LoveSummer!

ACT.03


だけど。だけど、ね。

やっぱりユメじゃなかった。現実だった。

誰でもいいからユメだといってほしかったわ…。


でも。
こうして引越し荷物が積み上げられた新しい部屋にいる現状ではとてもそんなことは期待出来そうに無いことは流石に私だって分かっている。

あの、顔合わせの日から早一ヶ月。
私はとうとう…壱と…中田昂壱と家族になる…らしかった。


怒涛の如く過ぎた一ヶ月。
お父さんに良い人だね、と言ってから一ヶ月。

どうやら私の気が変わることを恐れた父さんは、その間電光石火の如く水面下で活動していたらしい。

いつの間にか新居の手続きをしてきて、引越しだと言われたのがつい一週間前。あれよあれよという間に荷造りが済まされ、まったく抵抗する隙もなかった。

フローリングの床に座り込み、肩を落とす。
あの男とこれから一緒に暮らすことになるのかと思うと気が重かった。


実は―――あの顔合わせの日から一ヶ月間。
事あるごとに壱は私の前に現れて振り回してくれていた。

学校帰りに拉致られ、無理やり聞き出されたケーバンで何度呼び出されたことか知れないわよ。

家族になるんだからって一言と例のアレを盾に好き勝手してくれて。
いろんなところに引っ張り回された。海にはじまり映画・ゲーセン・買い物・レストランにその他諸々…。

私の理由を聞いて呆れてたんじゃないの!?と何度問い詰めたかったことか。でも何だかそれを聞くのもおかしな感じなんだもの。

それに―――壱は、あの口付けを最後に…まったく私に対してその手の行為を仕掛けてくることがなくなっていた。

だから、純粋に家族として接しようとしてくれているのかもしれないと思いはじめている部分があるのも確かで。

だとしたらやっぱり私から藪を突付くことも無いかな、と思うわけよ。
だけど…だけど…なんだかねぇ…。


「はぁ………。」

「おや、引越し初日から重いため息だねぇ?」


知らずに漏れた私の溜息にかけられた声。
開きっぱなしだったドアにはいつの間にか壱が凭れかかっていた。


「―――何の用よ。」

ぷいっと顔を逸らし、手近にあった段ボール箱を開く。
どうにも片付ける気は起きないんだけど、何もせずに壱と二人きりでいる状況は…ちょっと辛い。

がさがさと荷物を漁り、床の上に広げていった。
それをじっと壱が見ているのを感じる。

嫌だわ、用事がないなら早く行って欲しいのに。
なんだか息苦しい。クーラーは入れているはずなのに頬が熱い。

…………。

どんと本の束を床においた。

「壱、用が無いなら出てい―――…」

「明日からね、どうやら我が家の親たちは新婚旅行らしいよ?」

狙い済ましたような壱の言葉に―――作っていた私の仏頂面は、見事に崩れた。



***




「あの、雛ちゃん…?」

「はい?」

はじめての家で、はじめての夕食が済んだ後。台所で洗物中の節子さんを手伝って私は隣で食器を拭いているところだった。

「その…昂壱のことなんだけど、いきなりあんなお兄ちゃんができちゃって困っているとは思うんだけどね、できれば仲良くしてやって?」

節子さんにほんわりと優しく笑いながら頼まれる。

―――昂壱…が誰だかつい考えてしまったわ。

食器を拭く手を休めずに、昂壱って誰でしたっけとかとか聞き返さなくてよかったと冷や汗が流れた。


それにしても―――仲良く、か。

内心溜息をついて。だけどそんなことおくびにも出さずきれいさっぱり隠して、節子さんへにっこり笑ってみせる。

「はい。もちろん。私、前からおにいちゃんが欲しかったし。」

普通のお兄ちゃんですけどね、欲しかったのは。の部分はどうにか自分の胸だけに収めた。


「そう、よかった。旅行も急に決まってしまったでしょう?夏休み中だからキャンセル待ちしていたんだけど。本当にごめんなさいね、まだ引越し二日目に出掛けるだなんて…。」

ほっとしたような節子さんの言葉に、ひくっと口元が引き攣る。

ま、まずいまずい。平常心、平常心よ。

夕食より大分前、壱が告げてきた両親の旅行。

生憎と夏休みの宿はどこも一杯で空きが無かったらしく、お父さんのお盆休み中に行くのは無理だろうってことになっていたんだけれど、頼んでいた宿にキャンセルが出来、休暇二日目の明日急遽、ということになったらしい。

本当は家族皆で、という提案もあったんだけどもちろん丁重にお断りしたわよ。馬にけられたくないもの。


「大丈夫。ちゃんとお留守番してますって。心置きなく楽しんできてください。」

最後の食器を拭き終えて、私はにっこりと節子さんに答えていた。


不安が無いなんて、とてもいえないけど。
しかも明日は―――天気が崩れるらしいけど。

なんとかなるわよ。…なるわよ、ね?



