02. 志筑の、癖?


3月14日。今日は、ホワイトデー。ほんの少し、肌寒くて。それに曇り。
でも日曜の駅はやっぱり少し混んでいる。

そしてそんな中。私はというと、改札前の柱に凭れ。志筑がくるのをどきどきしながら待っていた。

左手を持ち上げて腕時計を見ると、9時45分。
待ち合わせ時間より15分早い。

今日は、約束の日。
バレンタインの時は、志筑の家に行って失敗したので。今日は駅で待ち合わせた。
付き合い始めた頃みたいで、ちょっと緊張する。


「七夜。」

背後から、名前を呼ばれた。
誰か確認しなくてもわかる、低い、心地いい声。

私が腕時計から顔を上げ振り返ると、やっぱりそこには志筑が、いた。


「おはよ。志筑。」

私がへろっと笑う。志筑が静かに笑い返してくれる。
そして。志筑に目を向けて、ふと気づいた。

あ。志筑の、シャツ・・・。

薄手の上着から覗くワインレッドのそれは、私がクリスマスに贈ったシャツだった。ラフな格好。でもやっぱり、すごぉく、着こなしてる。

思わず、顔が緩む。そんな私の目の前で、志筑が苦笑しながら尋ねてきた。

「ああ。・・・で、どこにいくんだ?」

あ、ええっと。行くところ。今日は特に予定、決めてないんだよね。
うーん。とりあえず。お子様デートっていうと・・・動物園とか、公園、とか?

「えっと、ね。・・・じゃあ、公園。」

「わかった。じゃ、いくか。」

考え込みながらぽつりと呟いた私の言葉に、志筑が軽く頷くき。
すたすたと歩き出した。

え?・・・ああ、ちょっと・・・っ

「志筑、ストップ!」

志筑の背後からかけた私の制止の声。志筑が、振り返る。

なんだっていうように目線で問いかけてくる志筑に。
私はちょっと口ごもりながら、告げた。

「・・・ちょっと、ここで待っててくれる?」

実は、ちょっとお手洗いに・・・行きたかった。
言い淀んだ私の様子を察してくれたらしい志筑が、ふっと笑う。

あう。気づかれてる。だって今日、寒いんだもん・・・。

「・・・早くな。」

「うん。」

志筑の言葉に促され、私はぱたぱたと駆け出した。



***




駅のお手洗いは、空いていた。
私が行った時、先客は手洗い場に一人だけ。

その人も私が個室から出た時には、既にいなくなっていた。

ぱしゃぱしゃと手を洗い、目の前にある鏡で、ささっと髪を直す。

そして。そろそろ行こうかなと、蛇口を閉めたその時。

入口から、女の子が一人。颯爽と歩いてきていた。

多分私と同じ年か、一つ上ぐらい。
肩までの髪はふわふわのパーマがかかっていて。やや大人びた雰囲気の彼女を愛らしく見せている。

かっっわいい・・・・。

思わず鏡越しにばっちり観察しちゃってた。
それくらい、可愛らしい人だった。

あ。でも鏡越しとはいえ、あんまりじろじろ見ちゃ失礼だよね。

反省しつつ。視線をそらそうとして――――・・・

・・・あ゛。

鏡越しに、ばっちりしっかりその彼女と。目が合っていた。
しまったと思う間もなく・・・鏡に映った彼女は何故か、にっこりと私に笑いかけてきて。

え?・・・ええっと??し、知り合いだった、け?
いやいや。こんなインパクトのある人は、絶対忘れないって。

目をぱちぱちさせながら、固まっていると。
彼女はにこやかに、かつ陽気に、話しかけてきた。

「ね?貴方、連の彼女?さっき一緒にいるところ、みちゃった♪」

いまいち、言われたことが理解できなくて。しばし考え込む。

・・・れん?・・・・連?・・・・連って、志筑??
え、えええええっ!?この人、志筑の、知り合い!?

