08. 強いココロと甘いキス(4)


トントン、と、志筑の部屋のドアをノックする。

待つこと、しばし。扉の向こうで人の気配。かちゃり、とドアノブが回って。

「七夜?」

志筑が顔をのぞかせた。

「入れてもらってもいい?」

いつもは何気なく入れてもらっている志筑の部屋。でも今日は同じ屋根の下に志筑のお母さんがいるわけで。
おまけにこんな遅くに訪れていることにもちょっと抵抗があったりして、色々と葛藤しながらおずおずと尋ねた。

と、そこで。志筑が何故かちょっと眼を瞠っているのに気づく。

「凄い格好だな……。」

私の姿を見て、しげしげと呟く志筑。

い、言われると思ったけど。
本人、かなり恥ずかしいんだから、そこは一応黙殺してってば!

うう、と唸りながら薄いレースの裾を握り締めて、上目で志筑を見る。
すると、志筑はちょっと笑いながら私を中に招き入れてくれた。

ベッドに腰掛けた志筑から、目線で座るように促される。
私がおとなしく志筑の隣に腰を下ろすと、なんだか妙に部屋の中は静かだった。

カチカチカチ。と、時計の針だけが音を刻む。

志筑が読んでいたらしい本がベッドの上に無造作に投げ出されていて、何となく表紙の文字を目で辿る。あんまり物が無い部屋の中は志筑らしいなっていつも思うんだけど、今日は妙に落ち着かない。

普段なら全然気にならない静けさ、何だけどな。

「えっと……もう、寝るところだった?」

膝の上で合わせた自分の手を眺めながら尋ねる。

「いや。――七夜の方こそもう寝たと思ってた。」

「うん。志筑母さんはもう寝てる。」

「そうか。――で? 何か言いたいことがあるんだろ?」

静かな声音。でもその内容にドキッとして勢い良く顔を上げる。
こっちを向いていた志筑としっかり視線が絡んで、さらに鼓動が激しく鳴る。

言いたい事、一杯ある。でも今日は目まぐるしく色々ありすぎて。
まず、今日最初にあった出来事の中で、志筑に言っておかなくちゃいけないことってなんだった?

「うん、ある。あのね、志筑。」

そっと息を吐いて。
一つ一つ自分の中で整理をしながら、言っておかなくちゃいけないことを見つけていく。

そして。漸く行き当たった一つ目。

「私、奥丹先輩にキス、された。」

何も言い繕ったりせず……言い繕う間もなく、事実だけを志筑に告げる。
しん、と重たい空気が流れた。

志筑の、反応が無い。
きゅっと胸が締め付けられて、苦しくなる。

膝に置いていた手を胸元に引き寄せて、レースのたっぷりついた布をきつく握り締め、恐る恐る志筑を覗き見た。

すると。目の前に、志筑の顔が。
あれよあれよという間それはぼやけて、唇に暖かな感触が降って来る。

「……ん、んん……っ!?」

口の中に滑り込んでくる、舌。

舐められるし、絡められるし……良い様に翻弄されて。
志筑が離してくれた時には、すっかり身体の力が抜けていた。

私の濡れた唇を舐めながら、志筑が「――消毒。」と、言い放つ。

志筑に支えてもらってなかったら倒れこんじゃいそうなくらい、身体が熱い。
だって、私に触れた甘くて熱い唇が確かに志筑のものであることが……凄く、嬉しくて。

「――志筑のキス……好き……かも。」

小さく呟いてみたら、志筑にえらく吃驚した顔をされた。
え、え? そ、そんなに吃驚?

なんて、寧ろ私の方が吃驚する。

でも、志筑は直ぐに小さく笑みを浮かべると、「好きなのはキスだけか?」と囁いてきた。
ん、あれ? 今度は何だか嬉しそう?

