LoveSummer!

ACT.01


嫌だ…っ!
なんで…っ!?

なんで、コイツが此処にいるのよ!



「雛、どうした?ほら、ご挨拶しなさい。お前のお義兄さんになる人だよ。」

「えーと、雛…ちゃん?…初めまして。」


いつもより少し上等な服を纏った私の目の前には。

父さんの言葉ににこにこ笑いながらすっとぼけて挨拶を寄越す、長身の男。

あの時は、私より四つ上だって言ってた。父さんからもそう聞いているからこの男は21歳、のはず。

あの時は、かけてなかった―――眼鏡。

なんだかやけに真面目そうに見えてはいるけど。

目の奥にあるからかうような色がそれを台無しにしてる。

だから。

間違いなく、これはあの時の男。


私の頭は…沸騰寸前…だった。



***




今、私―――由槻 雛(ユツキ ヒナ)がいるのは所謂高級ホテルのレストラン。

そして所謂顔合わせの席。
なんのってそれは―――父さんの再婚相手との。


母さんが亡くなってから早10年。

いい加減無骨な暮らしぶりを心配した親類の紹介から発展したのが今回の再婚話だった。

男手一つで育ててくれた父さんへそろそろ考えてみてもいいんじゃないかと奨めたのは、私。

まずは本人同士で会ってみて、上手くいったら家族で会おうということになったのが確か半年前。

それから現在に至るまで、父さんとその女の人―――中田 節子さんとの仲は実に良好だったらしい。

だからこその。

本日の家族、顔合わせ。

もちろん、父さんから度々でる話の中で、相手に息子さんがいることは聞いていた。


だけど―――だけどなんだって…コイツなの…っ!?

よりにも寄って!


あの時、―――壱と名乗ったこの男が―――中田 昂壱だったなんて。


「雛?」

ふと気づけば。
お父さんの不審気な声。
壱の隣に立っている節子さん―――も不安そうに私を見ていた。

…っ、やば…っ、ぼーっとしてた。い、今、怪しまれたら…まず過ぎる!


「あ。な――なんでもないの。ごめんなさい。えっと…節子さん、昂、壱さん…は、初めまして…。」

慌ててぺこりと頭を下げる。

明らかに場の空気がほっとしたものに変わった。

よかった…。

だけど。

私の気分は―――言わずもがな。

父さんと節子さんに気づかれないように私の目の前で笑っている男のお陰で最悪だった。



まったく予想外、本当に最低の再会。


4人で席について食べたご飯は普段であればとても美味しいものだったんだと思う。

でも今の私に味なんてさっぱりわからなかった。
ただ只管に早くこの場から逃げ出したかった。

なのに。何を思ったのか壱…私の義兄になるらしい男は実に楽しそうに私に話しかけてきやがって…!

引き攣る笑顔で答える私の様子を絶対に面白がってるんだっ。

だから。思わず手にしたフォークをテーブルの上に乗った壱の腕に突き刺してやりたい衝動に駆られたとしても多少多めに見て欲しいと思う。

実際には―――もちろん出来るわけが無いけど。


それに―――オードブルからメインディッシュの間。

おっとりとしているっぽい節子さんが、いろいろと私に気を使ってくれて。
それがまた全然嫌味が無くて。とても感じの良い人で。

なんだか彼女にめろめろっぽい父さんは始終、目尻が下がりっぱなしで。

そんな状況の中、壱に突っかかるわけには絶対いかなかった。
そう、例え、この男さえいなきゃ…っ、何度そう思ったかしれなくても。


それはもうまさに魔の小一時間。

だから漸くデザートが来た時には、心底ほっとした。

これを食べ終わって―――も、すぐ帰ることができるわけじゃないだろうけど、とりあえず後数十分我慢すれば、後は二人に気をきかせて―――とか何とか適当に理由をつけて席を立つことができる。


ああ、いつもなら大好きな木苺のムース。
まったりして口当たりが良くて…、なのに今日はさっぱり喉に流れていってくれないわよ…。

やっぱりご飯は落ち着いて、気の置けない人と食べたい。

でもどうにか私は小さな器に盛られたそれを腹の中に収め終わり。
がたんと席を立った。


「雛、どうした?」

父さんが席を立った私を不思議そうに見てくる。
出来ることならこのまま帰りたいけど、そうもいかない。

「うん、ちょっと化粧室。」

膝に上に乗っていたナプキンをテーブルの上に戻しながら応えた私に、父さんがそうかと軽く頷いた。

極力壱といる時間を減らしたい、なんてことを思っている心のうちを押し隠し、私はにっこりと笑って席を離れる。

とりあえず身支度を整えなおして。後数十分、壱と対等に渡り合えるよう様、気合を入れ直す!