***




「あー…、やっぱり降り出してきたか…」

朝、お父さんと節子さんの二人が出かけるときにはどうにか持っていたお天気が崩れだしたのは、お昼も大分過ぎた頃。

私は居間の窓にへばりついて降り出した雨粒を眺めていた。
台風が近づいているとかで、降り始めから大分雨脚が強い。

これは…やっぱりあれ…もくるわよね…。
ああ、いやだわ。

ごっと窓に額を押し付ける。
今晩はどうやら眠れそうも無かった。


憂鬱になっていく私。

「ひなー。ひなさーん、おーい。」

と、突然どこか違う部屋にいるらしい壱の声が聞こえた。

押し付けていた窓からがばっと頭を起こす。

……なんだっていうのよ、もう。

「ここにいるってば!」

ほんっとに、なんだか知らないけど一定間隔で人の居場所を確認するの、止めて欲しいわ!逃げ出さないわよ、そんなことしなくても。

床を踏み鳴らし、居間の扉を開け放った。
廊下に、暢気そうな壱の姿。

「ああ、そこにいたの。」

「いたわよ。」

溜息をつきながら廊下へ踏み出す。
壱が廊下を少し軋ませながら私の方へ向ってきた。

「まだちょっと早いかもしれないけど、夕飯、どうする?」

ああ、夕飯ね。今度はちゃんと用事があったわけね。

「あー…ああ、そうね。簡単なものでよかったら作るけど。」

壱がちょっと驚いたように目を見張る。

…失礼ね。朝は節子さんが用意した物。お昼はピザ。
流石に女として何かしないとまずいかな、と私だって思ってるわよ。

でもあの節子さんの料理を毎日のように食べている壱が果たして私の料理に満足してくれるかは甚だ疑問。節子さんめちゃくちゃ料理上手なんだもの。

「壱?」

どうするの。と壱を促して。

「うーん。そうだね、じゃあ一緒に作ろうか。」

何故か満面の笑顔で壱が答えた。

…何…?どうしてそんなに嬉しそうなの?
本当によくわかんない男…。



***




「……美味しい。」

私のスプーンにのっているのはこんがりと焼きあがったポテトグラタン、の一部。

「そう?それは良かった。」

純粋に感動する私に壱がにっこりと笑いかけてくる。
だけど実は、スプーンを咥えたまま壱を見る私の胸中は実に複雑。
だって、このグラタンの三分の二は…壱が作ったんだもの。

……料理も上手いなんて反則だわ。

手際よくぱきぱきと動き回り、のたのたと戸惑っている私をフォローしながら、さくさくとあっという間に壱の手が作り出したグラタンとサラダとスープ。

イイ男だし料理上手いし。これで性格がよければ問題なしだわね。
やや失礼かもしれないけど、被害を受けている身としてはこれくらい思っても当たり前よ。


スプーンを運びながら、壱の話に耳を傾ける。
壱の日常を聞いて自然と笑い声が漏れた。

多分きっと今まで壱と過ごした時間の中で一番和やかだったんじゃないかと思う。

私はテーブルにあった食事をすべて食べ終わる頃、すっかり寛いでいる自分がいることに気づいていた。

このまま私は…壱と家族になるのかしら…。

お皿を片付けならが―――何故か少し…胸が痛んで…でも私は気づかないふりを、した。



***




「あ。ヤダ…雷、鳴りそう…。」

後ちょっとで日付の変わる時刻。雨と風は段々と酷くなっていた。
お風呂から上がってそうそうに自分の部屋に引き上げたはいいけどお陰でさっぱり眠ることなんてできない。

一応部屋の電気は消して、ベッドの上で布団を被って丸まり、布団越しのカーテンの隙間から覗く外の景色は真っ暗。叩きつける雨風にガタガタ揺れる窓の音は益々激しくなっている。

これはもうきっと時間の問題。
何がって…雷。

正直に白状すると…私はまったく全然雷が駄目。
お父さんが仕事で遅くなる時にドンゴロリと鳴られた日には布団の中に潜り込んでもう一睡も出来ない程。


「う、ひゃ!」

しばらくして、やっぱりという感じにぱっと窓の外が一瞬光り、その少し後に地響きがした。

びくんと身を縮こませる。
やだやだやだ。怖い。何で家が揺れるほど近くに落ちるのよ!

なるべく窓から離れて、ベッドの上で更に更に丸くなってみた。
連続的に光と地響きが繰り返される。

「―――――!!」

一際激しく窓ガラスが震えた。ビリビリと。
ぎゅっと布団を握り締める。きつく閉じた目の端から涙が流れた。

こんなことなら誰か友達の家にでも泊まりに行くんだった…!

