04. 七夜、襲われる(1) |
門限は19:00時。休日は外出禁止。 父さんが私に出した、実に不条理な約束事。 だけど私はそれを守ることに決めて、志筑も協力してくれることになった。 自分で言うのもなんだけど。実によくこの約束は守られている、と思う。 学校帰り。今までなら志筑の家に寄っていたんだけど、まずこれが無くなって。 志筑とは分かれ道まで一緒に並んで歩くだけになった。 休日も。志筑と出掛けること無く私は家でおとなしくしていた。 でも事情を知った由紀が頻繁に遊びに来てくれるので、退屈じゃ無い。 退屈じゃ無い、んだけど。 志筑はどうしているのかな、とか。今までこの時間なら何してたかな、とか。 いろいろ考えて。 休み明けに志筑に何してたのと聞いてみたら、寝てたって一言で済まされたり。 でも頑張っているだけあって、父さんの態度が軟化していることは確かだったから。 父さんに、お付き合いはしてるけどちゃんと約束は守る、だから認めって。と。言ってみたら。 苦虫を噛み潰したような顔をしてノーコメントだったとか。 後は、やっぱり奥丹先輩が姿を見せないな、とたまに思い出して。 でもその方が平和でいいことは間違いないし。 だからきっと奥丹先輩は、私をダンスに誘う気は無いんだろうな、と思ったり――由紀に言わせると楽観的過ぎるらしいけど。 そんな風に日々は過ぎ――……。 そして――今日はといえば。4月15日。木曜日。 志筑の協力を取り付けてから約一週間程たったこの日。 私は志筑とふたり、学校の屋上でお昼ご飯を食べていた。 お弁当箱に収まっていたアスパラガスのベーコン巻きにぐさりっとフォークを突き刺す。 それを口の中に放り込んでむぐむぐと租借しつつ。 ふと横を見れば。 私より格段に早く食べ終わった志筑が、さらりとした髪をかきあげながらなぜか深い溜息をついていた。 どうしたんだろ? ……調子悪いのかな。 あ。でもそういえばここ数日。なんとなく志筑がよそよそしい気がしてるんだけど。 もしかして、それと関係あったり? 「しーづき、――おーい、志筑ー?」 口の中の物を飲み込んだ後、そっと志筑に呼びかけてみる。 でも志筑の反応が返ってこない。 聞こえてないのかな、と思いつつ、私は膝の上に乗せていたお弁当箱を床に置いて。 体を伸ばして横から志筑の顔を覗き込んだ。 「志筑?」 「……っ。」 覗き込んだ私の前で、志筑が僅かに目を見張る。 あ、あれ? どうしたんだろ? そんなに吃驚したのかな? 「えっと……志筑?」 「――いや、なんでもない。……七夜、俺は先に戻ってるから。」 ふいっと、志筑が私から視線を外し、立ち上がった。 え? 戻ってるって――私、まだ食べ終わってなくて。先にって事は――志筑一人で戻っちゃうの? 呆然と志筑を見上げる。でも志筑はそれ以上何も言わずに、さっさと歩き出してしまった。 「え、えええっ! ちょっとまって、しづ……っ」 ようやく事態を飲み込んで引きとめようとする私の前で、重い音をさせ無情にも屋上の扉が閉められた。 えっとこれは、志筑に置いていかれた? 今までそんなこと無かったのに。 「――何で? ……志筑の、あほんだら。」 自然と言葉が口をつく。 床に置きっぱなしになっていたお弁当箱を膝にのせる。 そしてフォークを手に取り。 ――志筑の、あほんだら。 私は再び、今度は心の中でぼそっと呟いた。 苛立っているのか、哀しいのか。どちらともつかない胸のうちはどうにもこうにも複雑で。 そして、その原因が志筑であることが――嫌だった。 確実に志筑の様子がおかしい。志筑が私を――避けている。 なんだか味のしなくなったお弁当の中身を食べながら、はっきりそのことを感じていた。 *** ――放課後。 ざわざわとやや騒がしい店内。 今、私が由紀と来ているのは、毎度おなじみの駅前にあるファーストフード店。 「凄く志筑がよそよそしい。」 窓際の4人席。真向かいに座っている由紀に、私は烏龍茶の入ったカップを握り締めながら訴えた。 アイスティーを飲んでいた由紀がストローを咥えたまま、はあ? と、言いながら片眉を上げて私を凝視したまま黙り込む。 んん? 何でそんな呆れたような顔をするかな。 「だからね、志筑が私を避けてる気が、」 「ああ、うん。わかってるわ。」 再び話し掛けたら、私が最後まで言い終わるより先に由紀が口を開き、ふうと溜息を。 ――え? わかってる?? それって志筑が私を避けてるってことが? 首を傾げる私を見て、由紀が苦笑いを浮かべている。 「わかってるって――もしかして志筑が私を避けてる理由とか、も?」 由紀の様子になんとなくそんな予感がして。 「そうねぇ……志筑君が七夜を避けている理由、というか、まあ志筑君も可哀想よねぇ。」 やっぱり由紀は志筑が私を避けている理由に心当たりがあるらしかった。 でもその言い方じゃ何が何だかさっぱりだよ、由紀。 「それって、どういうこと?」 実に真剣に聞き返したら、由紀が落ち着き払ってアイスティーを一口。 「由紀?」 「まあ志筑君の気持も察してあげなさいよ、ってこと。」 由紀の人差し指が私をびしっと指差す。 ――志筑の、気持? ……んんー、私の事情にばっちりつき合わされている現在の状況からすると。 「……やっぱり、怒ってる、のかなぁ?」 烏龍茶のカップを両手で包み込んで、自信無げに呟く。 その私に対して由紀がふかーい溜息をついた。 「七夜――もう少し男心を勉強した方がいいと思うわ。」 は? お、男心!? ……よ、齢16にしてなんでそんなものを!? 目を見開いて由紀を凝視する私に、呆れ顔の由紀からの助言はそれ以上無かった。 志筑に避けられている。志筑の気持。男心。でも志筑は怒ってるわけじゃなくて。 うう、もう。訳わからーんっ。 ずるずると烏龍茶を啜りながら横の窓ガラスに頭をつく。 もうなんだかぐるぐると巡るまとまらない考えに翻弄されて、私の頭はぐちゃぐちゃだった。 ――今週の日曜日には、ブロッサムなのに。 志筑とも由紀ともまた同じクラスになれて――でも楽しい学生生活はまだ遠いってこと? |
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