08. 強いココロと甘いキス(3) |
辿りついた先は、客間。 二人掛けのソファが二脚、テーブルを挟んで部屋の中央に据えられているそこに通された。 座るよう促され窓を背にしたソファに腰をおろすと、反対側のソファに志筑母さんが座る。 優雅に組まれたすらりとした白い足がスリットの入ったスカートから際どく覗いて……思わず目が泳ぐ。 ――お、落ち着け私、一応私も女だから……っ! ……でも。志筑母さん、色っぽいなぁ。 私も後何年かしたら少しは色気とか出る……って、なんだかとっても無理っぽい気が。 ちょっぴり悲しくなりながら、志筑母さんってば年齢不詳、なんて暢気にぼんやり。 「ねえねえ、七夜ちゃん。」 いつの間にか志筑母さんがテーブルに肘をついて、ぐっと私の方に身を乗り出していたのにも気づかなかった。 んん……あれ? なんというか、ワクワクワクってすっごく楽しそうな感じ? 深刻な話とかじゃなさそうな雰囲気、かも? 「連って貴方の前ではいつもあんな感じ?」 「え、は? えっと、あんな感じ……と言いますと?」 どんな感じでしょう? あんな感じといわれても……私の知っている志筑はあんな感じ? 本気でわからなくて首を捻っていると、志筑母さんはにんまりって感じにまたまた実に楽しそうな笑みを浮かべ、へーそうなんだー、なんて何かを納得したように頷いたりしていて。 ……うん? 何がそうなんだろう……?? 「ふふ。そっか、そっか。ならいいの。それにしても今日は吃驚しちゃったわぁ。」 「吃驚、ですか?」 「そ、だって連に頼みごとされるなんて初めてなんだもの。偶然こっちで仕事があってね、戻ってきてたのよ。そしたらいきなり連絡よこしてきて、あの料亭に来てくれ、頼むって。ほら、あそこ一見さんはお断りだから。」 「それって……志筑……じゃ、なくて、えっと、連、君……が?」 流石に志筑と呼ぶのはまずいだろうと、普段呼びなれない志筑の名前を呼ぶ。 何を言われたのか、いまいち実感が湧かない。 「そうよぉ。それで何事かと思って急いで帰ってきたら、頭を下げるじゃない? もうどうしたのかと思っちゃったわ。」 にやりと笑う志筑母さんを思わずしげしげと見つめてしまった。 だって。つまり志筑が頭を下げた原因は私って事で。 「……あの……すみませ」 「ああ、違う、違う。責めてるわけじゃないの。どっちかというと、嬉しい、かしら。」 凄く申し訳なくて謝ろうとしたら、志筑母さんに両手を振りながら制止されてしまった。 ――ん? でも嬉しいって……どうして? 私の問いたそうな気配に気づいたのか、志筑母さんは振っていた手を降ろし膝の上で組むと、ソファに背を預け、少し言い難そうな、つらそうな笑顔を浮かべた。 「――随分と感情が見えるようになったなぁ、と思ってね……ふふ、母親失格なんだけど、実は私、小さなことからずーっと、ほっぽりっぱなしだったのよねぇ、連のこと。」 ほっぽりぱなし……。 ゆっくりと告げられたその内容に、何を言ったらいいのかわからない。 こういう時、自分の経験の無さが凄くもどかしい。 「ね、七夜ちゃん。S.P.G宝飾って知ってる?」 「え、はい。CMとかでやっているやつですよね?」 突然出てきた名称に戸惑いながらも、頷く。 その会社名は聞き覚えがある……と思う。確か良くCMで流れていた、はず。 割りと新しい会社だけれど、高級品から、私みたいな高校生が手に出来るようなリーズナブルな貴金属まで扱っている宝石屋さんを展開しているところ、だと思うんだけど。 曖昧な知識でちょっと不安だったけど、どうやら正解だったらしい。 軽く頷く志筑母さんにほっとした。 「正解。あれ私のダーリンが興した会社なの。」 「へえー、そうなんですか……て、ええええ!?」 何気なくさらりと告げられた事実に、驚く…なんてもんじゃない。 だって、志筑母さんのダーリンってことは、志筑のお父さん!? や、そりゃ志筑のご家族さんが何をしているかなんて聞いた事無かったけど! 