今更な後悔。独りでいるのは怖くて仕方ない。
だけど壱のところに行くのは絶対嫌。

嫌、なんだけど。
またまた激しく鳴った雷に私の決意はもう風前の灯かもしれなかった。

どうしよう、壱のところにいく?でもそれは出来れば避けたいのよ。
本当に最終手段にしておこう、そうよね。うん。

布団の中で必死に出来るだけ丸まりながら早く止んで頂戴と懸命に祈る。

止んでは鳴り、止んでは鳴り。
止んで…………あ、れ?なんだろう?

雷の止んだ一瞬。何か音が聞こえた気がした。
外からじゃなくて、家の中。しかも私の部屋のドアの前から。

こ、今度は何だって言うのよ。何もう、やめて!

嵐の夜、しかも夏で。物音って…私その手のことも駄目なのよぅ。

顔から血の気が引く。もうできればこのまま貧血とかで気でも失ってしまえれば楽かも…なんてことまで考え出していた。

そうこうしている内に再び部屋の外でカタリ。

……!や、やっぱり空耳じゃ、ない!何か絶対にいる!
どうするの私。………そうだ、叫んでみる?でもこの嵐の中壱に私の声が聞こえるもの…?

布団の隙間からそっと部屋のドアを睨みつけながら延々と考える。
考えて…さらに再び物音がして…私は叫ぶことに、決めた。

息を吸い込んで口を開いてさあ叫ぶわよ!

「―――雛?」

「きゃあ」の「き」の形に口を開いて。
壱。ドアの外にいるのは、壱。そう気づいたのはその時だった。

…壱!?なんで!?

ぱかっと口を開けたまま唖然とする。私と同じくらいに自室に引き上げた壱はもう寝たとばっかり思っていた。
それがどうして私の部屋の前にいるのよ。


「雛、起きてる?開けるよ?」


「…っ、や…」

やだ、だめ!やっぱりこんな情けない姿見せたくない…!
壱のところに行くのは最終手段で…少なくとも今じゃない。

でも生憎。この部屋の扉に…鍵は掛かっていなかった。
鍵自体はついているんだけど、いままで鍵を閉める習慣なんてなかったものだからすっかり忘れてた。

あっけなく部屋の扉が開き、廊下の光が差し込んでくる。

「ああ、やっぱり起きてるね。大丈夫かな?」

「………。」

大丈夫…じゃないわよ。でもそんなこといわないけど。
黙りこむ私の傍に、壱が寄ってきた気配。

ベッドが軋んで、壱がその上に座り込んでいた。


「なんだか昼間から様子がおかしいとは思ってたんだけど。なるほど雷、駄目なんだね、雛。大丈夫、大丈夫。怖くない怖くない。」

布団を頭から被った私の頭を撫ぜる。

―――昼間から様子がおかしい…て、気づかれてたの?

