1.チョコとバラ


「あー、居た居た、副委員長ーっ!」

二月十三日。
放課後の校舎の中。人気の疎らな廊下。
私はようやく見つけた男子生徒の後ろ姿に向って手を振っていた。

直線の廊下、20メートル程度先にいるその男子生徒が私の呼び声に気づいてくれたらしく、くりっと振り返る。

男子としては小柄で華奢な身体。ずれてきていた眼がねを押し上げながら、にっこり笑顔を浮かべているのは、私のクラスの副委員長。

ああ、よかった、見つかって。副委員長が最後だったんだよー。これで全部チョコ捌けた。

「あ、黒河さん。よかった、僕も捜してたんだ。はい、これどうぞ。」

ほっとしながらようやく副委員長の前に辿り着いた私に、にっこり笑顔はそのままの副委員長が、手にしていた籠から差し出してくれたのは一輪の赤い薔薇。

つやつやのベルベットみたいな花びら。茎には青色の細いリボン。

「うわ、きれー。かわいー。ありがと、副委員長。じゃ、私からもこれ、どうぞ♪」

薔薇を受け取った後。今度は私が、自分の手に持っている籠から、薄いセロファンでラッピングして赤いリボンを巻いた星型の小さなチョコ3個入りを副委員長に手渡した。

「ありがとう、黒河さん。」

嬉しそうに受け取ってくれる副委員長。
いや、私も昨日がんばって作った甲斐があるというものです。

「いえいえ、去年はいろいろお世話になりました。」

お互いに交換したチョコと薔薇を手に、私と副委員長がにこやかに笑いあう。


ええっと。これ、何かといえば。実はまたまた学校行事。
今回は、時節柄もちろんバレンタイン。

でも、ちょっと世間一般のバレンタインとは違っていて。どういう内容かといえば。
まず、贈るほうも贈られるほうも男女の別がない。

つまり、日ごろお世話になっていると思われる人であれば、誰に贈っても大丈夫。
一応、贈るものは、男子が薔薇。女子がチョコ。

女の子同士でチョコを交換したり、男女でチョコと薔薇を交換したり。
あ。もちろん男の子同士で薔薇を交換してもオッケーなんだけど、これはちょっと微妙かもしれない。

で。今年は14日がお休みということで。13日に開催されているというわけ。

本当にイベントの多い学校だよなぁ、と思いつつも。
今日も今日とて、私、黒河七夜はイベントに強制参加中。


「黒河さん、そういえば。志筑、どうしたの?今日はあんまり見かけなかったけど?」

あれって感じに首を傾げつつ。副委員長にたずねられた。

ん?志筑?私も今日は授業中以外見かけてないんだけど。
そういえば、朝会った時には、すごく面倒そうだったなぁ。どうせ志筑のことだから薔薇とか用意してないんだろうし。となると・・・・・

「たぶん、どこかの準備室でサボってたんじゃないかなぁ。面倒だっていってたから。」

うん。きっとそんな感じ。やっぱりなんだかんだ言いつつも、志筑・・・もてるんだよね。
いや、一応彼女の私がそんなこと思うのもどうよ?とは思うんだけどさ。
私が居ないときには、まだ告白とか・・・されてるらしいし。
一応、このイベントでの贈り物は感謝の印だから、余程のことが無いかぎり受け取らないといけない。でも、そこはそれ。やっぱりこれに便乗して告白する子はやっぱりいるわけで。うーん。

思わずまた自分の考えに没頭しかける私。
あ、いかん、いかん。またマイワールドに入り込むところだった。

今は、副委員長も一緒なんだってば。ええっと・・・・・
んん?副委員長、何で笑ってるの?