「え、や……そういう意味じゃ……んん。」

言いかけたところを、もう一度、今度は軽く口付けられる。
頬をさすられて、身体の芯がぞくぞくする。

ああ、でも駄目だってば、私。流されてる場合じゃなくて。
まだ、言わなきゃいけないことはあるん、だし。
ぐっと志筑の胸に手をついて、距離をとる。
一つ深呼吸して、胸の鼓動と身体の熱さをどうにか宥めた。

「志筑……あの、それでね、どうしても謝りたいことがあるんだけど……いいかな。」

「――もういいって言ったろ。」

志筑が呆れたように呟く。

うん、言われたけど。

「うん……そうなんだけど……あのさ……これはどうしても謝っときたいなー、と思って。奥丹先輩に……キス、されてね……?」

「――望んだわけじゃないだろう。」

「あ、当たり前だよ! ……でもごめん……そのことじゃなくて。あの……それとは別に謝っとかないといけないことがあったりするんだけど……。」

ちょっと言葉を濁してみたら、志筑が片眉を上げて。
次の言葉を促されている、と思うんだけど……ああ、言いにくい。

でも黙っているのも志筑に悪い、と思う……多分。

この場合は言わない方が親切なような気もしなくも無いけど。
だけど後でまた奥丹先輩に暴露されるのだけは、絶対に嫌だし。

「えっとー。奥丹先輩にちゅーされた直ぐ後にね……志筑が、来てね?――あー……、その、殆ど間をおかずに私……志筑にキ……んん!?」

最後の方は言葉に出せかなった。
志筑が私の口を片手で覆って、言わせないようにしたから。

でもどうやら内容を察してしまったらしい志筑の眉根には皺が寄っている。
うわー、眉間に皺……なんて暢気に思う私の前で、志筑は心底げんなりしたような、嫌そーな顔をしていた。

「それ以上言わなくていい。」

そ、そんな思いっきり嫌そう言わなくたっていいじゃないさー。
うう、そりゃ悪かったと思ってるけど。あの時はそこまで考えられなかったし。

……でも、悪いとは思ってるんだよ?
何せ、奥丹先輩と間接ちゅー……。

うん、悪いと思ってるんだけど。

「笑うな、七夜。」

「……ご……ごめ……だってぇ……あははは!」

憮然とした志筑にほっぺたを軽く摘まれる。
い、いたたた……っ、だけど……駄目だー、可笑しくって……っ!

どうにも笑いの納まらない私をみて諦めたのか、志筑は溜息をついて「好きにしろ」とそっぽを向いてしまった。

あ、志筑ってば拗ねた?

ちょっと笑いすぎたかな、と反省しつつ、どうにか笑いをおさめて、志筑の顔を下から覗き込み「ごめんね?」と手を合わせる。

志筑がもう一度溜息。もういいからと私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

あー、でも。これですっきりした。

ほっと安堵の溜息を漏らして、でもそこで、はたともう一つ忘れていたことに気づく。

しまった、すっきり……じゃ、ない。もう一つ忘れてた。

「……志筑、あともうひとつ、あるんだけど。言いたいこと。」

「……今なら何を聞いても驚かないから、さくさく全部吐いとけ。」

志筑がちらりと私をみて、ぼそっと言う。
どうも奥丹先輩との間接ちゅー発覚は、破壊力満点だったらしい。

私はといえば、もう苦笑いするしかない。
ああ、しかも。更にもう一個ごめんなことを言わないといけないんだけどな。
これも多分、志筑が嫌がりそうなこと……だと思うんだけど。

「志筑、あの……私、奥丹先輩にダンス、誘われた。」

「――ああ、金曜日、だろ?」

少しだけ間をおいた後に、まるで予想していたみたいな志筑の言いっぷりだった。
あ、でも実際、わかってたのかな。
奥丹先輩に誘われた時、助けに来てくれた由紀を寄越してくれたのは、志筑だったし。

