03. ラブ・ホワイトデー


はっと気づいた時には。

私は志筑につれられて、なにやら怪しげな門を―――潜っていた。

潜ったさきにあるのは、薄いピンクの外装をしたビル。
それは、さっき奥丹先輩にこの路地に連れられてきた時に見ていた、ホテルのうちの一つで・・・。

―――つまり、らぶ・・・ほてる?

愕然としている私をよそに、志筑はどんどん足を進める。
正にあっという間だった。志筑が部屋を適当っぽく選んで。

え、え、え、ええええ??

なんておろりおろりとしているうちに。
私はいつの間にかラブホテルの一室、その前にいた。

志筑の手が、扉を開ける。

開かれたスペースから覗く室内。
薄暗い照明と、部屋の真ん中にある大きなベッド。

志筑は先に私を中に引き入れると、背後でぱたりと部屋の扉を閉じた。

・・・こくりと、喉が鳴る。
志筑が怒っているのが、皮膚からびしばし伝わってくる。

志筑の方を、まともに見ることができなかった。

さっき、カフェにいたとき。志筑の髪から滴って落ちた雫。

・・・志筑が怒るの・・・当たり前だよ、ね。

だって、志筑に何も言わずに逃げ出した上、奥丹先輩とのんびりお茶なんて飲んでいた私を、志筑はびしょぬれになって探してくれてたんだから。

申し訳なくて。いつの間にか俯いていたら。

ふと、志筑の気配が、動いた。
無意識のうちに、体が強張る。

でも志筑は私には何も言わずに、部屋の中央に行くと、いきなりきていた上着を脱ぎだして。

ぎょっと驚く私の前で。薄手の上着とその下に着ていたシャツ。
それらをすべて脱ぎ捨ててしまった。

濡れた髪が、志筑の額に纏わりつく。それを五月蝿そうに片手でかきあげて。
ようやく志筑が扉の前に立ち尽くしていた私に視線をよこした。

「奥丹と何、話してた?」

ひどく不機嫌そうな志筑に・・・や、多分絶対不機嫌な志筑に、低く、問われた。

んん?奥丹先輩と、話してた・・・こと?

―――どくんっ。鼓動が、一つ・・・。

さっき奥丹先輩に言われたことが、思い出された。
『僕にしときなよ。』そう、云われて。

ああ、でも。今は、てっきり、どうして帰ったのかを志筑に聞かれるのかと、思ってて。奥丹先輩のことを聞かれるとは、思ってなくて。

えっと・・・、うーん、と。あう・・・。

まったく考えていなかった質問。
そして。半裸の、志筑。
薄暗い照明。光沢のあるシーツのかかったおっきなベッド。はじめてはいるその個室。

私にとって、予想外のことばかりが起こっている。
視界に映るすべてが。どうにもこうにも怪しくて。

だっ・・・、だめだ。考えがさっぱりまとまらない。どくどく打つ心臓が。うるさくて。
志筑に、聞こえるんじゃないかと思うくらい、響く。

「ええ・・・と。・・・なんと、いうか・・・。その・・・。」

きゅっと胸元を握り締めながら、必死に紡いだ言葉。
でも、やっぱり意味を成さないそれらに。

「奥丹なんかに、どうしてついていった?」

静かな口調の志筑が。でも、射抜くような視線、で。尋ねてきた。

・・・む、むちゃくちゃ・・・怒ってる・・・。

俯きながら、だらだら冷や汗が、流れた。

どうも。志筑にとって。

私が逃げ出したことより、奥丹先輩と一緒にいたというのが、怒りポイント、らしくて。

こ、ここは。素直に事のあらましを、話しておこう。うん。
これ以上志筑に隠し事をしたくないし、黙ってるのは正直・・・つらい。

私はやっと決意して。

「えっと、ね。公園、で・・・絡まれてるところを・・・偶然、助けてもらったの。」

小さく、俯いたまま、志筑に告げた。

・・・あ、呆れられる、かな?・・・また隙だらけだとか、いわれる?

