01. 七夜、志筑にお願いする


「・・・・・・あの。志、筑?」

静かに私を見据えてくる、黒い目。触れてくる、逞しい腕。
形のいい唇が、ゆっくりと。近づいてきて。

「何?」

吐息を感じる位近くで、囁かれた。

いや、何じゃなくて。
私は、かなり動揺しつつ。目の前にいる男、志筑連の胸を両手で押し返す。

「・・・その、ね。・・・・・えっと。・・・・手、冷たいんだけど。」

微妙に。本題からずれた部分を指摘してみた。

私の体にしっかりと廻された上に。何故かセーターの裾から進入しようとしている志筑の手が、冷たい。

でも。それは実はどうでもいいことで。志筑の手が冷たいのが問題なんじゃなく。
その手が何をしようとしているかの方が今は重要で。

じっと志筑を窺う私の前で。志筑はやや黙り込んだ後、軽く頷いた。

「そうか。」

ああああ、そんな軽く流されても。

そりゃ、ここは志筑の部屋で。今はデート帰りで。
しかも、しっかり抱きしめられてキスなんてされちゃった後だったりするけど。

キスにくらくらしてたら。志筑の手がどんどん私のセーターの中に入ってきて。

どうしてか、いつの間にこんな状況になってたわけで。

私は何故かしっかりベッドの上に座った志筑の膝の上に乗っけられちゃったりしてて。

・・・しっかり、私。流されてるってば。これはどう考えても。


なんて、ぐるぐるとマイワールドに嵌りこんでいるうちに。腰の横にあるスカートのファスナーが降ろされた。

「ちょ、ちょっと待って!志筑って、ば!!」

はっと気づき。あらん限りの力を総動員して、ぐっと志筑の腕を捕まえる。
そのままの勢いで、セーターの中からどうにか引っ張り出すことに成功した。

「だから、何?」

おとなしく私に腕を掴ませたまま、志筑がいつの間にやら唇を落としていた私の首筋から顔を上げ、低いトーンで呟いた。
その隙を狙って、私は志筑の膝の上から滑り降りる。

そして、志筑の座っている横。ベッドの上に正座して。

「・・・あのね。この間も・・・・その・・・・した、し。」

じっと私を見つめてくる志筑に、ものすっごく小さい声で、告げた。

だから。もう、何を言ってるんだ私。あう、ものすごく。恥ずかしいんですが。
でもでも。ここで引いたらまたまた流されまくっちゃうし。・・・このところ毎回なんだもん。
・・・志筑に家に連れ込まれるの。

「そうだな。」

ちょっと首を傾けて。志筑はそれがどうしたと言わんばかりに返してきた。

そうだなって・・・。あのね、どうしてそう軽く流してくれるかな。
もう、夕方だし。そろそろ帰らないといけない時間だったりするんだってば。

・・・うーん。それとも普通付き合ってれば、こういうものなのかな?
えっと。つまり・・・毎回、するもの、なの?

比較対照が無いから、よくわかんないんだけど。志筑がお付き合いした最初の人だし。
友達に聞くのも、かなり恥ずかしい。というか、こんなこと聞くのはかなり勇気がいるってば。

・・・・・じゃなくて。

考えどころはそこじゃないし。私は、ふつーな。健全な。デートがしたいんだってば。
ああ、もう!ごちゃごちゃ考えてても拉致があかない。

こういう場合は。やっぱり。

思いっきり勢いをつけて。志筑の手をぐっと握り締め。

「志筑、お願いがあるんだけど!」

私は、素直に志筑に頼んでみることに、した。

「何だ?」

ちょっと、いや、かなり胡乱な表情をした志筑だったが、一応尋ねてくれたので。
その言葉尻を捉え。私は力を込めていった。

「あのね、ホワイトデー、お休みだよね。だからね、私とデートして!」

「何を今更。」

語気荒く言い放った私とは対照的に。志筑があきれたような口調で静かに返してきた。

ふっふっふ。確かにここまでならいつもどおり。
でも。ホワイトデーのデート内容をいつものデートと一緒にするつもりは、私には無かった。

「ただし!」

びしっと志筑に人差し指を向けて。

「バレンタインのお返しとして、お子様なデート希望!!」

高らかに宣言、する。

「・・・は?」

また何を言い出したんだって感じに私を見てくる志筑に向って。

「だから。必要以上のスキンシップは無し、な方向で。」

「それは、つまり?」

「・・・・・・・・・・・・・・・えっち、なし。」

て。何を言わせるんだろね。察しが悪いよ、志筑ってば。
いや、この場合。察しててわざと私に言わせるようにしているんだ。絶対。

頬をかっかさせながら。
それでもじっと志筑を窺っていると、志筑がやれやれって感じに溜息をついた。

「そんなに嫌か?俺とするの。」

額に当てた手で、髪をかきあげながら。僅かに目を伏せている志筑。

その姿に、言葉が詰まる。

ど、どうしよう。この場合、嫌がられてるって・・・やっぱり傷つくよね?

