09


あれからゆうきは華と共に寝室に入り、先程怖がらせた分できるだけ華をやさしく抱いた。

甘い華の声に煽られながらもどうにか自制できたと、隣ですやすやと眠り込む華を見つめながら、ゆうきが苦笑する。

自分でもあれほど逆上するとは、思わなかった。
華が他の男に触れられただけで、冷静な判断力は見事にふっとび。
すこし考えればわかるようなことも見逃して――――。

本当にどうしようもないと、ゆうきは華の寝顔に小さく「華、ごめん」と告げた。
それに気づいたわけでもないだろうが、華が小さく寝返りを打つ。

その拍子に華の顔にかかった艶やかな髪を、ゆうきの手が軽く払った。
子供のように、安心しきって眠っている華。

ゆうきは華の寝顔をしばらく見つめた後、ベッド脇にあるサイドテーブルに眼を向けた。その上には、電源の切られら携帯電話が置かれている。

ゆうきは手を伸ばし携帯を手に取ると、電源を入れた。

―――そろそろ、かな?

ゆうきがそう思った途端。
華の静かな寝息が聞こえる中、ゆうきの手の中で携帯電話が振動した。
着信を見れば、そこには『奏』の文字。
華が自分の携帯番号を登録する際に一緒に登録していったものだ。

ゆうきは華を起こさないように、そっとベッドから抜け出ると適当に服を身につけ、玄関に向った。



***




奏は、マンションの入口にある花壇に腰を下ろし、ゆうきを待っていた。
手には携帯電話。

何度か掛け、先程漸く呼び出し音が鳴ったことにより、ゆうきが電源を入れたのだとわかった。
ゆうきなら、携帯を鳴らしただけで自分が来たことに気づく、そう思い奏はゆうきが出る前に電話を切ってしまった。

我ながら、ゆうきとの付き合いの長さを感じ、奏は重く溜息をついた。

天に昇っている月を奏がぼんやりと眺める。
そのまましばらく待っていると、案の定マンションのエントランスからゆうきが出てきた。

ゆっくりと歩いてきたゆうきが無言のまま、奏の隣に腰を下ろす。

「さっきは、容赦のない一撃をどうも。」

奏が溜息をつきながら、ゆうきに声を掛けた。

ゆうきが「−−−腫れてるな。」と僅かに視線を遣し、奏を見る。
ゆうきに殴られた跡が、既に赤黒くなっていた。

「言い訳が、大変でしたよ。」

奏が溜息をつく。
先程一度家に戻ったとき、母親に見つかって随分問い詰められたのだ。
友人との他愛の無いちょっとした行き違いだと言っておいたが、納得したのかどうかは謎だった。

「自業自得だな。まあ上手く美由紀さんを誤魔化せよ?」

冷たく言い切ったゆうきがズボンのポケットから煙草を取り出す。

奏の母親・美由紀のことをよく知っているくせに簡単にいってくれると、奏は軽くゆうきを睨みつけた。
だが、ゆうきはどこ吹く風というようにその唇に笑みを刷いているだけだ。
馬鹿馬鹿しくなり、奏はそうそうに表情を改めた。
極力普通どおりに接する、それが奏の自尊心だった。

ゆうきはもうすっかりいつも通りになっている。
ということは、もうすべて華から聞き出したのだろうとわかってはいたが、それでも奏はゆうきに謝るつもりはなかった。


カチリという音と共に、ゆうきが手にしたライターに火が灯る。
奏はそれを見て、ゆうきが華の前では一度も煙草を吸ったことが無かったことを思い出していた。

「相変わらず華の前では吸ってないんですか。」

「煙吸って、華の発育が悪くなったら困るだろ。」

何気なくたずねた奏の言葉に、しれっと答えながらゆうきが煙草を銜える。

奏は咄嗟に手を出し、火の着いたそれをゆうきから奪い取っていた。
片眉を吊り上げているゆうきの前で、奏は自分の口に煙草を銜える。

「いいのか、優等生?」

僅かに笑いを含んだ声で、ゆうきが面白そうに奏を見ている。

「良くないですよ、でも止めないでしょう。」

ふんっとばかりに奏はゆうきに反論した。
実際、初めて吸うわけでは無い。前に何度か吸ったことはある。
だが、特に美味いとも思わなかったので常用するまでにはいたらなかっただけだ。

