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悪者と女の子。
花見酒。

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【ハロウィン・パーティ番外編】
エブリデイ・ライフ
2006/12/26(Tue) 01:02

ぽかぽか陽気。初夏の日差しは穏やかな春の名残があって爽快。
それに屋上に居るとすごく空が近くなった気がして、ついつい空を見上げたくなる。

食後のデザートであるチョコレートが整然と並べられた箱を膝の上に乗せ、青い空を眺める。
真っ白な雲がひとつふたつ、みっつ。のんびりと流れていく。

はー、こう気持がいいと午後の授業、眠くなっちゃいそうだなー。

「顎が外れる。」

どうにも我慢できなくて、片手を口に当ててながら、ふあぁと気の抜けた欠伸をした私に無愛想な声がひとつ。

「……そんなに口開いてないもんさ」

むうと頬を膨らませると、隣で貯水槽に寄りかかりながら坐っている志筑がくっと笑った。

「それよりいいのか、溶けてるぞ、それ」
「え? ……チョコ! あああ、溶けてるっ」

目線で指し示された箱の中を覗き込んで、慌てて立ち上がった。
ごめん志筑もうちょっとそっち寄ってと急いで貯水槽の影に入り込み、チョコに指を触れて確認する。少し表面がゆるくなっていた。

添加物一切無しのこのチョコレートは、志筑のお母さんから贈って頂いたもの。
とっても溶けやすいから気をつけてね七夜ちゃん、と綺麗な筆致で書かれたメモと共に志筑からこれを渡されたのは朝の事。

折角だから志筑も一緒に食べようよと、お昼を食べ終わってから開けたんだけど。
開けて吃驚。王冠とかアンティークな鍵の形にしてある可愛い造詣。
それに十二分に刺激された乙女心に加えて、食べても美味しいの。ああ、なんて至福。

「ね、志筑。お母さん、今度いつ戻ってくるの?」
「さあ。」

志筑に習うように貯水槽に寄りかかってすわりの良い場所に納まった後尋ねると、志筑が肩を竦めた。
相変わらず素っ気無いなぁ、でも志筑母さんのメルアドは志筑から訊き出し済み。後でお礼のメールは入れるつもりだからいいんだけどさ。

葉っぱを模ったチョコを一粒口に含む。甘い感触に幸せ気分になりながら、でもやっぱりまだ日陰は寒い所為か背中がひんやり冷えてちょっと身震いした。

――さむ……っ。

身体の側面を両手で擦ろうとして、指先に所々溶けたチョコの名残があったことにふと気付く。
無意識のうちに舐めとろうと自分の口元に近づけた指は、何故か寸でのところですいと伸びてきた手につかまれ引き寄せられた。志筑の口元に。

止める間もなく志筑が、私の指先を舐めた。

「――甘い。」

形の良い眉を微かに顰めて呟くと、呆気ないほどあっさり手の力を緩めた志筑は、ブレザーを脱いで私の頭の上にばさっと。

うお、前が見えない!

私のサイズではかなり大きい制服の下から慌ててごそごそと顔を出すべくもがく。
ぶはっと私が抜け出したとき、志筑は頭の後ろで腕を組みながら貯水槽に寄りかかって目を閉じていた。

指先に残る舌の感触に、ぱくぱくと酸欠の金魚となって言葉を失ったまま、ぐるぐると頭の中で言いたいことが巡る。
だけど腕の中に抱えたブレザーに包まれて暖かいなんて思っちゃえば、それも簡単に引っ込んじゃうわけで。

ああ、私ってば悲しいほど単純かも。

だけど……だけどさ。

寒がっているのに気付いてくれて嬉しいなって思う反面、微妙に寂しいような。
興味が失せたみたいな態度、プラスそっけなさ。
いつものパターンだったらこの後……この後って、何考えてるんだ私!
あーもうこんな晴天の下、如何わしいったら!

こっぱずかしい考えを振り切りように、心頭滅却っ、と心の中で叫び上を振り仰ぐ。

真っ青な空の中、甲高い声で鳴きながら翼を広げた鳶の番いが風に乗っている。
屋上に人影はなし。校庭からは腹ごなしにサッカーでもしているらしい男の子たちの掛け声。

そよっと吹いた風に髪が煽られて。

――平和だ。なんていうか、平和だ。

うん、人生は平穏が一番。すんばらしいこの穏やかさ。
しみじみとこんなことを再確認しちゃうのも、思い返せば四月からこっち、ちっとも気が休まらなかったからだ。
イベント毎はもう当分御免被りたいよ。

溜息をついて、もう一粒ぱくりと口に入れたチョコと一緒に人生の幸せをじんわりじっくり噛みしめる。

あー美味しい……んだけど、それにしても志筑ってば静か過ぎやしない?

「志筑……、おーい、志筑ってば。寝ちゃったの?」

顔の傍でひらひら掌を振ってみても反応無し。
本気で寝てるかも……。私一人で何だか寂しいし。志筑の阿呆。

「もー、ひとりで涼しい顔しちゃってさ。」

諸々の感情を込めてぼそっと呟いた途端、志筑が目を開けた。

……っ、び、吃驚した。

起きてるなら起きてるって言ってよ。

「何が涼しいって?」
「な、」

な、やだもう聞いてたの? 口元、しっかり笑ってるし!
ああもう、面白がってるでしょ、志筑ってばっ。

絶句したまま頭から湯気でも立ち上らせそうな私を尻目に、平然と志筑は王冠を模ったチョコレートをひょいっと摘んだ。

ん? 志筑が進んで食べるなんて珍しい、って、あ、それ楽しみにしてたやつ。

今までの一切合財を頭の片隅に追いやり、はっとする。

綺麗に形成された小さな小さなクラウンの表面にはゴールドの模様が入っていて、小さな箱の中でも一際目を引いていた一品。
ちょっとだけ心の中で呻きながらじっと志筑の手元を見つめる。

が、口に放り込む前に志筑は動きを止め、何故か私の前に茶色のつやつやした王冠を翳した。

「ほら。」
「え、あ?」
「食べたいんだろ。」
「え? いやその……志筑、食べていいよ?」
「随分と恨みがましそうだったけどな?」

あ、あらあらあらバレてた?

