモコンをベッドの下にある服の上にぽいっと。 ああ、ちょっと! そこまで取りに行くの寒いじゃないの! 「んー、新発見だねぇ、冬は雛が大人しい。」 愕然とする私の頭上で、壱がしみじみと呟く。 ちょっと何よそれ、夏場の私は暴れ馬だとでもいいたいの? 眉根を寄せた私を、変わらず楽しそうに笑っている壱がぎゅっと抱き込んだ。 「……ちょっ、何す……っ」 抗議しようとした私の耳元で、壱が「冬だから」なんて、そっと囁く。 ――て、何が冬だからよ! そんなに簡単にのせられたりしないってのよ! 「もう部屋に戻る。離してよっ」 「いいけど、雛の部屋相当寒いと思うよ?」 もがく私を抱きしめながら、器用に肩を竦めた壱が痛いところをついてくる。 リビングから直に壱の部屋にお持込されちゃった事を考えると、夜半を過ぎた今、私の部屋は言われたとおり相当寒いに違いない。 ぐっと言葉に詰まったが最後、またもや済し崩し的に布団で包まれあまつさえその中で更に壱の胸に抱きしめられて。 「……冬だから、なんだからね。」 「はいはい、そうだねぇ、冬だからねぇ。」 くすくす笑う壱を癪には思うけど、この腕の中から抜け出す気にはなれなかった。 結局のせられちゃうのよ、心の底から悔しいんだけど。 でも冬だから。 人肌が恋しくなるから。 今私を抱きしめてくれているのは――本人には絶対言わないけど――好きな人、だから。 ――寒い冬の夜は、私でも多分ちょっとだけ素直になれる……のかもしれない。 〜Fin〜 |
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