06.嫌い


「し―――、信じられない方だわっ!ずっと黙ってらしただなんてっ・・・ずっと・・・私を騙していたんですね・・・?」

クラの目の前で、真っ赤になりながら。
ビズはその双眸からぼろぼろと涙をこぼしていた。

本当に信じられなかった。いままで、何故気づかなかったのかと自分を激しく叱咤する。

シスが、クラ―――。クラは、シス。

ビズは、同じ人物の間で揺れていたという、まるで道化師のような自分の姿が、とんでもなく滑稽で恥ずかしかった。

しかも。ビズのきついブルーアイの先にいる男・クラには、まるで悪びれた様子が見られない。

それどころか、ビズを騙していたことに対する贖罪の気持など、欠片も無いような、僅かに意地の悪い笑みをその口元に刷いて。

「気づかなかった貴方が悪い。」

飄々と、ビズに告げてくる。何かを吹っ切ったようなその態度に、ビズは呆然とした。
今、自分の見ている男は本当にクラだろうかという、とんでもない疑問さえ浮かんでくる。

だが。よくよく思い返してみれば。
確かに今までも、紳士的な態度の中に僅かに覗いていたような気のするクラの一面。

舞踏会での笑顔。それに、ビズを強引に抱き上げて部屋に運んだこともあったと思い出す。
おまけに、クラがこなくなる直前には、東屋でビズはクラに押し倒されてる。


「・・・一体どの貴方が真実なんですか?」

濡れた頬をぐいっと手の平で拭い。
ビズは震える唇を噛みしめ、きっとクラを見据える。

「もちろん貴方が選んでくださったクラが、真実。」

「はぐらかさないでっ!」

きつく言い放ったビズに、クラが苦笑した。

「・・・私が貴方を好きなのは真実です。それだけでは、駄目ですか?」

笑みを含んだクラの瞳が。怖かった。
心をすべて見透かされそうで、ビズはクラから視線を外し、床に向ける。

「私が好きになった貴方は、紳士的で、やさしくて・・・っ」

震えるビズの声は、酷く頼りなげだった。

「本当に?・・・ビズ、貴方が好きになってくれた私は、本当にただそれだけの男でしたか?」

ビズの言葉尻を捉え、クラが静かに問いただす。


もちろんです、そう言うはずだった。

なのに――――。

そう言い切ってしまえない自分に、ビズが愕然とする。

―――どうして?・・・全然、悪びれてる気配すらない、信用するに値しない人だと思っているのに。なのに。どうして・・・?

心底クラの存在を否定できない、そして嫌いになれない自分の心。

だが、きっと今までも時折覗いていたクラの多面性。
最初の頃の印象が強すぎてクラは紳士的であると思い込んでいた、否、思い込もうとしていたのかもしれないと、ビズはふと思った。