決意を込めて。化粧室へと向った。



***




綺麗に掃除の行き届いた化粧室の中。
中に入ってから五分弱。

鏡の中にうつりこんだ自分の姿を確認する。

真っ白な膝上のワンピース。
シンプルだけど形が綺麗で気に入っている一枚。

染めているわけじゃないんだけど薄茶の背中の中ほどまである髪は、昨日の夜がんばった甲斐が有りふんわり巻きになっている。

多少の子供っぽさは否めないけど。
一応薄いピンクのルージュをつけ直して。ワンピースの裾を引っ張って形を整えた。

よし、大丈夫。おかしくない。
なんだかわけのわからないことになっちゃってはいるけれど。

今はこの状況を乗り切ることだけ考えよう。

後のことは野となれ山となれよ…っ。


深呼吸を一つ。臨戦態勢はばっちり。


ヒールの音を床に響かせ、私は化粧室を出た。


出た…んだけど。


「ひーな。」

丁度化粧室のすぐ外。フロアからは死角になって人目がまったく届かないところで。

がばり。そんな形容詞がすっごく合うんじゃないかって勢いで背後から抱きしめられた。

誰がそんなことをしてきたかなんて、姿を見なくたってわかる。
今この場所でこんなことをしてくる奴なんて、一人しかいないんだから。

「な―っ!な、ちょっと止めてよ!!…壱っ!」

咎めつつ、背後から私に抱きついてきた男の腹に肘鉄を喰らわせてやろうと思いっきり肘を背後に向って突き出してやった。

しかしまったく手ごたえの無かった私の肘。

「冷たいなぁ。壱さん、泣いちゃうよ?」

背後からは暢気な声が上がる。私の肘鉄から壱がひらりと身をかわしたらしい。

―ちっ、やりそこなった!

振り返ってみれば、私から少し離れた位置に壱が両手を少し上げて、おどけたように立っていた。

どうして立っているだけでおどけて見えるのか…ほんっとうに不思議だわ!

「勝手に泣けば!」

大の男が泣いている姿なんてちょっと見てみたいわよ、と、がうっと壱に噛み付いてやる。

何よ、さっきまで被っていたネコ…、剥がれまくっているじゃないっ。
やっぱりこれがこの男の本性なんだわ!

付き合ってられない…っ。

一人楽しそうに笑う壱を残して、私はさっさと父さんと節子さんの待つテーブルへと早足に戻ろうとして。

…戻ろうとした、のよ?

なのに。二の腕を、掴まれて。

「まあいいよ。アレについては後でゆっくり話し合おう?それに…携帯番号が出鱈目だった事についても、ね?」

耳元で低く低く囁かれ、た。

―――しまった…。そういえば、ケーバン…訊かれて。
て、適当な番号教えちゃってたんだ…。

だってまさかまた会うことになるなんて思ってもいなかったし。

それに大体、ナツの出会いなんてヒトナツの恋ってことで軽く受け流すタイプの男だと思ったのよ、壱のこと。

だからあんなこと、しちゃったわけで…。

そう…しちゃったわけなのよ。
なのに、今更どんな顔して壱のこと義兄さんだなんて呼べば良いわけ?