奏の反論にゆうきが笑い、だがそれ以上何も云ってくる事は無かった。
新しい煙草を取り出し火をつけるゆうき。

月明かりの照る中、二人はしばらく無言で紫煙を燻らせた。

奏が、横目でゆうきの様子を窺う。
月を見上げている精悍な横顔。

奏はゆうきに殴られたことが、実は一度もなかった。
それどころか、対等にすら扱われていなかったのではないかと思う。
なのに、さっきのゆうきは今までとは別人のようだった。

余裕のまったく無いゆうきを見たのはあれが初めてかもしれないなと奏が小さく笑った。

これが、華の選んだ・・・男。
奏はようやくその事実を受け入れられそうだった。
まだ、ゆうきの華に対する所業で許せない部分は多々あるが。
それでも華が選んだというのだから、もう仕方がない。

奏はゆっくりとゆうきに向けて口を開いた。

「オレが華に告白したのは・・・・ゆうきが動く前に、華が振り向いてくれればいいと、そう思ったからです。告白した時に受け入れてもらえるなんて思ってなかった。でも、ゆうきがこんなに早く動いたのが、計算外でしたね。」

合間に紫煙を吐き出しながら、奏はできるだけ淡々と告げる。
ゆうきが奏の言葉に「ああ?」と返してきた。

「年齢差、気にしてたでしょう?」

―――年齢差、それだけが奏に残されていた勝機。

だが、それさえもゆうきは踏み越え、華を手に入れてしまった。
もっとゆうきがぐずぐずしていてくれれば。奏は今更ながらそう思わずにはいられない。

奏の指摘に、ゆうきが小さく笑いを漏らす。
はっきりとは答えなかったが、それが肯定なのだろうと奏は話を続けた。

「華は、そんなこと気にしてなかったんですけどね。本当は華が誰を見ているかなんてとっくにわかってたんです。でも、ゆうきがぐずぐずしている間に無理やりにでも奪っておけばよかった。」

溜息をつきつつ告げたこれは、半分以上奏の本心だった。
ゆうきが他の女に手を出しているうちに華を奪ってしまえば、華もゆうきのことをあきらめて自分を見るようになるかもしれない、そう思ったこともある。

だが―――・・・

「おまえにはできないだろ。」

はっきりと、奏に向ってゆうきが言い放つ。
奏はその言葉に自嘲気味な笑みを漏らした。

ゆうきの云う通りだった。華にそんなことをできるはずがない。
たとえ強引に手に入れたとしても、華が自分を幼馴染以上に見るはずも無いことが奏には痛いほどわかっていた。

「できないですよ。もちろん。そんなことしても華が傷つくだけだ。ゆうきへの思いを断ち切れるわけがない。―――――――そんなこと、康弘さんの葬式で嫌というほど痛感してます。」

