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Stage.04 2006/12/12(Tue) 00:35
「ご迷惑だったんですね……、申し訳ありませんでした。」

「いや、あのね、迷惑って言うか、そのね?」

ああどうすりゃいいのよこの状況。
しおしお項垂れないでってば、あたしが苛めてるみたいじゃないこれ。

頭を掻き毟りたい衝動をおさえて、あの、だとか、その、だとか意味の無い言葉を散々繰って。
とうとう言い尽くした後はもう唸るしかなかった。

四人掛けのボックス席。あたしの前に座っているのはクレイ君。その横で馬鹿っぽいにやけ顔を晒しているのは他でもないあたしの愚弟。

なんか助け舟とか出しなさいよ、と章吾を睨みつける。が、肉親の情なんてものは無いのかって程あっさり無視された。
大方、自分で蒔いた種は自分で回収しろよ、何て事を思ってるに違いない。この薄情者が。

「あー、あのね、クレイ君?」
「はい」

神妙な姿で真摯に返事をされちゃえば、ホント、困る。
まともに話したのは初めて会った時だけ。だけど、育ちのいい男の子だとは思った。

この子に何の責があるわけじゃない、それはあたしもわかってる。
てことは、大人気ないのは、あたしか。

「ごめん。君の事がどうこうってことじゃなくて……つまりその、これはあたしの問題、というか」

具体的に話せないだけに言う事が曖昧になる、これもわかってるんだけど。
でもあたしは――自分の傷を他人に曝け出してしまえるほど強くない。

「僕の事が嫌いではないと自惚れても?」
「ああ、うん。嫌いじゃないわよ?」

付き合う付き合わないは、それとは別問題だから。

何気ないあたしの言葉に、目の前に座った男の子はとても嬉しそうな笑顔を見せた。
だから、気付いた。今、自分が凄くずるい言い方をしたってことに。

付き合う気が無いのなら、嫌いって言うべきだったかもしれない。

真っ直ぐにあたしを見つめてくるクレイ君から逃れるように視線を逸らす。
冷え切った紅茶。両手で弄んでいたカップに半分ほど残っていたその液体には、自嘲気味に笑うあたしの顔が映ってた。

――嫌な女だ、あたしってやつは。

「誉さん」

軽い自己嫌悪に陥ったあたしにクレイ君が声をかけてくる。
カップをくるくる手の中でまわしながら、何? と顔も上げずに――上げられずに答えると、白磁の厚ぼったいカップの縁に長くて綺麗だけれど、明らかに女性ではない指が掛かった。
テーブル越しに腕を伸ばしてきたクレイ君を、驚いてついまじまじと見返す。

彼はすみません、と品良く謝罪して一旦言葉を切った後、少し考え込んでこういった。

「試してみませんか?」
「試す?」

って、何を?

「一ヶ月間だけ、僕と付き合ってはいただけないでしょうか?」
「は?」
「一ヶ月後、どうしても駄目だと言われるのなら、貴方の事を諦めます」

プロポーズされた時と並ぶ勢いで、頭の中が真っ白になった。

力の抜けた指先からカップが滑り落ち――ることはなく、それはクレイ君の掌の中に。
用意周到、準備万端なんていう、今の状況を打開するには程遠い文句ばかりが頭の中をくるくる巡る。

突拍子も無い。
プロポーズも突拍子が無かったけど、この申し出も大概のものじゃない?

「ば――馬鹿なこと、言わないで」
「何故ですか」

何故って。あたりまえじゃない。
お試しで付き合うなんて、尋常じゃあないでしょう。

そもそもこういう場合って、普通友達からはじめましょう云々とかじゃあないの?
それとも何、これってあたしの感覚がもう古いの?

「僕は貴方の事を知りたいと思っていますし、貴方に僕の事を知ってもらいたいとも思っています」

だからお試しって事? あーあーちょっと待って、でもまって。
そもそもの問題として、これは前提条件がおかしいわよね?