あははと笑って誤魔化しながら、それじゃ遠慮なくと手を出した。
途端、するすると移動するチョコレート。

ん? 何、譲ってくれるんじゃないの?

もう一回チャレンジと手を伸ばして、でもまた逃げられて。
スカスカと空を切ること数回。

「ちょ……っ、もう志筑ってばくれるんじゃないのーっ!?」
「手で渡すとは言ってない。」

そ知らぬ風にすっとぼけたことを。
じゃあ、思わせぶりなさっきの態度は何。

「ほら、口。」
「口?」

くち……開けろってこと?
まさか食べさせてくれる、とか?

まさか、まさかね、そんな馬鹿な。

すいっと志筑が私の口元にチョコを差し出す。

――本気?

固まった私は、いつの間にか志筑の膝の上。しかもまたがっちゃってるし。
これって、なんだか凄い格好?

「いらないなら俺が喰うぞ。」
「う、いる、いるけど……いるけどーっ」

それでも往生際悪く愚図愚図していたら、志筑がゆっくり口を開いてチョコの端っこをかりっと。

「わーっ、食べる、食べるから!」

慌てて腕をつかんで自分の方へ引っ張り寄せた。
意を決して、口を開ける。志筑の親指と人差し指の間にちょこんと小さな王冠。

王冠の端を噛んでみる。甘い。けど、美味しい。中身は多分ヘーゼルナッツのプラリーネ。
で――ついつい、うっかり夢中になった。

つまり、その。
志筑の指も一緒に舐めちゃったというか。うん、舐めちゃったんだけど。

はっと気付いたときには、驚いたように片眉を上げた志筑がいて。
じゃれてただけの空気が、少し変わった気がした。

「ご、めんっ」

謝りながら慌てて離れようとしたんだけど、もう遅かった。
両手首がしっかり志筑に掴まれてる。しまった、捕まった。

「し、しづ、き、ちょっと待った。たんま。」
「さっきの続きだな。」
「や、違う。別に続きをしようとか、そんな意味じゃなくて!」

日陰にいた所為か、私に触れる手はひんやりとしていた。
ゆるゆると志筑の顔が近づいてくる。

ああどうしよう、すっかり追い詰められてる気分なんだけどっ。

ふらふらと視線を彷徨わせながらちょっと迷って。だけど観念して眼をつぶった。

反射的に顎を引いた私を追うように志筑の唇が重なってきて、互いの体温が交じり合う。

――あ、唇、あったかい。

この頃、志筑のキス、変わった気がする。
前はもっと強引だったというか。
今も仕掛け方は強引なんだけど、でも優しいというか、ゆっくり私に合わせてくれてる、というか。

「……ん、んぅ!?」

急に角度が深くなった。背中に回された腕にも力が籠もってる。

な、何? どうしたの突然。

目を白黒させながら、ぎゅっと志筑のシャツを掴む。
そしたら満足したみたいにまた突然力が緩み、私の唇をひと舐めした後、志筑の熱が急速に遠ざかった。

瞼を持ち上げると、志筑とばっちり目が合う。

見られているのが気恥ずかしくて、志筑の胸に額をつける。
ぽんぽんとあやすように二度、大きな手が私の背中を軽く叩いた。

うーん、うん、なんだか、うん。

「志筑ってば、やっぱりなんか変わったかも。」
「――七夜と居ると色々腹が据わるからだろ。」

小さく言ったつもりだったんだけど、ばっちり志筑には聞こえていたらしい。
頭の上から何を今更というように平然と即答された。

んん? でも待って? 腹が据わる、それってつまり根性がつく? みたいな?

「それってなんだか私がものすんごく騒動ばっかり起こしている人みたいじゃない?」
「自覚してないのか。」

そ、そんなに大仰に溜息つかなくったって……っ!

「チョコ旨かったか?」
「……志筑が悪戯しなきゃ、もっと味わえた。」

むうと眉根を寄せてみて、だけど熱い頬は確実に赤くなってるはずで。
そうしたらもうきっとこれがただの照れ隠しだって、志筑にはばれちゃってるに違いないわけで。

当然のように喉を鳴らして笑った志筑の胸をぺしっとひと叩きして、すくっと立ち上がる。

「それ以外にも大分我慢強くなったと思うけどな?」
「我慢強く? なあに、それ。どういうこと?」

まだ座ったままの志筑を見下ろして、首を傾げた。
でも意味ありげに片側の口角だけを上げた志筑はさあな、と言ったきりそれ以上何も答えてはくれなくて。

……なんだろね、志筑ってば。

不思議に思ってもう一度問おうとした丁度その時響いたのは、のんびりと間延びした気だるげで重たい鐘の音。
本鈴五分前を告げるその音に追い立てられた私は、結局志筑からの答えを得る事はできなかった。


〜Fin〜