ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること ならびに、柊一路の特異性について考察すること 01 |
……なんで?どーして!? こいつ、本当にただの人間なの!? 「何? オレに用があるんじゃないの?」 私が聴いた柊一路(ヒイラギ イチロ)の第一声が、これである。 「あ……、やっ、別に何でも。……あー、あの、私これで帰るんで」 木造校舎の屋上。今現在、私、桜侑那(サクラ ユウナ)はかなり困窮した状態に追い込まれていた。それもこれも目の前に憮然として佇んでいる、この男のせいである。 黒シャツ及びブラックジーンズ。右肩に引っ掛けたディバッグまで黒。全身まっくろくろすけ。身長は多分180cm以上。細身な割りに筋肉質。あ、実際見たわけじゃ無いけど。服の上から観察した結果では、なんとなくそんな感じ。さらさらの馬っぽい栗毛。つやつやの黒目。整った顔立ちは、笑えばその辺のホストも真っ青というまことしやかにささやかれる噂もある程。以上、私が思っているわけじゃなく、あくまでも噂。 「……呼び出しといて、用も云わずに帰るつもり?」 ああー、やっぱそうくるよねぇ。確かに呼び出したのは私なんだけど。 でもまさかこういう展開になるとは思ってなかったし。 素直に帰してくれると嬉しいんだけどナ。 とりあえず。へろっと笑ってみせる。 ……反応無しだよ。ていうか、なんか腕、掴まれているし。かぁなぁり、のっぴきならない状態? 「あー、本当ゴメン。ちょっとネ。貴方に会ったら用が済んじゃったみたい。だから腕、放して?」 掴まれていないほうの手で拝みながら謝る。 はぁ。なんで私が困ってるのかなぁ。本当なら困り果てるのはコイツの方だったはずなのにぃ。 おまけにこっちが低姿勢で謝っているのにですよ? 何? この仏頂面? そりぁあね。普段から笑わないとは聞いてるけど? あんた、そんなんじゃ世の中渡っていけないわよ? とりあえず人間関係を円滑に進めたきゃ笑っとけって。 「何云っているのかさっぱりなんだけど? 会ったら済んだって? ナニ、それ?」 低いバリトンの声がますます低くなってるし。 だいたい女からの呼び出しなんてあんた日常茶飯事じゃないのよ。 いまさらわけわかんない呼び出しされてもそんな不機嫌そうにすることないじゃない? さらっと流してよ。さらっとぉ! 「やっ、もう本当に気にしないで。わざわざゴメン。悪かったと思ってるから」 腕、放してよぅ。こんだけ謝っているのにあんた、むちゃくちゃ心狭いわよ? んん?……なんかさっきより顔が近づいているような? あ。近くで見てもお肌きれいだわぁ。どんな手入れしてるのかしらねー。 て。なんか唇が、暖か……。 「……んーーーーーーっ!」 う、腕、両腕ともなんか、掴まれているし。柊の顔に至っては近すぎて焦点が合わない。 こっこれは、チュウされてるんですかぁ!? な、なっ、何事ぉ!! いーやーっ! なんかヌルって! ヌルってぇ! ベロチュウ?ベロチュウですか!? は、初キスなのにベロチュウ。……それはどうよ? 「むー……っ、くるっ……し……」 なんだかいろいろ考えてるうちにだんだん息が苦しくなってきた。 「む……ぐーーーーーっ!」 私があんまり苦しそうな顔をしてたのか、やっと柊の唇が離れる。 あー、唾液が糸を引く様なんて、まったくもって見たくないんだけど。 おまけに柊の唇に私のリップ色がしっかり移ってるし。 「……へたくそ」 相変わらずの仏頂面で目の前の男が、のたまった。 「なっーーーーー!なにおぉぉっーーーーっ!」 私の中で確かに何かがぶつっと切れる音が、した。 *** あっったまにきたぁ!! 何よ、あいつ! 私の初チューを奪っておいて”へたくそ”だとぉ! 私は一人自分の部屋のベッドに転がり、沸々と煮えたぎる腹の内を持て余していた。 あれから。柊一路のむちゃくちゃ失礼な言動に私が切れた直後。 ベコッという音と共に、私と柊一路の立っていた位置より数メートル離れた位置にあった貯水タンクの横っ腹に穴が、開いた。 当然そこからは大量の水が滝のごとく流れ出たわけで。 木造校舎であったこともあり、あっというまに4階建ての各階全てが水浸し、となった。 