05. 騙された先には…?(1) |
「七夜っ! 七夜、起きなさい! なーなーやーっ!!」 私の名前を呼ぶ騒がしい声。 ついでに。ドンドンと、激しく扉を叩く音。 ……うー……? なにぃ……? うーるーさーいー。 起き……? んんー……? 起きるー? ドアを叩きながらの大声が何を言っているのかを私が理解するのに数十秒。 が。理解はしたもののまったく起きる気の無い私はもそもそと布団の中に丸くなって潜り込む。 反応が無ければそのうち諦めるだろうなという希望的観測に基づいた行動だった。 「ななやーっ! ななやーっ!!」 なのに。さっぱり収まる気配の無いドアの外の騒がしさ。 ……うる、さ……。 ……ううー……これって父さん……? 何で呼んでるの…? 今日、土曜日だよ、ね……? 今、何時……? もしかして私…そんなに遅くまで寝ちゃってた……? ごそごそごそ。仕方なく私は布団から腕を伸ばして枕元の目覚まし時計を探る。 何度かベッドサイドをべしべしと叩いて、ようやく時計が手に触れた感触。 布団の中にごそっと引っ張り込んで、しぱしぱする目を擦りながら時計の針を確認して。 ……ろくじ、にじゅっぷ、ん……? 半目になった私は薄笑いを浮かべ、時計を床へと放り出した。 本当に全然自慢にならないんだけど。寧ろ恥だったりするんだけど。 私の寝起きは、最低最悪。 自然に目が覚める場合を除いて、強制的に起こされたりなんかしたらもう、それはそれは酷い有様だったりする。 二度寝、三度寝は当たり前、みたいな。 目を開いてはいても、三分の二以上脳みそは寝ているまま、みたいな。 うーん。自分でもこの寝起きの悪さはどうかと思うんだけど。 一応、自分でしっかり起きなきゃ、と思っているときや、睡眠が足りて目が覚めた時なんかは割と大丈夫だからまあ良し、と思ってたりする部分もあるんだよなぁ。今のところ、とっても困っているというわけでもないし。 だから今も二度寝の誘惑に勝てず。 既に半分以上夢の中に足を突っ込みかけていて。 でも父さんは、それくらいじゃ諦めてはくれなかった。 「七夜っ、入るぞーっ!」 そう言うと、とうとう痺れを切らしたらしく、部屋の扉が開く音がしたと思ったら、次にはもう再び布団に沈み込んでいた私の腕を掴んで起き上がらせていた。 「……ほっといてー……。」 こっくりこっくりと舟を漕ぎながら、ぼそっと呟いた私の訴えは、しかしあっさり無視され。 「とりあえず起きなさい、ほら、七夜。」 無情なお達しが頭上から降ってくる。 「眠いー。」 「顔を洗って服を着るだけでいいから。そしたら車の中でゆっくり眠れるぞ?」 車の、中ぁ……? 何だろう、どっか出かけるの……? 疑問に思いながらも、父さんによりベッドから引き剥がされた私は、更に背中をぐいぐい押されながら、仕方無しにのろのろ足を動かした。 そして、ふと気づけば洗面所で。 「じゃあ、父さんは下に居るから。ちゃんと着替えて降りて来るんだよーっ!」 ここまで私を引っ張ってきた張本人は、忙しそうに告げると階段を降りていってしまった。 うう、眠い……。 ともするとうっかり眠り込みそうになりながらも、私はほぼ何も考えず、ぼんやりとしたまま顔を洗って、部屋へ戻り適当な服に着替える。 そして、怪しげな足取りで階段を降りた私は、出迎えた父さんの姿に目を眇めた。 あ、れ? 「父さん、スーツ……?」 そう、父さんは何故かきっちりスーツ姿で。 実にカジュアルな普段着の私とはまるでつり合わない。 「あ、ああ。そうそう! 折角七夜と久しぶりに出かけるから、父さん張り切っちゃったよ!」 ふうん? そんなもの? それにしても、父さん、何だか慌ててる? ……や、それよりもやっぱり出かけるんだ? 「さ、さあ、さあ! そんなことよりも早く車に乗って! じゃあ、母さん行ってくるよーっ!」 やっぱり慌てたような父さんが、私の背中をぐいぐい押しながら、キッチンの入口へ向けて声をかけた。