吃驚仰天――つまり、あれか。志筑ってばお坊ちゃまなのか。 おぼっちゃま……おぼ……に、似合わな……っ! 「ふふ、七夜ちゃん、ホント顔にでるわねぇ。」 志筑母さんが軽やかに笑った。 あはは、と笑いながら誤魔化してはみたけれど、私の思っていた事はお見通し、みたいな。 や、でもほら。志筑の中身を知っている人で、志筑のことお坊ちゃまとか思う人って、きっといないし! その辺りは志筑母さんもわかっているらしく「そんな風にはぜーんぜん、見えないでしょ?」と軽く流してくれた。 「でね。連が生まれてその後ぐらいかしら……。急成長したのよね、会社。私も社員の一人だし、もちろんダーリンは創始者だしで、大忙し。」 再び喋り始めた志筑母さんは、そこで一旦言葉を途切れさせ、目を閉じ溜息を落とす。 「連は他人に預けっぱなし。会社が軌道に乗って落ち着いて……気づいた時には、すっかり今の――じゃ、ないわね……ちょっと前、かしら……な、状態になってたっていうわけ。」 「ちょっと前の状態……。」 それは、今の志筑とは違うらしい、私の知らない志筑。 「でもね、七夜ちゃんと付き合うようになってから変わったみたい。あ、もちろん良い方に、よ?」 だけど、志筑が変わったって言われても、実の所、私には全然ピンと――来ない。 だって、志筑は志筑で。 私の知っている志筑は、今の志筑だけだから。 「あら、その顔は半信半疑って感じね? ふふ、でも本当よ? だから、ね――あんな馬鹿息子だけれど、これからもよろしく――なんて、お願いしちゃってもいいかしら?」 うわ、見透かされてる。 でも。 よろしくっていう志筑母さんの言葉に篭っているのは確かに愛情で。 優しく微笑むその姿は、しっかりお母さんをしていると思う。 「はい……いえ、私のほうこそ……全然駄目で……頼って、ばかりで……でも、よろしく……お願いしたい、です。」 頷いて、そのまま俯いていたら涙が零れそうだった。 志筑に隣にいるの、私で良いのかな。 やっぱり自信が無くて、不安……なのかも。志筑が変わっていく中、私だけ取り残されているみたい。 じっと自分のスカートを見ながら、こみ上げてくる目の奥のつんとした痛みを感じる。 目頭が熱くなって――なんで泣きたくなるんだろう、私。 ぐっと堪えようとして、眼を瞑る。 すると、ほわっと良い香りがして、頭が抱きかかえられて。 頬が柔らかな何かを感じた。 吃驚して眼を開けると、それは、志筑母さんの胸で。 宥めるように、私の頭をぽんぽんと軽く叩く。 ――なんだか、やっぱりこの人は、志筑のお母さん、なんだ……。 今更だけど、しみじみそう思う。だって、私の宥め方が志筑と一緒。 志筑もこうやって抱きしめて撫でてくれるから。 温かさと安心感。零れ落ちた涙は頬を伝って喉に流れた。 「ね、七夜ちゃん。誰かに頼るのって、そんなに悪いことじゃないわ。」 身体を少し離して、私の頬に流れた涙を掌で拭ってくれた後、自分の唇に指をあてながら、志筑母さんが秘密を打ち明けるみたいにそっと囁く。 「そりゃね、頼ってばかりじゃもちろん駄目よ?だけど、どうしようも無いことってあるじゃない? そんなときに、頼れる人が傍で支えてくれる人がいるのって……とても幸せなことだわ。多分、ね。」 うっとりするくらい綺麗な笑顔。 これってきっと志筑母さんには、そういう人がいるって事で。 多分――それは志筑の父さん……なんだろうな、やっぱり。 凄く、幸せそう。 私もいつかこんな風に笑えるのかな。 感情のままにきゅっと抱きついてしまった私を、志筑母さんがやんわりと受け止めてくれる。 まだ涙は止まらなくて。 私――色々な人に支えられて、助けてもらってるんだなって思う。 今までもわかっているつもりだったけど、本当にはわかっていなかったのかも。 ――大切に育ててもらってたんだ、私。 