ようやく思考が巡った。そして。吃驚して、ぱっと後ろを振り向く。
そんな私を、彼女は楽しそうに、見ていた。


それから。

彼女は『まゆ』と名乗り。私は何故かその『まゆ』さん、と。
今現在。お手洗いにて話し込む嵌めに陥っていた。


「やっぱり貴方、連の彼女なんだー。いやー、びっくりしたわー。だって今までと結構タイプがちがうんだもん。あははー。」

いや、あははって。よ、陽気だ・・・。

どうやら見た目と中身にかなりギャップのあるらしい彼女の言動に押され気味にながら。
私はやっぱりおろおろとしていた。

あっけらかんとしてて。どことなく憎めない、まゆ、さん。
すごく、可愛くて・・・。志筑の・・・元カノ。

あ・・・ちょっと。胸が、ずきっと・・・したような。
・・・あれ、なんか・・・もやっとするというか・・・?ううーん。

思わずマイワールドに嵌りこみかけ、はっとした。
て。私。一人じゃないんだから。

いかんいかんと軽く頭をふる。そして、ふと気づくと。
まゆさんが、何故かちょっと悪戯っぽい笑みを、浮かべていた。

「ね、七夜ちゃん。連のあの時の癖、変わってない?」

内緒話をするように、こそっとまゆさんが、囁く。

「あの時の・・・癖?」

何だろう?志筑の、癖??考え込む時に首をさする、よね?後は、うたた寝する時には必ず足を組んでたり、するけど・・・・んん?

いろいろと思い浮かぶが、そのうちのどれのことを言われてるのかわからず。
私は首をかしげた。

まゆさんが、軽く私を手招きする。

んん?なんだろ??

素直にほたほたと、傍に寄っていく。・・・と。まゆさんが私の耳元で、囁いた。

「そ。入れる時と、イク時にキスしてくるの。」

あまりにさらっと言われ、私もついうっかりさらっと流しそうになった。

「そうですか、入って―――――――――・・・・は?」

「だ・か・ら。えっちの時よ。連、上手いでしょ?私が付き合った男の中でもダントツだったなー。ま、今彼でも満足しているけど。それに連ってば誘わないと乗ってこなかったしねー」

え・・・・・え!?

可愛らしい彼女の口からでてくる過激な言葉に、思考が停止した。

入れ・・・・っ、い・・・・イ、ク・・とき??・・・え、えっち???

にっこりと笑っている彼女。目を白黒されながらおたおたしている私。

その時。どこからか陽気なサンバのリズムが、聞こえてきた。

「あ。やば。彼からだ。」

そう、言って。まゆさんが鞄からがさごそと携帯を取り出す。

て。ちゃ、着音がサンバって・・・?

呆然とする私の前で、彼女は楽しそうに彼と話していて。

ぱちりと携帯を閉じると「じゃあ、がんばってねー!」なんて、陽気にいって。お手洗いを、出て行ってしまった。

後に残ったのは、私だけ。

まゆさんの言葉がくるりくるりと頭の中を回っている。
ショートしそうなほど。何がなにやらわからなくなっていた。

ぐずぐずの頭で。必死に考える。

・・・・ええっと??
私、志筑に・・・・彼女が言ってたタイミングで、キス。
されたこと、ない・・・んですが・・・?

最初の時も。その後も。

・・・いや、ええっと・・・最後の方は良く覚えてないけど。
でも多分、されてないと思う。

いつも、私が先に追い上げられて。志筑は、私の姿を目を細めながら、見てて。多分それから、だとおもうんだけ、ど。

でも、志筑・・・キスなんて・・・してきてない、よね??

え、え??つまり??それって・・・志筑が私じゃ満足できてないってこと・・・だったり??

じゃあ、このところ毎回迫ってくるのって・・・・よ、欲求不満・・・とか??

