03


そして、午後9時。

誕生会を終えた後。

玄関口で靴を履く澄香を、熊を抱きしめながら華が見つめていた。
華の左右にはゆうきと奏。そして、その後ろに美枝たち。

「華、本当にごめんね。お母さん、お仕事入っちゃって。」

「ううん。華は大丈夫。気をつけてね。」

すまなそうに謝りながら、あわただしく出て行こうとする澄香に向って華がにっこり笑いかける。

先程、自宅の電話に連絡があり、澄香は急遽仕事に向うことになってしまったのだ。

ゆうきが、笑顔で澄香を見送ろうとする華の頭に手をのせる。
華が、ゆうきを見上げてきた。

「華、家くるか?」

笑いかけながら聞くと、華の顔がぱっと明るくなる。

「ナイスよ、ゆうき。華ちゃん、家いらっしゃい。」

ゆうきの後ろから、美枝が華に向って手招きした。
華が澄香を振り返り、首を傾げる。
そして、澄香がにっこり笑い返したのを確認すると、美枝に向ってこくりと頷いた。

「じゃあ、華行ってくるわね。」

「いってらっしゃい。」

皆に見送られながら、澄香が玄関から出て行く。
澄香の姿が見えなくなり、ゆうきは華に声を掛けた。

「じゃあ、華。行くか。」

「――――うん!あのね、華、パジャマ持ってくる!」

パタパタとかけていく華。

「さて、じゃあ私たちも戻りましょうか。」

美枝の言葉に、美由紀が「そうね。」と返し、皆が帰り支度を始めた。

玄関口に、ゆうきと奏が残される。

無言のままの奏に向けてゆうきは無駄とは思いつつも「奏、お前は家くる?」と一応たずねた。

「遠慮します。」

案の定、奏はちょっとむっとした表情で断ってきた。
奏の中でオレはライバルだしな、と思いながらゆうきはやや口角を吊り上げる。

「お子様だな、奏。」

感情丸出しのその態度に、ゆうきはからかいの意味を込めてそういいながら、奏の頭に軽く手を載せた。

その途端。

奏が激しくゆうきを睨みつけ、ばしっとゆうきの手を払いのけた。

悔しそうに眉根をよせる。と、くるりと踵を返して、走り去ってしまった。

ゆうきは苦笑しながら、奏のその後ろ姿を見送り。

―――本当に、いつの間にか生意気になったな・・・。

ようやく居間へ向けて歩き出した。


華になら、いくら触れられても許している。

ゆうき自身さえ無自覚だったその事実に、奏はこのとき既に気づいてたことを、ゆうきは知らない。
そして、ゆうきの中に眠る思いに、奏が漠然と―――――気づいていたことも。



***




風呂に入りパジャマに着替えた華が。ゆうきの部屋で。そして、床に座ったゆうきの膝の上で。ほんわか笑っていた。

「ゆうきちゃん。」

「ん?」

呼びかけられたゆうきが首を傾げると、えへへと華が照れたように笑う。

「あのね。ゆうきちゃん、だいすきー。」

きゅうっと勢いよく華に抱きつかれ、ゆうきはバランスを崩して後ろに倒れこみそうになる。
あわてて華の体を片手で抱きとめ、どうにか体勢を立て直すと華のさらさらの髪が顔に触れた。

「いきなりだな、華。」

苦笑しながらいうゆうきに、華が楽しそうに笑う。
多分誕生会というイベントがあったためか、大分興奮状態ある華の体を抱き上げながらゆうきはベッドに向った。

そっとベッドの上に華を降ろし「ほら、寝るぞ。」と声を掛ける。

「うん!」と、素直に華が頷き、ベッドの上にごろりと横になった。

部屋の明かりを消して、ベッドの残ったスペースにゆうきが入り込む。
そして布団を引っ張りあげて、華と自分の上にかけると、ゆうきは両手で華を抱きかかえた。

華がくすぐったそうに身じろぎするが、ゆうきの手から逃れようとはせず、そのうちおとなしくゆうきの腕の中に納まる。

何度か華と同じ布団で眠ったことがあるが、鬱陶しいと思ったことは無かった。
そして、何故か――――よく眠れる。
それは、ゆうきとしても不思議だったのだが、華がゆうきにとって妹のような存在だからだと、思っていた。

「・・・それと、子供体温だからかな?」

「んう?」

考えの延長で、ぽつりと落としたゆうきの言葉を聴き、華が小さく声を上げる。

「いや、なんでもないよ。」

笑いながら答えたゆうきに、華が既にとろりとした眼をしながら

「・・・ゆうきちゃん、眠れないの?」

と尋ねてきた。

「ん?・・・・そう、かな。」

普段、深夜まで起きているゆうきとしては、さすがに11時前という時刻では華と一緒でも簡単には寝付けそうもなかった。

華がほんわりと笑う。

そして「じゃあね、華が子守唄うたってあげる。」と呟いた。

「子守唄?」ゆうきがやや驚きながら聞き返す。

「うん。学校で習ったの。・・・・ええっと、確か・・・・」

華が、たどたどしく、ゆうきも聞いたことのある子守唄を歌いだした。

思わずゆうきは笑い出してしまった。しかし、それでも華は一生懸命に歌っている。

そして、そのうち―――華の歌声がだんだん途切れがちになってきた頃。

ゆうきはいつの間にか深い眠りに落ちていた―――――。


二人が、眠り込んでからしばらく後。

ゆうきの部屋の扉が僅かに開いた。そっと中を窺ったのは美枝である。

「・・・・なんだ、よく寝てる。」

小さく呟き、美枝は仲良くシーツに包まっている二人を見て、微笑んだ。



―――――あんたみたいな男が、一度女に嵌ると・・・怖いのよ?


女のいった言葉の意味をゆうきが理解するのは、これより数年後。
華の唇を奪い。そして、自分の中にある激情を―――自覚したときだった。



〜Fin〜



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