01. 七夜、選出される |
「えぇ!?ちょっと、由紀。本気ぃ?」 事のはじまりは。残暑の厳しい9月初旬。 放課後。駅前のファーストフード店。程ほどの客入り。 通りに面した窓際の4人席を陣取り、私と、同じクラスの叶 由紀(カノウ ユキ)はポテトを頬張りながら顔を突合わせていた。 「い、いやよぉ。」 私が再び抗議の声を上げると、由紀が両手を合わせてひたすら拝み倒してくる。 「そんなこと云わずに、お願いよぅ。ね、七夜(ナナヤ)ぁ。」 うう。由紀のうる瞳にほだされそう・・・。 くりくりのこの眼で見られると何故かこっちが罪悪感を感じるのよね。 可愛い子ってこういう時得だと思うわぁ。 でもここで折れると後々面倒なことになる。 これは由紀との付き合い3年になる私の、経験による確実な予想。 「だって、そりゃ由紀が学級委員長で大変なのはわかるけど。どうして、私がハロウィンの実行委員にならなくちゃいけないの。」 「だから。なにも立候補してくれっていってるわけじゃないの。ただ、立候補がいなかった場合に、なって欲しいな、て。」 ・・・・だから。それはもう、確実になれってことじゃないの。だって立候補なんているわけないでしょ。 「・・・・由紀。」 私の声がやや低まったことに気づいた由紀がばつの悪そうな顔でこちらを見てくる。 しばし、沈黙。 そして。あきらめたような溜息をつき。にっこりと私を見つめてきた。 「そうよね。ハロウィンパーティは特別だものね。でもね。だからこそ、七夜にやって欲しいの。だって、七夜、興味ないでしょ?ハロウィンパーティの中でも一番盛り上るイベント。他の子はね、その時に賭けてるのよ?これからの高校生活、どうなるかがかかってるんだもん。それを実行委員の雑務で邪魔するわけにはいかないじゃない?だからといって私は委員長としてクラスをまとめないといけないし。とても実行委員までできないわ。それとも七夜は自分が楽をするために他の女の子が泣いてもいいんだ?」 ・・・・でたわね、本性。この子は、開き直ってからが怖いのよ。 一緒にすごした中学3年間で嫌と云うほど味わってるし。やっぱり高校に入っても変わってない。 「・・・・・あんたは、もう。」 今度は私がふかぁい溜息をつく番だった。 「・・・・本当に、候補がいなかったときだけ、よ?」 由紀のアーモンド形の瞳がきらきらっとする。 「ありがと、七夜♪うふふ。今度なんかおごっちゃう♪」 「せいぜい高いもの、おごってね。・・・・ん?・・でも実行委員て一クラスで二人じゃなかった?」 まさか、一人で二人分こなせなんて無茶云わないでしょうね。 由紀なら言い出しかねないから怖い。 「そう。そうなのよね。でも、もう一人の方は男子から出してもらうように海月(うみづき)クンに頼んであるから。」 さすが、抜かりがないわ。ちゃっかり副委員長に選出するよう押し付けてあったのね。 男子のほうでも、文句、でるだろうなぁ。 「あっそ。副委員長も大変ね。」 まあ。私としてはこの際、仕事、分担してやってくれるひとなら誰がなっても構わないし。 もともと、ハロウィンの告白イベントなんて、興味、ないから。 私の通う高校は、一応私立の進学校である。 が。ちょっと、変わっていて、学校行事全般の決定及び執行を生徒会が一手に担っているのだ。 そのため。変わった行事が多い。 入学してすぐに、なんと花見、があった。その後も和洋折衷。さまざまな行事が催されている。 今回のハロウィンパーティーもそのひとつ。 そして、やっかなことにハロウィンには特別なイベントが付加してくるらしいのだ。 そう、それが在校生による大告白大会である。そんなイベントしていいのかと私あたりは疑問に思うのだが、これは初代生徒会が決定したイベントで、現在も脈々と受け継がれているのだという。 それにしても。 これだけ行事が多いのに生徒の中で成績の下がるものがいないのは脅威的で、皆入学時の成績を維持していた。どうも、入試のときにある面接でその辺を確認されているとかいないとか・・・。 私は。まだ入学して半年ではあるが、既にこの高校を選んだことを後悔、していた。 ――――――やっぱり、通学時間が短いからって。