つまり試すって事は、あたしに少しでもその気が無いと駄目ってことになる。

「あー……。あのね、そもそも根本的な問題として、あたしは君とお付き合いする気も結婚する気もないの。だからお試しなんてしても無駄なわけでね?」

左の拳で額をこつこつ打ちながら、右の手を無意味にまわしてるあたり、あたしも相当てんぱってる。
もっと年上の余裕で上手くかわせないわけ? と思うけど、こと色恋沙汰では、あたしはいつも年下の立場に居る事が殆ど。

つまり呆れるほど場慣れして無い。

「ほーまれ、お前今まで散々態度わるかったじゃん。そんくらい譲歩したら?」

おまけに、にやにや笑った馬鹿弟が余計な茶々を入れてくる。
四面楚歌、否、前門の虎、後門の狼? つか、身内の味方をしろっつーの章吾の阿呆。後で覚えてなさいよ。

沸々と身のうちに怒りを漲らせながら、かっと目を見開いて章吾を睨みつけると、流石に不味いと思ったのか章吾の口元が引き攣った。

見知らぬ家族連れや恋人、友人同士のざわざわとした喧騒の中、気を落ち着かせる為に大きく溜息をついて肩の力を抜く。

――ちょっと、いい方向に考えてみよう。

これはあたしにとってもチャンスかもしれない。
一ヶ月っていう期間を乗り切れば、もう胃がきりきり痛むような思いをすることもなく、自分の家から逃げ回る必要も無くなる。

ごくっと喉が鳴る。いけない誘惑だってもちろん頭ではわかっていても、あたしの口は、見事なまでに心へ忠実だった。

「――本当に諦めるの?」
「諦めます」

グラグラと揺れる、なんてもんじゃない。もう九割強、彼の提案に傾いている。

「誉さん、一ヶ月間だけです。それを過ぎたら、貴方から請われるまで決して貴方には近づきません」

クレイ君からの最後の一押しだった。あきらめてもらう為に付き合うなんて不純極まりないし、とても不誠実。
まさか自分がそんな真似をすることになろうとは夢にも思わなかったわけだけど。

「わかった。いいわ――それ、受ける」
「本当ですか」
「でもキスその他、スキンシップは無しよ? それでもいい?」
「はい、僕のことを貴方に知っていただければ、それで」

事の成り行きを見守っていた章吾が、にやにや笑ってる。
クレイ君に何かをふきこんでこの茶番を仕組んだのは、まさかこいつじゃないでしょうね。

疑惑の眼差しを向けると、章吾はおどけたように肩を竦めて頑張れよ、と声に出さず口の形だけで告げてきた。

「それじゃあ、一ヶ月間よろしくね」

頬にかかった髪を片手で乱暴に後ろへ振り払いながら、空いた右手をクレイ君に差し出す。
契約ってことで気楽に握手、のつもりだったのだけど。

彼は、にこりと微笑むと、恭しくあたしの手を取って身を屈めた。

「――ちょっ」
「よろしくお願いします、誉さん」

囁き交じりの吐息の後、手の甲に触れた唇は温かかった。

あー、あれだ。これがお姫様気分ってやつ? あたしってばえらくゴージャスな待遇……じゃ、なくて。

ちょっと反則じゃない、これ。さらさら流れる前髪だとか、伏せられた目元だとか、長い睫だとか。
結構な面食いなのよ、あたし。これだけ鑑賞に堪え得る子がこれからお試し彼氏。

しかも手キスなんて真似をさらっとする上、それが様になってるってどうなの。
まさかこの子、ホントにどっかの王子じゃないでしょうね?

勘弁してよー、ともう後悔の嵐が襲来中って駄目でしょ、あたし。
どんなに好みの顔だろうが性格だろうがダメ。絶対に年下なんて範疇外。
兎に角一ヶ月間、それさえ乗り切ればあたしの平穏はまたやってくる。

「キス、その他スキンシップは禁止って、言わなかったけ?」

心を鬼にして、右手を跳ね上げ不遜な態度で顎を反らしたあたしに、クレイ君は驚いたようだった。

「そうでしたね――申し訳ありません」

すいっと手を引き、さらりと頭を軽く下げられて。

でもその後に彼が見せた表情に今度はあたしが驚かされた。
てっきり、また萎れられちゃうのかな、と身構えていたんだけど。

「以後、気をつけます」

落ち着いた声音で言った彼は眼を細め――ゆるりと、口元だけで笑んでいた。

――ん?



to be continue...