なのに……幾ら腹が立ってたからって、父さんに酷いこと言っちゃった。 食い違っちゃったけど……私のことを心配してくれたことには変わりないのに。 ちゃんと、志筑との事だってわかってもらいたくて……けど、父さんと向き合う前に、逃げ出して。本当、何やってるんだろう、私。 「――あの、私……帰っ」 志筑母さんの胸から顔を上げて言いかけたところで、私の唇に志筑母さんの細くて長い指が添えられた。 「だーめ。気持はわからなくなけれどね。今日は七夜ちゃんのお父さんにも考える時間をあげた方がいいと、私は思うわよ? それに、良い女は、駆け引きも出来なくちゃ。」 肩を竦めて、悪戯めいた顔をした志筑母さんに諭される。 う……、それって確か志筑に会いに行こうとした時に、由紀にも言われたような。 うう、私……まだまだ良い女にはなれなさそうです……。 はあ、と溜息をついて肩を落とすと、ぽんぽんと肩を叩かれた。 「もっと気楽にいきましょ、ね? さ、そろそろ馬鹿息子の様子でものぞいてみましょうか? そろそろご飯できてるかしらねぇ?」 「はい、です。」 こくりと頷いて、慌てて目元を拭って涙を拭き、立ち上がる。 優しく笑う志筑母さんと目が合って、なんだか照れくさかった。 行きましょうかと促され、私は志筑母さんの後に続きながら、志筑がご飯を作れると知った時の衝撃を思い出す。 ……うーん。志筑の作るご飯って……どんなのだろ? 一抹の不安を感じつつ、近づくにつれて何だか良いにおいのするキッチンへ、私は恐る恐る足を踏み入れた。 *** 「おおおおお……っ!?」 なんて。 吃驚仰天、奇天烈な歓声を上げながら食卓の上を凝視しているのは、誰あろう、私。 だって、だって……っ! ご飯、普通においしそうだし! お茶碗に盛られた真っ白ふっくらな白米。具沢山なお味噌汁。 焼き魚にその他諸々のおかず群。 志筑って……お料理できたんだー、って。でもさ! 「そんなそぶり見せたことなかった!」 「――必要なかったろ?」 さらりと言われ言葉に詰まる。そりゃそうだけどさ! なんか……なんかちょっと悔しい、かも……。 「志筑ってば、なんかまだまだ隠し玉を持ってそう。」 むうっと膨れる私に、志筑がふって感じに笑う。 ――やっぱり持ってるっぽい。私、何だかいつまで経っても志筑に吃驚させられそうな気がする。 こうなったら私もいつか絶対志筑に吃驚し返してやる! 「――で? 七夜に何を言ったんだ?」 ちょっと方向性のずれてなくもない決意を固める私の前で、志筑がおかずをつまみ食いしている志筑母さんに眇めた目を向けていた。 「ふふん、馬鹿息子のことを、よろしくって言ったの。もー私ったら良いお母さんじゃない?」 べっと舌を出しそうな雰囲気で志筑母さんが答えると、志筑は本当かって言うように、傍にいる私を見下ろしてきた。 「ん、と……ね……。よろしく頼まれました……です。」 ……なんかこれって……は、恥ずかしいかもだ……っ! 言った後で、慌てて顔を逸らして両手で頬を覆ってみたら、案の定、凄く熱くなっていた。 「あ! そうそう、言うの忘れてたわ。七夜ちゃんのお父さんにちゃんとお約束してきたわよー。」 「約束?」 本当に何気なく忘れていたっていうようなその言葉に、私が聞き返し、志筑が片眉を上げて。 ――ちょっと……かなり、いやぁーな予感。 志筑母さんは満面の笑みを浮かべてぽんと手を打つ。 そして、嬉々として爆弾発言を、した。 「そうそう、ちゃーんと責任をもって、七夜ちゃんは我が家にお嫁に来ていただきますって。」 よよよよよよよよ! よめーっ!? あんぐりと口を開け、呆然。 その私に、追い討ちをかけるかのように、やだ七夜ちゃんそんなに喜んでくれてうれしいわ、って言われましても! し、志筑……! 何か異論は!? 異論は無いわけ!? がっと物凄い勢いで隣にいる志筑を見上げる。 と、そこには。 そ知らぬ顔で黙秘を続ける志筑の横顔。 