適当に高校決めるべきじゃなかったかなぁ。 そう。自宅から自転車で15分。私は朝の睡眠時間の為に。この高校を選んだといっても過言では、なかった。 「じゃ、女子の立候補の人いませんね。それじゃ私の方で指名させていただきまぁす。」 由紀からやっかいな頼まれごとを受けた二日後。土曜日の4時間目、ホームルーム中である。 今日の議題は、ハロウィンの実行委員選出。 当然、女子の立候補は・・・・いなかった。 由紀が私の方へ目線を向けてくる。 「黒河七夜さん。お願いしますね。」 由紀が指名、した。私以外の女子が安堵する気配。 「七夜、がんばって」と前後にいる女子が声を掛けてくる。 はいはい、がんばらせていただきます。 「はぁい。了解。」 しかたなく、返事。これであとは、男子の方が決定すればこの議題は終了し、ホームルームも終わる。 副委員長の様子を伺ってみると、特に慌てている様子も無い。 じゃ、男子の方も誰かなってくれる当てがあったんだ。 「それでは、男子。立候補してくれる人はいますか?」 由紀が一応、確認を取る。・・・・どうせ、立候補なんていないって。 早く指名して終わりにして欲しいわぁ。 下を向いてあくびをかみ殺した私の耳に、由紀の困惑した声。 「・・・えっ?」 ん?めずらしく、由紀が動揺している? 顔を上げて教壇の方を見る。 んん?前の人たちが皆、後ろを振り向いてる。 私の席は窓側から二列目、前から3番目。教室の真ん中辺り。 なので、後ろの方の様子は分からない。 周りの皆に促される形で、私も後ろを振り返る。 「はぁ?」 その途端。気の抜けたような、間抜けな声が、でた。 「叶。オレ、立候補。」 そういって右手を中途半端に上げてるのは。私の斜め後ろに座ってる男。 だらしなく長い足を投げ出して。制服の胸元がかなり緩められていて。 茶色いさらさらの髪が目元にかかるくらい、長くて。 由紀から聞いた話では、うちの高校の裏ランキング。「抱かれたい男」トップだった、とか? ――――― 志筑 連(シズキ レン) だっ・・・、なんっで?どうしてよりにもよって一番立候補なんてしなさそうな人がぁ? まさか、副委員長。この人に頼んだわけ? 私は再び教壇に向き直る。 あ、副委員長・・・呆然としている・・・。て、ことは。やっぱり、頼んだわけじゃないんだ。 「・・・志筑君、立候補、ね。」 クラス中の誰よりも早く、由紀が立ち直った。さすがだ。 「では。他に誰か、いますか?」 矢継ぎ早に、次の候補者を募る。だが、次に手を上げる男子は・・・いなかった。 由紀が軽く息をつく。こういう場合の由紀の決断は早い。 「じゃあ。志筑君。・・・・お願いします。」 さらさらと由紀の華奢な手が黒板に書かれた”実行委員”の文字の下に”志筑 連”と記入していく。 私の名前と志筑連の名前が、並んだその時。チャイムが、鳴った。 「では、今日の議題はこれですべて終了です。委員に選出された二人は月曜日の放課後、会議があるので出席してください。詳細は月曜日の昼休みに放送が流れますから。」 由紀の声を合図に、クラスの皆が前を向き。信じられない面持ちで、黒板を見つめていた。 「・・・うーん。なんで立候補したのかなぁ、志筑君」 由紀が、眉間に皺を寄せている。 帰りのホームルームが終わり。私と由紀は、帰路についていた。 徒歩の由紀に合わせて、私は自転車を引きながら歩く。 「さぁ。何考えてるのかさっぱりだわ。」 気の抜けた返事を返す私。実際あの男が何を考えているかなんて私にわかろうはずもない。 「結構な騒ぎになると思うのよね。この機会に彼に告白しようとする子、結構いたみたいだから。上級生なんかはパーティー前に告白してゲットしようとしてたみたいだし。・・・それが、実行委員なんてやってたら、準備期間中も当日も時間とれないもんねぇ・・・。」 そういった後。なおも考え込む由紀を尻目に、私はますます面倒なことになった事態をどうやって無事に過ごせるか、家の前に着くまでひたすら、考えていた。 |
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