奏はやや癪だったが、それでもゆうきの云うことを素直に認めた。
そして、自分が手にしていた最大のカードをゆうきに明かす。

「葬式?」

ゆうきが不審そうに眉を顰めた。

康弘、つまり華の父親が亡くなった時、その葬儀の間とその後で、奏は一番知りたくなかった、そして見たくなかった事実を突きつけられたのだ。

「ええ、華は僕の前じゃ、泣かなかった・・・・。ゆうきの前じゃ、泣いたのにね。」

これは、いままで誰にも云うことの無かった、奏だけの秘め事。
奏は、華がゆうきの部屋で泣いていた、その場面を目撃していた。

あのときの衝撃が蘇る。華は奏の前でも涙を見せなかった。
何度も泣いていいといった奏の言葉は、しかし華の弱々しい笑顔に拒絶されたのだ。

「――――ひょっとして、お前見てたのか?」

心底驚いたらしいゆうきの姿に、奏は苦笑した。

「華が泣いていたところ?それともその後、華が眠り込んでからですか?」

「最初からか・・・。」

明かされた事実に、ゆうきが小さく舌打ちする。

まさか見られているとは思っていなかったのだろう。
奏はあの時、眩暈がするほどのショックに襲われながら、それでも決して気づかれるような真似はしていなかった。

「華がいなくなったんで捜していたんですよ。ゆうきの家にいったら泣き声が聞こえてきた。」

―――そして奏はそっとゆうきの部屋の前に立ち、僅かに扉を開いたのだ。

そこにはゆうきに身を預けるようにして泣きじゃくる華の姿。
愕然と、した。
そのまま立ち去ることもできず、ただ馬鹿みたいに立ち尽くしていた。
いつの間にか寝込んでしまった華をゆうきがベッドに運んでもまだそうしていた。
ゆうきの姿が、華の上に覆いかぶさり。華の苦しそうな声が漏れ聞こえ。
その時やっと奏は静かに扉を閉め、瀬守家から逃げ出していた。

「そう、か。」

ゆうきが小さく溜息を落とす。
奏はこれで持っていたカードはすべて出し尽くしたと―――安堵した。

「結局、オレは華の気持ちも・・・ゆうきの思いも・・・知っていた。二人の持っていなかったカードを手にしていながら、それを隠していたんです。」

そう、自分の持っているカードを見せれば華は苦しまずにすむ、それはわかっていた。それでも奏は華に教えることは、出来なかった。
ゆうきが女を引っ張り込んでいることを免罪符にして、ずっと華に黙っていたのだ。

―――これじゃあ、ゆうきのことを・・・・責められない、か。

奏は自分に対する疚しさを、ゆうきの行いに対する怒りに変えて払拭しようとしていたのだと、今ようやく気づいていた。

「・・・駆け引きってのは、そういうもんだろ?」

ゆうきがにやりと笑いながら、奏に軽く言う。

おそらく奏の中にあるずるさも疚しさもすべてわかった上でそういっているのだろうゆうきに、奏は素直に適わないな、と――――思えた。

いろいろな思いを抱え、奏は口を閉ざした。
それに付き合うようにゆうきも黙り込んでしまう。
再び二人の間に沈黙が広がる。

しばらくの後。口火を切ったのは、ゆうきであった。

「あきらめられた、か?」

ぽつりと落とされた言葉。奏はやや返答に迷う。
はっきりあきらめられたかといえば、それはまだわからない。

「―――――ええ。・・・・いや、多分、かな。」

曖昧に返した奏に、ゆうきが微苦笑を浮かべた。

「そうか。――――渡さないけどな。」

「知ってますよ。実は独占欲の塊だって事ぐらい。・・・・まったく、なんで華もゆうきなんかがいいんでしょうね?」

奏が深く溜息をつきつつ言った後半の台詞に、ゆうきが低く笑う。

「―――華を、泣かせないでくださいよ。」

真っ直ぐに、ゆうきをみて奏はいった。

もう奏に華を泣かせるつもりはない。華が望むならいつまでも幼馴染でいる。
でも、ゆうきが華を泣かせるようなことがあれば、奏のこの決心もどうなるかはわからない。

「ああ。」

奏の思いを察したのか、神妙にゆうきが頷く。
だが、すぐに人の悪い笑顔を浮かべて奏を見てきた。

「泣かせないけど、啼かせるかもな?」

二つの単語の微妙なニュアンスの違い。
奏はそれを敏感に感じ取った。

「ゆうき、それじゃエロおやじですよ。」

奏が嫌そうに顔をしかめてはいた台詞に、ゆうきが盛大に吹き出していた。



***




ゆうきが奏と別れて部屋に戻ると、華がベッドの上で所在無げに座っていた。
寝室のドアを開けたゆうきを見て、華が安堵したような笑顔を見せる。

「華、起きたのか?」

ドアを開けっ放しにしたまま、ゆうきはベッドに向かい、華の傍に腰掛けた。
華の手が、ゆうきの腕をそっと掴む。ゆうきの腕に軽く頭を寄せてくる華。

「ん?どうした?・・・・身体、大丈夫か?」

「うん。平気。」

こくりと華がゆうきに答える。

「どこかおかしかったらすぐ言えよ。」

これにも、華はこくりと頷いた。

ソファでしたとき、華の中に欲望を吐き出したわけではないが、直にしてしまったことは確かだ。万が一ということもある。完全に避妊できていたわけではない以上、華に何かあったらゆうきはきっちり責任をとるつもりだった。