自分で自分の考えに、頬が熱くなった。
そして。それ以上に・・・・胸が、もやっと、した。

まゆさんが知ってた、志筑の・・・癖。

つまり。志筑は、まゆさんにもキス・・・したんだ。キス以上の・・・ことも。

頭ではわかっていた。私の前に付き合っている人がいたこと。
でも目の前で言われると―――すごく、胸が痛い。ずきずきと、痛む。

心が、きしきしする。
自分の感情を、持て余してる―――――・・・・

私は。呆然としながら。ぼんやりした足取りで、お手洗いを後に、し。

そして。志筑の元に戻った。

でも。志筑のもとに戻っても、先程の感情はさっぱり納まってくれる気配がなく、て。それどころか、一層酷く、なって・・・。

「七夜、どうした?」

心配そうに問いかけてきた志筑の顔を、見ているのが辛い。
こんなもやもやした思いを抱えた私の顔を見られるのが、嫌だった。

「・・・志筑、ゴメン・・・・、ゴメン、ね・・・・。私、今日は帰るね!」

「・・・七夜?」

限界だった。自分の感情に促されるまま。
私は、志筑にぱっと頭を下げると、くるっと踵を返し。

志筑から、逃げ出していた―――――。

そして、幸いだったのか。そうでなかったのか。

休日の人ごみは見事に私の逃亡劇を手助けしてくれて。
背後に聞こえた志筑の声を振り切り。

しっかり逃げ切ることに成功してしまったのだった・・・。



***




ああああ、・・・・やっちゃった。

私はその後、どこをどう走ったのやら。海の見える公園に一人、辿り着いていた。

そして、今。海風の吹きすさぶ中。海を臨めるように設置してるベンチに、座り込んで着るというわけだ。

ごうごう海風を浴びながら、ようやく冷えてきた頭で先程の自分の行動を思い起こせば。

・・・私って・・・馬鹿だ。

溜息が、漏れた。

あの局面で逃げ出すなんて。しかも志筑に何も言わずに。
今更、だけど。ちゃんと、志筑に言うべきだったと、思う。

クリスマスの時に、これで痛い目を見たっていうのに。まったく懲りてないのか、私・・・。

そう、奥丹先輩にキスされたこと。あれを隠したために。志筑と、揉めた。
もうあんな思いはしたくないから。志筑には隠し事しないように、決めてたのに。

再び、溜息が・・・漏れた。自分の馬鹿さ加減が、嫌になる。

あああああ!もう!!志筑に、連絡・・・しよう!

がっとばかりに顔を上げて。私はようやく決意、した。
がさごそと、携帯電話を求めて鞄の中を、探る。

・・・んん?あれ?・・・・えっ!?

がさがさごそごそ・・・。必死に鞄の中身をひっくり返した。

・・・わ、忘れてきてる・・・・・。

つっと、冷や汗が流れる。

わ、私の・・・馬鹿ーーーーっ!

と。いくら自分を罵倒しても。やっぱり鞄の中に携帯電話はなかった。

普段。めったに使わないことの弊害がこんなところで出るとは・・・あう。
もう、泣いちゃおうかな・・・。

本当に、目に涙が滲んだ。
私、いつの間にこんなに涙もろくなったかな。

冷えてきていた頭が。再び、ぐちゃぐちゃになる。
あまり人のいないのを幸いに、私の目からはもう涙が零れ落ちてた。

―――志筑の、馬鹿。

八つ当たり、だってわかってる。でも、志筑に・・・迎えに来て欲しかった。
今、志筑に、会いたくて。

―――志筑の、馬鹿。

両手に顔を埋めて、再び考えた時だった。

ぽん。

肩を、叩かれた。

―――しづき?

そんなわけ、ないとは思った。
でも、私は咄嗟に手から顔を上げ、振り返って―――。

「ねえ、こんなところで何しているの?」

が。振り返った先にいたのは。
見たこともない多分高校生位の、男の子たち三人組、だった。

・・・んん?というか、貴方たちは誰でしょう??

驚いているうちに。なにやら周りを取り囲まれていた。

「どうしたの?泣いたりして。」

「俺たちと遊び行こうよ。ね?楽しいよー?」

んん?えっと。これはひょっとして。
―――ナンパされてたり、する??

「いえ、あの結構ですからっ」

「そんなこといわないで、さ?ちょっと付き合ってよ。」

うわ。しつっこいっ。ああ、もうどうしてこんなめためたな気分の時にっ!

最悪な気分だった。もうこれ以上付き合う気にならず。
無言のまま、ベンチから立ち上がり。そのまま歩き出そうとして。

「待ってよ。」

がしりと、リーダ格っぽい男の子に、二の腕を掴れた。

「離して下さいっ」

むっとして。かなり不機嫌モードで言い放つ。
でも、全然相手には堪えてないみたいで。ぐいっと、引き寄せられた。

「っ!?」

や、だ!!

ざわりと、肌が粟立つ。いや、だった。
見ず知らずの男に触れてる部分が、気持ち悪い。

―――志筑・・・志筑っ!

きゅっと目を瞑って。心の中で必死に志筑の名を、呼ぶ。
きてくれるわけないとは思ってても、呼ばずにはいられなかった。

「ほら、いこ?」

体が、引きずられて。ぐっと足を踏ん張る。でも、強い、力。
ずっと、足が動いて――――・・・


「・・・あれ、黒河さん?」


やけに暢気な、場にそぐわない声が、私にかけられた。
聞き覚えのある、それ。私は、ぱっと目を開いて。

「・・・・・・奥丹・・・先輩・・・?」

見知ったその人の名を、呼んだ。



***




「あ、ひょっとして、かなりピンチ?」

私の現状を見て、それ以外にみえるならぜひ教えてもらいたいデス。

暢気に構えている、奥丹先輩。
三人の男の子たちの雰囲気が、険悪なそれに変わっている。

あああ、奥丹先輩っ。そんなに暢気に構えてて大丈夫ですか!?

