03. 七夜、困窮する(1) |
春麗らかというにはまだいささか肌寒い昼休み。校舎の屋上。 志筑と私はほかほかの日光を浴びながら、今日も今日とてお弁当を広げていた。 「いい天気だねぇー。」 なんてのんびり声を掛けつつちらりと横に座る志筑を見れば。 黙々と箸を運んでいて。 でも一方の私はといえば。先ほどからさっぱり箸は動いておらず。 ――うーん……。どう、切り出そう。 なんてことを只管に考え込んでいた。 こう、何気なくさらっと言ってみればいいのかな。……それとも真剣に重ーく言ってみるべき……か? うーん。 箸の先を口に咥えたまま、志筑にわからないように小さく溜息。 ああもう、父さんのお陰でこんな苦労を。と、愚痴の一つも零してしまいたい気分だ。 何せ今私が志筑に言いあぐねていること。 それは昨日父さんが言い放ってくれたあの禁止令のことに他ならない。 うーん。ううー……。 ぐるぐるぐると。久方ぶりに私はマイワールドにどっぷりたっぷり浸りこんでいた。 だから。どうやらお弁当を食べ終わったらしい志筑が、じっとこちらを見ていたらしいことにもまったく気づいていなくて。 「……どうした?」 「へは?」 いきなり掛けられた志筑の低い声に、私は何とも間抜けな声を返してしまった。 あああ、私。せめてもっと可愛く返事はしようよ、咄嗟のこととはいえっ! ひくっと口元が引き攣る。 立てた片足の膝に肘を着いて、その手に顎を乗せながら。 志筑が全部見透かしているみたいに私の方を向いていた。 心臓がどきんと一つ、跳ねる。 どくんどくんと脈打つ心臓が、気になって。 「……あ、えっと……志筑。あの、ね? 話があるんだけど。」 でも、私は自分の膝を抱え込みながら無意味に足元をパタパタさせつつ、どうにかこうにかようやく志筑に対して話を切り出し始めた。 実は。納得してもらえるかなって、凄く不安だったりするんだけど。 もちろん言わなきゃいけないことだし、それはわかってるんだけど……でも……だけど……。 「……その……ね。」 言い淀む私を、じっと志筑が待っている。 ――っ! ええい、もうっ!! いつまでもぐるぐるぐるぐる考えててもしょうがない! 「しばらくの間、お休みの日は志筑と会えないし、志筑の家にもいけない。」 私は漸く腹をくくって。はっきりと志筑の目を見て……だけどちょっと顔を強張らせながら、言った。 「――――。」 ぎゅっと手を握り締めて緊張している私を、無言のままの志筑が目を眇めてものすっごく胡乱気に見ている。 うあああ、志筑っ、な、何か言ってよ。ま、間が重い……。 と。ここでふと。今のじゃ言い方が悪かったか、と今更ながらにはっとした。 「あっ! でもあの……志筑が悪いわけじゃなくてっ……なんというか、その私のほうの問題というか……っ」 慌てて両手を顔の前で振りながら、弁解。 だけど。志筑は相変わらず黙り込んだままで。 ……なんで……どうして何も言ってくれないの、志筑。 だんだん何を言ったらいいのかわからなくなってくる。 ただ、どんどんと激しさを増してくる鼓動だけがやけに耳について。 考えの全然読めない志筑の表情が、今日ほど恨めしいと思ったことは無かった……かもしれない。 呆れた? 怒った? ……お願いだから何か言ってよ、志筑。 心臓が、痛い。 志筑の視線を浴びていることが息苦しい。 目を伏せて、黙り込む。 「七夜?」 漸く志筑が私の名前を呼んだ。 うわ、もう、限界! どんな顔をしたらいいのか、何を言ったらいいのか……わかんない!! 「とにかく、ごめんっ!! ……えっと、そういことだから!」 何がなんだかわからないうちに、私はお弁当箱を引っつかんですくっと勢いよく立ち上がっていた。 そして、脱兎の如く走り出そうとし――でも。駆け出そうとするその前に。 「――七夜、待て。」 志筑の大きな手が、背後から私を抱きしめていた。 走り出そうとしていたところを急に止められて、後ろに向けて重心が傾く。 あっと思う間もなく。私は志筑の腕の中に背中から倒れこんだ。 衝撃とともに、馴染んだ暖かな体温。 私の手から離れたお弁当箱ががんごんと音を立てながらコンクリートの上を転がっていき、手すりに当たって止まっている。 うっわ! し、志筑、あんたね、危ないでしょうがぁ!! ……て。あれ? ……んん? ……んんっ!? 文句の一つも言ってやろうとがうっと後ろを振り向こうとして。 志筑が何故か私の首筋に唇を押し当てていることに気づいた。 しかも。さらに。首筋にざらりと熱い、感触。それは、ばっちりしっかり覚えのある感触、で。 ななななな、何!? 何なの!? 志筑、何でこんなところで私の首を舐めてるのっ!? う、嘘!? だって。あああ、何だか手つき……手つきが怪しいーっ! 「ーーっ!? ちょっ、しづ、きっ!! ここっ、ここ学校だからっ!!」 がっと志筑の手を押さえて。ぎしぎしと音がするんじゃないかってくらいぎこちなく首をめぐらして、背後の志筑をどうにか肩越しに視界に納める。 「……何があった?」 「ななななな、何にも無いよ?」 眼を細めて聞いてくる志筑に対して、冷や汗を流しながらの答弁。 へろりと笑う私と。検分するようにじっと見つめてくる、志筑。 しばしの、間。 「素直に吐かないと、ここで押し倒す。」 志筑が、私の制止の手を振り切って腕を動かしだした。 わあああ、やっぱり騙されてくれないーっ! し、しかも志筑、何だかちょっと目が据わってるってば! 「ーーーーわーーーーっ、たんまっ!! ちょ、しづ……や、……きゃ、キャラ違うーーーーっ!!」 「違わない。俺はもともとこういうキャラだ。」 嘘だーっ! 今絶対にえろ魔人モードだよ!! ……うわっ。 ちょ、ちょっとま……っ、へなへなと力が抜けるんじゃない、私! 背後から、いきなり耳朶を甘く噛まれて。ぞくぞくと体が震える。 必死に自分を励ましてみるもやっぱりどうやらそれは無駄みたいで。 しかも。志筑の片手が私の腰から這い上がってきて。 胸の下辺りに触れてくる。 その間にもう片方の手が……スカートの中に滑り込んできて。 内腿を……撫で上げられた。 「ははは、吐く、吐くから止めてーっ!」 私と志筑以外、まったく人影の無い校舎の屋上。 私の叫びが虚しく響いたのは、僅かに数十秒後のことだった。……あう。 |
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