こくりと私が頷くと、志筑が首に手を当て天井を仰ぎみる。
そして、息を吐いて、一言。

「……仕方ないだろ。」

――おお?
もっと何か言われるかなと思ったのに、案外あっさり。

だけど――それはそれで少し寂しい…なんて思っちゃうのはやっぱり我儘なのかも。

うん、でも確かに今更だもんね。過ぎちゃったことはどうしようもない。
大事なのは、これからどうするか。

明日、私が絶対奥丹先輩の前で隙を見せなきゃいいことだし。

決意も新たに、ぐっと心の中で拳を握る。

そして。そんな私の決意を知ってから知らずか、何故か志筑はじっと私のことを見つめていた。
目が合って、へろっと笑ってみたら、志筑も僅かに唇の端を持ち上げる。

ん、んん? あれ? 何だか、志筑ってば、雰囲気がちょっと甘い?
なんていうんだろう。そう、例えるなら、ベッドの上に雪崩れ込む前、みたいな。

い、いやいや、まさか……っ。
まさか、なんだけど。

「えーと! ……あ、あのさ! ……そ、そうそう、そのさっきの料亭で思ったんだけど。志筑なら問答無用で乗り込んできそうだったのになー、なんてね。」

とりあえず思いついた話題を私は志筑にふってみる。
このまま黙り込んでいるのはまずいって、私のなけなしの本能が告げている気がしたから。

志筑が黙り込む。
あれ? 私、おかしなこと聞いたかな?

「志筑? おーい、志筑ってば。」

「――あの場にいきなり乗り込んでいったら、七夜の父親にまた心証悪くなるだろ。」

下から覗き込んだ私を見ずに、そっぽを向いたまま志筑がぼそっと言った。

「え?」

「認めてもらいたいんだろ?」

相変わらず顔は横を向いたまま。
志筑が、言い難そうに。

あれ? あれれ? ……ひょっとして志筑が志筑母さんに頼み込んであの場に来てもらったのってその為?
確かに志筑が一人で無理やり乗り込んできてたら、また父さん、意固地になっちゃってたかも。

て。それって。つまり……私の、為?
私が父さんと志筑の間で板ばさみだったから?

――やられた。不意打ち、だ。

「……もー……っ、もー、志筑の阿呆ぉ。」

「……あのな。七夜、それはあんまり……」

振り向いた志筑の言葉が途切れた。
しばらく黙り込んだ後、困ったようにくしゃっと髪をかきあげ、志筑が私の頬に触れる。

「なんで泣くんだ。」

「だってぇ……うー……。」

ぼろぼろ泣く私を志筑は引き寄せ、自分のシャツの袖で私の顔を拭ってくれた。

「泣くな。」

「……だって……。」

「泣かれると、どうしていいのかわからなくなる。」

なんて。志筑が本当に困ったように言うから。

「――うー……。」

ぐっと涙を飲み込んで、息を止めてみた。
だけど、何度かしゃくりあげ、涙を止めてはみたものの、やっぱり胸の熱さはそのままで。

それに、結局――。

「……私、台無しにしちゃった……。父さんと大喧嘩しちゃったもんね……。」

「――まあ、なる様になる。」

「なるかなぁ……。」

不安に思いながら呟いた私の頭を、志筑が安心させるみたいに再びくしゃくしゃ。

「志筑、髪、ぐしゃぐしゃになるよ。」

ちょっとだけ笑いながら志筑の手に触れ、動きを止めた後、ばっちり視線が絡む。
今度はもう、誤魔化せなかった。頭の片隅で駄目だって思うのに、止まらない。

志筑の顔が近づいてきて、唇が触れる。
軽く触れて、離れて。啄ばむみたいな口付けの後、唇を開かれ、深く探られる。

舌が絡んで。息、苦し……。凄く濃密って言うか……濃厚って、いうか。

頑張って応えようって思うんだけど、頭の芯が溶ける。
くらくらして、じんと痺れるみたい、で。

志筑の唇が離れた頃には、すっかり私の息は上がっていた。
広い胸に頭を凭せ掛けて、目を瞑る。

「――間に合って良かった。」

耳に響く、本当に安心したような声。
それが何を指しているかなんて考えるまでも無い。……あれ、でも間に合ってって……、やっぱり志筑ってば奥丹先輩の言ったことは全然信用してなかったってことか。
まあ、そうだよね。今までされたことを考えると、簡単に奥丹先輩のことを信じられるわけないし。