心の中で、はらはらしながら見守る私の前で。
奥丹先輩が、にっこり笑った。

「君。城東高校の勢田クンだよね?君の噂、いろいろ聞いているよ?いいのかな、ばらしちゃっても。」

最凶の、笑顔。リーダー格っぽい、勢田くんと呼ばれた男の子の表情が、見る見る強張る。

「お前・・・奥丹 青、か?」

え、え??・・・なんで、奥丹先輩のこと、知ってるの??

奥丹先輩と、勢田クンをおろおろしながら、交互に見る私をよそに、会話はどんどん進んでいく。

「あ。僕のこと、知っているんだ?じゃあ、どうすればいいか分かるよね?」

「・・・・・行くぞ。」

「え?ちょっと待てよ、何でだよ。こんな奴、ちょっと脅してやれば・・・・」

「いいから!」

本当に、何がなにやらわからないうちに。
三人の男の子たちはバタバタと立ち去ってしまった。

呆然としている私に、奥丹先輩が近づいてくる。

「・・・・黒河さん、目が赤い。こんなところで一人泣いてたら絡まれるのは当然だよ?まったく隙だらけだね。」

すっと、奥丹先輩の手が、私の目の縁に触れて。
反射的にばっと体を引いていた。

もう、すっかり涙は止まっていた。ええ。そりゃもう。びっくりしすぎて。

「あの・・・・どうして?」

恐る恐る尋ねると。奥丹先輩がにっこりと微笑んだ。

「たまたま通りかかったら、絡まれている黒河さんの姿が見えたんだよ。」

「えっと・・・ありがとう、ございました。」

たまたま・・・?そんな偶然あるのか、とは思いつつも。
とりあえず、頭を下げた。

実際、奥丹先輩が来てくれなかったら、どうなっていたことやら・・・かなり、ぞっとする。改めて、自分の行動の軽率さを反省した。

ふうっと溜息を落とした私を見て、奥丹先輩が笑みを収めて。

「また、志筑クンと何かあったの?」

一番聞かれたくなかったことを、聞かれた。ぐっと言葉に詰まる。

「・・・何も、ありません。」

見つめてくる奥丹先輩から、顔を背けながら答えた。

ぽつ、ん。

・・・んん?・・・あれ、今?

頬に感じた冷たい感触。見上げれば。曇天の空からぱたぱたと水滴が零れ落ちてきていた。

奥丹先輩も私につられたように空を見上げる。

「雨、だね。」

「雨、ですね。」

小さく落とされた奥丹先輩の言葉に、こくりと頷いた。

「じゃ、黒河さん。助けてあげたお礼に、僕とお茶、飲んでくれるよね?」

「は?」

「じゃ、決まりだね。」

決まりって・・・何が??

「え?ちょっと、待ってくだ・・・っ」

しかし、私の拒絶の言葉は聴いてもらえるはずもなく。

にっこり笑顔を浮かべた奥丹先輩に、がしっと二の腕を掴まれて。
私はわけがわからないままに、ずるずると引きずられていったのだった。



***




「あの、ちょっと・・・奥丹先輩?」

「何?」

極上の笑顔で、返された。

「いや、何って・・・その、どこ行くんですか?」

「どこだと思う?」

いえ、私が聞いてるんですってば。

あれから。
ずるずると奥丹先輩に連れられてきたのは、実に怪しげに路地、だった。

左右に並ぶ建物は、・・・ホテル。
それもご休息・・・とかの看板を掲げている、所謂ラブホテルという、代物で。

「大丈夫。いきなり連れ込んだりしないから。」

私の考えてることを見透かすような奥丹先輩の言葉に。二の句が継げず。
口を噤んだ私の目に飛び込んできたのは。

ひっそりとした小洒落たカフェ、だった。
どうやら奥丹先輩はそこに向っているようで。かなり・・・ほっとした。


からからと音をさせ、開いた扉から。珈琲のとても良い香り。
店内は、すごく落ち着いた雰囲気で。お客さんはほとんどいなくて。

奥まったところに、ビジネスマン風の男の人が独りいるだけ。
そして、私と奥丹先輩は、窓際の席に案内されていた。

かたりと、席について。疲れた溜息を落とした私を見て。
奥丹先輩が、苦く、笑ってた。

「だから、志筑くんなんか止めて、僕にしといたほうが良いって言ったのに。」

「何、言ってるんですか。」

笑みを含んだ声で、言われ。
私はぷいっと横を向き、無愛想に返していた。

どうも。からかわれているような気がしてならかなった。
志筑は、奥丹先輩が・・・私に本気だって・・・言ってたけど。

いままでの態度を鑑みるに、とてもそうは思えない。

奥丹先輩が、黙り込む。

んん?・・・何?

