序章 影と出会う夜


月隠しの夜に出会った。

禁忌だと…知っていた――――。
それでも止められなかった。

何が悪かったのだろう。私?貴方?それとも―……
あの、月?

全てが遅すぎた。動き出した歯車は、誰にも止められない。



「誰?……誰かそこにいるの?」

深き森。その中心にある月守りの塔。そこは代々の月姫が住まう場所。
何人の立ち入りも赦されない聖域。

月の無い夜にのみ森に降りることができる姫君は哀れな月の囚われ人。

「ここは月守りの塔。ガルベスの聖域。一刻も早く立ち去りなさい。」

月姫の声は森の中へ沈んでゆく。動いたと思った茂みに感じた気配は気のせいだったのだろうか?

しかし、再び気配がした。今度は確実に。そして、男の声。

「そうしたいところだが、何分道に迷ったものでね。出来ればシュリエスまでの道案内を請いたい。」

森から男の影が現れる。明かりの無いなかではその容貌すら確かめることが出来ない。
だが、背の高い、しっかりした体躯であるのはその影の輪郭から見て取れた。

「ガルベスの者ではありませんね?まず、名乗りなさい。」

しかし、影は名乗ることなく近づいてくる。月姫の体がやや強張った。

「名乗りなさい!それ以上近づくことは赦しませんっ。」

その言葉がまるで聞こえていないかの様に男は歩みを止めようとはしない。
そして――――……月姫の体がくるりと踵を返して塔へと向かおうとした時。
男の頑丈な腕が、か細い腰を捕らえた。

「っ!放しなさい。無礼者!!誰か、月守―――――……っ」

恐慌状態に陥った月姫の声が途切れる。

男の拳が月姫の腹部を打ち据えていた……。


そして、月守りが異変に気づき塔の外に出たときには、月姫も男もすでにその姿を消し去っていた―――。



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