幸い旧校舎だった為、準備室や部室として使用されているだけだったのだが、放課後の部活動中という時間帯が悪かった。 部活動中の生徒が騒ぎ出し、ことはかなりな大事に発展してしまったのだ。 こうなっては、私の力でどうにかすることも出来ず、愕然とする柊一路を余所にさっさと一人で逃げることに決め込んだのだが。 私が奴の手を振り払って駆け出そうとした瞬間。柊一路が呟いたのだ。 「……あの噂、本当だったのか……魔女……」 でも、そこまで聞いたとき。 屋上に通じる入り口に生徒たちのざわめきがやってきていた。 脱兎の如く駆け出した私は、唯一の入り口であるそこに飛び込みバタンと扉を閉めて。 入り口前の踊り場にまだ人の姿がないことを確認してから、ゆっくりと意識を集中して、自分の部屋へ――飛んだ、わけなんだけど。 ――あの時。確かに言ったよ、ねぇ。『魔女』って。 やや怒りが治まって。冷静になってみれば。 これって、めちゃめちゃ……まずいんじゃないの? つまり、私が魔女って噂がたってるって、こと? ぎゃーーーっ! めっちゃくちゃまずいわよ! まさか噂を知っている全員に忘却術をかけまくるわけにはいかないし。 やっぱりネットでやってるあこぎな商売から足がついたとみるべきかしら。 ああ、でもか弱い乙女のささやかなお願いをかなえる為に始めた商売なのに。 そんな私に無体な仕打ちをするよりも、か弱い乙女の唇を無理やり奪った極悪非道人にこそ天罰を与えるべきじゃないんですか、神様! ぽん。 軽快な電子音。がばっとベッドから身を起こし、固まる。 机の上でつけっぱなしになっているノートパソコンにどうやらメールが届いたらしい。 「あぁ、どうしよう。やっぱり今日の結果報告、催促されているんだよねぇ」 頭を抱えるしかない。 柊一路に関する依頼なんか受けるんじゃなかった。 なんだってあいつ、私の『魔法』が、効かないのよぉ。 そう。とってもまずいことに、噂は真実なのだ。 私は代々続く由緒正しき魔女の末裔、なんである。 *** =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=- こんばんわ、魔女さん♪ 沙耶です。 依頼の件、上手くいったでしょうか? 沙耶はいつ彼とすればいいのかな〜? もう、すっごく楽しみ。 一路クンが沙耶だけの彼になったらって思うと どきどきしちゃう。 早くお返事お願いしまっす!! From SAYA☆ =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=- ああぁぁ……、やっぱり。催促されてるし……。 受信したメールに目を通した途端、予想が当たっていたことを知り、またも深ーい溜息をつく羽目に陥っていた。 どうしよう。って正直に報告するしかないんだけどサ。 『魔女』の評判、がた落ち覚悟、だよねぇ。 あー、やっぱ柊一路に関わる依頼なんか、依頼なんかぁー! やっぱり本日何度目かになる柊一路への悪態の限りをつきまくり、返信メールを書き始める。 ††††††††††††††††††††††† † 魔女より迷える子羊へ ††††††††††††††††††††††† 沙耶様 お受けしたご依頼の件につきましてご報告申し上げます。 対象者:柊一路に関しまして不測の事態が発生し、ご依頼いただいた内容を当方にて遂行することが大変困難であることが発覚いたしました。 つきましては、ご依頼をキャンセルとさせていただきたく。 振り込んでいただいた前金については全額返金させていただきます。 お役に立てず真に申し訳ありません。 またのご利用をお待ちしております。 ††††††††††††††††††††††† 屈辱、だわ。依頼を、依頼をキャンセルだなんてぇぇぇ! 送信ボタンを押し。送信完了。 とりあえず、することはした。これでこの依頼は、終わった事になる。 しばらくそのままぼぅと画面を眺めて座っていると、苦笑がこみ上げてきた。 「魔女、か……。私より、こんな怖い依頼してくる彼女の方が魔女に近いと思うけど、ね」 カチっとマウスのクリック音。 二日前にきた『沙耶』からの依頼メールが画面に表示される。 