どうやら中に母さんがいるらしい。 「はーい、いってらっしゃい。……七夜、頑張るのよーっ。」 キッチンから父さんに答える母さんの軽やかな声。 ……んん? でも、何故に私に頑張って……? 私、何か頑張んなきゃいけないこと、あったっけ? 「か、母さん……っ! なんでもないから、七夜! さ、いくぞ!」 玄関先でぼんやりしつつも考え込んでいた私の背中を、父さんが更に力を込めて押す。 ――ん? やっぱり父さん、慌ててる?何だか変なの。 でも。 車の中へ押し込まれて、静かにその車が動き出してしまうと、私のその疑問はすっかり夢の中に溶け込んでしまった。 *** ごうごうと耳に響く静かな振動。 まどろんでいた私が薄っすらと目を開けると、やけにまぶしい光が飛び込んできた。 ……うー……、まぶし……。あれ、ここって……車の、中? ゆっくりと流れる景色。それを見て、何となく自分の状況を理解する。 私が今座っているのは助手席で。運転席には父さん。 そういえば朝父さんに叩き起こされて車に乗せられたんだっけ。 ぼけっとしながら外の景色を眺める。でも、どうやら車は減速しているようで、余り窓の外に変化は無い。 しばらく眺めているうちに私の瞼がまた重くなってきた。 このまま、また寝ちゃおうかな、なんてことを思ってたんだけど。 ……あれ。でも待って。私今日……何かしようと思ってなかったけ……? えっと、なんだっけ。今日…今日は、土曜日。明日は日曜日。 日曜日はブロッサム。ブロッサムはダンス。だんす……ダンス……。 ダンスは相手が必要で。私は申し込まれちゃったりしていて。 ……えっと……誰に、だっけ……? ……。 「あ……、あああああーっ!」 お、思い出したーっ! 何で忘れてた私!! 「な、七夜!?」 突然の雄たけびに吃驚したらしい父さんが、ぎょっとした顔を私に向けてくる。 でも私はそれどころじゃなかった。 ああ、もう! 私こんなところで何やって! 今日は志筑に会いにいくはずだったんだってば! 「父さん! 今すぐ私を降ろして!」 運転中の父さんに掴みかからんばかりの勢いで私は叫んだ。 実際、ちょっと父さんの腕を掴んで引っ張ってたりしたんだけど。 「ちょ、ちょっと待ちなさい。もう目的地に着いたから!」 「え?」 慌てまくっている父さんの言葉通り、車がぴたりと止まって。 ぐりっと首をめぐらせて窓の外を見てみれば。そこには純和風の立派な――料亭らしき建物。何、ここ。ここが目的地? だけどなんだってこんなところに? 車のドアを開けてよくよく見ても、やっぱり立派な高級そうな風格を漂わせている歴史のありそうな佇まいだ。 既に車から降りて助手席側ドアの傍に廻ってきていた父さんが、私を車外に連れ出す。 「えっと、父さん? ここに何の用?」 「ああ、と。それはだな――……それは、えー……。」 ふらふらと目を泳がせた父さんは、さっぱり煮え切らない。 んん? この歯切れの悪さにはとっても既視感があるんだけど。 あー……なんだろう。とってもとっても嫌なことを思い出しそう、だったりするんだけど。 うん、確か……確か、そうそう。父さんが私のお見合い話、を……。 ――まさ、か? はっとして父さんを見れば、実にばつの悪そうな顔。 予想が的中していることを確信、した。 *** 「無理! 大体普段着でこんなところに入れるわけ無いよ! 多分きっと一見さんお断りとか、そういう感じだし!」 「七夜……お前の寝起きの悪さは少し直した方がいいかも知れないなぁ。ここに来る間に店に寄って服を買って着替えたんだよ?」 閑静な料亭の前。 そこには、つい数分前に騙されたことを察した私と、その私の腕を引っ張って料亭の中に連れて行こうとしている父さんの姿。 ああ、騙されたというか! 私の寝起きの悪さを上手い具合に利用されたというか! 必死に足を踏ん張り抵抗しながらも、私は自分の間抜けさ加減に眩暈を感じた。 それに、諭すような父さんの言葉に自分の姿を見てみれば。 