否定も肯定もしないって……よ、読めなさ過ぎる! や、私は……良いけど。志筑は困ってるんじゃ……ない、の? ないの、か!? あああ、こういうときの無表情って、ちょっとうらやましいかも。 ……私……なんでもかんでも顔に出ちゃってるみたいだし……。 「さて、と。それじゃあ、ご飯にしましょうか。」 志筑母さんの声を合図にさっさと志筑は食卓についてしまい、私の無言の問いかけは宙に浮いてしまった。 しかも、志筑と志筑母さんの間で、どうやらその話題はもうそれで終りみたいだった。 心臓がばくばくばくしている。 ああ、もう! 動揺しているのは私ひとりってこと? いい。後で志筑に訊く、絶対訊き出してやるーっ! ご飯後にしっかり志筑を問い詰めようと決めて、私は席についてご飯を食べ始めた。 んん!? お、美味し……!? とても。とーっても美味な、ご飯。 でも味わいながら、ちょっと冷や汗が流れる。 ……わ、私! もしかして志筑に負けて――ない、よね? よね!? 自分に、自問自答。だって志筑のご飯、本気で美味しいんだってば! うう、今度母さんに新しいお料理、教わろっかな……。 こればっかりは絶対負けてなるものかと、こちらは志筑に気づかれないようにこっそり心に誓って――。 ……ほ、本気でがんばろ。 *** 私の危機感をしっかりばっちり煽ってくれた夕食を終えて暫くした頃。 「駄目よ。客室とかにしたら危ないじゃないの。七夜ちゃんが。」 「……俺は猛獣か。」 何故か私の寝る部屋について、志筑母さんと志筑の――私本人を見事なまでに除外視した――会話が進んでいた。 うーん。寝る所さえ貸してもらえれば、どこだろうとかまわないんだけど。 でも客室は駄目っていわれちゃうと、一体私はどこで寝れば?? 腕を組んで仁王立ちする志筑母さんと、あくまでも冷静に……っていうよりも無表情で対峙している志筑。口を挟む隙もない二人の間で、私は声のする方に顔を向けつつ、事の成り行きを見守る。 「あら、自分のことを良くわかってるじゃない。寧ろケダモノよ、ケダモノ。こーんな可愛い七夜ちゃんにあーんなことしてるんですもの。」 顎を逸らして、見上げながら見くだすという高等技を披露しながら志筑母さんが言い放つ。 ……あ、あーんなことって…それはやっぱりあれですか? 初対面の時のことを言われているのでしょうか!? うわあああん! 心の中で悶え転げる、私。 志筑も流石にこれには返す言葉がないらしく、溜息をついて黙り込む。 どうも決着がついたらしい志筑と志筑母さんの勝負。 ん? でも私はじゃあ結局どこで寝ればいいんだろう? なんて首を傾げていたら、さあ七夜ちゃん行きましょうかと志筑母さんに腕を引かれた。 え、え? 行くってどこへ? 「七夜……悪いが諦めてくれ。」 え、え? あ、諦めろって、志筑、何をーっ!? これって売られていく子牛みたいなんだけど!? ずるずると引きずられる私の目に映るのは、志筑の肩を竦める姿。 そして――志筑が何を諦めろって言ったのかを理解するのは。 志筑母さんの部屋と思しき場所に引っ張り込まれて直ぐだった。 「じゃあ、今日はここで一緒に寝ましょうね。さて、七夜ちゃん、早速だけど、寝間着これでいいかしら。」 「いいかしらと言われましても……ええと、私、Tシャツとかでも全然……。」 いいんですが、と言うより先に。私の前にどびらっと広げられたのは、ふりふりのネグリジェ。 差し出されたそれを見て、しばし呆然とする。 れーすがいっぱい……。こんなの着た事無いんですが。 おまけにちょっと生地が薄くないですか、これ? でも問答無用で腕の中に持たされる。 「後は――下着よね。あ、大丈夫よー、ちゃんと未使用のあるから、あげるわね?」 うううう。彼氏のお母さんに下着をもらうって。 でも何だかとっても楽しそうな志筑母さんの様子に口を挟む隙はやっぱり無かった。 ネグリジェの上に、ひらっと何かが翳される。 