でも、もしかしたらってこともあったかもしれない。

「……あのさ、志筑。私が奥丹先輩とそういうことになったんだって……あの時考えなかった?」

「七夜は否定したろ。」

即答され、私の方が言葉に詰まる。

志筑は――私を信じてくれているんだ。
気持が、心が、とてもあったかい。

「志筑、ありがと、ね。」

信じてくれて。助けに来てくれて。その、両方の意味を込めて。

「――まあ、七夜は逃げる気満々だったみたいだけどな。」

頭上でぼそっと志筑に呟かれる。

多分、志筑に抱きしめられた時、暴れたことを言われてるのかも。
だって。はじめ志筑だってわかんなかったし。状況が状況だったしさ。

「あの時、俺のところに帰るって言ったろ?」

「ん? ……言った?」

「言った。」

言った……かなぁ。もうあの時は無我夢中で何がなにやらな状態だったし。
でも、言ったような……言わないような??

あ、でもちょっと冷静に考えるとその台詞恥ずかしいなー。うあー、もー。

「ちゃんと、帰ってきたな。」

ん? え……えと。

「――……ん、帰って、来れた。よかった。……志筑、好き……だからね?」

「七夜。」

「ん……。」

腰に回されていた志筑の手が、するすると上ってくる。
それが、胸に触れて。

あ、やだ……ブラつけてない、から。
しかも今私が着ているこれ、布が薄いし。凄く志筑の手の感触が近い、というか。

「七夜……。」

う、わ……っ、んん……!

志筑が私の耳元で囁いたと思ったら、耳たぶを優しく噛まれた。
そのまま首筋に志筑の唇が滑り降りて。

……て、わー! 志筑、待ったーっ!

こ、これは、流石にちょっと! だって一階には志筑母さんがいるわけで。
確かにキスはばっちり……受け入れちゃったけど。

それ以上はやっぱり駄目、というか。無理、というか。

「ちょ……っ、志筑……! 志筑、待ってってばーっ!」

ああ、もう、志筑ってば無言だし、……押しても引いてもびくともしないし!

捲り上げられた寝間着の裾から、足を伝って志筑の手が入り込んでくる。

や、止める気が全然みられないー! うわーん!

けれど志筑の手は、私の腰の辺りまで上ってきた所で、ふと何かに気づいたように止まった。

私の胸元に顔を埋めていた志筑が、顔を上げる。
片眉を上げて、不思議そうに私を見る。

……んん? 何? ……ん? ……は!

気づいたのは、さっき志筑母さんが私に渡してくれた下着のデザイン。
そ、そうだった、うわぁ、恥ずかしい!

「や、違……っ! 違うからね! 私の好みじゃなくて……! 志筑の母さんが!」

「……ああ。なるほど。」

慌てて手をばたつかせながら一生懸命説明を試みた私を見て、納得したっていう風に志筑が肩を竦めた……と、思ったら。
腰で結んであった紐がするっと解かれて。

「脱がしやすくていいけどな。」

そうでなく! だから待ってってばーっ!

「ん、や……っ、志筑、駄目ってば! や……ん、んん……!?」

制止すべく開いていた唇に、志筑のそれが押し付けられて問答無用で言葉を封じられる。


「しづ……き、やぁ……ちょっとま……っ。」

な、流されちゃいそうなんですが!
いやいや、待て私!気をしっかり持て!