ちらりと、志筑の方を窺ってみた。

そして固唾を呑んで見守る私の前で―――。

志筑の目が眇められる。
そして小さく息を吐くと、きしりと軋ませながらベッドの端に腰掛けた。

「・・・七夜。」

声だけで志筑が私を招く。僅かに躊躇って。
でも、結局私は・・・ぎこちなく志筑の方へ向けて歩き出した。

「なんで、帰ろうとした?」

目の前で止まった私に、予想していた内容を志筑が尋ねてきた。
ベッドに座っている志筑は、私よりもやや視線が低い。

だから、俯いていても私の顔は志筑の視線にさらされる。
それも手伝って、私の動悸は一向におさまる気配がない。

結果。私は予想していた質問の答えすらまともに思い出せなくなっていた。

えっと。えっと。・・・いろいろ言い方。考えてたのにっ。
ああああ、何にも思い出せないー。

な、なんていうんだったけ?

や、正直に、言おう・・・。そう、思ってたんだけど・・・。
でも率直に言うのは・・・ものすっごく恥ずかしいから。

オブラートに包みまくって云おうと、思ってて。
でも、今。思い出せなくて。何か云わないと、志筑が待ってて。

で?なんていうんだっけ?志筑、えっちの時に癖があるよね、とか??

ち、違うーっ!そんなことは、い、いえない!!そんなこと、口が裂けてもいえない!!

ぐるんぐるんぐるん・・・、いろんなことを考えて。

「えっと・・・、・・・その、ね?・・・」

しっかり、口ごもってしまった。

言いたいことは、いろいろあるのに。

でも、言いたいことはまとまらず、私は結局そのまま黙り込んでいた。

しばらく続いた静寂。でもそれに焦れたらしい志筑が、手を。
私の腰に廻して。

「えっ?きゃっ!」

・・・正に。あっという間。

私はしっかり志筑の手により、ベッドの上に押し付けられていた。
上には当然の如く。志筑が覆いかぶさってきている。

だ、だから。なんでこうなるのーっ!

口をぱくぱくさせながら、志筑を見上げる
その時私の額に、ぱたりと、志筑の髪から雫が落ちてきた。

薄暗い照明の中で見る半裸の志筑は、色っぽくて。
でもいつものベッドでの志筑とは違う、鋭い眼差し。

それだけが、異質。
ますます鼓動が早くなる。

「七夜。どうして帰ろうとした?」

再び志筑に尋ねられた。

どうして、私が帰ろうと・・・したか?

