ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること ならびに、柊一路の特異性について考察すること 02 |
うあぁぁ、もう!! じ、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ!! 私が柊一路に連れ込まれ……もとい連れられてやってきたのは、旧校舎2号棟。 昨日私が水浸しにしたのは、旧校舎1号棟。 ……さすがに二日連続で。2つの校舎で騒ぎを起こすのは。まずい、まずすぎる。 柊一路に押さえ込まれ、べろちゅーをされながらも。 なんとか平静を保とうと必死だった。 ここで、また感情に任せてぶちきれたら、おそらく昨日の二の舞になる。 どうも魔法の効かない柊一路に向けて無意識のうちに放った力が捻じ曲がり。 それが、昨日は貯水タンクに向ってしまったようなのだ。 こんなところで。それをやれば。 ……棚の中、劇薬もあるんだってば! 私はともかくとして、柊一路に薬品がかかりでもしたら。 大惨事。 おまけに治癒系の術が柊一路に効く保障はない以上、私じゃどうにもならない。 あああぁ、なんでこんな八方塞な状態に!! 「う、ん……や、やめ……くるし……っ」 口の中に溜まった私と柊一路の唾液を嚥下しながら。 わずかに柊一路の唇が離れた瞬間を狙って。必死に顔を背け、抗議の声を上げてみる。 すると。再度触れてきた柊一路の唇が、軽く私の唇にキスを落としただけで離れていった。 ……お、終わった? ……これで、放してくれる? ようし、よし。良く耐えた、私! これで、明日の新聞に『校内での大惨事、薬品管理の杜撰さ』なんて言葉の踊る記事がでる心配もナッシング!! 心の中で密かに自分の忍耐を褒め称え。ガッツポーズをとる。 だが。どうやら柊一路は、私の抗議を聞き入れたわけでは、ないようで。 え。う、うわ。ちょ。 一旦離れた唇が。 や、やややや、な、なにすんのぉ!! 私の首筋に。落とされた。 柊一路の吐息が肌にかかり。ざわりと全身が粟立つ。 「お、おおおお、大声出しますよ!」 とっさに言葉が飛び出した。 そ、そうそう!ここはやっぱり。大声を出す。 襲われたときの定番な自衛手段よね!? 幾らここが旧校舎棟とはいえ。昼休み。人っ子の一人ぐらいうろついてそうじゃないの! どうして思いつかなかった、私! て。口、さっきまで塞がれてたからだよ。ははは。 自分の思わぬ思い付きに、心の中で賛辞を送りつつ。 思いつかなかった理由に乾いた笑いをもらし。 しかし、そんな私の心の内を知ってか知らずか、柊一路は一向に行為をやめる気配を見せなかった。 「ちょ、ちょっと! 本気で、大声出しちゃいますよ!?」 かなりあせりつつ、再度の警告。 だが、そんな私に対して。 「出せば?」 柊一路が私の首筋に顔を埋めながら、面倒そうに一言、言い放った。 「だっ!? ひ、人が、人がきたら困るでしょうが!」 「誰が? ……この場合、誰が――困る?」 逆に問いかけられ。絶句、した。 え? この状況を見らて困るのって、ひょっとして私? 柊一路の後について歩いていた私の姿は、しっかりはっきり目撃されてて。 そのうえで。こんな人気の無いところにいて。 て、ことは? なんだか。合意の上、みたいな? じょ、じょ冗談じゃない!! こんな、こんな男と! 柊一路と関係があるなんて噂、立てられた日には。 お、お嫁に行けなくなるわよぅ。 ああぁ、やっぱりダメ。人に助けを求めるのは! ここは自分で何とか乗り切るしかない! 「そ、そのですね。やっぱり、こういうことって本人同士の意思の疎通というか、お互いが了解してするものというか」 説得。ここはひとつ柊一路の理性に訴えかけてみる。 うう。あんまり柊一路に対して効果があるとは思えないんだけど。 でも、何もしないよりは、とりあえず柊一路のやる気を削ぐ事はできる、かと。 だが驚いたことに、私のその一言で柊一路が顔を上げた。 あら? 結構効果あり? 眼を見張って、私の前にある柊一路の顔を凝視する。 相変わらずの仏頂面。でも。その纏っている雰囲気、が。 微妙に。怪しく。奇妙に。色っぽく。 ――な、なんか。怖いんですが? 固まる私をよそに、今度こそはっきりと。柊一路が、笑った。 