ちょっと間が重くて。視線を奥丹先輩に戻すと。
今まで見たことがないくらい、真剣な面持ちの奥丹先輩が、いた。

「君が、志筑クンのものなっていても、本当に僕は気にしないよ?だから、僕にしときなよ。」

さっきまでとは違う、笑いを含んでいない、声。
どくっ。心臓が、一つ鼓動を刻んで。

でも。それは・・・たぶん志筑に感じる気持ちとは、違う。
うん・・・。違う、よ。だって。私は・・・志筑が、好きだから。

そう、なんだ。どきどきするのも不安になるのも、私が志筑を好きだから。
元カノにもやっとするのも、全部。
この気持ちが、きっと志筑が好きだってこと。

志筑に、謝ろう。ちゃんと、話して。

「黒河さん?」

考え込んでいた私の名を、奥丹先輩が呼んだ。
それと同時に。テーブルの上においていた右手の甲に感じる暖かい感触。

奥丹先輩に、握りこまれていた。

な!?・・・・な、なに??

びっくりして。手を引こうとして。でも、強く掴まれて。

―――気づいた。

奥丹先輩が、私の右手の薬指を、顔を顰めて見ている事に。

あ。志筑から、クリスマスに貰った・・・指輪。

気まずい、空気の重さ。
耐えかねて、再び手を引こうとして。・・・奥丹先輩の力は、強くて。

どしようと、思ってる私の耳に。遠くからりと・・・扉の開く鈴の音が、響いた。
私は扉に背を向けているので、新しく入ってきたお客さんは、見えない。

でも、何故か。奥丹先輩が、小さく溜息を、落とした。

んん?・・・どうしたんだ、ろ?

不思議に思っていると。かつかつと、足音がして。私たちのテーブルのすぐ傍で、止まった。

私の手の横。テーブルの上に。ぱたりと、水滴が、落ちてきた。
その瞬間。奥丹先輩の手が掴まれて、私の手の上から、どかされて。

はっとして見上げると。そこには、ぐっしょりと濡れた志筑が・・・いた。

「七夜にさわるな。」

志筑の怒りを含んだ、声。
そんな志筑を見て、奥丹先輩が不敵に、笑った。

「今頃来て、何の用かな?志筑クン。こんなに黒河さんを不安にさせた君がいけないんだよ?」

「あんたには、関係ない。」

「関係ない?そんなわけないだろ。黒河さんが不安がっていれば、いつだってつけこむよ?・・・・せいぜい気をつけるんだね。」

がたりと、奥丹先輩が席を立った。

「じゃ、黒河さん。またね?」

呆然とする私に笑いかけ。奥丹先輩は伝票を手に取るとそのままレジへと向ってしまった。

からりと音をさせ、奥丹先輩が出て行った店内に残されたのは、ずぶぬれの志筑と、未だに呆然としている私。

「七夜、こい」

静かな、でも怒りを含んだ声。
志筑は座り込んでいた私の腕を取ると立ち上がらせ、店の外へと向けて歩き出していた。

扉からでると。雨は、大分小降りとなっていた。
志筑は店の外に置きっぱなしにしていたらしい傘を開き私に渡してくる。

なんだかいろいろなことが上手く考えられない。

「え?志筑・・・傘、持ってた、の?」

「途中で買った。」

ぼそりと、不機嫌そうに志筑がいう。

「じゃあ、どうしてそんなに濡れて・・・?」

「邪魔だろ。」

短く、いう。

どうやら人が多くて、私を探すのに傘を差していたら動きにくかったらしい。
そう気づいたのは、しばし時間が経ってからだった。

志筑が、私の二の腕を掴み、どんどん歩いていく。
私はそのペースにあわせて歩くのに精一杯で。

だから、気づかなかった。志筑がどこに向っているのか。



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