ふと視線を向けると。何故か副委員長がニコニコしてて。

「―――終わったのか?」

「うん・・・・・え!?」

突然後ろから降ってきた低い声。びっくりして振り向いた私の視界を埋める黒。
でも、顔が見えなくても。誰かわかる。

「志筑。」

ぱっと上を向いた私を見下ろしてるのは、やっぱり・・・志筑。

うーん。本当に何食べたらこんなにでっかくなるんだろう?
180cmを超える身長の志筑と並ぶと、160cm弱の私って・・・・・。ちょっと悲しくなるし。

て。そんな私の心境を知ってか知らずか。いや、多分知らないと思うけど。
志筑の手が、ぽんっと私の頭の上に乗っかる。

「ほら、七夜。帰るぞ。」

当然といわんばかりに吐かれた志筑の台詞。

んん?帰るぞ、ですか?え?でも、私・・・・

「ええっと、志筑?私、今日は由紀の手伝いで後片付け、あるんだけど?」

「知ってる。だからさっき叶に話つけてきた。資料室へ教材戻すってことで七夜の売買契約成立。」

相変わらず人の頭に手を乗っけたまま、しれっと答える志筑。
な、ななっ!?なんで勝手に売買されてるんだ、私!!
志筑も由紀も!なんでそう、一言の断りも無いのかな!

「はい、異議あり!」

「却下。」

ばっと右手を挙げた私。が。志筑の一言に両断される。
そ、即答ですか?うううう。納得いかない・・・・・。

うるうると唸っている私。と、志筑の手が、私の頭から腰に移される。

「じゃあな、海月。」

志筑が私を掴んでいないほうの手で、副委員長に軽く手を振った。
その途端、志筑の腕に力が入って、私の体がずるずると移動し始める。

え!?ちょっと待ってって!!

「ああ、もう志筑!・・・・ふ、副委員長ー、じゃあまた来週ねー!」

とりあえず、志筑に抱えられながら、なんとか副委員長に手を振りつつ挨拶。
あああ。笑われてる、副委員長にめちゃめちゃ笑われてるじゃないのよーっ。

「し、志筑の、あほんだら。」

「はいはい。」

ぼそっと言った私に、志筑が軽く答える。
うう。なんかこのごろ上手くあしらわれている気がするのは気のせいか?

・・・・・はあ。とりあえず、自分で歩こう。うん。これ以上恥はさらしたくない。

「・・・・・あのさ、志筑。腕・・・離してくれる?自分で歩くから。」

諦めモードでがっくり項垂れながら言った私に、にやって感じで志筑が笑う。

「別にこのままでもいいぞ?」

・・・・冗談じゃ、アリマセン。
ぺんっと志筑の腕を叩き、私はようやく自由の身になれた。



「じゃあ、志筑。また明日。朝、志筑んち行くから・・・・ちゃんと起きててね?」

確認する私に、志筑が軽く肩をすくめる。

あれから私と志筑は学校を出て、二月の冷や冷やする風の中を二人で歩き。
今、分かれ道で立ち止まっていた。

「俺より、七夜・・・・ちゃんと起きろよ?」

え゛。あ、あははは。やだな、志筑ってば。私はちゃんと起きるよ?当たり前じゃない。

ぬるい笑いを浮かべる私を、志筑が実に疑わしそうに眺めている。

ああ、見抜かれてる・・・・。私、実は寝起き・・・・あんまり良くないんだよねぇ。
なんたってこの学校を選んだのだって、通学時間が一番短かったからだし。

「遅れたら、ペナルティな?」

「・・・・・・・・・・がんばる。」

ペナルティ、その言葉に、微妙に嫌な予感を感じつつ。私は志筑と分かれて一人帰路についたのだった。



***




2.由紀のチョコ、その行方?


帰宅した私は早速キッチンで格闘・・・・ではなく。チョコ作りを開始していた。
甘い匂いにクラクラしながら、どうにかこうにか形になってきたとき。

「七夜、由紀ちゃんから電話よ?」

片手に子機を持った母さんが、キッチンに入ってきた。

「ん、由紀?母さん、子機こっちにちょーだい。」

キッチンの真ん中にでんっとおかれているテーブル越しに思い切り腕を伸ばすと、その手の上に、母さんが子機を乗っけてくれる。

んん?何よ、かーさん、その顔?