初めて見る柊一路の笑顔。 無駄に造作が整っているせいか。なんだか、ものすっごく。 ……じゃ、邪悪。 だらだらと冷や汗を流す私は、既にして蛇に睨まれた蛙状態に陥っていた。 そしてさらに。柊一路の紡いだ言葉に、その本性を僅かに覗いた気が、した。 「同意の上、ダロ? ……魔女?」 *** こ、ここで持ち出すか!? こんの、腹黒男があぁ!! つまり。ばらされたくなきゃ、おとなしくしろってこと? ああ、まったくもう。 柊一路が、外見だけじゃなく中身までまっくろくろすけだったとはね! 押さえ込まれた両腕に力を込め、何とか脱出を試みつつ。 目の前にある柊一路の端整な顔をきつく睨みつけながら。 なんとか今現在の状況を改善しようと頭をフル回転させる。 とりあえず。落ち着いて、考えよう。 そもそも。いったい柊一路にどこまでばれてるか。「魔女」とはいわれたけど。 やっぱり昨日のあの状態でいわれたわけだから、本物の魔女ってことがばれてる? じゃあ、私のやってる商売での『魔女』の方は、ばれてない? まあ『魔女』の方がばれてるだけなら、まだ誤魔化しようも、ある。 でも。さすがに本物とばれてたら……。 ああ、でも証拠なんて、あるわけない、よね? じゃあ、やっぱり『魔女』のほうで何か尻尾を掴まれて――。 と、いうか。一体どうして、どういう経路で柊一路に、ばれた? ……ええい! もう、さっぱりわからん! どっちがばれてるのかわかんない以上。 ここは、やっぱり。きれいさっぱりシラを切りとおす! 結局。考えあぐねた結果がそれかい、と自分に突っ込みつつも、それ以上の対応策が思いつくはずもなく。 「……何のことだか、わかりません」 思いっきり開き直って、きっぱりと言い返す。 柊一路がやや間を置き。 「へぇ? ……わかんない?」 「ええ。そりゃ、もう。さっぱり。なんのことだか?」 にっこりと。最上級の笑顔を添えて――多少顔が引き攣るのは、まあしかたない。 柊一路が無言のまま私の顔をじっと見据えてくる。 「ふーん。いいけどナ?」 私を見下ろしてくいる柊一路が、突然私の右手の拘束を解いた。 と思ったら。柊一路の手が私の体にそってするすると滑り落ち……。 スカートの裾からするりと入れられた柊一路の、手。 へ?…… ちょっ!? ひひひ柊一路!? ど、どこに手、入れて!? あまりの出来事に呆然とする私を余所に、遠慮を知らない手は太腿を滑りあがり、そのまま足の付け根を通ってショーツの中、に。 なななな、な――っ!? いい加減、我慢の限界をぶちきった私の理性。 その瞬間にいずこかへかっとんで行き、頭の中が真っ白になっていた。 次に気づいたときには。 私の前に屈みこみ、短くうめき声を上げる柊一路の姿が、あった。 室内には、どうやら半壊したらしい木製の棚のシルエットがぼんやりと見える。 や、やっちゃ、た――。 私の脳裏に、『校内での大惨事、薬品管理の杜撰さ』等など、新聞を飾る言葉が、ぐるぐるとめまぐるしく、巡る。いや、いまはそれよりも。 「っだ、大丈夫、デスカ?」 屈みこんでいる柊一路に堅い声を掛ける。 「あ、あの」 恐る恐る、柊一路の肩辺りへ手を伸ばし。 「!?」 のばした腕を、掴まれた。 「やってくれるナ……」 下を向いたまま、私の方は見ずに柊一路がぼそりと呟く。 「あ、の。怪我、とか、は?」 「かすり傷程度ダロ」 柊一路がふるふると頭を振る。 さらさらの栗毛からぱらぱらと木片が零れ落ちた。 「え、えと。でも、薬品とか、かからなか……」 云いながら、私は室内に視線を向ける。微かな、違和感。 あ、れ? 床、薄暗くてよく見えないけど。ガラス片が、無い? 確かに、床には棚の木端は散らばっているが、良く眼を凝らして見て見れば、ガラス状のかけらは一切見当たらなかった。 嫌な予感。 柊一路に掴まれた腕を振り払い、電灯のスイッチに手を伸ばす。 ぱちん、と軽い音をさせ、室内がぱっと明るくなった。 な、なに。これ? 確かに床にガラス片は落ちていなかった。それどころか。 棚の中に、薬品の瓶など一本も入っていない。 本来なら棚についているはずのガラス戸すら、取り払われている。 「どうして?」 「科学準備室は、来週から新校舎に移転するんだよ。知らなかったダロ?」 