WebClapお礼小話

LoveSummer!番外編

Blank time

※本編Act.03直後からAct.04までの空白だった壱の行動です。




「…まいったなぁ…。」

手にしたグラス。そこに3分の1程注がれたブランデー。
軽く揺すると、液体に浸かった氷がからりと音を立てる。

押さえた照明と、落ち着いた音楽。
もう夜もふけようというのに、壱は未だに帰宅する気になれずにいた。


それもそのはず。

自己嫌悪はたっぷり。

『じゃあ、もう一回抱かせてくれる?』

あの状況でそう言えば、雛が拒否するわけがないことをわかっていながら。

なのに、かっとして―――気付いた時には雛を組み敷いていた。


「あれじゃあ身体目当てみたいだよねぇ。」

ぽつりとごちる。

と、バーカウンターの向こうで店主が柔らかく微笑した。

「どうかされましたか?」

人当たりの良さそうな好々爺。
普段、滅多なことでは客の事情に口を挟む事の無い店主にしては、この問いかけは珍しいことだった。

何気なく目に付いた、どうみてもあまり繁盛しているとは言いがたい寂れたこの店に通うようになってから既に一年以上。
すっかり顔なじみになった彼の前で、壱が苦笑する。

「実は今度妹ができまして。で、困ったことにその子のこと抱いちゃったんです。」

おどけたように、けれど明け透けに答えた壱に対して、店主が驚いたように目を瞠った。

「それはそれは。…お客様は理性的に女性と付き合うタイプと思っておりましたが。」

暗に、そんな面倒な女に手を出すタイプとは思えないと言われているらしいと気づき、壱の苦笑が深まる。

「確かに今までは。」

「今度は勝手が違いますか?」

「違いますねぇ。」

カウンターの上に頬杖をついて溜息を落とす壱の姿に、店主が小さく笑い声をたてた。
壱が肩を竦めながら、グラスに唇をあて琥珀色の液体を喉に流し込む。

喉を過ぎる熱。

壱は口元から離したグラスを手持ち無沙汰に揺すり、からりからりと氷の音に耳を傾けた。

「…やっぱり可笑しいですか?」

「いえ、これは失礼。…実に懐かしいなと思いましてね。」

笑いを堪えられないというように、口元に手をあてながら店主が答える。
懐かしいという言葉を不思議に思い、壱はちらりと視線を店主に走らせた。


「私も妻には随分振り回されましたので。」

悪戯っ子の様な若々しい笑み。秘密を打ち明けるように店主がそっと囁く。


なるほど。得心のいった壱は、カウンターに肘をついたままの腕でくしゃりと前髪を掻き揚げた。


「―――諦め時だと思います?」

額に手をついたまま、僅かに俯いて壱がぽつりと言う。


「…諦め時、でしょうね。―――そろそろお帰りになられては如何ですか?…今度いらっしゃる時は、ぜひ彼女もご一緒に。」


からりと氷がなる。静かに流れる音楽。
壱が一度目を瞑り、ゆっくりと開くと、そこには見慣れている景色。

けれどやけにさっぱりした気分だった。


「それはまだ大分先になりそうです。未成年ですから。」


「そうですか、それは残念です。ぜひお会いしてみたかったのですが。」


「必ず連れてきますよ。―――でも今はもう少しだけ悪あがきを―――ね?せめて…明日までは。」


穏やかに呟いた壱に、店主は無言のまま笑んだ。



―――しかし、翌日。

学校帰りの雛を迎えに行き、偶然遭遇することになってしまった告白現場。
どうして雛を抱いた後に一人きりにしてしまったのかと壱は後悔することとなる。


素直に言うべきだった。―――雛が好きだと。


もう他の男に心を揺らされることのない様、雛を捕まえておこうと壱が決意したのはこの時だった…らしい。



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