にやにや。私を見ながら、何故か母さんがちょっと人の悪い笑みを浮かべていた。

「七夜、早くしないと父さん帰ってきちゃうわよー。」

「うっ!・・・・・わ、わかってる。」

言葉にやや詰まりながら答える私に「まあ、がんばんなさい。」とひらひら手を振って母さんがキッチンをでていく。

うう、父さん、そろそろ帰ってくる時間か。これ、見られたら何言われるかわかんないもんなぁ。
・・・・それにしても母さん・・・・。娘の苦労を知ってるなら何とかしてください。あの父を。

等など考えながら、受け取った子機に向って「もしもし?」というと、由紀の笑い声が聞こえてきた。

『こんばんわ♪何?七夜ってば、昨日のうちにチョコ全部作ってなかったの?』

こっちの会話が聞こえてたらしい由紀の問いに、思わず溜息が漏れた。

「うん、間に合わなかった。昨日は、とりあえず今日配る分しか作らなかったの。後は、今晩作ろうと思って。」

昨日も時間いっぱいぎりぎりまで粘ったんだけど。志筑と父さんの分までは手が回らなかった。だから、今日も作る嵌めに陥っているんだけどさ。

『マメねー、七夜ってば。』

由紀が電話越しに呆れたように呟く。
うう、私も好きで今日も作っているんじゃないってばさ。

そう思いながら、電話片手に湯煎したチョコをヘラでかき回している私。
かなり余裕ありげな由紀の態度がうらやましくもあったり。
そういえば、由紀は今年、誰にもあげないのかな?

「由紀は、明日誰かにあげないの?」

『ええ?私?・・・・そうねぇ・・・・。』

電話口で煮え切らない返答を返す由紀。

あ、あれ?何気なく聞いてみてた一言だったんだけど。
由紀、いいよどんでる??
め、めずらしい!いつもは即答で「いないわよ」だったのに!

「え!?実は、考えるような人、いるんだ!?」

びっくりして聞き返した私に、由紀がさらに言いよどんでいるらしい気配。

『うーん。情報源としては、なかなか役立つし。これからのことを考えたら、ちょっと餌付けしといてもいいかしらねぇ。』

ぶつぶつぶつ。電話の向こうで独り言のように呟かれる由紀の声。
んん?今なんか聞き捨てなら無い単語があったような?

「え、餌付け・・・?」

ちょっと固まりながら聞き返した私に、由紀が誤魔化すみたいに、笑った。

『あ、何でもないの。こっちの話だから。それより、七夜は明日志筑クンにチョコあげるんでしょ?』

なんだかあからさまに話題をかえられたっぽいけど。
ひとまずこれ以上追求するのはよそう。うん、なんだかそんな感じがするし。

私は「ん、うん。」と素直に由紀の問いに頷く。

『ふうん?志筑クンと、後は・・・お父さん?』

「うん、そう。毎年あげないと・・・・騒ぐし。」

うう、これも毎年頭痛の種だよ。娘のチョコ一個でそこまで騒ぐかってぐらい大騒ぎするし。

『あはは。七夜のお父さん、おもしろいわよね。』

「・・・・面白いというか、困ったサンというか・・・」

明らかに人事だと思っている由紀が、私の言葉にけらけらと笑っている。

「もう、笑い事じゃないよ。今日も父さんが帰ってくる前に、見つからないようにってがんばってるんだってば。」

『・・・・ごめん、ごめん。そっか。特に用は無かったんだけど。今日七夜に貰ったチョコ、おいしかったわよーって言おうと思っただけだから。』

ようやく笑いを収めたらしい由紀。

ふーん、だ。それは、どうも。・・・・・・・って。あれ。今の、音?
たぶん、玄関のドアが開いた、音。

て。うわ。まずっ。父さん、帰ってきちゃったよ!