ぱたぱたと服についた埃を払いながら、柊一路が立ち上がる。 私の目線より高くなった柊一路の顔を見上げると。 そこには。眼を細め僅かに口角を上げた、満足げな表情が浮かんでいて。 だから。だから、明かり。つけさせなかったのかぁ!! 呆然としつつ。それでも、なんとか事態が飲み込めてきた。 これは、たぶん。柊一路に、嵌められた。 ぶちきれたとはいえ。昨日の惨事より、だいぶ発現した力が、弱い。 無意識に、やっぱり抑止力が働いたんだろうな、これは。 柊一路がそこまで考えたかは、謎だけど。 ここなら、私が力の加減をするとは思ってたんだろう。 そりゃ。幾らなんでも劇薬があると思ってれば、そう無茶なことはしないけど。 で。事実。柊一路のかなりの暴挙にも我慢したわけだし。 思う壷じゃない、私。ああぁ……。 「やっぱり。昨日のも、あんた、だナ?」 昨日の時点じゃ、柊一路はたぶん私が本物の魔女だと、まだ確信してたわけじゃ、なかった。だから今日、私を呼び出した。 て。ことはやっぱり。ばれてたのは『魔女』の方、だったんだ。 「”WitchCafe”の『魔女』は本物の魔女」 柊一路が楽しげに口を開く。 ”WitchCafe”は私の運営しているサイトの名前。その管理人が『魔女』つまり、私。 このサイト上から、私は依頼の仕事を受けている。 「そして、桜侑那は、”WitchCafe”の『魔女』」 ああ、芋蔓式に、全部。ばれてる。 「……どうして。わかったんですか? わたしが、”WitchCafe”の『魔女』ってこと」 依然、呆然とした状態のまま気の抜けた声で柊一路に尋ねる。 「企業秘密。まあ、一つ付け加えるなら。あんたが”WitchCafe”の『魔女』だってことを知ってるのは今のところおれだけ。”WitchCafeの『魔女』は本物の魔女”って噂に、桜侑那の名前を付け加えたくなきゃ、どうすればいいか……わかるダロ?」 眼を細めて。私をじっと見据えてくる、目の前の男。 こんな、よりにもよってこんな腹黒男に弱みを握られる、なんて! 「わ、ワカリマセン」 ぶんぶんと首を横にふり、私は逃げの体勢に入った。 じりじりと入り口の扉に向けてすり足で移動を開始する。 ものすっごく私の本能が、警告してるし。 いや、寧ろ。既に警告信号を通り越して、真っ赤かな危険信号が頭の中でチカチカしている。 ま、魔法が効かない相手じゃ、私は非力な娘さんなんだってば。 だん、と柊一路の伸ばされた腕が、私の向おうとしていた先、出口である扉を押さえつける。 ……ここの扉。内開き、だよね。 こくりと、喉が鳴った。 「――なんなら、オレにも魔法、かけてみるか? 魔女」 それが出来たらこんな目にあってないっつの! 心の中で柊一路に激しく突っ込んでみる。 ああ、そもそも。何で魔法の効かない相手が? 今まで確かに魔法の効きの弱い人はいたけど。でも、まったく効かないなんてことは無かった。 どうして、柊一路だけ――? ――魔法が、効かな、い――? ん?あれ? 『――侑那。いいかい、良くお聞き? 私達魔女には世界中でたった一人魔法の効かない相手がいるのさ』 私の内に懐かしい声が、響いた――。 え? ええ? すごく、昔に聞いた、声。 柔らかく、微かに笑いを含んだ、茶目っ気いっぱいの。でもやさしい、この声は。 おばあ、ちゃん? 私の引き継いだ魔女の血。それは、父方の祖母からのものだった。 今はもういない、祖母。 昔は長期の休みになると遊びに行っていた祖母の家。 そこで私は魔女としての手解きを受けて。 聞いたことが、ある。魔法が効かない相手がいるって事。 魔法が効かない相手、それは……それは。 ――お、思い、出せない? え、えぇぇ! きれいさっぱり、忘れているよ、私! そんな! ここまで思い出しときながら、その先忘れるか!? ああぁ、おばあちゃん! 魔法の効かない相手って。魔法の効かない相手って。一体どうしてなの!? 新たに発覚した新事実に混乱しながら、今現在置かれている状況も忘れ果て。 目の前で頭を抱え込んだ私を流石に不振に思ったらしい柊一路からの訝しげな視線すら無視して。 私は過去の記憶をひっぱりだそうと必死、だった。 |
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