02. 頼まれ事は嵐の予感?


「ね、七夜。奥丹先輩からの接触、まだ無いの?」

なんてことを私が尋ねられたのは。まだ肌寒い日の続く4月上旬。
チェリー・ブロッサムの発表があった日から数えて4日目の放課後。

駅前のファーストフード店。程ほどの客入り。

通りに面した窓際の4人席を陣取り、由紀と私がポテトを頬張りながら久々に顔を突合わせている時だった。


せ、接触って……なんだか犯人みたいだなー。

由紀からの質問にそんなことを思いながらも私がこくりと頷く。
と。ポテトを口に含んだ由紀が少し首を傾げて眉根を寄せた。

「ふぅん? おかしいわねぇ?」

私の顔をじっと見つめつつ、ポテトを飲み込んだ由紀がぽつりと呟く。

その由紀の言葉に、ふぐふぐとポテトを食べていた私の動きが知らず知らずのうちにのんびりとしたものとなっていた。

うーん。おかしい……かぁ……。

つい鬱々と考え始めてしまう。

何せ始業式の日からもう四日。
でも奥丹先輩は未だに私の前に姿を見せてはいない。

や、それはとっても良いことなんだけど。
平穏無事であることに越したことはないし。

でも、なんだかこうのど元に骨が刺さっているような……すっきりしない気分というか……。どうせなら、いっそのこと「君で遊ぶのは飽きたんだよ」位のことを言ってもらえるとこちらとしても後腐れがないというか。

寧ろそうしてもらえれば、志筑も奥丹先輩が私に本気だなんて考えは忘れてくれるだろうな、と。

つまり――微妙に志筑の機嫌が悪かったりする……んだってば!

今日だって由紀と帰るって言ってもなかなか聞き入れてくれなかったし。
今まではそんなこと無かったのに。

これは。もうばっちりと奥丹先輩の事がネックとなっているんだと思わずにはいられない。

それにしても。奥丹先輩……今までもそんなに見かけたわけじゃないけど、四日間もちっとも姿を見ないなんて事は無かったんだよね。
同じ学校にいるわけだし、なんだかふらふらと一年の教室あたりを奥丹先輩ってば歩き回ってたし……。

――あ。

マイワールドに嵌りこみかけて。ふと……突然ふと思いついた。

――奥丹先輩が姿を見せないのって……もしかして……。
ああ、そうそう。そうかも! うん。絶対そうだよ。

思わずこくこくとひとり頷いてしまう。

「……七夜?」

と。流石に不審に思ったらしい由紀が実に怪訝そうに私の名を呼んだ。
途端に。嵌りこみかけていたマイワールドから復活する。

そして。早速由紀に思いついたことを告げた。

「……あっ、ごめん。あのさ。奥丹先輩が姿を見せないのって、あれじゃないかな。一年生に可愛い子がいたとか! そっちに興味が移って私のことはどうでも良くなった……と……か……ね……、ええと……由紀?」

でも。勢い込んでいった私の言葉はだんだんと小さくなって。

うう。だって由紀ってば。凄く呆れた顔してるんだもん。

しかも。とうとう黙り込んでしまった私の前で、由紀がこれ見よがしにはぁ、と深い溜息をついた。

「お馬鹿ね、七夜。」

びしっと手に持ったポテトを私に突きつけながらの、あまりといえばあまりな由紀の言いっぷり。

「ひ、ひどっ!」

長い付き合いの友の冷たさに、ちょっと傷つきながら後ろに身を引いた私に対して、由紀がテーブルに手をついてずずいっと身を乗り出してくる。

「あのね、絶対にそんな風に簡単に諦めたりするような人じゃ無いわ。奥丹先輩は。」

「そ……そうかなぁ?」

いまいち言われている内容に実感が湧かなくて、私は由紀を見上げながら首を傾げた。

そりゃ、奥丹先輩……いろいろと腹黒だけど。でもなんだか物事にそんなに執着するタイプっぽくはみえない、気がするんだけど。うーん。

眉間に皺を寄せて考え込む私を見て、由紀が諦めたように乗り出していた体を元に戻した。再びほぅと溜息をつく。

「七夜。私、前に言ったでしょ。志筑くんよりたちが悪いって。あの人に七夜を渡すくらいなら……まだ志筑くんの方がましよ。」

ま、ましって……それは志筑に失礼なんじゃ……?
あああ、でもちょっと反論できる材料を思いつかない自分が悲しい。

私があうあうと口をあけて見つめる前で、由紀が私に突きつけたフライドポテトを一口齧る。

「とにかくね、いつでもどこでも気を抜いちゃ駄目。絶対に……何かたくらんでる気がするの……。」

えええ!? き、気を抜いちゃ駄目って……だってブロッサムまではまだまだ日数があるのに!? そんな無茶な……っ!