ふっと、私の脳裏にまゆさんの顔が浮かんだ。
ずくりと、心が軋む。

「し、づきっ、志筑、やだっ!!」

―――気づいた時には、必死に志筑を押し返していた。

突然暴れだした私に、志筑が驚いてる。
でもそんなことにはかまってられない。

こころが、痛い。ずくずく、痛む。
逃げ出したい。だけど、志筑が重い。

しかも。志筑は、暴れる私の手を捉えて頭の上で一まとめにすると、片手で動きを封じてしまった。

力で志筑にかなうわけない―――。

一頻り暴れて、どうにもならないと悟り。
なんだか、無性に悲しくて。腹立たしくて。
とうとう涙が溢れ出したのを感じた。頬に感じる熱さと冷たさ。

・・・どうしてこんな事になってるんだろう、私。
・・・本当に、どうして?・・・ホワイトデー、なのに。志筑と一緒に、いるのに。

ベッドのシーツに散っている私の髪の中に、零れ落ちた雫が吸い込まれる。

「し、志筑なんか・・・志筑なんか・・・きらいぃ・・・」

ああ、もう。何云ってるんだ、私。こんなことが云いたいわけじゃ、ないのに。
志筑のことが、嫌いなわけ・・・ないのに。

ぼろぼろと泣く駄々っ子みたいな私の頬に、志筑がそっと触れてくる。
ひやりとした感触。でも興奮して熱く火照った頬には、とても心地よかった。

「七夜・・・好きだ。」

静かに言われて、ますます涙が止まらなくなった。
腕の拘束が、解かれる。私はのろのろと腕を上げ、自分の頬を乱暴に拭った。

志筑、ずるい。こんなときに、そんなこというなんて。

志筑と付き合うようになってから、それまでに感じたことのなかった気持ちばかりが私の心を占拠する。

・・・だって。私、まゆさんに、嫉妬してる、んだもん。
志筑の癖も、心に引っかかってる。でもそれ以上に。

志筑が私以外の人にキスして・・・抱きしめてたことが、苦しいんだよ。
そう。志筑が。志筑がまゆさんにキス、して・・・・。キス・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・あ。なんだろう。なんか・・・むちゃくちゃ、腹、立ってきた。
そうだよ、そもそも。そもそもっ。志筑がっ。まゆさんにキス、してたのが!

もう、これは八つ当たり以外の何者でもない、なんてことはしっかりばっちりわかってる。

でも。どうにもこうにも・・・腹立ちは、止まらなかった。

「七夜。」

しかも。志筑のひんやりした手が私の頬を、撫でた瞬間。
ああ、まゆさんにもこうやって触ったんだろうなー、なんて思ったら。

ふつん、と。本当に、ふつん、と。私のどこかが・・・多分、切れた。


「・・・志筑っ!なんで!?どうして、私のときは、キス、してくれないのよーーーーっ!!」

がうっ!と。
思いっきり叫んだ。もう、そりゃ。腹の底から。

ああ、なんだかちょっとすっきりしたぞ?

ぜはぜは肩で息をする。
そんな私を見下ろして―――志筑は、無表情、だった。

でも多分、これは驚いてるんだと思う。だって。わけわかんない、よね。

「なんだって?」

案の定。志筑が聞いてきた。

ええい!さっきは口が裂けてもいえないって思ったけど。こうなったらさくっとざくっと、言ってやる!云うともさ!

「志筑、い、入れる、時と、イ、ク時に、女の子に、キス、する癖があるって!」

ああああ、もう。何いってるのさ、私っ。

なんて思いつつ。ちょっとつっかえながら、でもとうとう云う事が、できて。
多分、頬が赤くなっているのは、敢えて考えないことにする。

ぎっと志筑を見る私の前で。志筑の眉がぴくりと上がった。

「・・・誰に言われた?そんなこと。」

静かに問われた。でも、それは云いたくなかった。
だって、志筑に・・・まゆさんのことを、思い出してほしくないから。

「・・・いわない。」

小さく答えた。

・・・私、やな女、だ。志筑が、他の女の子のことを考えるのが嫌だなんて。
志筑にまゆさんのことを黙っている、後ろめたさ。

それも手伝って、私はいつの間にか志筑から視線をそらしていた。

志筑が、溜息をつく。

―――あ、呆れられ、た?

どくりと脈打つ心臓。でも。でも。

「・・・どうして、私にはしてくれないの・・・?」

志筑から視線を逸らしたまま。私は小さく訊ねた。

志筑の心が、知りたい。こうして私といて、志筑が何か無理していることがあるのなら、どうすればいいのか私も考えたい。

先のことは、わからない。でも、私は志筑と一緒にいたい。
だからこそ、志筑に無理はして欲しくないし、私も無理はしない。

私は、言葉にしてもらわないとわからないことの方がまだまだ多いけど。
もっと志筑とわかりあいたい、から。

「・・・志筑、どう、して?」

私は再びぽつりと、呟いた。今度は、志筑を見ながら。

多分この言葉に、含まれたいろいろな思いを志筑は感じ取ったんだと、思う。

一度目を瞑り。ゆっくりと目を開けた志筑が、諦めたように私を見て。

「・・・癖じゃ、ない。」

静かに、いった。



***




「・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・は?」

多分。今私は物凄く間抜けな顔をしている。

言われた内容は、まったく予想していなかったもの。
本当に今日は私の予想は裏切られる。

て。そこじゃないから、私っ!
く、癖じゃ、ない?・・・じゃ、まゆさんが言ってたことは?