私は再三確認した依頼内容に再度目を走らせる。 彼女からの依頼は、二つ。 一つ目。柊一路を不能、にすること。要するに『勃たなく』しろ、と。 二つ目。その術の切れる日時を自分に知らせること。 どうやら『沙耶』は柊一路の複数いる彼女の内のひとり、らしい。 つまり、他の彼女たちと性交渉できなくなった柊一路をやさしく癒し、術の切れるタイミングで上手いこと彼と”する”つもり、だったようだ。 そして、彼女のお陰で直った(と思い込む)柊一路は、『沙耶』を特別視するようになる、と。 初めに依頼を見たとき。正直ぎょっと、した。 メールでの自己申告に偽りがなければ、『沙耶』は柊一路より2学年下の高一。私と、同じ。 それでこの発想って、あんた……。と、思いつつも。依頼は、受けた。 何はともあれ、複数の女と同時に付き合うような男に騙されている『沙耶』以外の彼女さんたちが、柊一路と別れる踏ん切りをつけてあげられるし。 柊一路も少しは、懲りて『沙耶』だけを彼女とするようになるんであれば、それはそれでいいかな、と。 やっぱり。わたしのお仕事だもん、ね。 依頼人の恋、成就させますってのが。 *** 「なぁ。このクラスに桜侑那っているダロ。呼んでくんない?」 昼休み中の教室内が、一瞬にして静まり返った。 皆の視線が、教壇側の入り口付近に集中する。 そこには。黒ずくめ。均整のとれた身体。ややだるそうな立ち姿。 「え? あ……はい!」 ドアの傍に居た男子生徒が、あわてたように周囲を見回し……。 窓際。列の真ん中にいた私と、ばっちり目が、合った。 「オイ、桜。呼ばれてる」 わ、わかってるわよっ。あぁぁ、目立っている、目立ってるわぁ! じょ、女生徒の視線が痛い。 おまけに一緒にお弁当を広げていた那珂(ナカ)が驚愕の表情で私を凝視している。 「……あんた、何したの?」 「……なっ、なんにも……」 引き攣った笑い以外、できることがない……。 「桜侑那。話があるんだけど?」 一向に席を立つ気配のない私に業を煮やしたのか、ドアに凭れていた柊一路が直に声を掛けてきた。 しん、とした中。まぁ、よく響く声ですコト。 凍りついた私に、那珂がとりあえず行った方がいいと目線で示す。 真剣に泣きたくなった。 「侑那、こっちはなんとかフォローしといてあげるから。これ以上待たせると余計注目を浴びるよ」 顔を寄せ、こそりと那珂が耳打ちしてくる。 うう。やっぱり行かないと駄目よね。 でも。どんなフォローをしてもらっても、戻ってきたら面倒なことになってそうな予感がするのよぅ。 ……はぁう。 溜息一つ。私は意を決して、席を立つ。普段は気にも留めない靴音が、やけに響いた。 「……なんですか?」 目の前に佇む男に思いっきり硬い声で、たずねる。 当然、柊一路がそんなことで表情を変えるはずもなく。つややかな黒目で何故かじっと私を見たまま一言も、しゃべらない。 ムカ。ちょっと。やめてよね。さっさと用件をいって、さっさと帰ってよ。 ぁあ、沈黙が重いぃぃ。 それもそのはず。教室内は一向に騒がしくなる気配もなく。 皆、ひたすら柊一路の次の言葉に聞き耳を立てている。 そして。柊一路越しに見た廊下の光景に私は頭を抱えたまま沈み込みそうになった。 柊一路を遠巻きに見る生徒たちが、鈴なり。 あからさまに視線を向けてくるわけではないが、一様にこちらを伺っているのを、気配で感じる。 「ふぅん。こうしてみると普通の女子高生、だな」 はぁ? 「とても、ま」 っ!? ぁああ! な、なにをいいだすかぁぁぁっ! 柊一路の形の良い唇が「じょ」の単語を形作った瞬間。 私は両手で柊一路の口元を、覆っていた。 「あ、あのっ……ここじゃ、なんですし。ば、場所、かえません?」 手を離すと。眇められた黒目が。僅かに笑いを含んでいるように、見えた。 「いいよ?」 ……な、なんだか。……なんだか。 私。関わっちゃいけない人間に、関わっている気が……する。 多分その感想は間違っちゃいない。 ご、ご先祖様。ドミニコ会士の異端審問官に出合ったときの気分。 今現在の私の心境のような気がするのは、何故なんでしょうね……。 引き攣った笑いを浮かべる私をよそに、柊一路は悠然と歩き出した。 *** 「ちょっ、あの! どこまで行くんですか!」 一応、敬語。 昨日呼び出したときは、学年、云ってなかったんだよね。 呼び出す為のメモに、名前は書いといたけど。 だからタメ口でも問題なかった昨日とおんなじ、というわけにはいかない。 流石に一年だとばれてる以上、それは、まずい。 ……いままでは、呼び出した後で忘却術かけて忘れてもらってたからなぁ。私と会ったこと。 昨日、逃げる直前に試しては見たんだけどね、柊一路に。やっぱ効いてなかったか。 そうだよね。術の効いた手ごたえがまったくなかったもんなぁ。 ずんずん先を歩いていく柊一路の後を追いながら、溜息をつく。 と、急に柊一路が立ち止まった。 「うきゃっ」 当然その後を追っていた私は、柊一路の背中に顔面強打。 ぶつけた顔を手で押さえて上目遣いに見上げれば、私の方に向きをかえた柊一路の仏頂面だしさぁ……。 「何やってんの?」 あんたが急に止まるからじゃ。 とは思いつつも、ぼそりと呟かれてた柊一路の台詞はひとまず無視する。 「ええっと」 辺りを見渡せば。いつのまにやら旧校舎棟に来ていたらしい。 必死で歩いていて、どこをどう通ったのかぼんやりとしか思い出せない。 ……歩いている途中でも、ばしばし人の視線は感じたけどもさ。 ふ、ふふふ。もうしっかりはっきり、目撃されてたんだろうなぁ。 今日の夕方には、私も校内限定有名人、てね。 せめてクラス内では、那珂のフォローが有効……になってることを祈るしかない。 心中、滂沱の涙を流しつつ、ふと柊一路の手元を見る。 ん?鍵? 良く見れば、私たちが立っているのは科学準備室の前だった。 柊一路の手にした鍵で、なんなく扉が開かれる。 ……なんで此処の鍵を持ってるかな。劇薬も置いてあって鍵の管理は厳重なはずなのに。 つくづくよくわかんない人……。 柊一路が、ぼーっと突っ立ていた私に、先に入るように大きく扉を開けて促した。 うーわー、嫌だなぁ。暗いし。薬品臭そう……。 できれば入りたくないんだけどという思いを込めつつ、ちらっと横目で柊一路を覗って見る。 ……眼から、中に入れ光線がでてる(ような)……。 わかったわよぉ、はいればいいんでしょう、はいれば。 しぶしぶ扉を、潜る。 足を踏み入れたそこは、四畳程度の室内。左右の壁は薬品棚が占拠しているため、実際に人がいられるスペースは二畳程度といったところだ。 そして、案の定。埃っぽく、薬品臭い。 おまけに、扉の正面にある窓には日光を遮るためにひかれた黒いカーテンがあり、明かりをつけないと、かなり暗い。 私は、無意識の内に室内の明かりをつけようと入り口付近の壁に手を伸ばしていた。 「必要、ない」 柊一路の低い声。 壁を探っていた私の右腕が室内に入ってきた柊一路の手により拘束される。 必要ないって、あんたね。 明かり無いと、暗いし。必要無くは、ないでしょうよ。 ぱたんと、扉が閉まる。廊下からの光さえ入らなくなり、ますます室内の闇が濃くなる。 ああ。ひょっとして、カーテン開けろってこと? 以外と省エネな人なのか? 柊一路。 じゃあ窓へ……って。……腕。離してくれないし。 はっ! ……これって、なんだかデジャ・ヴ? 昨日も、こんな感じじゃなかった、け? 冷や汗が、流れた。 私。お馬鹿かもしんない。 昨日、この人に初チュー奪われたばっかりだったんだよ、そういえば。 魔女ってことがばれたかもって、そればっかりに気がいってたけど。 この状況って。絶体絶命、だったりしない? なにかあっても。魔法、効かない相手だし。 私の緊張に気づいたのか、柊一路がふと手の力を緩めた。 「明かりは、必要ないダロ?」 「ど、どうして?」 なんだか。雰囲気が怪しくないですか? あぁ、私いまめちゃくちゃ顔、引き攣ってる気がする。 「明るいトコロではしないようなコトをするから」 「は?」 と、間抜けに聞き返したときには既に遅く。 私はしっかりと、柊一路の両腕により壁に押し付けられ。 動きを封じられたまま、覆いかぶさってくる顔を避けることは出来ず。 昨日に引き続き、柊一路との二度目のちゅー、と相成った。 |
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