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Stage.03 2006/12/12(Tue) 00:31
あの愚弟め、まーた連れてきてるし。

突然の夕立にすっかり濡れた髪を後ろに押しやり入った玄関。きちんと並んだ革靴を見て、あたしの機嫌バロメーターは一気に下降しまくった。

あの子――クレイ君からのプロポーズを受け、ぶっ倒れた日から早十日。
あたしのぶん殴りたいほど可愛い弟は連日、誇張でもなんでもなく本当に連日、件の友人を連れて帰ってきている。

……今日は誰か空いてる子居たっけ……。

溜息と共に、幾つかの顔を思い浮かべた。
綾香の所には一昨日行ったばかり、久美子の所は――確か今日彼とデートだって言ってたっけ。
あの子と顔をあわせないようにするためとはいえ、そろそろ友達に迷惑をかけるのも心苦しい。

どーするかなぁ、と頬に流れてきた雫を手の甲で拭い、仕方ないファミレスでも行くか、と今朝は持ち忘れた傘を持ち上げ、靴を脱ぐとこなくさっき潜ったばかりの玄関を再び開けた。

鼻の奥がむずむずする。
途中でタオルでも買って体を拭かないと、また風邪がぶり返しそうだ。

「――もうあたし、何やってんだろ」

ぽんと小気味良い音と共にベージュ色の傘が勢い良く広がる。
夕立はまだやんでない。でも空の向こうは薄く日が差しているから、もうじき茜色の夕陽が望めるはず。

――ああ、こんな天気の日だったな、そういえば。クレイ君に会ったのも。

掲げた傘の下、そっと手を伸ばすと指先に幾滴も雨粒が弾けた。




何よ、今日は晴天のはずじゃなかったの! 天気予報のお馬鹿!

その日、大学からの帰り道。
突然立ち込めた暗雲はあっという間に成長し、日の光が影を潜めたと思ったらバケツをひっくり返したかのような土砂降りになった。

予報を信じて当然傘なんて持っていなかったあたしは、何の因果かバス停からの五分間を全力疾走する嵌めに。

化粧は落ちるし、朝、折角伸ばした髪は雨の所為で癖が戻っちゃってるわ、くしゃくしゃにもつれるわでもう最悪。
おまけに幾ら初夏とはいえ、全身ぐっしょりになるほどの濡れ鼠になれば流石に寒い。

「ただいまー」

濡れそぼったまま駆け込んだ玄関、靴を脱ぎながら声をかけた。
けれど返ってくるのは静寂ばかり。

それもそのはず。あたしの両親達は現在海外赴任中。
あたしが大学に上がった年に、海外転勤となったお父さんにくっついてお母さんまで旅立っていった。
残されたあたしは呆然とし、「ま、いいんじゃね? 飯は交代制でいこーぜ」なんて達観した章吾に肩を叩かれたのも……まあいい思い出。

ぶるぶると頭を振り雫を払う。
家に上がり、玄関マットで一応足だけ拭いてふと下を見ると、転がっているのは、大分草臥れたバスケットシューズだった。

なんだ、章吾、帰って来てるんじゃない。声掛けたのに聞こえなかったのかな?
いや今はそんな事よりお風呂お風呂。

大方章吾は自分の部屋にでもいるんだろうと余り意識してなかった。
だから実は玄関にもう一足、きちんと並べられた革靴が壁がわに避けてあったなんて全然気が付かなかった。

一階、廊下の突き当たりにあるお風呂場。
何故か明かりがついていたけれど、これまたあたしはまったく気にせず中に踏み込んだ。
またいつものように章吾が明りを消し忘れたんだろうって思ったから、だったのだが。

「――えーと、貴方はあたしの弟?」
「いえ、違います」

うっかり間抜けな質問をした自分にアホかと突っ込んだ。
そりゃそうよね、あたしの弟はこんなに背も高くなけりゃ、褐色の肌でもない。
ついでに言うなら童顔気味で、それを常日頃から気にしている。髪もこんなにさらさら長い黒髪じゃなく、薄茶色のベリーショート。

