WebClapお礼小話

主人と執事と聖夜の誓い


冷たい闇夜の中、澄んだ空気の中に佇む豪奢な館があった。
ゴシック様式を取り入れたと思しき建築は尖頭アーチが様様なバリエーションを誇り、大きめに取られた窓からは薄く光が漏れている。

その中でもとりわけ日中は陽光を充分に望めるだろう位置にある窓へ、人影が映った。
燭台の灯りが揺れている為か、窓に映る影もゆらゆらと陽炎のように揺らめいている。

影の主は、男。
まだ青年と言えるだろう年の、けれど奇妙に貫禄を感じさせる男だった。

その男が、すらりとした指を自らの胸に当て、恭しく頭(こうべ)を垂れる。
恭順の意思を示すその先には、まだ年若いと見られる少女。

けれど彼女は、およそ館の風情に相応しいとは言いかねる姿をしていた。
白い肩と胸元が全面的に露出した、身体にぴたりと張り付いている深い紅のベルベット地の服。
胸元と裾には白い羽毛がたっぷりと添えられているものの、膝上のかなり高い所までしか覆っていない。

すらりとした足は、矢張り深い紅の靴下でほぼ隠れているが、それがかえって僅かにのぞく足の艶かしさを強調している。

おまけにたっぷりとした金の巻き毛の上には、紅い三角帽子まで被っている始末である。

しかし不思議なことに、少女にはその姿を補って余りあるほどの気品が溢れていた。

「生涯変わらぬ忠誠を」

「知っているわ。私の執事は――生涯お前だけ」

男の優美な礼に、少女はおよそ年に似つかわしくないだろう嫣然とした笑みを浮かべ、享受の意を口にする。

聖夜に交わされるのは、違えることの許されない二人だけの誓いの儀式。

はじまりは――数年前。少女の両親が不慮の事故により他界した年だった。
幼い少女は両親の全てを引き継ぐ事となり、その中にこの男もいたのだ。

建前は有能は執事として。けれど実情は何故か少女の後継人として。

生前に両親がしたためていた遺書が親族の前で公表されたあの瞬間は実に衝撃的だったと、幼かった頃を思い出し少女が忍び笑う。
虎視眈々と財産を狙っていた好かない親族連中の動揺ぶりは、滑稽な事この上ないものだった。

が、それも当然の事だったと今なら彼女にもわかっている。
何しろ後継人となった当時、男は成人年齢から僅かに上というだけの十五。
狐狸妖怪の類ばかりである親族達からは、どこからどう見ても小生意気な若造にしか見えなかったことだろう。

しかし何をどうしたものか。翌日には何故かしっかりちゃっかり男は少女の傍らに――否、斜め後ろに立っていた。

一体あの親族達をどう丸め込んだものか……今もって知らされてはいないものの、少女はそこに何某かの策謀、しかも相当性質が悪い類のものがあったのは間違いないと踏んでいる。