「んん……。」

だから、そんな甘ったるい声を出している場合じゃ!
志筑、本気っぽいし!っていうか、絶対本気だ!

――だけど。だけど、それ以上に、とっても困ったことが……っ。

……私が、なんだかやけに気持ち良かったりする、し……。
志筑に……その、触られるのが。

……なんだか私も重症っぽいかも……。

「――嫌がらないのか……? 途中で止めないぞ?」

マイワールドに嵌りこんでいて、ついうっかり抵抗を止めていた私に対して志筑が何だかおもしろそうに尋ねてくる。

は! しまったーっ!

と、思いながらも。実はあんまり危機感は無くて。

「……嘘吐き。」

熱くなっている自分の頬に両手を当てて、ぼそっと呟いてみた。

「嘘?」

「そう。だって私が本気で嫌がったら止めてくれるよ、志筑。」

「――いつもそうとは限らないだろ?」

「限る。」

きっぱりと言い切ったら、志筑にじっと見つめられた。

「――本当に馬鹿だな、七夜は。」

あんまり見られるとちょっと居心地悪いぞ、なんて思い始めたところで、苦笑いの志筑にしみじみ言われる。

ば、馬鹿!? 言うに事欠いてそれか!
だって本当にそう思ってるんだから仕方ないし!

さすがに些かむっとして、寝巻きの下に入り込んでいた志筑の手を掴んで引っ張り出した。

「ふん、だ。どうせ馬鹿ですよーだ。もー戻る、おやすみ。」

考えてみれば明日はとうとうブロッサム。
ダンス用の服、由紀が用意するって言ってくれたんだけど、どんなデザインか全然わからないし。志筑と……その、しちゃって……キスマーク、とか…つけられちゃったらとっても困った事態になりそう、だし。

うん、そうそう。やっぱりここは志筑母さんのお部屋に戻ろう。

なんてことを考えつつ、ベッドから降りようと片足を床についたところで後ろに引き戻された。そのまま、柔らかな布団の上にばふっと押さえ込まれる。

「……っ!? し、志筑?!」

ああああ、もう、止める気、無し!?
力いっぱい抗議の意味をこめて、私を押さえ込んでいる志筑の胸をべしばし叩く。

でも全然まったく意に介していないらしい志筑がさらにさらに圧し掛かってきて、私の耳元で普段より5割増くらいの艶っぽさで囁いた。

「いつもそうとは限らないっていったろ? ……この抵抗は本気か?」

――ぞ、増量し過ぎだってばーっ! 何で今日はそんなに出血大サービスなの!!

「ほ、本気!」

「嘘だな。」

理性を総動員させながら、くらくらする頭を一生懸命叱咤して搾り出した言葉を即座に否定される。
嘘じゃない――て言おうとして、でも言えなかった。

唇をふさがれて、舌を絡めとられる。

「……んぅ……しづ……やっ、てば……下、志筑母さんが……気づかれちゃう、よ。」

あがった息で、唇が離れた隙にかすれ気味に呟く。
志筑がにやりと笑って「――寝てるんだろ?」と言った後、再び口を塞がれた。

そう、だけど。確かに部屋を出るときには志筑母さん、眠ってたけど。

……て、でもやっぱり駄目ってば!
えっと、志筑の気を逸らす方法……、方法は……っ!

必死に頭を回転されて、志筑の胸を押し返す。

「あの! ちょっと、志筑! たんま! ストップ! 志筑母さんが言ったことだけど!」

訊こうと思って忘れてた事を、咄嗟に思い出した。多分、冗談なんだろうなって思うし。

「――何か言ってたか?」

そこ、すっとぼけない。

「ほら、よ、嫁、とか……っ! 私、本気にしてないから……だから、その……。」

「ああ。あれは本気にするところだろ。」

ん、ん……? 本気にするところって……。

「だ…っ! な、何言って……、だって、あのその……っ!」

本気にって、それはつまり私のことをお嫁さんにしても良いって事、だよ?