私の全身はすっかり清楚で品の良い服に包まれていて。 い、何時の間に……! 嘘でしょ! 何で覚えてないのさ、私のお馬鹿ーっ! 愕然。呆然。 「とにかく、七夜がどうしても嫌だって言うならお断りしてもいいから。会うだけはあってみなさい。」 「……断ってもいいの?」 「……ま、それはおいおい話そう。とりあえず会ってからだ!」 ああああ、何だか段々深みに嵌ってる気が……気がぁ……っ! けれども私の心の叫びは父さんには届かず。 無情にもずるずると、なし崩し的引き込まれた料亭の中は、外観と同様に歴史を感じさせる内装を施された重厚な空間が広がっていて。 すすっと静かに現れた仲居さんもとても品の良い方だった。 丁寧な出迎えの挨拶の後、長い廊下へと案内される。 ああ、どうしよう…。このままじゃ本当にお見合いすることになるのは間違いない。 父さんは断っても良いって言ったけど、どこまでその言葉が信じられるかわからないし、ここはやっぱり会わずに逃げるのが最善のような気がする。 それに何だか会っちゃいけないような嫌ぁな予感がするというか……悪寒がするというか……。 えっと。逃げる時の定石。この場合は――……。 「父さん、私……お化粧室。」 だよね、やっぱり。 私はぴたりと足を止めて父さんに思いついた台詞を訴えた。 「ん、ああ、そうか。――すみません、娘についていっていただけますか?」 でも、そうそう上手くはいかないもので、私が逃げることを警戒している父さんが、案内してくれているお店の人に有無を言わさず頼んでしまって。 「はい、畏まりました。お部屋はここを真っ直ぐに行った突き当りになっております。さ、お嬢様、こちらにどうぞ。」 仲居さんに促され、私は素直についていくしかなかった。 ……ううー……、に、逃げられない……。 辿りついた化粧室。 特に用があるわけでもない私は、落ち着き無くどうしようかと歩き回る。 窓――は、とてもじゃないが人が出られるほどの大きさはないし。 はー……、どうしよう。いつまでもここに篭っているわけにもいかないよね……。 ああ、今日は志筑に会いに行かないといけないのに。 いっぱい話したいことも、聞きたいこともあったのに。 それもこれも全て私の寝起きが原因かと思うと! うるうるっと唸りながらぎりぎりと歯をすり合わせる。 結局解決策は何一つ浮かばない。 ……あぅ。こういうときぱっと何か妙案が浮かべば良いのに。 私の頭、がんばれー。 うんうん唸りながら自分の脳みそを励ましてみたところで一向に事態の改善はなし。 「はー……。」 仕方なく、私はそっと外の様子を覗ってみることにした。 のだが。 ここで思わぬチャンス到来。 ついてきていたはずの仲居さんが少し離れたところで私に背を向けて誰かと話しこんでいたのだ。 相手の人は柱の影になって見えなかったんだけど、これはチャンス! 抜き足差し足で私はそっと化粧室から忍び出る。 どうか気づかないでと祈るような気持だった。 静かに、静かに。もう少しで角を曲がれる。 そしたら一気に脱出するべし。 よし、後一歩。 角を曲がって、とん、と足が床につく。これでさっきの仲居さんに見咎められることはないはず。 ああ、良かったぁ。さ、出口、出……。 「――黒河さん。どこに行くつもり?」 「……っ!?」 ほっと安堵した所に、背後からかけられた聞き覚えのあるそれ。 振り向いた後、私はぎょっとして言葉を無くした。 な、ななん! なん、で! この人、が……ここにいる、の!? 私の前に立ち塞がっている人物が、にこりと笑う。 爽やかな、人のよさそうな笑顔。けれど今の私には不穏すぎる笑顔だ。 嫌な予感、的中。 「――奥丹……先輩……。」 逃げ出すことも出来ず、私は呆然とその人の名を呼んだ。 志筑……、なんだか私、滅茶苦茶ピンチっぽい、かも……。 |
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