「もう――十年にもなるのね」

「ええ、そうですね。私が貴方に泣きつかれ誓いを強要されてからもう十年です」

感慨深げにしんみりと物思いに耽っていた少女が、男の冷静な物言いに些か眦を吊り上げた。
折角の感傷気分もこの男にかかれば台無しである。

「――お前、あれは私が強要したと言うつもり?」

「違うとでも仰るつもりですか。貴方には私が必要だったのでしょう――いえ、今も必要でしょう?」

それが当然であると疑ってもいないのだろう男の迷いのなさに、少女の眦が更に険しさを増す。

「――お前って男は、いつもいつも……頭にくる程自信過剰だわ」

「そこが良いのでしょうに」

眉一つ動かさずさらりと言ってのける男に、少女の中の何かがぷつりと音を立てて切れた。

「……私はお前の、何?」

「もちろん貴方は私の主です。――ああ、申し訳ありません。使用人としては口が過ぎたようです」

穏やかな笑みを浮かべた男が謝罪の言葉を口にするも、付き合いの長い少女にはそれが上辺だけのことであるとわかり過ぎる程わかってしまう。

「そういう態度を世間では慇懃無礼というのよ、知っていて?」

「それはそれは。生憎と存じ上げませんでした」

「それはそれは。一つ勉強になってよかったわね」

「ええ、有難うございます」

ひたりと笑みを貼り付けた男の言葉を最後に、二人ともが口を噤む。
沈黙が落ちる室内では暖炉の薪がぱちりと爆ぜる音だけが空しく響き渡っていく。

白々とした空気が流れた。

少女は不意に寒気を感じ、窓に視線を転じる。
完璧に磨き上げられた窓ガラスの向こうには、白いものが舞い落ちはじめていた。

純白の羽毛の様にもみえるそれに毒気を抜かれ、未だ年若い女主人はゆるりと溜息を落とす。

「まったく――お前の不遜さはいつまで経っても健在ね、いい加減慣れたけれど」

常としては珍しく、少女の方が早々に折れた。

もうやすむわ、と踵を返し不遜な執事に背を向ける。
が、お休み前に何かお持ち致しましょうか? という有能な執事の呼びかけにぴたりと足を止めた。

そして僅かばかり考え込んだ後、頬に張り付いた金の髪を鬱陶しげに払いのけながら少女は振り返った。

「そうね……では、蜂蜜湯を」

「畏まりました。――ところで」

「何?」

これ以上まだ何かあるのかと少女が憮然とする。
けれど執事である男は少女の様子などまるでお構いなしに、頭の天辺から足の先まで不躾に一瞥した後、ひたりと主人の顔を見据えた。

「先程から気にはなっていたのですが、その奇天烈な格好は一体どのような意図でなさっていらっしゃるのか御伺いしても?」

奇天烈、とは主人に対して結構な言いようであるが、そこは少女も慣れたもの。
何食わぬ顔で満面の笑みをたたえ、再び男の前に戻ると蠱惑的に瞳を閃かせる。

「ああ、この間、サラティーナが来たでしょう? その時に貰ったの。ぜひ今日着てくれと言われていたのだけれど、どうかしら?」

腰に手をあて見せ付けるように胸を張ってみせれば、男の視線は大っぴらに開かれた胸元へと寄せられる。

「貴方はまだこれ以上私の頭痛の種を増やすおつもりですか?」

胸元を覆う白い羽毛をふわふわと揺らす少女に、実に嫌みったらしい溜息を男が落とした。

「失礼ね。私がいつそんな真似をしたというの」

「今まさになさっていらっしゃいます」

憤慨する少女の脇に手を伸ばした男が、少女の隙を見計らい細い身体を軽々と抱き上げた。

驚いた少女が言葉を無くしたのは、一瞬。

「――おやすみのキスでもくれるつもり?」

「お望みであれば。私の理性を試していらっしゃる?」

「あら驚いたわ。お前、この期に及んでまだそんなものが残っているとでも言うつもり?」

「そのお言葉、寝所の中で後悔することになっても私は責任を持ちかねますが」

男の纏う気配が変わる。それを感じ取った少女は口元に薄い笑みを刷いた。
思いついたのは、男をほんの少しからかう為の悪戯。

「そうね、けれどその前に、昔のようなおやすみのキスを頂戴?」

くすくすと笑いながら男の背に腕を回して強請る。男の、今度は本当らしい溜息。

「――仰せのままに」

冷気を和らげる体温が少女に近づき、白い頬に触れる。
瞬く間に遠のいてしまったが、頬の熱がゆるりとひいても少女の忍び笑いはおさまらなかった。

「――いつまで笑っていらっしゃるおつもりですか」

「だって、覚えていて? 最初に私がおやすみのキスを強請った時のお前といったら……っ!」

堪えきれずとうとう吹きだしてしまった少女の遠い記憶。けれど懐かしい思い出は今も鮮明に脳裏へと蘇らせる事が出来た。


『ねえ、おやすみのキス』

『……私が、ですか?』

『当たり前だわ、お前以外誰がいるというの。呆けた顔をしていないで早く』

『――仰せのままに』


一皮剥けば何を考えているのかわからないと思っていた信用ならない執事が見せた、初めての動揺らしき動揺。

「私、お前には血が通っていないに違いないとばかり思っていたのよ? あの反応はとても意外だったわ」

「私も貴方のことを実に小生意気な、ませた子供だと思っておりましたよ。あのおやすみのキスを要求されるまでは」

「では、今はどう思っているのかしら?」

「おわかりでしょう?」

「どうかしら。それは今夜、寝所の中で教えてくれるではないの?」

男の髪の中に、少女の細い指が忍び込む。
その口元に浮かぶのは、至上の微笑。

「仰せのままに」

男の言葉は少女の舌の上で蜂蜜のように溶け、消えた。


降りしきる雪が全ての音を吸収し、少女の艶やかな声さえも隠してしまう――そんな夜の、恋人達のお話。



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