ACT.02 家賃7:3の誘惑!?


「ふーん。まぁ、関係ないけどな。この辺の物件は結構高いぞ?普通の女子高生じゃ、家賃キツイんじゃないか?」

依然ささめの体を支えたまま、男はちらりと店のガラスに張られた情報紙に目を向ける。

ぐっと言葉に詰まるささめ。
無理やり男の腕を振り払おうと鞄でぐいぐいと押してみるが、さっぱり効果がない。

「あの!貴方なんですか。離してくれないと、大声だしますよっ」

夕暮れ時。街中の人通りは結構多いが、都会の常かあまり二人に関心を払っている通行人はいないようだ。

皆早足に通り過ぎてゆく。

時たま視線を向けてくることがあっても、こんな路上でいちゃついて・・・というような、ささめにとっては甚だ理不尽なものだった。

「大声だされるのは、困るな。」

するりと男の腕が解かれる。いそいでささめは男の傍から離れた。
その様子を見て男の顔に苦笑が浮かぶ。

「実は、俺も部屋を探してるんだ。・・・今住んでいるところでちょっと問題があってね。ただ急な話だったんで物件を見て回る時間もそんなに無い。それにいままで家賃の無い部屋に住んでたから、急に余分な出費が増えるのも好ましくない。そこで、提案だ。」

ささめの顔に警戒の色が浮かぶ。
なんだが油断のならなさそうな人。

ささめが男を見て感じた第一印象だった。

「・・・・なんですか?」

ささめが一応たずねてみると、男がにっこり微笑む。

「俺の、同居人にならないか?」

・・・・・・ささめはその場で・・・・・・固まった。



***




この人、何言っているの、何言っているの!

同居人って。だって男の人じゃない。
ルームメイトってことよね、でも普通そういうのって同性同士でなるものじゃないの?・・・あぁ、でもこの人、身体は男の人だけど、心は女の人っていうことなのかも?
えぇえ、でも自分のこと俺っていってたけど。どうする、どうする、どうする・・・・・

ぐるぐるぐる。ささめの頭は軽くパニック状態だった。
突然あったばかりの男に同居を求められば、ごく当然の反応といえよう。

目の前でおろおろしているささめをよそに男が自己紹介をはじめる。・・・・半分もささめの頭にははいっていなかったのだが・・・・・。

「とりあえず、俺は常盤 成充(トキワナリミツ)。自営業をやってる26歳。独身。結婚、離婚暦はなし。子供もいない。で、いままでは別の同居者がいたんだが、そいつが結婚することになってね。ま、同居といっても俺は居候だったんだけど。」

「ちょっ、ちょっとまって。」

まだまだ話の続きそうな男を、ようやくショックから回復したささめが遮った。

「なに?なんか質問?」

「や、質問とかそれ以前の問題です。そもそも私は男の人と同居する気はありません。そんなことした日には母に顔向けできません。ですから貴方の経歴や身の上を知る必要はまったくありません。」

学生鞄を胸元に引き寄せ両手で抱きかかえ、きっぱりはっきりささめはお断りの意思表示をした。

それを静かに聞いていた男・・・常盤の笑顔が引っ込む。
かわりに切れ長な両目が眇(すが)められた。

整った顔立ちだけに、笑みが消えると酷薄な雰囲気がその身を包み込む。

「6:4、いや家事をやってくれたら7:3でいいな。」

「は?」

「家賃。さっきからあんたが熱心にみてたその物件の。俺が7で、そっちが3。条件としては、朝・昼・晩の飯を俺も分も作ること。ちなみに晩は週一回だけでいい。それ以外は家では食べない。食費は共同。お互い自分の分をだす。・・・・結構おいしい条件だと思うけど?」

確かに、おいしい条件ではあった。7:3であれば、十分ささめの考えていた予算内なのである。寧ろ予算よりだいぶ低い。母子家庭であったささめは働く母のかわりにずっと食事の支度を行ってきた。その為、料理は得意である。

常盤が押し黙り、こちらの様子を伺っている。
しかしそれにも気づかない程、ささめは逡巡していた。
それほどまでに家賃の条件は魅力的だったのだ。

いいえ、だめ。やっぱり男の人と同居だなんて。母さんになんていうの。
それになんだがこの人やっぱり怪しいし。
多少部屋のレベルを低くすれば予算内で収まるはずよ。そうよ、やっぱり断ろう。
でも、7:3よ?予算内に十分収まっているし、食費だって一人分より二人分の方が単価が安く押さえられるわよ?

・・・・・葛藤が続いていた。だが、最終的に出した結論は。

「やっぱり、だめ。とっても良いお話ですけど、お断りします。」

ささめがぺこりと頭を下げる。男は肩をすくめ、軽く溜息をつくと口元に笑みを刷いた。

「そうか・・・・じゃ、しょうがないな。」

あっさり、引く。ささめはやや拍子抜けした。
最初の様子から考えて、もっと強引に迫ってくるかと思っていたのだ。

「一応、これ俺の名刺。裏に携帯番号が書いてあるから。もし気が変わったら連絡してくれ。」

常盤が内ポケットからとりだしたその紙を、ささめは受け取った。
表面には『常盤 成充』という文字が行書体で印刷されている。
その横に、『NT』というイニシャルが金色で箔押しされていた。

裏返すと、こちらは手書きの流暢な文字で携帯の番号が書かれていた。

「じゃあ・・・・・また。」

男は意味ありげにささめの顔を見つめると、踵を返して人ごみの中に消えていった。
もう日は落ちて、辺りはすっかり薄暗くなっている。

「・・・・なんだったの?あの人。」

ひとり取り残されたささめは、あまりに突然な出来事に呆然とつぶやいたのだった。



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