「由紀、ごめん!父さん帰ってきた!また、明日ね!」

『あらら。じゃ、七夜がんばってねー。』

慌てて電話を切り、あたりに散らばっていたチョコを片付ける私。
しかし、とき既に遅く―――――・・・・

「七夜ー、ただいまー。父さんだよ〜。」

キッチンの入口から、父さんが顔を覗かせていた。

・・・・・・・あああああ。見つかっちゃった・・・・・・・。

手にヘラとボールを抱えたまま固まる私。
キッチンの中を見回す父さん。

やっぱりばれるよねぇ。どう見ても、二人分。ラッピングも分量も。ははは。

固まる私の前で、見る見る父さんの顔が強張る。

「七夜、それ・・・・父さんと・・・・もう一個は、誰にだ?」

「え?ええっと・・・・」

思わず一歩引きながら、必死に言い訳を考える、私。
キッチンにずいっと父さんが一歩足を踏み入れてくる。

「お・・・男か?男なのか!?」

ボタッ。父さんの手から。書類ケースが落ちて。

「ちょっ、父さん、落ち着いて!」

うわわ。そ、そんなに詰め寄られても!ど、どうする、私!?
ぐるんぐるん考えている内に、キッチンの入口から、母さんが顔を覗かせた。

「あなた、何やってるんですか。邪魔しちゃ、だめでしょう。まったく。」

呆れたように、腰に手を当てて父さんを一喝する母さん。頼もしいです、はい。

「お母さん、助かった!父さん向こう連れてって。」

「はいはい、ほら、お父さん、向こう行きましょうね?七夜、がんばんなさい。」

「うん。」

がしっと母さんの手が父さんの襟首を掴んだ。そのままぐいぐいと引っ張られていく父さん。
ちょ、ちょっと、可哀想だったかな・・・・。なんだか、猫の子みたい・・・・。

乾いた笑いを浮かべる私の前から、父さんの姿が見えなくなる。

「ああ、母さん待ちなさい!ちょっと、七夜、聞きたいことが!!そのチョコだれのなんだぁぁぁぁぁ・・・・・。」

そして。、父さんのだんだん遠のいていく声。
それを聞きながら、私は面倒なことになったなぁと、おおきなためいきを一つ、落とした。



***




3.ビター or スイート?


翌日。二月十四日。私は何とか父さんの追及の手を逃れつつ。

予定通り志筑の家の前に辿り着いていた。

よっし。完璧!

思わず心の中でガッツポーズを決めながら、私はふと引っかかりを覚える。

・・・・・そういえば。
微妙に・・・・一点気になることが・・・・。朝、妙に父さんの機嫌が・・・・・よかった気がする。
夕べはあれだけ騒いでたのによ?

「・・・・・・・・・。」

・・・・まあ、あんまり気にしてもあれだし。とりあえず無事チョコも作れたし。予定通り志筑んちの前だし。いっか。

ひとまず自分を納得させ、私は勢いよくチャイムを、押した。

志筑、起きてるかなぁ。

待つこと、しばし。ガチャン。目の前の扉が開いた。
そこにはしっかり着替え終わり、準備万端なんであろう志筑の姿。

「・・・時間通り、だな。」

こらこら、志筑。なんでちょっと残念そうなの。
一体どんなペナルティ考えてたんだろ、まったく。

「時間通りです。はい、志筑。」

ずいっと、鞄から取り出した箱を、私は志筑に突き出した。
中身は、昨日の父さんの追及にあいながら作ったチョコ。
ふ、ふ、ふ。今回はちょっとがんばって、トリュフにしてみました。味見もしたし。問題なし!

「自信ありげだな。」

志筑が苦笑しながらチョコを受け取る。その後、何故かドアを開いて私を玄関に招きいれた。

んん?何?早く行かないと、映画始まっちゃうよ?

