01. ニューフェスティバル!


どどどん、とその掲示があったのは。

四月。しかも、始業式の行われる日の朝だった。

クラス替えの掲示と共に張り出された一枚のポスター。
その内容といえば。

『チェリー・ブロッサム開催。四月十八日に体育館にてダンスパーティを行います。在校生は強制参加。』

というもの。

読んだ後、私、黒河七夜は、同じように掲示を見ている人だかりの中。
なんだかなぁ、と思いつつ、隣いる背の高い無愛想な男・志筑連を仰ぎ見ていた。

「……またイベント増やすつもりなんだねー。」

半ば呆れつつ、苦笑いする。
すると、掲示を見ていた志筑がちらりと私に目を向けてきて。

「そうらしいな……やってくれる。」

溜息を落としながらぼそりと呟いた。

何故だかその声に混じる明らかな不機嫌さ。

んん? 志筑なんで不機嫌? それに、やってくれるって……何が?

不思議に思って私が首を傾げると、志筑が実に呆れたような表情をする。

「あ、ちょっと志筑、何その目。」

そんな目で見られる覚えは無いもんさ、といささかむっとした。

でも、私のむっとした言葉なんて志筑にはあんまり効果がないことは、しっかりばっちりわかっていたり。
そりゃ、本気で嫌って言えば聞いてくれると思うんだけど。今みたいにちょっとのんびりした雰囲気の場合は全然効果なし。

だけど。それでも。やっぱり私はふん、とばかりに志筑を見据える。

すると。案の定、全然悪びれる様子も無く志筑が再びやれやれと溜息を落とした。
そのうえ私の頭にでっかい手を載せてきて。

「七夜、お前ちゃんと全部内容読んでないだろ。」

くりっと掲示板の方へ顔を向けさせられた。
視界に入ったのは、さっき斜め読みしていたポスター。

……う、……そりゃ……確かに初めのでっかい字で書いてある部分しか読まなかったけど。他にも何か重要なことが書いてあったけ?

何故かしっかり読んでなかったことを志筑に見透かされて。

その手を頭に乗せたまま、私は仕方なく眼を細めてじっくりと書かれた文字を追い始める。

――そして、十数秒後。

「えええ?なに、これ……え、あれ……奥丹……先輩?」

驚愕の響きを含んだ自分の言葉と共に。
私は、しっかりすっかり志筑の不機嫌の理由を悟っていた。



「だ……って、ええっと。つまりこれって。」

おろおろしながらぐるっと志筑の方へ身体ごと向き直る。

その反動で志筑の手が私の頭から降ろされて。
かわりに私は自分の片手を額にあてた。

「三年生からダンスを申し込まれたら断るなって……ことだよね?」

ぐるんぐるん回る色々な考えを纏めながら、志筑に確認をとる。

「要約すれば。」

不機嫌そう……ではなく、確実に不機嫌な志筑に簡潔に言い切られた。

ああ、そうだよね、それ以外に解釈のしようはないよね。

思わず乾いた笑いが漏れる。

そう。ポスターの下辺りにある小さい注意書きの一つ。それがこれ。
つまり、一、二年生には、三年生からの申し込みを拒否する権利は無いって事。

しかも。これだけでもかなりの動揺度だったっていうのに。
発布した人物の名前が更に大問題だった。

「志筑……あのさ、発行人の所……どうして奥丹先輩の名前があるんだろう?」

なんだか物凄く嫌な予感を感じながら志筑に尋ねたら。

「職権乱用だろ。」

これまた簡潔に返された。

「は? なぁに、それ??」

職権乱用? なんで奥丹先輩が? そもそも先輩って何かの役員だったけ?
イベントの掲示をできるような役員っていったら生徒会……くらい?
でも、確か選挙では奥丹先輩の名前は出てなかったはず。

……ぜ、全然ことの経緯がわからない。

ぐるりぐるりとマイワールドにはまり込んでいく私の頭にぽん、と軽い衝撃。
ふと顔を上げれば。志筑が私の頭にまた手を乗せていた。


「奥丹に誘われるなよ?」

目を眇めた志筑が、じっと見下ろしてきている。

「だって、そんなこといわれてもどうすればいいの?」

私は浮かんだ疑問を口にして、困り果てながら志筑を見返した。

誘われるなって……言われても。

同じ学校内にいれば何かの拍子でばったり会うこともあるし。その時にもし誘われたら拒否権がない以上どうしようもないような気がするんだけど。

まさかずっと会わないなんてことはできな――……と思ったとき。

「会うな。」

すっぱりと志筑が言った。

え? ええ!? ……て。そんな無茶苦茶な! 会うなって……。

志筑の示した回答に思わずがくりと項垂れる。
すると、ぽんぽんと宥めるように志筑が私の頭を軽く叩いた。

「……時々、すっごく無茶いうよね、志筑って。」

ぼそりと呟いた後、恨めしげにじとっと目をあげる。
目の前で志筑が軽く肩を竦めた。

「拒否権が無いって言うんなら、そうするしかないだろ。最もいざとなったらサボればいいけどな?」

「さ、さぼ……っ!? それは駄目!」

サボりは私のポリシーに反する! だって敵前逃亡みたいだし。

「じゃあ、他に回避策はあるか?」

反論できなくて、ぐっと言葉に詰まる。

うう、そう、だけど、さ。でもね、まだ奥丹先輩が私を誘うとは限らないわけだし。それに誘われても断れないんじゃ不可抗力だと思うし。

なによりも踊っている時に二人きりになるわけでもないんだから……そんなに心配することもないと思うんだけど。

等などなど……いまいち論拠としては弱すぎて、言い返すことが出来ない考えが、どうやらばっちり顔に出てしまったらしい。

「あいつと踊ったら何されるかわからないぞ。」

私に向けて志筑が諭すように言った。

「……まさか。皆も踊ってるんだから。奥丹先輩、そんなことしないよ……多分。」

考えていたことをしっかり読まれたことに内心動揺しつつも、反論したら。

「見てるから、何かされるんだろうが。」

じっと私の顔を見ていた志筑に、ぼそりといわれた。

――見てるから……何かされる? んん? それは普通逆なんじゃ??

