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カロ様の華麗なる日常・01 朝の目覚めは爽やかでありたいものだ、と―――私はこのところ頓に思うようになっていた。 それというのも、毎朝嫌がらせのようにやってくる我が親友殿の起こす騒ぎのお陰だ。 「カロ様…カロ様…」 私を起こすメイドの控えめかつ、戸惑いを含んだ声。 ああ、またか。 その声の調子で、これから私を待ち受けているであろう事態を察することができる。 今度は一体何をやらかしたんだ、あいつは。 気だるく目を開け起き上がる私に、まだ年若いメイドはすまなそうに頭を下げていた。だが、彼女をしかりつける気にはならない。 「……それで?今日は一体何をした?」 絡まる髪を強引に掻き揚げ、メイドの差し出したガウンに袖を通す。 「それが……その…本日は訓練所の方に…サシャ様がいらっしゃいまして…」 サシャ…それはまたなんとも面倒な相手が…。 はあ、と溜息が漏れる。 これはどうやら早く行かなければ流血沙汰になりかねない。 恐らくサシャが絡んだのであろうが、今のあいつにそれを受け流すだけの余裕はないのだ。 いつもならからかいながらもまったく相手にしないものを…。 「わかった。すぐいく、着替えを」 「はい、畏まりました」 メイドが扉へと向う。開いたそこには、既に私の着替えを行うための準備を整えた数人のメイドたちが控えていた。 まったく幾ら私がまいた種とはいえ…どうにかならないものか。 それは―――己が己の恋敵などという馬鹿げた状況に嫌気が差すのはわかる。 私が迂闊にも偽りの姿で彼女と引き合わせたのがその最たる原因だということも理解している。 しかし―――あの荒れようは、尋常じゃないだろう。 「カロ様!大変です!クラ様とサシャ様が手合わせを…っ!!」 丁度私の着替えが終わるタイミングを待っていたかのように、メイド頭が私の寝室へと飛び込んできた。 ……一体何をやっているんだ、あの男は…。 告げられた内容に、思わず頭を抱えその場に座り込みたくなる。 しかし今はそんなことを悠長にしている場合ではないだろう。 ―――我が親友殿…クラは今。叶わぬ恋に身を焦がしている真っ最中、らしい。 カロ様の華麗なる日常・02 私が訓練所へ赴いた時、辺りはすっかり野次馬で埋まっていた。 この騒ぎの中、大分興奮状態にある観衆に対して私が声を張り上げたところで効果は薄いだろう。 「こら、どかんか」 仕方なく声を掛けながら、最後尾より人垣を掻き分け最前列まで足を進める。 押しのけられたことにより、私に対して不平を口にしようとする者もいることにはいたが、皆私の顔を見るとぎょっとして口を噤んだ。 最前列。訓練所の広間。そこには剣を交える男が二人。 どちらも私の見知った者たちだ。 一人は栗色の髪、焦げ茶色の目をした二十代前半の青年。 がっしりした体格の彼は貴族院の一員を勤めるルノー家の子息で、宮廷の第弐連隊々長でもあるサシャ。 そしてもう一人は黒髪黒目、長身でやや細身。 およそ剣を振るうには相応しくなく、優雅に社交場で談笑している方が数段に似合うであろう男。 これが私の親友殿、クラだ。 だが、この男…およそ一筋縄でいく人間ではない。 社交場の似合うその身体は見た目とは異なり、俊敏、かつ驚くほど鍛え抜かれている。 ひとたび剣を交えればわかることだか、この男に勝利するのは容易なことではない。 もちろんそのことを知る者は私も含めて数えるほどしかおらず、そもそもクラが本気で剣を交えることなどここ数年無かった…のだが。 しかし、現在私の目の前で繰り広げられている手合わせをリードしているのは間違いなく我が親友殿、クラだ。 普段めったなことでは本気で剣を交えるというような真似をしないクラが、押していた。 カロ様の華麗なる日常・03 サシャも決して弱いわけではない。 否、寧ろ二十代もそこそそという若さで連隊々長を努める男である。 その後ろ盾にルノー家があるということを差し引いたとしても、剣術大会でここ数年優勝をおさめているという事実があればその実力の程は知れるというものだ。 その相手に対して、クラは互角以上の力を見せつけている。 このまま勝負が進めば間違いなく勝ってしまうだろう。 