今日は、映画に行く―――。いや、私が決定したんだけど。志筑も反対しなかったし。
14日封切の新作映画。ちょっと楽しみにしてたり。上映時間、あるし。そろそろ出ないとだよ?

首を傾げる私の前で、志筑の手が器用に箱のラッピングを解いて、いた。

・・・・い、今。食べるんですか?ええ?それはちょっと緊張するかも・・・・。

嫌な汗をかく私を前に、志筑が箱の蓋を開ける。
奇麗に並べたトリュフ・チョコ。中身の柔らか具合も見た目もかなり良い出来、だと思う。

志筑の長い指が、箱の中から一粒チョコを摘み上げる。
ちょっと固唾をのんで見守る私。

チョコが志筑の口に運ばれて―――――・・・・・・。

んん?む、無反応??
あ、いやいや。ちょっと眉間に皺が寄っているような?ど、どうして?

ごくり。志筑の喉が動いて、チョコが飲み込まれる。
しばし間があってから。志筑がもう一つチョコを摘んだ。

そして、口に含み――――。

何故か私に向って志筑が軽く手招きしてきた。

んん?何だろ?

素直に志筑の傍によっていく私。

「っ!?」

あっという間に志筑の手につかまれて、思いっきり引き寄せられていた。
その勢いのまま、志筑の唇の感触がして。私はしっかり志筑に抱きすくめられながら。
―――――口付けられていた。

う、うわあぁぁぁ、い、いきなりなにするかぁーーーっ!

動転する私をよそに、志筑の舌が口の中にするりと差し込まれる。
溶けかかったチョコの乗った志筑の、舌。

「んんっ!?」

な、な、な、なに、これーーーーーっ!?

「に、にっがぁい!!」

私は口の中に広がる、とんでもなく苦いその味に。
志筑の胸を思いっきり押し戻していた――――――。


口を押さえて、玄関口に座り込む私。
ちろりと視線を上に向けたら。やっぱり志筑があきれたように私のことを見下ろしていた。

「七夜、これ・・・自分で食ってみたか?」

チョコの入った箱を手の中で軽く弄びながら、志筑が聞いてくる。

た、食べたよー、ちゃんと。私も、何でこんな妙なことになったのか全然、わかんな・・・・・。
・・・・あ、あれ?んん?んんんん?・・・いや、ちょっと心当たり・・・・・あったり、しないか、私?

朝、やけに機嫌のよかった父さん。チョコは、溶けないように夕べ冷蔵庫の中だった。
ということは。

夜中にこっそりチョコに細工している父さんの姿が、脳裏に浮かんだ。

は、犯人は父さんかーーーっ!と、父さんの馬鹿ぁーーーーーっ!
ああああ、もう!今叫んでも、状況は改善しないけど!

志筑の前で百面相を繰り広げている私の姿に、志筑が軽く溜息をつく。

「ご、ごめーん、志筑!」

無言の志筑に、私は両手を合わせて謝り倒す。

うわ、もう。本当に困ったサンだよ、あの人はーっ。

座り込んだまま、上目づかいで謝る私の前で、志筑が玄関口に腰を下ろした。
そしてしばらくじっと何かを考えるようにした後、何故か、志筑が笑った。

うっ、なんだかちょっと嫌な感じ・・・・。

「じゃあ・・・・そうだな。七夜からのキス、でチャラにしてもいい。」

私をじっと見つめながら、志筑が言った。

やっぱり・・・。嫌な予感ほどよく当たるものだよね、ははは。
うう、でもちょっとやっぱり。それは抵抗があったり。

「・・・・そ、それとこれとは・・・・」

ちょっと引きながら、往生際悪く言う、私。志筑の腕が私に向けて伸ばされる。

「ちがわないだろ?」

「・・・・・・・・・。」

艶っぽく笑う志筑に、心臓・・・どくどく、する。顔、熱い。
言葉が、上手く出てこなくなって。私はふらりと立ち上がり、誘われるままに志筑の腕の中に引き寄せられていた。