「これとかどう?」 どうっていわれても……パンツの横が……紐なんですが……。 しかも布地面積がえらく狭い気がするのは気のせいでしょうか……? あはははと乾いた笑いを浮かべたら、志筑母さんが「あら駄目かしらぁ?」なんていいながら次の品を物色し始める。 だけども。次に出されたのはもっと凄かった。 「……紐……?」 比喩でもなんでもなく、紐。それは本当に下着ですかと尋ねたいのは私だけじゃないはず。 「あらやだ。ちゃんと下着になってるのよ? でもこの手のタイプって履くとちょっと痛いのよねぇ。」 暢気に答えられて、頬が引き攣る。 駄目だ。何だかどんどん過激になっていく予感がする……っ! 「――す、すみませんが……ええと、最初ので……お願いしま、す?」 引き攣った笑顔で途切れ途切れに言う。 すると、チェストの中を探っていた志筑かーさんはあらそう? なんて残念そうにしながら、最初の下着を手渡してくれた。 でもその手には、さらに新たな候補に上がるはずだったらしいものも握られていて。 ……志筑母さん……それはもうパンツじゃなくハギレです……。 なんてことを私が思ったのは、そっと胸のうちにしまっておくことにした。 *** 「あら、七夜ちゃん、それよく似合ってるわぁ。」 「……ホントですか? 何だかふわふわしててどうにもこうにも。」 お風呂から上がって部屋に戻った私を出迎えてくれた志筑母さんが、可笑しそうにコロコロと笑いながら、そんなことないわよと、フォローしてくれる。 ――これ着るの滅茶苦茶抵抗あったんだけども。まあ、いいか。 ちょっと開き直ってる感はあるけど。着ちゃったものは着ちゃったんだし。 ひらひらとした寝間着に若干足をとられそうになりながら、既に寝る準備万端状態の志筑母さんがいるベッドの横にひかれたお布団に座り込む。 一緒にベッドで寝る?って訊かれたんだけれど、流石にご夫婦のダブルベッドに寝かせてもらうのは悪いだろうなと丁重に辞退させてもらった結果だ。 「じゃあ、明日の早朝には出ちゃうから、朝は会えないと思うけど――ね、今度一緒に遊びましょう。もちろん馬鹿息子は抜きで。」 「え、えっと……。」 さ、誘われてしまった。 戸惑いながら目をぱちぱちさせていると。 「楽しみだわー。一度してみたかったのよねぇ、女の子のお洋服選んだりなんてことを。」 楽しそうに言われる。 むう、そっか。そういえば私の母さんも、一緒に買い物に行くと割りと楽しそうに選んでくれるし。私も将来……お母さんになって娘が生まれたら、してみたいかも、だし。 「えっと、はい。私でよければ、お願いします。」 ぺこりと頭を下げ、ぱっと上げる。すると志筑母さんが何故か突然笑い出した。 「七夜ちゃんってばもう可愛いわぁー。」というなり、ベッドを降りた志筑母さんに、ぎゅーっと抱きしめられて頭を撫でられる。 うわ、く、苦しいです……っ! 眼を白黒させながら、でも私は結局、志筑母さんのなすがまま。 なんだかこのバイタリティに逆らえないっていうか。 一頻り構われて、どうやら気が済んだらしい志筑母さんが漸く解放してくれた頃には、ちょっとよれよれになってた、と思う。私。 「あー、明日の朝、早くなければもっと遊べるのに、残念だわぁ。じゃあ、おやすみなさいね?」 「はい、おやすみなさい。」 私を解放した後、ベッドに戻った志筑母さんの手により部屋の明かりが落とされて、静かな暗さが辺りに満ちる。 布団にくるまって、目を閉じて。 結局、ご飯の後は色々ばたばたとして、志筑と殆ど話が出来なかったなぁ、なんて思ってみたり。 ……あ、どうしよう。なんだか志筑に会いたくなってきたぞ? 無性に、思う。 そして。 暫くしてから聞こえてきたのは志筑母さんの静かな――寝息。 私は意を決して、そっと布団を抜け出した。 |
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