沈みかけた夕日の残照。 その中を華はゆうきのマンションへ向って歩いていた。 腰まである髪がさらさらと風に靡く。 ふと腕時計に目を向けると時刻は18:00になろうとしていた。 思ったより、図書館に長居しちゃったなぁ。 華は学生鞄に制服姿。いままで明日のテストに備えて図書館で勉強していたのだ。 本来なら、このまま自宅に帰らなければいけないところだが、何故か華の足はゆうきのマンションへと向かっていた。 ゆうきのマンション、502号室の前。華は鞄から鍵を取り出しいつものように上がり込みリビングへ入ろうとして、やや躊躇する。 リビングの中にを見渡し、数日前の出来事を思い出すと自然と華の頬が赤くなった。 華は軽く頭を振り、リビングの中へ入っていく。 ソファに座り、ふー、と溜息をついた。 ――まだ、全然、信じられない。 ゆうきと華が思いを確認しあってから数日。 テスト期間に突入する華のため、二人はあれから顔をあわすことができずにいた。 メールのやり取りはしているが、華は少し物足りなく感じている。 ゆうきの彼女になれたという実感がいまいち持てないのだ。 時折、これまで見てきたゆうきとさまざまな女性たちの朝の情景が思い浮かぶこともある。やはり華の中でそれは強烈に印象付けられているらしい。 そして、ゆうきに会うことのできない状況が、華を不安にしていた。 ゆうきちゃん、今日は遅いのかな……。 ソファの前にあるガラス製のテーブルに軽く頬杖をつきながら再び華が軽く息を吐く。 明日からテストだというのにゆうきの顔が見たいと思っている自分に苦笑した。 そのままぼんやり時間だけが過ぎていく。 気づいたときには、時計の針が既に19:00を指そうとしていた。 「もう、帰らなきゃ。」 小さく呟き、華はソファから腰を上げると鞄を手に取る。 明日のテストの為にもこれ以上は長居はできず、華はゆうきに会うことを諦めるしかなかった。 ゆうきの姿を見ることができなかったことに落胆しながらも、華はゆっくと玄関へと向う。 また、テストが終わったらこよう、そう思いながら華が靴を履こうとしたその時。 ――ガチャ、ン。 華の目の前で、鍵の施錠が解除される音が響いた。 *** 自宅の扉を開けたゆうきは、玄関の上がり口に驚いた表情で佇む華の姿を認め、やや驚く。 テスト期間に入るため、しばらくこられないと告げられたのは華を抱くことのできたあの日の午後。 華の思いを確認できて、やっと恋人としてのスタートラインをきることのできたその日に云われた内容に、ちょっとぐれ気味になっていたゆうきにとってこれは予定外の嬉しい出来事だった。 自然とゆうきの頬が緩み、甘い笑顔が滲む。 「――華? テスト、明日からじゃなかったか?」 ゆうきが玄関を閉めながら華に問いかけた。 「あ、うん。そう、なんだけど。」 何故かバツが悪そうに華がいいよどむ。 その様子を不審に思い、ゆうきは素早く靴を脱ぐと玄関に上がりこんだ。 所在なげに佇む華の腰へ手を廻し、そっと抱き寄せる。 そして、腕の中からゆうきを見上げてくる華の視線を受け止めた。 「どうかしたか?」 ほんの数日前には、潤んだ目でゆうきを見つめていた瞳が、今は不安げに揺れている。やっと手に入れることの出来た少女の変化に、この数日の間に何かあったのかとゆうきが訝しむ。 だが、そんなゆうきの懸念をよそに、華が小さく微笑んだ。 「あの、ね。なんだか、信じられなくて。その、ゆうきちゃんの彼女さんに……なれたんだよね? 私。」 小さく投げかけられた問い。華が何を不安に思っているのかを確認し、ゆうきはやや安堵する。 どうやら、生まれたときからずっと続いていた16年間の関係の変化に戸惑っているらしい華へ、ゆうきは最上級の甘い笑顔を向けた。 華の頬がほんのりと桜色に染まる。 「ああ、もちろん。華がオレの、彼女さん。」 笑いを含んだ声で告げるゆうき。 だが、華はまだ不安げにゆうきを見上げてくる。 「信じられない?」 ゆうきがやさしくたずねると、華が少し申し訳なさそうに頷き、「……少し。」と小さく呟く。 自分の今までの行動を振り返れば、まあ信用されなくても当然かと、ゆうきは華に気づかれないように心の中で嘆息した。 *** ゆうきちゃんが、信じられないわけじゃない。 ただ、私がゆうきちゃんの彼女になってるってことが、信じられない。 そう、不安だから、ゆうきちゃんの顔が見たかったんだ――。 ゆうきの腕の中に抱っこされながら、華はゆうきの顔を見れば解消されるかと思っていたここ数日の不安がまだ僅かに残っていることに戸惑っていた。 そんな華の戸惑いを感じ取ったのか、ゆうきがやや思案顔になる。 そしてしばらく華の髪や頬に触れた後、ゆうきが唐突に告げた。 「華、ちょっとおいで。」 「え、……ひゃ!」 