ぐるぐる巡る考えが、脳からはみ出しそうだった。
目を白黒させる私を、志筑が見下ろしている。

えっと。えっと。とりあえず、聞く。うん、そう。志筑に、聞こう。

「志筑、キス・・・しないの?」

混乱する考えをまとめようと、志筑に尋ねた。
やや躊躇うようなそぶりを見せて、今度は志筑が私からすっと視線を外す。

「前は・・・した。」

ぼそりと、言われた。

・・・んん?ちょっと待って。前は・・・した??
だってじゃあ、癖なんじゃ、ないの?ぜ、全然わけがわからーんっ!

纏まるどころか、益々纏まらなくなっていく考え。

「うー、よくわかんないけど、それを癖って言うんじゃないの?どおして、癖じゃないなんていうの、志筑!!」

気づいた時には、がー、と。またまた志筑に吠え掛かっていた。

うーん。いつもと逆だ。ベッドの上にいるときは、いっつも私の方が食べられてるみたいなんだけど。

「・・・七夜。」

がるがるとうなりだしそうな勢いの私に。
志筑は仕方なさそうに再び溜息を落とした。

「・・・癖じゃ、ない。キスしてれば相手の顔が見えないだろ。」

「・・・え?なんで、顔見ないの?」

やっぱり。わけがわからない。志筑が何を言わんとしているのか。
志筑がたずねた私に視線を戻す。

その、真剣みを帯びた表情に、どきん、とする。

「聞きたいのか?」

「・・・うん。ここまで聞いたら気になる。」

な、なんだか聞いちゃいけないことなの?と、迷って。
でもやっぱり気になるから。そう、答えていた。


そんな私にたいして、志筑が返してきた言葉は―――・・・

「―――興醒めする。」

だった。



***




んん?え?・・・いま、志筑・・・なんていった?・・・きょ、興醒め??

一瞬、何をいわれたのか、わからなくて。でも、理解したその途端。

「志筑、それは幾らなんでも女の子に失礼でしょぉ!」

私は上体をちょっと起こすと。がっと志筑の肩を掴んで。叫んでいた。
なんだかわけのわからない感情に支配される。

・・・本当に、今日の私は。わけがわからない。
自分でもわかっていたけど。どうにも自分を止められなかった。

志筑がゆっくりと私の背中に手を廻して、私を起き上がらせる。
志筑の膝の上に跨る格好になって。ちょうど私と同じ高さに、志筑の顔。

「わかってた。でも、どうしようもない。」

視線を逸らさず、ゆっくりと志筑が答える。

「七夜だけだ。―――甘い声が聞きたくなったのも、イク時の顔を見ていたくなったのも。」

イっ!?なーーーーっ、なにおっ!何をいってるんだ、志筑!!

や、志筑が、ちゃんと答えてくれようとしているのは、わかる。

わかる、けど!でもいくら真剣とはいえ。志筑の告げてきた内容は、かなり恥ずかしくて。

一気に頬が熱くなった。
酸欠の金魚のようにパクパクする私を、志筑がやれやれって感じに、ちょっと笑いながら、見てる。

―――ふ、複雑だ。ものすっごく。複雑だー。

それに。やっぱり。ちょっと納得いかないぞ?

だって。志筑が私の前に付き合っていた彼女さんたち。
志筑にそんな風に思われていたなんて知ったら、悲しいよ、ね?