ど、どうしよう・・・・。でも、これはもう言うこと聞かないと、志筑、納得してくれないだろうなぁ。

心臓、ばくばくさせながら志筑を見ている私に、志筑がやっぱり艶っぽく笑っていて。
それに、座り込んでいる志筑より立っている私の方が、今は目線が高いのも、いつもと違う感覚で。やっぱり、戸惑う。
でも、でも。・・・・私は、どうにかこうにか心臓をなだめつつ。覚悟を、決めた。

「・・・あの、しづ、き?・・・目、瞑って・・・・?」

小さく呟いた言葉に、志筑の目が閉じられる。
胸、痛い。緊張しすぎて。何がなんだか。

腑さえられた睫。きっちりと結ばれた薄い唇。
・・・こんなに近くで志筑の顔しっかり見るのって、初めて、かも?

私はそんなことを思いながら、志筑の唇に軽く触れるだけのキスを、落とした。

「はい、終わり!」

勢いよく言いながら、志筑から離れようとさっと身を起こそうと・・・・・、したんだけど。
しっかり、志筑の腕が。私の腰に廻されていて。

んん?何?幾ら軽くても、キスはキス、だよ?

抗議を篭めた私の視線。それを受けながら。

「もう一回。」

志筑が、のたまった。

「な、なんで!?」

「オレは二粒食べた。」

「!?」

し、志筑あんた了見が狭いわよ!?
何とか反論しようと口を開きかけるが、視界の隅に。さっきのチョコが、飛び込んできた。

・・・・・・確かにあれは、酷い味だった。
志筑、よく二個目、食べたよなぁ・・・・。

そう、思うと。すごく悪かったかな、なんて気が、して。
私は、やや躊躇った後。激しい動悸と戦いながら。

もう一度。軽く志筑に口付け、た。が。離れようとした瞬間。志筑の腕に力が籠もる。
腰に廻されていた両手のうちの一つが私の後頭部に廻された。

「ん・・・・・んんっ!」

志筑の舌が、私の中に入ってくる。そのまま深く口付けられ―――。
どんどん濃密になっていく志筑の動きに、くらくらして。脈拍が、速くなって。
いつの間にか私は、志筑に押し倒されていた。

と、父さんの、父さんの大馬鹿ーーーーっ!
父さんのせいで貴方の可愛い一人娘は、大ピンチじゃないのーーーーっ!!

が。私のそんな叫びはもちろん父さんに届くはずもなく。

映画の上映開始時間・・・・・・・私はしっかり志筑の部屋に、捕まっていた・・・・・。



***




4.ダーリン&ハニー??


「うう・・・・・だるい・・・・・・。」

私は、志筑のベッドの中でシーツに包まり。唸っていた。
志筑はお風呂に行っていて、いない。またもや志筑に一緒に連れて行かれそうになったけど。
今回は何とか、辞退した。

ごろりと寝返りを打ったら、置時計が目に止まって。
もう、お昼・・・・過ぎてる。ああ、完全に映画、見逃した。

父さんの、馬鹿。

心の中で、父さんを罵倒しつつ。
来年は、もう絶対に父さんにわかんないところにチョコを隠さなくちゃと、堅く決意した時。

――――ガタンッ。

「・・・・・?」

んん?あれ、今。物音、したよねぇ。志筑?
と。思っているうちに。トントンっと軽い音をさせながら、階段を登ってきているのであろう足音が聞こえてきた。

―――志筑じゃ、ない?