「七夜?」

「……って……、だって。私はいいよ? でも志筑は……こういうことになった責任とかなら、感じなくていいから。私も望んで、志筑とその……えっち……したんだ、し。」

上に圧し掛かっている志筑のシャツをぎゅっと握り締めて、俯く。
責任感で、こんな大事なこと決めちゃ駄目だと思うから。

「――わかってる。」

「わかってるのに?」

「七夜を手元に繋ぎ止めておける何かが欲しい……呆れるだろ?」

ほんの少し自嘲気味っぽく、志筑が笑む。

そんなの。呆れるとか、そんなことじゃなくて。
私の方が、志筑が離れていかないかなって不安だと思ってるくらいで。

――もしかして、志筑も、同じ?

「……いいの? 志筑は、それで。」

答える代わりに、志筑は艶やかに笑うと、再び私に深く口付けてきた。

何度も、何度も。
気持を伝えてくれるみたいに。

「……づき、しづ……き。」

鼻に掛かった甘ったるい自分の声。志筑の手が滑るたび、触れられた箇所は更に熱を持つ。

うわ……、駄目、もう流される……かも。
だってもう全部……甘い。頭の芯が、溶けそう。

目を閉じ、志筑の動きを受け入れる。

けれど、そこで突然、志筑の重みが消えた。

ん? あれ?

どうしたのかなと目を開くと、志筑は扉の方へと視線を向けていた。

「志筑?」

「ここまでみたいだな。」

え? と、思った所で、どんどんどん……と、扉が激しく叩かれる。

え、え!? な、何!?

「はい、そこまでー。れーん、いい? 母さんがちゃんと七夜ちゃんを与ったんですからね? 妙なことしたら明日の朝日は拝めないと思って頂戴?」

し――志筑、母さん…っ!?

――ってことは、全部見抜かれてたってこと?

私が部屋を抜け出して志筑の所にきてたのも。
志筑と……そうなっちゃいそうだったってことも。

……か、顔から火が出そうなんですが……っ! うわー、もう……もーっ!



***




「えと……その……じゃあ、戻る、ね?」

ベッドから降りた私が、座ったままの志筑を見下ろす。

乱れた髪をかきあげなら、志筑が軽く頷く。
でも志筑と私の手はまだつながれたまま。

「あ、そうだ。明日の朝、家に帰って父さんと話してくるね。」

「俺も……。」

「あ、ううん、平気。私、頑張るし。だから結果報告、期待してて。」

大丈夫。きっと父さんにもわかってもらえる……はず。
わかってもらえなかったら、わかってもらえるまで私の気持を伝えるから。

だって、志筑が私にくれるのは……とても強くなれる気持。
うん。だから、頼るだけじゃない。私、志筑に頼られるような、カッコイイ女になりたい。

今すぐって言うわけにはいかなけれど、まずは少しずつ自分のできることを精一杯に。

じっと志筑を見つめる。
少し間を置いて、志筑は、わかったと頷いてくれた。

よし、それじゃあ本当に戻ろうと、志筑に預けていた右手を引く。
でも繋がれていた手が離れる瞬間、何故か強く引き戻された。

「え、うわ……っ、しづ……!?」

志筑の方に倒れこみ、強引に口付けられる。軽く唇を舐められて、びくんと身体が震えた。
思わず開いてしまった口に、志筑の舌が入り込んでくる。
やっぱり濃厚で、濃密なキス。

唇に感じる甘さにくらくらしながら、志筑のシャツを握り締める。
たくさんの、キス。まるで、今まで触れられなかった分を取り戻すみたいに。

「――も……、志筑の阿呆。おや、すみ。」

「おやすみ。また明日な。」

志筑が離してくれても、名残惜しくて、志筑の温かさを離しがたくて。

それでも私はゆっくりと志筑から離れると、入ってきた時と同じように若干の葛藤を感じながら、志筑の部屋を後にした。



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