気持ちは、そんなに簡単に自分の意思でどうにかできるとは思わない。

だけど。もし、これから先。志筑の気持ちが私から離れていっても。
もう、そんな風に女の子と接して欲しくない、よ。

ちゃんと、分かり合える人と、大切な関係を築いて欲しい。

もちろん志筑が私以外の女の子となんて。考えたくないし、思いたくない。
でも。どうしても、今、志筑にそれを言っておきたかった。

意を決して、少し俯きながら口を開いく。

「・・・志筑。あの、ね・・・もう、そんな風にいい加減にお付き合いしちゃ、だめだから、ね?」

きゅっと、唇をかみ締めた。
志筑を見ると、ちょっと驚いた顔を、していて。

でも、それから何故か。苦笑いした。

「・・・ああ、わかってる。でも、もう・・・七夜だけだから。それは、無駄な忠告だな。」

「・・・志筑。」

多分。私が何故こんな忠告を言い出したのか、察したんだと思う。
だから。『無駄な心配』だなんてことを、志筑は、言って。

志筑に、抱きつきたくなった。今すごく。

うわ。どうし、よう。いいかな、ここで抱きついちゃっても。
志筑のこと、ぎゅーってしたい。志筑にぎゅーってしてもらいたい。

でも、私がそれを実行に移す前に。
すっと、体が寒くなった。

ふと気づくと、志筑が私を膝から下ろした後、さっきみたいにベッドの端に座り込んでた。

あ・・・あれ??えっと。私のこの手の行き場は?

なんて、中途半端にあげたままの手がふらふらと泳いでる。
そんな私にお構いなしで、志筑はベッドから立ち上がった。



***




「・・・帰るか。」

私の方は見ずに、志筑が呟く。

「え・・・うん・・・。」

か、帰るんだ。そうか。帰るのか・・・。
なんだろう、ちょっと寂しかったり?・・・うーん。でも、帰るんだよ、ね。うん。

等など考えながらも、やや呆然としつつ。
私はベッドの端に移動しようと体を動かしはじめた。

んん?なんか、冷たい?

それは、ベッドのを移動するためについた手に、何か冷たいものの触れる感触だった。

そちらを見れば、さっき志筑が脱ぎ捨てたシャツ。

うわ。ぐっしょり。

すっかり雨で濡れていたシャツは、まだほとんど乾いていなかった。

「・・・志筑・・・シャツ、まだ濡れてる。風邪引くよ?」

濡れているシャツを手に取り、私がいうと。志筑がちょっと振り返った。

「歩いるうちに、乾くだろ。」

僅かに肩をすくめて、なんでもないことのようにいう。

そ、そんなアバウトな・・・。
今日、寒いのに。せめてもうちょっと乾かないと。

「えっと・・・もう少し、居よう?・・・ここ。」

なんだか志筑が早く帰りたがっているように見えたから、私はちょっと窺うように尋ねた。

すると、志筑が今度はしっかりと振り返って、私の前、真正面にいた。

「七夜・・・。はっきり言うが、約束を守れる自信がない。」

溜息を落としながら、志筑が言う。

ん?約束??

何のことか思い出せなくて、首を傾げる。

―――お子様デート。

が。不意に浮かんだ単語に私はだらりと冷や汗が流れる思いだった。

・・・はっ!約束!・・・わ、わわ・・・忘れてたーっ!