足音、聞き違えるはずが無かった。志筑だったら、あんなに軽い音じゃ、ない。
途端に、すっと血の気が・・・引いた。

だ、だって。私、シーツ被ってるだけで。服、着てない。

慌てて服に手を伸ばす。しかし、時既に遅く。ばーんっと、部屋のドアが、開いた。

「連ーーーっ、ひさしぶりーーーー!!」

扉を開けて現れたのは、ゴージャスな美女。
ゆるく巻いた長めの茶髪と、すんなり伸びた背。でも、出るとこでてるし、締まるころは締まってる。

て、テンション高!だ、誰?この人??
固まる私の前で、その女性も笑顔のまま動きが止まった。と、思ったら・・・・私はわけもわからず、いつの間にかふくよかな胸の中に思いっきり抱きしめられていた。

「・・・・・・やだーっ!連ったらしばらく帰ってこないうちに、こんなに可愛い女の子になっちゃってーーーーっ!!母さん、嬉しいわぁ!」

・・・・いえ、それはありえません。・・・んん?てか。・・・・・か、母さん!!!
ええええっ!!この人、し、志筑の・・・・お母さん!?わ、若い!!
ああああ、でも。そういわれれば、似てる。顔の造作とか、背の高さとか。

「何やってるんだ、あんたは。」

おろおろ、きょろきょろしていた私の目に。呆れたように部屋の入口に佇んでいる志筑の姿が飛び込んできて。まだ濡れたままの髪から、ぽたぽた水滴が落ちているのを、志筑の手が乱暴に拭っていた。

今日、今この瞬間ほど、志筑の登場が嬉しかったことは、ないんじゃないかって勢いで私は志筑に目で助けを求める。

「あら?・・・・・なぁんだ。やっぱり可愛げのない息子のままか・・・・・。」

志筑の登場に、志筑の母さんがちっと舌打ちして。
私の体が、ようやく自由になった。

「で?何しにきたんだ。」

部屋の中に入ってきた志筑が、ベッドのすぐ傍まできて。
私と、志筑の母さんの間に、立ちふさがる。

広い、背中。ほっとする。

志筑の背後でまだ呆然としている私に、志筑の母さんがにっこり、笑いかけてきた。

「ダーリンが今日休日出勤だったのよー。だから可哀相な息子に義理チョコを持ってきてあげたんだけど。ふふん。いいもの見れたわ。」

だ、だーりん。ダーリンですか?ええっと。志筑の父さん、てことだよね?
なんていうか、面白い母さんだなぁ。

・・・・て。そうじゃなくて!

「あ、あの!私、黒河七夜といいます。その、志筑・・・じゃなくって。ええっと、連君のクラスメイトで・・・その、あの・・・・・」

どうにか志筑の背後から、志筑の母さんに挨拶を・・・・と、思ったんだけど。

ああああ。自己紹介って、後何言えばいいんだろう。
そもそも私、ベッドシーツの下は何も着てないし。
こんな状態でよもや志筑の母さんに挨拶する嵌めになるとは思いもしなかったというか、まったく予想だにしてなかったし。

再び固まってしまった私を見て、志筑の母さんがころころと笑い出した。

「あらあら。可愛いわー。私、こんなでっかい息子じゃなく、可愛い女の子が欲しかったのよねぇ。七夜ちゃんていうの。うふふ。私のことは百合さんって呼んでね?」

ゆ、百合さん、ですか。

こくこくと頷く私を満足げに見つめつつ、百合さんは手にしていた鞄から奇麗にラッピングされた箱を取り出し、「ほら。」と志筑に向けて放り投げた。

それをぱしんと、右手でキャッチした志筑が、溜息をつく。
・・・・・なんか、不思議な親子関係だなぁ。
びっくりしながら見守る私の前で、志筑が「・・・・用、済んだんだろ?帰れ。」と低く呟いた。