―――誰か冗談だよっていってくれないかな…。
今なら無条件で信用するんだけど…やっぱりそんなことあるわけないわよね…。

もう、本当に今の状況が信じられない。

私は壱から目を逸らして、諦めを含んだ薄笑いを浮かべた。


すると。逸らした先―――フロアの方から足音がして。
人が来たのだろうと、慌てて壱から一歩、距離を置く。


「雛ちゃん?」

柔らかな、声。

やってきたのは節子さんだった。
どうやら戻りが遅い私のことを心配して見に来てくれたらしい。

「どうしたの?大丈夫?」

「えっと、はい。ごめんなさい、大丈夫です。」

心配そうにしている節子さんに、にこりと笑ってみせる。と、節子さんも安心したようにほんわか笑い返してくれた。

ああ、ほんっと、いい人だなぁ…。
節子さんが壱の母親だっていう事実を除けば…言う事無しなのに。

実に和やかに笑い合う。と。

「やっぱり初めてだからね、緊張しちゃったかな?」

壱が私の横に立って実に親切そうに話しかけてきた。
先程はがれたネコはしっかり被りなおされている。

この男は…。母親の前でもネコ被ってるのかっ。

節子さんには見えないところで私は硬く拳を握り締めた。

いつか絶対にこれで一撃加えてやる!

やや物騒な考えを持ちつつ、横目でぎっと壱を見上げる。

壱も、私のことを見下ろしていた。

何故かそこには、からかうような色。

あ。何にかよからぬ事を考えてる気がする。
本能的にそう感じて……それは実に的を射ていた。


「母さん、俺、雛ちゃんのこと送ってくよ。母さんは由槻さんに送ってもらってくれるかな?」


私が止める間もなく、壱は節子さんへと告げてしまった。



***




で。どーしてこういうことになっちゃったんだろう。

実に可愛らしいクラシックカー。
まだ大分高いところにある陽射しが差し込む車内。クーラーはとてもよく効いていて、快適。

運転しているのは壱。
助手席にいるのは…なぜか私。


「雛、煙草吸ってもいいかな?」

壱が私を送っていくことに父さんが快諾して。
ホテルのレストランを出てから既に十数分。

貝の如く口を閉ざしていた私に、ちらりとスーツの内ポケットから煙草のケースを覗かせ、壱が訊いてきた。

「ダメ。」

きっぱりとお断り。服に匂いがつくじゃないの。大体煙草の煙は物凄く体に悪いんだからね。

ぷいっと窓の外へ顔を向けながら、私はもう不機嫌さを隠す必要も無く、全身に漂わせていた。

運転席にいる壱が笑った気配。

ふん、もうどうとでも好きに笑ってれば。
例え父さんと節子さんが再婚したとしてもよ?私が家を出ればいいだけ。

何も壱と関わる必要性なんて全然ないんだから。


そうよ、無視よ、無視―――…と、思っていたのに。


「さっきは見事な演技。まったく初対面の他人みたいだったね。」


窓の外を眺める私に、壱の笑いを滲ませた声がかけられた。

びくん、と…心臓が、跳ねる。
でも、窓の外を流れていく景色をじっと眺めて私はどうにか踏みとどまった。

内心は…もちろん冷や汗。
それでも「無視、無視、無視、無―――…」と心の中で延々と呟く。

車内に響くのはエンジン音。

壱が再び私に声を掛けてきたのはしばらく経ってからだった。

「雛、まさか俺のこと忘れてるわけじゃ無いでしょ?」

含みのある、言い方。

これは…明らかにあのコトを言われてる…。
そのことに気づかないほどには…生憎私は鈍くなかった。

壱がどうあっても私との事を有耶無耶にするつもりなんて無いんだって事が、嫌というほどわかる。

外の景色は目に入らなくなった。
それでも私は往生際悪く壱を見ないようにする。

壱はどんな表情をして喋ってるんだろう。
気になる。気になるけど。

今、壱を見たら…全部負けそうな気がした。

でも、壱は―――そんな私のささやかな抵抗すら許してくれなかった。



「だって俺は雛の―――…」


壱が何を言いかけているのか。そんなことはわかりきっていて。


「止めてよ…っ!」


決定的な台詞を聞きたくなくて。
私は決意虚しく、睨みつけながら壱へ制止の声を掛けていた。

壱が…目の奥で笑ってる。



赤の他人―――であって、他人でなし。
と、いうことになるのだろうか。


本当に、本気で…冗談でしょ?と、切実に思いたかった。


なんでってそれは…。


コイツは―――…壱、は。



私がたった三日前に―――ヴァージンを…捧げた相手。

しかもしちゃったのは…勢いというおまけつき。

そんな相手と…家族になる…?

壱が―――お義兄ちゃん…?

誰でもいいから。ほんっとーに誰でもいいから。
冗談だよって…言って欲しかった。


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