ぎしぎしとぎこちなく志筑を見上げる。

「・・・忘れてたろ?」

ぼそりと、呟かれた志筑の台詞。しっかり見透かされていたらしい。
あああ、ご、ごめん、志筑。

「・・・・・は、ははは。」

乾いた笑いが、漏れた。

「・・・・・・。」

胡乱そうな志筑と目があう。

あああ。私から言い出した約束、だったんだよね。
もう、これは全面降伏だ。

「・・・えっと。・・・・あの、ね。・・・・あの約束、は・・・無かったとこに・・・」

私は諦めて、志筑に約束の無効化を宣言しようとして、でも。
云い終わる前に。志筑に抱きしめられてた。



***




「ん・・・し、づき・・・。」

志筑の手が背後から。私の胸を下から掬うように、持ち上げてきた。
下着の端から入り込んで、直に志筑が触れてきた肌が。熱い。

体の脇から廻された志筑の腕に、思わずしがみついて。
もう、体が熱くなってる。どろどろに、溶ける。

胸の先端。そこに志筑の指が、触れただけで敏感に反応する自分が、恥ずかしかった。

「ぅ・・・ん、はっ・・・」

でも、その瞬間。

自分が自分で無くなる。志筑が、私の意識をどこかにとばしていく。
だけど。志筑の触れてくる手だとか、体温とかはしっかり感じられた。

「七夜。」

低く囁かれた声と共に。耳朶を軽く噛まれる。
息が、詰まる。もっと志筑に触れて欲しくて。私は自分から志筑に身を寄せる。

―――体は、素直。

志筑にこの間言われた台詞が脳裏に浮かんで、かなり納得した。
いつの間にか、志筑に触れられるのが気持ちいいってことが私の体に染み込んでる。


そうこうしている内に。
志筑の手が私の背に回り、そっとベッドの上に横たえられた。

ふと見上げる志筑の姿が、酷く艶っぽい。

あああ、だめだめ。私、しっかりしろ。今日こそは、志筑に頼むんだからっ。

ぐらぐらと溺れかけた思考を必死でひっぱり戻してくる。
そう。また、いつもみたいにわけがわからなくなる前に。

志筑に頼みたいことが、あった。

―――そうだよ、はじめのころみたいにしてもらえれば、いいんだし。

「・・・えっと。あの・・・志筑?・・・その、ね・・・もうちょっと、手加減、してくれると・・・うれしいなー、なんて。」

意を決して。志筑に頼み込む。
あう。結構恥ずかしいもんだわ、これ。

と。精一杯のがんばりをみせた私に志筑が返してきた答えは、無情だった。

「無理。」

一言、きっぱりさっぱり、言い切られた。

ええ!?そ、即答だし・・・。が、がんばったのに・・・。あううう。

情けない表情で志筑を見上げる。
すると、志筑がちょっと笑いながら、付け足した。

「そんな余裕はない。」

「え・・・っ?」

告げられた言葉に、驚く。
だって、いつも志筑ってば、余裕ありげなんだもん。
めろめろにされているのは私だけ、かと思ってた。

うーん。今日は本当に予想外な、意外なできごとばかり起きる。

なんて。思ってるうちに。私はやっぱり志筑に酔わされて。
そして。やっぱり最後の方は、覚えてなかった。・・・あう。



***




「七夜。」

志筑の低い声。

それと共に。ぼんやりとベッドの上でクッションに凭れている私の目に映ったのは、小さくちりりと音のする小さな銀色のベルだった。
ベルの上には細いチェーン。

・・・えっと?・・・これは、ねっくれす??