―――だとしたら。強引な、ところも。紳士的なところも。やさしいところも。意地悪な、ところも。

全てに―――惹かれているということ。


導き出された答えは、とても簡単なもので。

でも、だからこそ。ビズはあっさり認めることが出来なった。


「あ――――・・・貴方、なんてっ。貴方なんて、嫌い!・・・大嫌いだわっ!」


自分の感情の持って行き場がわからなくて。
どんっとビズはクラの胸に拳をたたきつける。

だが、その衝撃ではびくともしなかったクラは、ビズの手首をやすやすと捉えてしまい。

きつくクラを見据えるビズ。ほんの少し困ったようにビズを見つめているクラ。

そして。


「まあまあ、待ってやってくれ。」


そんな二人の静寂を破ったのは、ビズの背後から聞こえたなんとも暢気な声だった。



***




ビズが振り向いた先にいたのは、シス。

どうやらすっかり傍観者を決め込み、壁にもたれて気配を消していたその存在に。
このとき漸くビズは不信感を抱いた。

きれいさっぱりその存在を忘れていたが、クラがビズの出合ったシスだというのならこれは誰だろうという疑問が今更ながらに湧いてくる。

「貴方は・・・どなた、ですか?」

クラに手首をつかまれたまま、ビズは眉根を寄せてシスの姿をした男に問いかけた。

「・・・ああっ、これは失礼。カロと申します、お嬢さん。」

漸く気づいたというように、カロと名乗った人物が仮面を取り去る。
ついでというように、シルクハットも脱ぎ捨てる。

ようやくさっぱりしたというように、さっと髪を撫で付けると、その男はにっこりと微笑んだ。

「カロ・・・?・・・・・・カロッ・・・様!?」

ビズが、驚愕の声を上げた。
おそらくこの国で、十指に入るほど有名なその名はビズでも知っているもの。

カロ。・・・それは王太子殿下のファーストネーム。

そして目の前にいる男は、見まごうことなく王家の血を色濃く感じさせるやや癖のある金色の髪。
豪奢な髪は乱れてはいるが、その色は見まごうことは無い。
しかも、その双眸はこの国では珍しいグリーンアイズ。
そして、端整なその顔は正に王家の血統。

すべてが、その男が王太子殿下であるとこを示していた。

ビズが慌てて礼を取ろうと腰を下げる。
だが、それは王太子殿下その人の声により制止させられた。

「ああ、いいから、いいから。私は傍観者だし。・・・まあ、今回はこの男があんまり不機嫌で、何かと回りに被害を撒き散らしていたからね。流石にちょっとフォローがてら弁解でもしてやろうと思って、こうして手伝っただけだから。・・・あ、ちなみに私はシスでは無いよ。正真正銘シスはそっちの男だ。」

もう何が何だかさっぱりわからない。ビズはとりあえず言われた内容を整理しようと、必死に考えを巡らす。

確定している事実として、矢張りシスはクラだったらしいということ。
なのに何故か今回は王太子殿下がシスの格好をしている。そして、ビズはカロの言葉の中から、気になった部分を反芻し、

「弁解?」

と呟いた。カロが腕を組みながらうんうんと頷く。

「そう。別に私利私欲で怪盗なんてやってるわけじゃないんだよ。一応、これでも私の密偵なんだ、これ。」

これ。そういわれているのは、クラ以外ありえない。

ちらりとクラに視線を向けると、なにやら謎めいた表情でカロの方を見ている。
だが、どうやらあまり機嫌が良くないのだろう事は、僅かに眉間に刻まれた皺が物語っていた。


――密偵?

ビズは再びカロに視線を戻し。カロその言葉の響きに、首をかしげた。

怪盗が密偵。確かにそういわれれば、シスが浸入した家の主は、よく辺境へ飛ばされる。
家財・権力そのほとんどを奪われて。・・・それはつまり、失脚しているということだ。

「はじめは遊び半分。この男が私との賭けに負けてね。で。その時ちょっとした話題になっていた元老院の不正を手っ取り早く暴くのに協力しろといったんだ。」

なんとも楽しくて仕方ないというようなカロに、ビズの眉間に皺が寄った。

「・・・それで・・・まさか証拠を盗みに・・・入られたのですか?」

「その通り。いやー、それ以降もすっかり病み付きになっちゃって。」


開いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。

まさか、伯爵家の跡取り息子と、次期陛下がいくら不正を暴くためとはいえ、怪盗になっているとは。

ビズの家にシスが入り込んできた時。シスと呼んだあの声は、殿下のものだったのだとビズは軽く眩暈を覚えた。

「そういうことだからさ、うっかり自分がシスだと言うわけにはいかなかったんだ。あんまり責めないでやってくれ。この性悪男が君の事となると目の色が変わる。まあ、ここしばらく見ていてなかなか楽しませてもらったけどね。そろそろ受け入れてやってくれ。でないといつ暴れだすかわからない。」

カロが、いまだ衝撃から立ち直れないビズに向けて一気に畳み掛けるように言う。

そして。言い終わったと思ったら。にっこりと微笑み。

ビズとクラの横をすり抜けて―――窓に向けて歩き出した。

「なっ・・・ちょっとおまちくだ・・・っ」

ビズが、あわてて制止の声を掛ける。

カロが、くるりと振り向いた。
まさか本当に止まってくれるとは思わず、ビズは言葉に詰まる。

「じゃ、私はこれで消えるから。後は二人で楽しんでくれ。」

何もいうことの出来無かったビズにカロがひらりと手をふった。

そして、今度はもう引き止めることの出来なかったビズと。
どこか憮然とした表情を浮かべるクラを残し。

カロはベランダの枠に足をかけると、月明かりの溶ける闇の中にひらりと消えてしまったのだった。



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