あ―――、ひょっとして今日一日私の居場所を確認していたのって…。

「ほら、一緒にいてあげるから。」

壱に肩を引き寄せられる。
広い胸に布団ごとすっぽり抱きしめられた。

私と同じフローラルブーケの香り。
まだ引っ越したばかりで石鹸とかもきちんとそろってなくて、皆同じものを使っているからこれは当然。

ふぅと息を吸い込んで吐き出す。


―――どうしてだか…壱といるのが気持良かった。

とくとく鳴っているのは私の心臓か、それとも壱の心臓か。


壱といるのが、気持いい。体温も息遣いも。心地よくて―――。


いつの間にか私の意識の中から雷鳴が遠のいていき―――深い深い眠りの淵に落ちていた。


こんな気持、知らない。こんな気持、わからない。

これは―――なんだろう。



***




困ったことに…とても安心しちゃってた。
凄く気持ちよくて…ありえないほど熟睡しちゃったわよ…。

どうするのよ、私…。

台風一過。燦燦と降り注ぐ陽光の中、壱は私の傍で眠り込んでいた。
無防備な壱の寝顔をじっと見つめる。

眼鏡は今外されて、私の机の上。
思ったより長い睫が頬に影を落としている。

見ているだけ―――なのに、私の鼓動が早くなっていく。
なにこれ。どうしたのよ、私。

おかしいわよ、こんなの。おかしいのに―――今、壱に触れたくて仕方なかった。

「―――おかしいってわかってる。」

壱を起こさないように小さく呟いて、私は指を伸ばして壱の髪に触れようとする。

でも、壱の瞼が少し動いた。慌てて手を引く。
何度か壱が身じろぎして、目を開けた。

「…あれ、雛…。おはよ。」

まだ眠そうなまま壱が体を起こす。

「…はよ…」

自分のしようとしていたことが何となく後ろめたかった。
それに昨夜の醜態もある。

私は壱から顔を背けて無愛想に挨拶し、机の上にのっていた眼鏡を掴んで差し出した。

「ああ、ありがとう。台風もう通過したみたいだね。」

「…そうね。」

眼鏡を掛け終え、窓を見た後、壱がベッドから降りる。

「じゃあ、オレはもう戻りましょ。」

伸びをしながら歩き出した。
そっぽを向いたままの私の傍を通って壱が扉に向う。

行っちゃう…何かいわなくちゃと、何故か思った。
何を言いたいのかはわからなかったんだけど。


「壱。」

私は扉に手をかけた壱の背中に呼びかけていた。

壱が不思議そうに振り向く。

まだ何が言いたかったのかまとまってない。
ただ壱といると変だとか、おかしな気持になるとか―――つまりそういうことで。

それらをどうにかしたいわけなのよ。
だからどうすればいいのか。どうすればいいのかってそんなの―――決まってる。

こくりと一度唾を飲み込み、私は視線を彷徨わせながら話し始めた。

「その…昨日はありがとう。…だけどもう私に構わないで欲しいの。…あのことも…忘れてちょうだい。これからは、家族…なんだし。」

途切れ途切れに、壱へ告げる。
壱はじっと私を見て、私の言葉を聞いているようだった。

壱に近づかなければいい、それが解決方法。
距離を置いて、もう少し冷静になれば普通の家族になるかもしれないもの。

言い終わって黙り込む私。

壱が、溜息をついた。細めた眼。少しあげられた口の端。

「―――ふーん。だけどね…意識してるのは雛のほうでしょ。いつもオレの方を見てるよね?…そんなに気になるのかな?雛、初めてだったもんねぇ。やっぱり初めての男は忘れられない?」

そして―――意地の悪い言い方。

あまりに直接的な事実を突きつけられてかっと頬が熱くなる。

…何、言っているのよ…っ!見てた…私が?
それは、多分意識はしちゃってたとは思うけど。

だけど…そんな風な言い方しなくてもいいじゃない。
何がはじめての男よ…っ!

「馬っ鹿なこと言わないでよ!…だ、抱かれたのなんて全然大したことじゃないんだから…っ」

腹立たしくて、悔しくて拳を握り締める。
どうしてそんなことをいうのよ―――胸がちくっと痛んだ。

「本当に?」

壱がドアから離れて私の傍に。

「本当よ!」

私は傍に来た壱を睨みつけながら勢いに任せて答える。
すると何故か壱は眼鏡を外して、傍にあった机の上にかたりと置いた。

「じゃあ、もう一回抱かせてくれる?」


「もちろんいいわよ!………え?」


壱に何を言われたのか理解したときには私の背はベッドに着地。
壱の顔越しに天井が見えていた。

な、何…!なに、なにこの状況は!

呆然と見上げる私に壱が笑いかけてくる。

「そうだね、大したことじゃないんだし。じゃあ問題ないよね?」

「―――…モンダイ…」

そんなもの…おおありに決まっているじゃないの!

ヤダヤダヤダ…っ!こんなの絶対間違ってる。

だって彼氏彼女じゃなくて、でも体だけは関係があるって。
それってつまり…セフレ…ってことじゃない!?
ああ、でも家族なんだから…て尚悪いわよ!

声に出さずに叫んでみて。
なのに私の口から出た台詞といえば。

「ないわ。」

ああ、ほんっとーに。
今日ほど自分のこの可愛くない性格が恨めしく思えたことはきっとなかった…。



***




「ん…あん…っ、やめ…壱、お願…っ」

ベッドの軋む音。それにあわせて揺すられる私の体。
壱に圧し掛かられて足を開かされて…壱が私の中にいる。

「駄目。いっぱい感じさせてあげるよ。…馬鹿だね、雛。あんなこと言わなきゃ…もうしばらくの間はいいお兄さんでいてあげたのに。」

何それ、どういうこと…思う傍から頭の中がとけていく。記憶から消えていく。
全部どうでもいい事、そう思える。


この日の壱は―――容赦無かった。

まだ二度目だっていうのに。
まだ壱が入ってくるのは少し痛くて、ヤダって言ったのに。

全然。ほんとーに全然まったく。壱は私の言うことを…聞いてはくれなかった。

それになんだか少し怒っているみたいで。
珍しく、ほんっとーに珍しく。苛ついているみたいで。
嵐みたいな激しさは怖いくらいだった。

せめたてられて声が嗄れるくらい啼かされて。

壱は身の内にとても激しい熱を秘めている人なんだって事を、初めて知った気がした。



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