数回、瞬きする。

「この間の苦いチョコのお礼に。と。迷子防止用、な?」

私の吃驚している様子に。ちょっと笑いながら志筑がいった。

むっ。だからね、志筑。あんた私をいくつだと思って。

て。それは、とりあえず置いとくとして。これ、結構高そうだよ?
クリスマスにも、リング・・・貰ったのに。

志筑の手が、私の首に器用にネックレスを取りつける。
ちりんと響く綺麗なベルの音。

でも、かなり申し訳なくて。だって。チョコ・・・あれだったし。

「・・・志筑・・・お返し、嬉しいけど、ね。もっと安いもので、いい、よ?・・・この間のバレンタインじゃないけど。薔薇一輪とかでも、その、志筑からなら嬉しい、し。」

志筑に向けて小さく呟く。これは、本当にそう思う。確かにこういう贈り物も嬉しいけど。でも、薔薇一輪とかでも、やっぱり嬉しいのに。

「薔薇じゃ、ずっと身につけられないだろ。」

何故かネックレスをつけ終えた後も、私の肩に触れたままの手を志筑がするりと動かしながら、静かに笑ってた。

・・・んん?それは、身につけて欲しいってこと?
そりゃ、お花は枯れるけど・・・うーん。どうにかして身につけておくとすると・・・

「・・・あ!ほら!ドライフラワーとか押し花にすれば・・・んんっ・・・ちょっ・・」

かなり真剣に考えて答えたのに。私の答えを聞いているのかいないのか、志筑の手が相変わらずするすると動いていて。しかも。あまつさえ胸元に、触れてた。

「志筑っ・・・聞いてる!?」

ぱっと志筑の手を掴んで、動きを止めながら咎める。
でも、あんまり効果はなかったようで。

「・・・聞いてる。」

答えながら、志筑が私に口付けてきた。

「だからね、志筑っ・・・・ちょっと、待って・・・・んぅ・・・」

舌の、感触。口の中を・・・探られて。

う、うわあっ。や、やっぱり、約束なかったことにするんじゃなかったーーっ。

でも、私の心の叫びは既に手遅れだった。



志筑が、私の中に入ってくる甘い感覚。声が、漏れた。
艶っぽく笑う志筑。その指が、私の首に下がっているベルに触れる。

「誰にも、触れさせない。・・・オレのものである印だ、七夜。」

どろどろになっている私に、志筑がそっと囁く。
意味を理解する前に、志筑の熱が私の一番深いところに触れて。

甘い痺れと焦げるような感覚に。私は思考力をすっかり手放していた。



***




帰路。とっぷりと陽の暮れた中。
私と志筑は今、分かれ道で立ち止まっていた。

「志筑。・・・今日は、ありがと。・・・・後、ごめん、ね?」

志筑を見上げながら、謝る。
これは、今日志筑から逃げ出しちゃったことへの、ごめんなさい。

「気にしてない。」

志筑が小さく笑う。

なんだか、いろいろなことがあった一日だった。
志筑の元カノにもあったし。なんと、らぶほてる、なるものまで入っちゃったし。
奥丹先輩の・・・なんだか微妙な一面も、みちゃったし。

だから。もうひとつぐらい増えても、変わらないかな。うん。

「志筑。」

名前を呼びながら。私はぐいっと、志筑の襟を引いた。傾いた志筑の上体。
思いっきり爪先立ちになり、志筑の唇に自分の唇を、押し付けた。

ぱっと離れると。ものすごく吃驚している志筑の顔。

そうだよね、何も言われないのに私から志筑にキスするの・・・かなり珍しいもん。

ぽかぽかする頬が、すごく気になる。
ああ、もう。ものすごーく。赤くなってるんだろうな、私。

こういうときは。早めにぱぱっと立ち去るべし。

「じゃあ、また明日!」

それだけいうと、私はくるっと踵を返して。自分の家に向う路を、駆けていった。

明日顔をあわせるのが、ちょっと恥ずかしいかも。
でも、今日。志筑と一緒にいられてよかったと思うし。

ホワイト・デー。志筑にしたお願いは、叶わなかったけど。
でも、多分それ以上に素敵な贈り物をもらえたと思う。

―――志筑の、気持ち。私とずっと一緒にいてくれようとしている、気持ち。

それが一番嬉しかった。

そういえば。ホワイトデーは、あらためて恋人たちが愛を誓い合った日って何かで聞いたことがあるけど。

うーん。確かに。志筑との関係が、深まった・・・かな?

なら、うん。

今日は――――やっぱり、志筑と私にとって。いい日だった。


ふと振り返ると。志筑が、まだ私の方を見ていて。片腕をあげて手を振ると。
志筑も手を挙げかえしてくれて。

――――うん、よしと、しよう。

上機嫌で歩き出した私の目に。
すっかり雲の切れた夜空から、きれいな銀色の月が・・・のぞいていた。

もうすぐ、春休み。その後は、進級。多分私も志筑も理系クラスを選択したから、進級しても一緒のクラスになれると、思う。それに由紀も理系だから、一緒になれる、はず。

また、来年のホワイトデーも・・・志筑と一緒に。

月を見上げながら思った私の胸元で。

―――志筑にもらったベルが、小さく澄んだ音を立てた。



〜Fin〜



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