別に。嫌とかじゃ、ないんだけど。
最初の時は痛かったし。でもこの頃はそうじゃないっていうか。
なんだか自分が自分じゃないみたいでね、なんていうか。

・・・・うわあああ、もう!だから何考えてるんだ、私。

おろおろ、わたわたする私の姿に呆れたのか、志筑が再び溜息をついた。

「わかった。」

ぼそりと、落とされた志筑の言葉。

「え?」

私は、目をぱちぱちさせながら。咄嗟に聞き返していた。

「お子様デート、だろ?」

志筑が、諦めたような苦笑いを浮かべている。

「い、いいの?」

「ああ。」

念押しする私に、志筑が軽く頷いた。

ちょっと、拍子抜け。なんだ。こんなにあっさり承諾してもらえるなら毎回言ってみようかな。


・・・なんて。思ってたのが甘かった。

喜んだのもつかの間。するりと志筑の腕の中に、絡め取られた。
再び、志筑の膝の上に。乗せられて。

深く、口付けられたりなんかして。

「ちょっ!しづ、き・・・・!」

無理やり顔を背けて。抗議の声を上げる。

だって。今日はもう・・・無しだと思ってた。
今の話でそういう雰囲気じゃ、無くなってたし。

でもどうやら。志筑の中では違ってたらしい。
にやっと。艶っぽく笑ってて。

「今日は、お子様デートじゃないだろ?」

「・・・・・。」

そうくるか。確かにね。ホワイトデーのデートだけしか頼まなかったけど。
でもその流でこう・・・察してくれると嬉しいというか。


「っ!?」

なんて考えているうちに。いきなりセーターの中に入り込んできた志筑の手がブラのホックを、はずした。
ぱちんと音を立てて、胸の辺りが楽になる。

ああああ、もう!相変わらず手際良すぎ!
うわ。心臓・・・ばくばくしてきた。やっぱり。何回しても緊張する。

どくどく流れる血の音が、聞こえるんじゃないかってくらい。激しい脈。

くらくらしているうちにも、志筑の動きはどんどん私を乱していく。
セーターと一緒に、その下に着ていたキャミソールも脱がされて。

スカートの裾から手、入ってきて。
するすると足、撫でられた。

太腿から、どんどん上がって来る手。足の付け根に、触れてきて。ショーツの中にゆび、が。

「しづ・・・っ」

止めようとした途端。私の中に滑り込んできた感触。
それは、志筑の指、で。

キスと、さっきまでゆるゆる撫でられていたことで、私のそこは潤っていて。
なんなく志筑の指を受け入れた。

甘い声が、喉に引っかかる。
いつもながら。まるで自分の声じゃ、無いみたい。

「ぅ・・・ん・・・」

喉から漏れた私の声。志筑が、小さく笑った。

んん?な、に・・・・?

視線を上げて、志筑の顔を見る。すると。

「体は、正直なのにな。」

笑みを含ませた声で。またとんでもないことを、しれっといってくれた。
一気に頭に血が上る。

な、なにを!?
どおしてそういうことをいうかな!

きっと志筑を睨みつけ。
でも・・・否定できないところが、悔しい。

そう。しっかりはっきり。私の体は志筑の動きに反応を返していて。
どうがんばっても、止めようがなく。

それは。志筑にもちゃんと伝わっちゃってる。
恥ずかしくて。志筑に八つ当たってやる!とばかりに頭をはたいてやろうとしたら。やっぱりおとなしく志筑が叩かれてくれるはずは無かった。