と。反論しかけて……でも。いつに無く真剣な由紀の表情。
その様子に結局私は何も言えず、素直に頷くしかなかった。

ううう。なんだか。この頃私ってば本来の学校生活とは無用の努力を求められているような気がするのは……気のせいだよ、ね?

こみ上げてくる、虚ろな笑み。
私は大分氷が溶け出した烏龍茶を一口、飲んでいた。



――でも。まだまだ学生生活とは無用の努力。それをこの日の夜。しかも自分の父親により求められることになろうとは……流石にこの時は想像外、だった。



***




「七夜、お願いがあるんだっ!」


夕食後。リビングで床に座ったままソファに寄りかかり寛いでいたら、珍しく父さんが早く帰宅して。でもやけにそわそわしているなぁと、思いながらちらっと伺い見たときに。
私に掛けられた父さんの一言。


あまりに思いつめたような真剣な口調に、吃驚した。
目を見開いて父さんをまじまじと凝視する。

と。父さんが実に居心地悪そうに視線を彷徨わせ、スーツ姿のままで私の傍までやってきてソファに座り込んだ。

「……なぁに? 父さん。」

目をぱちぱちさせながら尋ねたら、父さんがさっとテレビのリモコンを取り上げて、電源を切ってしまう。

あ、これはかなり父さんの中で重要度の高い話しなんだなって思った。
私もそれなりに居住まいを正す。

父さんが、一度深呼吸した。

「実は、会って欲しい人が……いる。」

「会って欲しい人?」

私が聞き返すと、父さんがこれまた真剣な面持ちで頷き。

「そう、今度の土曜日に。」

と、言った。

でも、私はといえば。なんだ、とちょっと拍子抜け。
だって。すっごく重大な事みたいに言うんだもんさ、父さんてば。

そりゃ、人に会うくらいなら別にいいけど。

あ。でも……今度の土曜日?

うーん。パーティの前日だよ。準備があるし無理っぽいんだけど……。
でも、なんだか父さん切羽詰まっているような気がするし。

等など思いながらも。

「誰と?」

一応、尋ねてみた。

と。父さんが、物凄く言いずらそうに、私から顔を背けて。
でも、目だけはちらりと私の方を見ていて。

んん? なあにその窺うような顔は??

「……それが、その……だな……あー……」

歯切れ悪く。とうとう視線まで逸らして、あちらこちらに目を泳がせる。
その姿は、どうみても怪しいってばさ。父さん。

「お・と・う・さ・ん?」

にっこり笑顔で、一字毎にしっかりはっきり区切って私が父さんを問い詰める。

父さんが実に言いずらそうに「言わなきゃ駄目?」なんて引き攣った笑顔を浮かべても生憎私は有耶無耶にするつもりはなかった。

きっぱりと「駄目。」といった私に父さんが仕方なさそうに口を開く。

「……実は社長から言われてな。お前に会いたがっている人がいる……らしい。……その……どうも会長の外孫じゃないかと……言われたんだが……。」

「は?」

途切れ途切れに聞こえて来る父さんの言葉。私は意味を図りかねて、思いっきり眉間に皺を寄せていた。

父さんが慌てた様子で、誤魔化すようにパタパタと手を振っている。

「いや、父さんもどこでどうお前のことを見初められたのかさっぱりなんだが。どうも社長の話では、大分しっかりしたなかなかに優秀な男だという話でな。」

――んん? ……と。……見初められ……た?

瞬間。私の脳みそが怒涛の如く父さんの言葉を理解しようと活動し始めた。
そして。一応の理解を得て。

な……っ。

まさに言葉が無いとはこういうことかっ。と。驚きのあまり二の句が告げなかった。

何言ってるの、父さんってば。見初めた? 誰が? 誰を?
えっと……ですね。それはつまり……。

「――お、おみ……おみ……お見、合い……?」

辿りついた結論に呆然とした。

ああああ、あのね、父さん! 貴方はいたいけな16歳の可愛い娘に見も知らぬ相手とお見合いをしろと!?

ぱくぱくと口を開閉し。もう何をいったらいいのかすらわからない。
父さんが、再び慌てまくってパタパタと手を振っている様子に突っ込みを入れる気力さえなかった。

「いやいや、まだそこまではいってないぞ、七夜。とりあえずんだな、本人同士で一度会ってみてはどうかという意向でな……その……。」

言い募る父さんの声が、だんだん小さくなる。

どうしてかといえば。衝撃からどうにかこうにか無理やりに自分を立ち直らせた私が、しっかりばっちり。
ぎっとばかりに父さんを睨みつけていたからだろう。

「お断り。」

黙り込んでしまった父さんにきっぱりと言い切る。
父さんの眉尻が下がり、実に情けない顔になった。

む、そんな捨てられた子犬のような目をしてみたって今回ばっかりは聞けないよっ!