「あのね、ゆうきちゃん。」

ゆうきの腕に掴っている華が、ゆうきを見上げていた。
ゆうきは甘い笑顔を浮かべ「ん?」と華の頭を撫でる。

華がちょっと困ったように笑った。

「私、まだまだ大人の女の人にはなれないみたい。」

「華・・・・。」

寂しそうな華の言葉に、ゆうきはなんと言っていいのかわからなかった。
まだ、そのままでいいと言いたい、しかし、早く成長して欲しいとも思う。
でも、華が成長すれば、するだけ自分に余裕が無くなっていくような気も、する。

複雑な心境を抱えて華を見つめるゆうきに、華が今度はにっこりと笑った。

「早く・・・早く、ね。ゆうきちゃんにつりあうような女の人に、なるね。」

自分の為に変わろうとしている華が、とても愛しい。
ゆうきは華の体を引き寄せると、胸の中に抱きこんでいた。

華が小さく声を上げたが、ゆうきは気にせずにきつく華を抱きしめる。
戸惑いがちに華の腕がゆうきの背中に廻さた。

「華、愛している。」

耳元で囁かれたゆうきの言葉に、華がゆうきの腕の中で「うん、私も。」と恥ずかしそうに、小さく答えた。

と、その時。リビングから電話の鳴る音が聞こえてきた。

寝室はほぼ防音になっているため、扉を閉めているとリビングの音は聞こえてこない。だが今は、ドアが開け放してあった。

―――誰だ、こんな時に。

ゆうきが軽く舌打ちする。
華がゆうきの胸から顔を上げ、「いいの?」と聞いてきたが、ゆうきに出るつもりはさっぱり無かった。

「いい、留守電にしてある。」

言うなり、ゆうきは自重をかけ、華をベッドに押し倒す。

「え、ええ!?・・・・・・待って・・・・ん、んん・・・・。」

抵抗しようとする華だったが、ゆうきは頓着せず、華の体の弱い部分に触ていく。
華の抵抗が弱くなっていくのを感じながら、ゆうきが甘く華の名前を呼ぶ。

「華。」

「まっ・・・・ダメ、ゆうきちゃ・・・」

華の小さな声がゆうきを留めようとする。
その声に被るように、リビングで留守電の録音が、開始された。

がちゃ、ピーッ。

『ゆうき!ゆーうーきーっ!!いるの!?あんた、今日、うち来るって電話してきたくせに、何してるの!携帯はさっぱり繋がらないし!華ちゃん、そっちにいってるんでしょ?奏君がいってたわよ。それと何で奏君、怪我してるの?彼、友達と喧嘩したっていっているけど、まさかあんたがやったんじゃないでしょうね!?それに華ちゃん連れ込んで何かしててごらん、あんた一生うちの敷居は跨がせないわよーっ!』

どうやら一息の元に言い切った後、ガチャンと大きな音がしたのは、おそらく受話器を乱暴に叩きつけた為だろう。

留守電から流れ出たやや低めな女性の声に、二人の動きが止まった。

「―――お袋?」

「美枝、さん?」

眼をぱちぱちしている華を見ながら、ゆうきは、しまった、と思っていた。
そういえば仕事が早く終わったのでこれから寄ると家に連絡を入れてあったのだ。

華が、ゆうきを困ったように見上げている。

「とりあえず、続き、するか?」

苦笑を漏らしながらのゆうきの提案。

だがそれは、真っ赤になった華の「!?もう、ゆうきちゃん!だめよ、帰らなきゃ。」との言葉により却下されてしまった。

「―――お袋と、澄香さん、か。」

ゆうきが微苦笑する。
華が困ったように小さく笑う。

華の母親である澄香は、華を溺愛している。
家計を支えるために始めた輸入家具の店が、繁盛しているため、その買い付けに出かけていて、家を空けることが多くはあるが、それでも華のことはいつでも気にかけている。