「・・・志筑の、あほんだら。」

「はいはい。」

振り上げた手を志筑に掴れながら悪態をつく私を、志筑がベッドに沈み込ませた。
そして。私の上に圧し掛かった志筑が艶っぽく笑う。

うう、もう!私って本当に学習能力が足りないのかも。
素直に志筑がたたかせてくれるはずなんて、無いって。分かりきってるのに。

志筑は軽くつかんでいるつもりんだんだろうけど。
私の力じゃ。抜け出せない。
それに、志筑の体で押さえつけられてるから。たとえ手が離されても、どうにもできない。

すでにファスナーを下ろされていたスカートが、志筑の手によって私の足から抜き取られる。

あっという間に。服を脱がされて。痛いくらいに、心臓が鳴る。

志筑の下に、いるとき。
食べられそうって気がすごくする。
もともと。大柄。そのくせ、動きはしなやかで。視線も動作も。野生の獣っぽい。

それに・・・すごく色っぽくって。負けてる自分はやっぱり女としてどうなの?とか思っちゃったり。

で。そのうちに。もう、どろどろに自分が溶けてる気が、してきて。
何を言っているのか。してるのか。わからなくなってる。

本当に、志筑に食べられてる、みたい。

・・・こうして考えると。一番最初の時って、かなり志筑、手加減してくれてたんだなって思う。

志筑と付き合い始めてもう四ヶ月以上。
その間に。すっかり私は志筑に酔わされてるらしい。

志筑に触れて欲しくなるし。志筑の熱を感じたくなる。

でも。ベッドの上にいるとき。志筑は意地悪だ。

私をぎりぎりまで追い詰めてくる。
そのうえ。それでもまだ満足できないっていう感じの志筑に。追い立てられて。
だから、この頃いつも。実は最後の方が記憶に、ない。


「んんっ・・・しづ・・・き・・・・・っ、ぁ・・・あ・・・ん・・・」

体中にキスを落とされ。志筑の舌に舐め取られる。
熱くて。・・・熱くて、どうしようもなくなる。

どうにかして欲しくて、私はいつの間にか志筑の首に手を廻していた。

「七夜。」

すこし、かすれた低い声。これが、合図。

志筑が、ゆっくりと私の中に入ってくる。
その熱さが、私の中を掻き乱す。

「んん・・・・あっ・・・しづ、き・・・・」

ベッドの軋む音が、して。

志筑の動きが、激しくなって。私の息が上がって、きて。



―――そこまで、だった。

その後は、もう何がなんだか。わからなくなっていた。




喉に感じる冷たい感触。
流し込まれた少し甘い液体を、こくりと飲み込む。

ようやくはっきりしてきた意識。重い瞼を開けると。
志筑の黒い目が。私を見下ろしていた。

手には、グラス。そこに入っているのはりんごジュース。

「もっと飲むか?」

たずねられた言葉に。こくりと小さく頷く。
だるくて。自分では全然動く気になれなかった。

志筑が手に持ったグラスを自分の口に近づけて、ジュースを含む。
そして、そのまま飲み込むことなく。私に口付け。

私が、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。

これも、すっかり習慣のようになっている行為。
はじめのうちは、かなり抵抗があったんだけど。でも、だるくて自分じゃ動けなくて。

ひりつく喉をどうにかするには、やっぱり志筑の好意をおとなしく受けとくべきかな、と。

「起きられそうか?」

「・・・うん。」

大分楽になり、頷くと。私の上に覆いかぶさるようにしていた志筑が、起き上がるのに手を貸してくれる。

そろそろ帰らないと本当にまずい。父さんが帰ってくる時間までには家にいないと。
私はどうにか重い体を動かして身支度を始めた。


そして。すっかり暗くなった帰り道。隣を歩いているのは、当然の如く志筑。

私は何故か、右手を志筑に握られている。
さっき人にぶつかった後。無言の志筑にぎゅっとつかまれたのだ。

あんまり、志筑って人前でべたべたするタイプっぽくは見えないんだけど。
でも歩いてるとき、時々こうやって私に手を伸ばす。

そんなにぼんやりしているかな??といつも思うんだけど。
手をつないで歩くって。・・・なんか。すごくらぶらぶっぽくて、ちょっと恥ずかしい。
でもあえて抵抗はせず、私はおとなしく志筑に手を引かれてる、んだけど。

ふと志筑の方から。柑橘系のボディーソープの匂いが、した。

うわ。これって。・・・なんていうか・・・・。

ぱっと頬が、熱くなった。爽やかなはずのその香りが、先程の行為の証拠みたいに、思える。

よかった、暗くて。志筑にこんな顔見せられない。
ちょっとほっとしていると、志筑が不思議そうに私を見ていた。

「七夜?」

窺うようにたずねられ。
私は慌ててなんでもない、といいながら頭を左右に振った。

「えっと・・・・志筑・・・さっき、そう。さっきの約束。忘れないでね。」

とりあえず、話題を変えようと。来週の日曜日。ホワイトデーのデートをもう一度再確認してみたり。

すると。志筑が本当に仕方なさそうに息を吐きながら。

「ああ。わかってる。」

拗ねてるみたいにぼそりと、いった。

あ。なんだろ。・・・ちょっといま志筑のこと・・・可愛いとか思ってしまった。

「あはは。志筑、可愛い。」

そして不覚にも、私は思ったことをそのまま口にしてしまい。
むっとしたらしい志筑に逆襲、された。

疎らとはいえ、人通りのあるそこで。身をかがめてきた志筑に・・・キス、された。

「っ!?」

な、何!するかな!!

一瞬のことだったから。多分見られなかったと思うけど。
それでも。恥ずかしくて、びっくりして。目を白黒させる私に向って。

志筑が悪戯っぽく、笑ってた。

うわああ、もう!こんな調子で本当に約束、守ってくれるのかなぁ、志筑?


こうして、一抹の不安を残しながらも。
私は志筑にホワイトデーのデートの約束を取り付け。


でも、これが思わぬ方向に転がるとは今このとき。まったく予想だにしていなかった――。



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