つーんと横を向いた私に、父さんが「ななやー」と、悲壮な声をかけてくる。
でも、既に私に聞く耳は無かった。

ああ、もう。本当にどうしてそんな話しが出てきたんだろ?
そもそもその外孫って何? 普通会いたいって言うからには写真ぐらい見せるものじゃないの?

もちろん。写真を見せてもらったとしても私にその人と会う気はまったく無いけど。

だって……私には志筑がいる。

ちゃんと。お付き合いしてる彼氏。
なのに何が悲しくてまったく見たことも無い人とお見合いモドキのことをしなくちゃならないのさ。あああ、もう!

むかむか。どうにも腹立ちが収まらず。ふんっと、そっぽを向いていたら。
いつの間にやら父さんが静かになっていた。

「……?」

流石に心配になって、ちらりと父さんを見る。
すると。

「まさか七夜。バレンタインの時の男と付き合ってるんじゃなかろうな。」

なんてことを、じとりと見据えられながら私に向けて父さんが言ってきた。

「うっ!」

形勢、逆転。今度は私がしっかり言葉に詰る。

そ、そういえば。付き合っている人がいるってちゃんと言ったことはなかったんだよね。
ど、どどどどうしよう。これはこの機会に言っとくべき?

そうすればもう今後こんな馬鹿な話が舞い込んでくることもないだろうし。
うーん。

と。かなり迷って。

「つ、付き合っている!」

結局。素直に言っておくことにした。

父さんが絶句する。
見る見るその顔が色を失い、一旦蒼白になったと思ったら。今度は一気に朱色に染まった。

……うわー、人の顔色って本当にこんな風に変わるんだー。
なんて暢気なことを思いながらその姿をしげしげと眺めていたら。

「ゆ、許しませんっ! 七夜、父さんはそんなお付き合い絶対許さんぞーっ!!」

父さんが、吼えた。

「なんで!?」

「当たり前だ。親に挨拶に来もしない男にお前をやれるかっ! あのチョコでてっきり破局したと……っ」

父さんが語尾を濁して、しまったという表情をする。

ん? チョコ?? 破局?? ……て。それは。

「あーーーーっ! やっぱり、チョコに細工したの父さんだったんじゃない! 嘘つきーっ!!」

そう。それはまさしくバレンタインのあのことに他ならない。
私は帰ってきた父さんにしっかり詰問していたのだ。
チョコに細工したでしょ、と。

あの時は、父さんじゃないよーなんて涙ながらに否定してたくせにっ!
なんて父親だ!

がっと吼えかかろうとして。でも父さんが片手を振って私を制止した。

「ええい、今はそんなことはどうでもいい! それよりも、その男だっ!」

むぅ。確かに今はちょっとチョコのことはおいとくけど。でも後でちゃんと追求するからね。
えっと。で。何だっけ。……挨拶? そうそう、親に挨拶が無いのが気に食わないんだっけ?

「もう、そんなの当たり前だよ! 高校生のお付き合いでなんで親に挨拶にくるの。そんなの結婚の申し込みみたいじゃない!」

「もちろんだ。結婚を前提のお付き合いに決まってるだろうが!」

ふん、と。胸をそらしてふんぞり返る我が父。
まったくもって。返す言葉がなかった。

……ああ、もう。呆れモード発動中で何を言ったらいいのやら……。

だって。結婚を前提のお付き合いって……。私まだ16だよ?
もちろん志筑だって16でね? なのにそんな人生決めさせるような真似……できるわけないでしょぉ……。

ありえないほどの脱力感にがっくりと項垂れる私に、更に父さんが追い討ちをかける。

「とにかくだな。そんな不誠実な男はいかん。絶対にいかん。七夜は、当分の間休日の外出禁止! 及び門限19:00厳守!」

「なっ!?」

あまりの横暴さに、項垂れていた頭をばっとあげた。
抗議しようと口を開く。

でも父さんの行動は私よりも一足早かった。

ばっと両手で自分の耳を押さえ込み、「あー、もう何にも聞こえないなー!!」なんてことを大声で叫びながら、とっと居間から姿を消してしまったのだ。

呆然と、する。それ以前に、父さんの去っていく時の姿に私はすっかり気勢をそがれて。

「……子供じゃないんだから……。」

最早。ふかーい、ふかーいため息しか……出てはこなかった。

何、何なの、この展開はーっ!



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