帰ってから、二人の母親に今までの成り行きを追及されることは避けられないだろう。

だが、二人の新しい関係は―――まだはじまったばかり。

長い道のりで現れるであろう境界線をこれからも二人で一緒に超えていかなければならない。
とりあえず、当面は二人の母親から言われるであろう説教である。

―――華、16なんだよな。てことは、結婚――――できるな。

などと思いながら、ゆうきがそっと華の頭を撫でる。
ゆうきが何を考えているのかわかっていないのだろう華が不思議そうに首をかしげ、口元に笑みを浮かべた。

二人の視線が絡み合い。そしてゆうきは華の唇に、やさしくキスを落としていた―――――。



***




一方。華とゆうきが聞いた留守電を入れた終わった瀬守家には、実は美枝、澄香。
そして奏の母親である美由紀の三人が集まっていた。

美枝が受話器を置き、重い溜息を吐く。

「澄香・・・本当にゴメン。たぶん家の馬鹿息子・・・華ちゃんに、手、出してるわ。」

手を合わせながら、美枝がソファにのんびりと座っている澄香に頭を下げる。

「ああ、やっぱり。そうじゃないかな、とは思ってたから。」

澄香はテーブルの上におかれたグラスを手に取りながら、苦笑した。

いくら出張で家を空けることが多いとはいえ、実の娘の変化にはやっぱり気づいていたのである。
仕草も、話し方も・・・・どこか女を感じさせるようになった華に、澄香は思いの通じた男性ができたのだと、思っていた。

「ええ、本当に!?あら、じゃあやっぱり奏は振られちゃったのねぇ。そう、じゃああのほっぺ、名誉の負傷、と言ってあげるべきかしら?」

澄香の隣に座っていた美由紀が頬に手を当てながら、残念そうに溜息を落とす。
その様子に美枝が、さらに深い溜息を落とした。

「美由紀、名誉の負傷っていうのはやめたほうがいいと思うわ。しばらくそっとしておいて上げるのが一番じゃないかしら。」

美枝の忠告に、美由紀が「そうかしらねぇ」と呟く。
奏が喧嘩して帰ってきたのよ、と嬉々としてやってきた奏の母親は、普段冷静な息子に漸くからかえる弱点ができたと、内心実は大喜びであったり、する。
この美由紀の性格が、奏が言い訳に苦労する要因であった。

しかし、そんな息子の苦労は露知らず。美由紀は至極嬉しそうである。

―――奏君、可哀想に・・・・。

美枝と澄香に、共通する同情心だった。

「ああ、もう、あの馬鹿息子。いろんな女を引っ張り込んでるなとは思ったけど。やっぱり、華ちゃんが本命だったのねぇ。」

美枝がばりばりと頭を掻き毟りながら、ゆうきを罵倒する。

今までに何度か、まさかと思ったことはあったが、本当に華が本命だったことに、美枝は澄香に申し訳ないやら、でもその一方でうれしいやらの複雑な心境を味わっていた。華がゆうきと付き合うということは、華が美枝の娘になる日がくるかもしれないということだ。

「澄香、わたしに任せて。こうなったら、何が何でも・・・・責任を取らせるわ!」

美枝が、ぐっと拳を握る。
澄香が、くすくすと声を立てて笑う。

「そうねぇ。私も、ゆうき君なら、いいわ。いつも、華に寂しい思いをさせてばかりだったもの。あの子が選んだって言うなら、反対しない。あ、でも・・・子供とかは、まだ早いわよねぇ。やっぱりその辺は、ゆうき君に釘を刺しておいて貰えると有難いかしら?」

華によく似た愛らしい顔立ちの華の母親は、結構過激なことをいいつつ首を傾げる。
美枝が「子供・・・・」と呆然と呟き、再び深い溜息をついた。

「善処するわ。」

きっぱりと言い切りながら、美枝はとにもかくにもあの馬鹿息子一発殴ってやる、とこちらも別な意味で過激なことを考えながら手を組み合わせ、ばきぼきと関節を鳴らす。

「あらー、なんだか面白くなりそう♪」

その様子に、美由紀が嬉々とした声を上げた。

「「美由紀」」

澄香と美枝の声が重なる。
二人はこの母親を持つ奏の身の上をやや心配しつつ、顔を見合わせて笑いあった。


まさにいま、瀬守家にて、華とゆうき、二人で一緒に超えていかなければならない境界線が、さっそく誕生した瞬間であった。



〜Fin〜



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