身内にこういうのもなんだけど、まかり間違ってもこんな上品さは兼ね備えてない。それは間違いない。

――でもそしたら彼は誰なわけ? なんであたしん家の脱衣所で上半身裸?
まさか泥棒ってこともないだろうし。

……ってことは章吾の友達? はっ、もしかして章吾の奴。

あたしの弟が通っているのは男子校。そういえば、そこそこもてるらしいのに彼女がいる気配が無い。
一瞬、本気で弟が衆道に走ってるんじゃないかと疑いかけたところで、

「お邪魔しています。私は章吾の友人なのですが――章吾のお姉さんですよね? 突然雨に降られてしまったもので、バスルームをお借りしてました」

低いバリトンによる的確なフォローが入った。見知らぬ彼の口から章吾の名前が出たことに幾分ほっとする。

「あー、ああ、雨、雨ね、そうよね、そうか、君は章吾の友達か」

自分の邪な想像を追い払い、無意味に首を上下へ振りつつ、あたしは彼の日本人離れした顔立ちに少なからず驚いてた。

ハーフ? クォーター?
凄く流暢な日本語だったけど。

「すみません、今出ますから」
「あー、いいいい。ごめんね、いきなり開けちゃって。てっきり章吾が入ってるんだと思ってたから」

パタパタと手を振りながら、出ようとする彼を牽制する。
ちょっとは恥らえって感じなんだけど、初めは吃驚してそれ所じゃなかったし。
しかも章吾の友達、つまり多分彼は章吾と同じ年だろう。きっぱり年下は眼中に無いあたしとしては、それよりもまだ彼の髪の先から雫が落ちてるしことが気になった。

湯気が充満してないところを見るとどうやらお風呂に入る前にあたしが乱入しちゃったらしい。だから彼の髪が濡れてるのは間違いなく雨の所為。

「いえ、お借りしていたのは私ですから。それよりも貴方こそ早く着替えないと風邪を引きますよ。お風呂、入られるんですよね?」
「ん、あたしは後でダイジョブだから。君こそ拭くだけじゃなくてお風呂入っちゃいなさいよ。あたしよりびしょびしょじゃないの」
「いえ、そこまでは。――私よりも貴方の方が」
「あ、それよりも、あいつ、章吾。着替えとかちゃんと用意してるのかな?」

押し問答になりそうだったので、ちょっと話題を逸らせてみる。
章吾の友人君は少しだけ困ったような顔をして、それでもあたしの訊いた事にきっちりと答えてくれた。

「いまとりに行ってくれているかと」
「そか。えーと、タオル、それちっちゃくない? 大きいのそこの棚の下に、ってちょっとごめん」

脱衣所に備え付けの棚を開けてごそごそとバスタオルを取り出す。
大きく広げて頭から彼の頭に被せ、ごしごしと両手で雫を拭う。

見下ろしてきた彼の吃驚した顔に、はっと何してるんだあたしと我に返った。
ついうっかり弟の世話をしてた感覚でいたけど、初対面の女にいきなりこんな真似されりゃ、そりゃ面食らうわ。

「あー、と、ごめん。とにかくタオル、これだから。しっかり拭いて。それじゃ」
「あの」
「ん、何?」
「――いえ、ありがとうございます」

「どーいたしまして。あ、お茶とか飲む? 日本茶でも大丈夫かな? アイスとホットどっちがいい?」
「――できればホットで」
「了解。タオル、使い終わったらそこの籠に突っ込んどいて」

びしっと挙手して脱衣所から出たあたしに、彼はふっと微笑んだ。

「了解です」

あ、笑うとかわいい。へー、年相応に見える。
何となく互いの距離が少しだけ近づいたかのような、不思議な感覚。

章吾と同い年だもんね。この年頃の男の子の生態なんてそんなに変わらないか。

何となくいい気分で脱衣所のドアを閉めて、廊下を歩く。

「あ、名前訊きそびれた」

ま、いいか。

手にしたタオルで雫の落ちる髪を拭きながら、お茶を入れる前に一先ず着替えちゃおうとあたしは自分の部屋へ向かった。




その後は父さんのクローゼットで服を漁っていた章吾を見つけ、三人でお茶を飲んだんだよね。
あの子の偉く長い名前に驚いて。だけど何だかそんなにたいした事は話してなかったと思うんだけど。

うん、そう確かそう。

……? あれ、でもなんか引っかかると思ったら。
そういえば初めて会った時、あの子、自分のこと私って言ってた?
この間は僕、だった気がするけど。あたしの記憶違い? ――ま、そんな細かい事どうでもいいんだけど。

「そうよ、そんな事より何だってたったこれっぽっちの出会いでプロポーズなんてことになってんだろ……」

はー、と溜息をつきながら湯気が立ち上る紅茶を一口。
家の近くのファミレスでぼんやり窓の外を見上げていると、小降りになった雨は遠くに見える夕日の赤を反射していた。

そろそろ止みそうな気配。でもこれからどうしよう。
誰か泊めてくれるかな。

頬杖をつきながらはぁ、ともう一度溜息。
それに合わせたように、大分離れた位置にある自動ドアが音を立て、何気なしにそちらを見たあたしは凍りついた。

「あ、誉、やっぱここ居たな。大正解じゃん、俺」

嬉しそうに手を振りながら近づいてくるのは、どう考えてもあたしの愚弟。
そう、愚弟。でもそれだけなら全然構やーしない。

問題は、愚弟の後ろにいるのは間違いなくあたしが避けに避けてきた、件の子だってことだった。


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