あの、阿呆…っ! サシャ相手に本気になってどうする! 一体この後のフォローをどうするつもりだ! 目の前で繰り広げられる見事な一戦。だが私の心中はまったくもって穏やかではない。 放蕩子息として名高いクラが、サシャに剣技で勝っているなどと知れた日には一体どうなることか。 恐らく…クラの家柄を考えれば、公的な役職につかされることになるだろう。 それを嫌って放蕩三昧を演じているくせに何を考えているんだ。 そこまで考えて、ふと溜息が漏れた。 この男は今何も考えてない…それが嫌というほどの現実感を伴って感じられたからだ。 剣の交わる金属音。 二人を遠巻きに取り囲む群衆の歓声、野次。 クラの一閃に、サシャの足元が不安定に揺らぐ。 その隙をクラが逃す筈もなく、一気に間合いが狭まった。 サシャの手にしていた幅広の剣が―――宙に飛んだ。 クラがサシャの懐に飛び込む。 まずいじゃないか! まさに咄嗟の行動だった。 隣に居た兵士の腰から剣を抜き取とり、それを手に私は群衆の中から一歩足を踏み出していた。 「借りるぞ!」 「え、オイッ」 慌てたような声を掛ける兵士には気を払わず、クラの元へ走る。 間一髪。 サシャの喉元へ突き出されたクラの切っ先を、私の伸ばした剣が受け止めていた。 場は、一瞬で静まり返った。 「ここまでだ!双方共にひけ」 クラの剣を止めたまま、声を張る。 荒い息をつくクラと、同じく荒い息をしながらも驚愕を浮かべた目でクラを凝視しているサシャ。 「……カロ」 「……カロ、様」 まずクラの視線が、ついでサシャのそれがゆっくりと私に向けられた。 クラが軽く溜息を落とし、まるで一気に興味がそがれたという様に手にしていた剣をその場に投げ出す。 乾いた音を立て、剣が訓練所の広間に転がった。 クラが歩き出す。 私の脇を通り過ぎ、周りを取り囲んでいた人込みへと突き進んでいく。 人込みがクラを避けるように割れた。 「おい、クラ!」 クラを追い、私は掻き分ける必要の無くなった野次馬の間を大股で進む。 ああ、まったく。これではいつもとまったく立場が逆転しているじゃないか! 大体において、無茶をする私を止めるのがクラの役割だったはずだ。 それがどうしてこんなことになっているんだ。 こうなったらこの件の後始末は絶対にクラにさせてやる。 サシャと互角以上に渡り合ったという噂が広まれば、嫌でも何らかの行動を起こさなければならなくなるはずだ。 ―――しかし、その前に。 ビズ嬢との仲をはっきりさせてやらなければならないだろう。 例え振られたとしても、それはそれで一区切りにはなる。 さて、だがどうしたものか…。 しんと物音一つしなくなった訓練所を抜けた後、様々な策を巡らしては打消してという甚だ不毛な思考を繰り返しながら私はクラの後を追った。 そしてふと気づけば、いつの間にかクラと私は王宮の中庭へと辿りついていた。 カロ様の華麗なる日常・04 「おい、クラ。此処しばらくの行動は、随分とお前らしくないんじゃないか?」 緑の香りが濃い中庭。 柔らかな日差しの当たる場所に据えられたベンチの前で、私は腰に手を当てそのベンチに座り込んでいる男を問い質していた。 私の声に宿る呆れた雰囲気を感じ取ったのか、ベンチに座っている男―――クラが苦笑する。 「―――ええ、自分でもわかっています」 覇気のない声。大した体たらくだ。 まさかクラが一人の女性に振り回されている姿を拝めるとは。 「まったく呆れたものだ。そこまで思っているのならさっさとビズ嬢に正体を明かしてしまえばいいものを」 腰に当てていた手を下ろし、クラの隣にどかりと座り込んだ。 クラが相変わらず口元に苦い笑みを刷いたままやや私に視線を寄越す。 「それが出来たら苦労しません。ビズには私を―――クラを選んでも貰いたいんですよ。シスではなく…」 「でも現在、我が親友殿は策がなく、手を拱いているというわけだな?」 「痛いところをついてきますね」 辛辣に返した私の言葉に、クラは軽く目元を押さえ、やや項垂れたまま溜息を落とした。 今まで目にしたことがないクラの姿だった。 まったくなんとも妙なところに拘るものだ。 シスはクラ、クラはシス。 それでいいではないかと思わないでもないのだが、どうもクラとしてはその辺りを明確にしておきたいらしい。 