志筑の言葉の意味をはかりかねて、首を傾げる。
と。志筑の手が……私の頭から頬に移動して。

「周りも巻き込んで既成事実を作って、後に引けなくするんだろ。」

随分と物騒な説明と共に、ゆるく頬を撫でられた。

き、既成事実、ですか? ……なんだかその考え方って怖いし。
ああ、でもちょっと奥丹先輩ならやりそうかもなんて思ったりもして。

あれ、でも……んん? ……なんだか……志筑ってば。

「……なんだか、志筑ってば妙に奥丹先輩のことわかってるっぽいよね……?」

ぐるぐるといろいろ考えている内にふと浮かんだ疑問。
私は眉根を寄せて志筑に尋ねていた。

そういえば。私を好きになってくれた理由。
志筑と奥丹先輩は一緒だって……前言ってたような……。そりゃ、奥丹先輩に確認したわけじゃない、けど。
でもそれって、もしかして志筑と奥丹先輩は似てるって事……だとか?

つまり。志筑も『周りも巻き込んで既成事実』を考えるってこと?

自分のその考えに、クリスマスの朝。登校した時のことが脳裏に蘇った。
一緒に遅刻して。クラスの皆にからかわれて……、後から奥丹先輩からその志筑の行動がわざとだよっていわれて。

うーん。半信半疑だったんだけど……やっぱり奥丹先輩の言ったこと……正しいのかもしれない。


「七夜、とにかく奥丹には誘われるな。了解?」

胡乱気に見上げている私に対して、志筑はどうやら一抹の不安を覚たらしい。
むにっと私のほっぺが志筑の長い指に軽くつままれる。

あああ、ちょっと! 何するの!?

「本当に隙だらけだな。」

呆れたように志筑に呟かれる。

「うう……が、頑張るもんさ。」

うるうると唸りながらいう私と。にやりと笑みを刷いた志筑。


背後から聞き覚えのある声が掛かったのはその時だった。

「ほらほら、二人とも。こんなところで朝っぱらからいちゃいちゃしないのよ。」


そのかけられた言葉の内容にばっと振り向くと。
そこにはにこやかに微笑んでいる由紀の姿。

アーモンド形の眼と栗色のふわふわの髪を風に揺らしながら。
呆れたようにこちらを見てくるその姿は、文句なしの美少女ぶりだった。

あああ、でも! なんだか凄いこと言われなかったか、私?

――そうそう、確かいちゃいちゃ……って……それ私と志筑!?

「ゆ、由紀。ちょっと待って。何、いちゃいちゃって! いつ、誰がどこでっ!」

おたおたと手を振りながら必死に否定する。

そ、そもそもその言い方って語弊があるというかなんというか。
別にいちゃいちゃしてうるわけじゃなくてね、普通に話してただけというか。

「はいはい。それより、クラス分け見た? 今年も同じクラスよ、七夜。」

私の反論を、軽く由紀が受け流す。
今ひとつ納得できないものを感じながらも私は本来この場所に来た目的を思い出していた。

そういえば。そうだった。忘れてたよ。そもそもクラス分けを見にきたのに、すっかりイベント告知の方に気をとられちゃって。

慌てて生徒の名前が書かれた掲示をチェックしはじめると。

「……同じクラス、だな。」

私が名前を探し出すより早く、志筑が私の背後で呟いた。

「え?え?……どこどこ?」

「2年A組。ほら、右上のところ。」

「あ、あった。うわ、志筑も由紀も……あ、副委員長も一緒。」

理系クラスは二クラスだけだから。同じクラスになれる確率は高いかな、とは思ってたけど。やっぱり嬉しい。

掲示板から目を離し、くるっと振り向けば。
にこやかな由紀と無愛想な志筑が立っている。

「また、一年一緒だね。」

その姿に、自然と笑みが漏れた。頬が緩む。

そりゃあ、クラスが変わっても同じ学校だし。同じ学校生活を送れるわけだけど。でもクラスが変わると授業中の志筑を見る機会がなくなるし。
クラス内での由紀のお手伝いもできなくなる。

いろいろと手間のかかることが多い由紀の手伝いだけど。それなりに楽しいこともあるし。うん。だから今年もちゃんと協力しよ。

と。心密かに決意する。もちろん、由紀に言うつもりは無いけど。
だって言ったら最後。何をさせられることやら……。


なんてことを。へろへろ笑いながら考えていたら。

いきなり両腕を伸ばしてきた由紀にがばっと抱きつかれた。

「ああ、もう!七夜ったらっ。やっぱり志筑君になんて渡すんじゃなかったわ!」

「うわ、く、苦しいってば。由紀。ああ、それに人がっ。」

私の抗議も何のその。ぎゅうぎゅう由紀が抱きしめてくる。

あああ、もう。志筑といい、由紀といい。どうして私の周りにいる人は私の抗議を聞き入れてくれないのーっ!

まだまだ生徒がいる中で。私はしっかり注目を浴びつつ目を白黒させていた。


なんだか進級しても色々ありそう……。

でもとりあえず。今はチェリーブロッサムをなんとか乗り切ることに全力を尽くすべし。

本日二度目の固い決意を込めて、でもやっぱり波乱万丈そうな予感に。
私はちょっと浮かれた気分はそのままに、大きな溜息を一つ落としていた。



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