華の身体が軽々とゆうきに抱え上げられる。 横抱きにされ、華が落ちないようにゆうきの首に腕を回してしがみ付くとゆうきはすたすたと歩きだしていた。 「ゆうきちゃん?」 どこにいくのかと不思議に思い、華がゆうきを見上げる。 だが、ゆうきは無言のまま華を軽々と抱えて、リビングを横切っていった。 そして、やっとゆうきが立ち止まったのは寝室の前。 華の顔が僅かに強張る。あの日、華が拒絶したベッドがある部屋。 がちゃりと、寝室への扉が開いた。 華がぎゅっと目を瞑る。 ゆうきと、見知らぬ女性。過去の情景が思い出された。 「はーな。ほら、目、開けて?」 ゆうきのやさしい声に、華がそろそろと目を開けた。 「……あ、れ?」 「気に入った?」 悪戯っぽく笑うゆうき。 そして、華が眼にしたのは、いままでとはまったく違う内装となっているゆうきの寝室だった。 *** いままで中央に鎮座していたベッドは、すっかり姿をかえ、数日前に買い換えた新品のそれとなっている。 華が嫌がったため、ゆうきはその翌日に、すべての調度を入れ替えてしまっていた。 もともと家具の少ない部屋だったのでそれ程手間ではないこともあったが、なにより華の辛そうな顔を見たくなかったのだ。 「……え、ゆうきちゃん? ……模様替え?」 見慣れたはずの部屋。その変わり様にびっくり眼でゆうきを見つめてくる華。 ゆうきは、想像通りの反応を貰え、思わず頬を緩める。 「えっと……ひょっとして、私の……為?」 やや恥ずかしそうに、ゆうきの顔を窺いながらそっと華が聞いてくる。 「もちろん。」 ゆうきは、楽しげに笑いながらしっかりと華に肯定する。 そして、ゆうきの腕の中で照れながら黙り込んでしまった華を真新しいベッドの上にそっとおろしてやった。 ふかふかのベッドの上に華が座り込む。 白い頬を朱色に染める華。 その愛らしい様子を静かにゆうきが見守る。 しばらくして、じっとしていた華がゆうきに顔を向けて口を開いた。 「あのね、すっごく……うれしいです。――ええっと……ね。」 続く言葉を、何故か華が飲み込む。 「ん?」 云い淀む華を、ゆうきはやさしく促した。 だが、まだ躊躇しているのか華は一、二度口を開きかけ、その都度黙り込んでしまう。 だが、じっと待つゆうきの視線に意を決したのか、華は俯き、本当に小さな小さな声で囁いた。 「私以外の女の人を……このベッドに上がらせない、で、ね?」 ゆうきが華の言葉に目を見張った。 いままで決して見せることがなかったゆうきに対する華の独占欲。 いままでの関係が変化したことを、うれしさと共にゆうきは実感した。 華は余程恥ずかしいのか、耳までほのかに朱色になっている。 ゆうきは甘い笑みを浮かべ、はっきりと華に答えた。 「これから先、華以外の女をここに入れることは、ありえない。」 ゆうきの言葉を受けて、ぱっと華が顔を上げる。 僅かに口を開きかける華。だが、ゆうきは華の顎を捉え、その唇に深く口付けて華の言葉を封じてしまった。 ゆうきは思う存分華の唇を味わいながらも、華の快感を引き出せるようにゆっくりと歯列をなぞり、舌を絡め取る。 「ん……。」 艶を含んだ華の声が僅かにもれた。 そして、戸惑いながらも華がゆうきの首に腕を廻してくる。 それに気づいたゆうきは、更に深く深く、華に口付けていた。 やっとゆうきが満足して唇を離したときには、華の息は上がりきっていた。 ゆうきにくったりと凭れかかりながら、肩を上下させ呼吸を繰り返す華。 ゆうきは、華の背中や髪に手を滑らせながら軽く溜息をついた。 明日から、テストだといっていた華の言葉を不意に思い出したのだ。 「まいったな。」 苦笑しなが、ゆうきが呟く。 数日、華に触れてなかったのに、どうやらさっきのキスはやりすぎだったようだと気づいたのだ。 ゆうきの自制心は、既にさっきの華の言葉によりあらかた飛んでおり、いまこの状況では、華が明日テストだという事実もあまり大きな抑止力にはなりそうもなかった。 そして、呼吸を整えようとする華の耳元に、ゆうきが顔を近づけそっと囁いた。 「今日は何もしないで帰そうと思ってたんだけど、華が、あんまり可愛いこと云うから、止まんなくなった。」 ゆうきの言葉に、華の朱色の頬がますます赤くなる。 そして、覆いかぶさっていくゆうきの姿に動揺しながらも、どうやらこれから自分の身に降りかかる事態を理解したらしい華がゆうきに問いかけた。 「え、え? わ、私のせい?」 「そう。華のせい。」 そういうと、ゆうきは華の両肩に手を掛けていた。 そして、くすくすと楽しげに笑いながら、ゆうきは真新しいベッドの上に華を軽々と押し倒したのだった――。 〜Fin〜 |
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