ええ!?だって今さっき帰って来られたばかりじゃない!
そ、そんなに早く帰れって・・・・・・。
この場合、やっぱり帰るのは私の方じゃないかと思うんだけど・・・・。

おろおろと二人を交互に眺める私をよそに、百合さんが軽く肩をすくめる。

「ま、連ってばつめたい。でも、そうなのよ、もう戻らないと。」

夜には、ダーリンが帰ってくるから、このままとんぼ返りよ〜と言いながら、ちらりと腕時計に目をむけて。

呆然と事の成り行きを見ていた私に、軽く手を振って「じゃあ、七夜ちゃん。また会いましょうね。」と言い残し、百合さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。

そして、後には。
嫌そうに顔を顰めた志筑と。嵐のように志筑の母さんが去っていった部屋の入口を見ながら。
ただただ呆然とする私。

「え、ええっと?」

「気にするな。」

激しく動揺しだした私を見ながら、さくっと志筑が言い切る。

「だ、だ、だって。志筑のお母さんでしょ?」

「そう。不思議なことに。」

「ああ、もう!だって、もうっ。な、何がなんだかーーーっ」

自分でも何を言いたいのか良くわかんなくなってきた。
でも、でも。初対面なのにいきなり息子のベッドの中で何も着てない彼女ってどうなの?
うわっ!もう、最悪!

改めて先程の状況を反芻し。頭を抱え込んで唸る。
でも、志筑はまったくそんなこと気にしてないらしく。
志筑の手が肩に掛かり、私はそのままベッドへと押し倒されていた。

「ほら、七夜。落ち着け。」

軽く言いながら、志筑の手が私の体に巻きついているシーツを剥そうとする。

「!?・・・・ちょっ、ま・・・・しづ・・・・・んん」

ま、待ってて!う、うわあああん。もう、最悪だ!今年のバレンタインは、もう最悪だーーーっ!


志筑のキスを受けながら――――、私は元凶となった父さんの行い許すまじ、の決意を固めて。
・・・来年のバレンタインは、父さんのチョコは絶対に作るもんかと、心に誓ったのだった――――。



***




5.ハッピー・バレンタイン


日もとっぷりくれた二月十四日。
私は、志筑と一緒に街中を歩いていた。もちろん、家に帰る為である。

通りに面した映画館の前を素通りした時に、さすがにちょっと溜息がもれた。
でも、もう時間的に見るのは、無理。
名残惜しそうな私を見ながら、志筑が「また、今度な?」といいながら苦笑する。

とりあえず、その言葉に素直に頷き。私はもう一度溜息を落とした。

「はー。今年のバレンタインは・・・・・なんていうか、苦かった・・・・・・。」

「チョコが?」

間髪いれずにちょっと笑いながら志筑が返してくる。
む。今回のあれは、概ね私のせいじゃないもんさ。

むかっとしつつ。隣を歩いている志筑をふん、と見て。
全然余裕そうなその姿に、ちょっと・・・・悪戯心が、湧いたり。

「あのさ。・・・・・・志筑のことも、ダーリンて呼んだげようか?」

にやっとしながら、言ったら。志筑がちょっと驚きながら私を見下ろしてきて。

「・・・・勘弁してくれ。」

心底嫌そうに、いった。

あはは。だよねぇ。
あ。というか。志筑がダーリンなら、私はさしずめハニーとか、呼ばれないといけないのか?
・・・・そ、それはちょっと嫌かも・・・。よかった、志筑が承諾しなくて。

ちょっと嫌な汗をかきつつ。私は志筑を見る。

白い息、吐きながら。志筑が、なんだ?ていうように私に視線をよこす。

その姿を見て。やっぱり私、志筑のこと好きなんだなー、なんて思ったり。

私は、志筑の手を捕まえて。ぎゅっと握った。

まあ、たまには―――ちょっと甘えてみたりするのも、いいかも。
だって。ちゃんとしたチョコ、あげられなかったし。

「――――志筑、大好き。」

志筑を見上げて笑いながらいった私に、志筑はちょっと驚いた後。
それでも笑いながら、私の手を握り返してくれた。

うん。ハッピー・バレンタイン。



〜Fin〜



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