02.王子様


「お嬢様、本日も参ってますわ。」

侍女の手元から漂う、ふわりと甘い香り。

寝台の上に起き上がったビズに差し出されたのは、一輪の赤い薔薇。

窓から差し込む朝日に照らされ、その花びらにのった朝露が輝いている。

ビズは、棘の取り除かれた薔薇の茎をそっと手にし、ふぅと溜息をついた。

既に舞踏会より数えて七日目の朝。
贈られてきた薔薇の数も七本目。

茎に巻きついている青いリボンを、ビズの手がするりと解く。
リボンが取り去れ、ビズの夜具の上に、はらりと一枚の薄い紙が落ちた。

リボンにより薔薇の茎に巻きつけてあったものは、クラからのメッセージ。

『貴方にお会いしに今夜も参上致します。』

達筆な文字で、簡潔にたった一言書かれたその紙を眺め、ビズは酷く困惑していた。

「あの方は、何を考えているのでしょうね・・・?」

ぽつりと落とした言葉。それを聞きつけ、先程ビズを起こした侍女・セツがくすくすと笑い声を立てる。

「あらあら、素敵じゃないですか。そんなに思われていらっしゃるなんてお嬢様も隅に置けませんこと。」

「・・・そんなんじゃ、きっとないわ。田舎娘が珍しいだけなのよ・・・。」

ビズがメッセージを見つめながら、ぽつりと言った。

「それだけで、連日通いつめていらっしゃる?」

セツの優しい、声。

「酔狂な方なんだわ。」

ビズの固い響き。セツが心底親身になってくれているのは、ビズにもわかっている。
5歳年上のこの侍女は、ビズが幼少のころから傍にいてくれた気心の知れた存在。

「・・・お嬢様・・・クラ様は素敵な方ですわ。そりゃあ、いろいろな噂の絶えない方でもありますけど。でも、クラ様が正式にお嬢様を望まれれば・・・お断りすることはできませんわ。・・・どうかあの方のことはお忘れになってくださいませ。」

「セツっ!」

ビズがばっと顔を上げ、セツを叱咤した。
セツが悲しげにビズを見ている。

ビズの心が、痛む。

「・・・言葉が過ぎましたわ。でも、あの方はどんなことをしてもお嬢様の望むような王子様にはなってくださいません。これだけはお心にお留め置きください。」

「・・・わかってる、わかってるわ・・・セツ。」

小さく呟いたビズの言葉に、セツはそっとビズの部屋を退いた。



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