ACT.01 部屋探し


東京。とある街角にある不動産屋の前。

店のガラス窓に貼られた物件案内に食入るような視線を注いでいるのは、背中の中ほどまである黒髪をきっちりみつ編みにし、膝下丈スカートのセーラー服を着込んだ小柄な一人の女子高生。


「・・・・ああっ、やっぱり都心に一人暮しは無謀だったかぁ。」

はぁ。溜息。小一時間ばかり検討した結果、辿り着いた結論だった。

「予算と条件が一致しない。・・・・バイト、しようかな。」

再び、溜息。
二重の大きな黒瞳を眇め、しげしげと物件情報を見てもやはり家賃が安くなっているはずもない。

彼女の名は、西野(にしの)ささめ。
都心の某有名私立女子高校に通う生徒である。

私立に通う程の経済力がありながら(あくまでも親が、ではあるが)、このようなシビアなアパート探しをしているのにはそれなりの理由がある。

今年の春、母親が再婚したのだ。

父が亡くなってから7年、キャリアウーマンの母のお陰で経済的にはかなり余裕のある生活を送れていた。

仕事一直線である母に代わり家事一般はささめの役割となっていたが、それでも特別不満があるわけではなかった。

その母に付き合っている人がいると知し、しかも結婚を考えていると告げられたときには、それなりに衝撃的ではあったが、それでも母の幸せそうな顔を見たら素直に賛成することができた。
新しく父になる人は穏やかでやさしく、これなら母も幸せになれると確信できたせいもある。

しかし、一つ問題があったのだ。

義父も再婚であった為、前妻との間に一人息子がいたのである。
この息子が、ささめの通う高校に隣接する共学校の生徒で、しかも同じ2学年であるという事実も問題ではあったが、なにより彼が流している浮名の方が重大問題だった。

曰く。「鷹野 昴(たかの こう)に近づくと女生徒は再起不能。」
曰く。「鷹野は狙った獲物は逃がさないが、その後は一月もたない。」

何故あの義父からこのような息子が生まれるのは謎だが、それでも家族紹介の食事会であったとき、一目でささめは納得した。

確かに見目の良さもあるのだが、それ以上になんだが雰囲気が・・・怪しいのである。

挙動の一つ一つに妙な色気があるのだ。

幾度か会話を交わした後、ささめは頭がくらくらするのを感じた。
強いていうなら毒気に当てられたとでもいうのか・・・。

どうやら母親もそれを感じたらしく、共働きの家に子供たち二人を置いていくことに危機感を持ったらしい。
だが、義父の方は息子のフェロモン(?)に気づいていないらしく、ささめと息子が同居することになんら疑問は持っていなかった。

そこでささめが、社会勉強と後学の為、どうしても一人で生活してみたいという形で一人暮らしを願い出たのだ。
義父はささめが母の再婚に反対してるのではとかなり気を揉んだようであるが、それも母の説得により、「週末には家族そろって夕ご飯」を条件にお許しをいただける事になった。

そこで今回の部屋探しとなったのだが、ささめの性格上、幾ら我が家が経済的に困っていないとはいっても、ただでさえ学費のかかる私立に通わせてもらっている上に、必要以上に高い家賃まで親に出してもらうのは論外だった。

しかし、なかなか良い物件はなく、この近辺の不動産屋は既に回りつくしてここが最後の一軒であったのだ。

「予算を考えなければこのアパート、いいんだけどな。でも、予算の2倍だし、家賃・・・。」

つぶやきながら名残惜しそうにガラス窓を眺める。
そろそろ、日が落ちかけていた。

「とりあえず、帰ろう。」そう決め、踵を返した途端。
ささめの視界を何か黒いものが塞いでいた。

とっさに身を引こうとして足元がふらつく。
倒れる、と思った瞬間、ささめの身体はその黒いものに支えられていた。

「・・・・大丈夫か?」

ささめの頭上から低い男の声が落ちてくる。
仰向けに倒れそうになっていたささめの腰に、がっしりとした人の腕の感触。

「はぁ。・・・・ありがとうございます。」

一応礼は言ってみたものの、ささめが倒れそうになったのは明らかにいま現在彼女の身体をささえている男が原因である。

釈然をしないものを感じながらも、ささめは男の腕から身を起こそうとした。

「あんた、部屋探してるのか?」

男の腕に力がこもり、再びささめは男にささえられる格好となってしまう。

「はい?なんであなたにそんなこと・・・それより離していただけませんか?」

いささかむっとしつつ、男の顔をよく見ようと首を回してみる。

20代後半だろうか?仕立ての良いブラックスーツに着くづしたワイシャツ。やや茶色がかった髪が額に垂れている。整った顔立ちの中にある切れ長な目が、真っ直ぐささめを見つめていた。



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