しかし、クラから凡その話しを聞いた限りでは、ビズ嬢がクラを選ぶ確率は―――あまり高くないような気がした。 まあ、でも人の心はわからないものだからな。 たった一度会っただけ、ろくに会話もしてない男…しかも月夜に忍び込んできたという尋常でない状況での出会いだ。 そう、あれはまったく幻想めいた出会い方、ではあったな。 そよぐ風を頬に感じる。あの夜の二人の姿が脳裏に浮かんだ。 そして―――ふと疑問に思った。 ……ビズ嬢のシスに対する気持は―――本当に恋なのだろうか? 否、まさか、な。そうであれば、クラが見落とすはずはない。 ……否々、待て。世間一般に恋は盲目というではないか。 これはひょっとするとひょっとするんじゃないか…? ああ、いっそのこともう一度ビズ嬢にシスを会わせてみるというのは…? ついでにその場にクラが居合わせればビズ嬢の気持ははっきりわかる気がするんだが。 しかし、それは如何せん無理な相談だ。 何しろシスとクラは同一人物なのだから。 まさか幾ら怪盗家業に手を染めているとはいえ、クラに分身などという真似ができるはずもないことはわかりきっている。 私は馬鹿げた考えを頭から追い出し、隣で静かに黙り込んでいるクラをちらりと盗み見た。 カロ様の華麗なる日常・05 朝の心地よい風を受けて僅かに眼を細める横顔には、やはり覇気が感じられない。 ビズ嬢に会えないからか、それともビズ嬢の心を手に入れることが出来ないからか…。 どちらにしろビズ嬢に関する事となると、我が親友殿は普段の自信家ぶりが嘘のような姿を晒してみせる。 平気で人を陥れる策士。それがクラの真実の顔であったはずだ。 実際、”ふらふらと遊び回っている貴族の子息”という評判を隠れ蓑に、クラは今まで随分と私に協力してくれている。 現在の王――私の父であるのだが――には、私を含め異なる母から生まれた三人の息子がいる。 一人目の王妃に息子が一人。これが私。 しかし母は私が幼い頃に病死した為、二人目の王妃が選ばれた。 その王妃が、二番目の息子を産んだ。私の弟というわけだ。 そして三人目の息子は、王が手を付けた侍女の子。 まだ九歳の三男と私の関係は良好だ。しかし、私より三歳下の次男が問題だった。 否、彼自身に問題がある―――というわけではない。次男自体は気性の大人しい本好きな物静かな青年だ。 しかし、現王妃は私が第一王位継承者だということが随分疎ましいらしい。 私の母の実家も有力な貴族であるが、現王妃の実家もそれに並ぶ程の家柄を持っている。 それはつまり後ろ盾になる貴族連中には事欠かないということだ。 私を亡き者にしようとする連中から暗殺者を送り込まれたことも一度や二度ではない。 しかし、現王妃の子を世継ぎに立てた後、常世の春を楽しもうという亡者連中に簡単にくれてやれるような安い命を生憎私は持ち合わせていなかった。 だからこそ、反撃に出た。信用することのできる長年の友・クラを巻き込んで。 危険なことは初めからわかっていた。無謀であることも。 なのにこの男は、僅かほども躊躇うことなく協力しましょうと私に言ってのけた。 怪盗となり夜の街を舞ってみるのはなかなかに楽しそうだと、笑いながら。 「シス」はこのとき誕生した。 本来なら表立っても私の補佐役にしてしまいたいところだが、「面倒」の一言でこの男は断る。 だが、その裏には表立った役職についてしまえば怪盗として動きにくくなるという理由があるのであろうことはなんとなく察しがついていた。 考えてみれば私は随分とクラに助けられているわけだ。 なら―――――今こそ借りを返すときではないのか…? そう、私がクラに協力する。 …クラはクラのまま。そして私は―――… 自然と口元が緩む。 ああ、そうか、そういうことだな! 「クラ」と「シス」―――つまり二人同時にビズ嬢と対面し、ビズ嬢にどちらかを選んでもらえばいいというわけだ。 まさに天啓。これぞ妙案。 「クラ、ここは一つ私の策に乗ってみないか?」 はっきりと笑みの形になっていたであろう自身の口を開き、私はクラに告げた。 |
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