06. 七夜、志筑の機嫌を損ねる |
とうとう、きちゃったよ。土曜日・・・・。 現在、12:45分。 私は志筑に指定された通り、駅前の路地に突っ立ていた。 はあぁぁ。 道行く人たちを眺めながら、自然と溜息が漏れる。 由紀。心配してたなぁ。 志筑との買出しに行くと言ったときの由紀の言葉が脳裏に浮かぶ。 ――――私も一緒にいったげようか? うー、どうして私、断っちゃったんだろ。 そう。由紀のその申し出を、私は断ってしまったのだ。 志筑は、由紀も一緒のほうが良かった、よね。 でも。でも。すごく・・・・ざわざわ、した。 由紀と一緒に。由紀に、笑いかける志筑を・・・考えると。 うわ。もう。私どうしたのかなぁ。いままでこんなこと、なかったのに。 「・・・かわ」 あぁぁぁ、すっごく自分が、嫌な奴だぁ! 「黒河。」 はへ? 低めの声に呼ばれ、はっとする。 ぐるんぐるん回りだした考えに没頭し、周りがすっかり見えていなかったらしい。 「・・・・あ゛。志筑。」 気づいたときには、すぐ目の前に私服の志筑が、いた。 おお。私服姿、初めてみる。 それしにても。大人っぽいなぁ。 黒シャツにブルージーンズのラフな格好だけど。 すごぉく、着こなしてる。 道行くOL風のおねーさんたちが、ちらちらと志筑に視線を向け。 ついで私をちらっと見ると、残念そうに歩き去っていった。 志筑一人でいたら、絶対声、かけられてるんだろな。 あ。また。・・・ざわざわ。 「黒河?」 は。いかん、いかん。またマイワールドにはまり込むところだった。 「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた。ええっと、まず何から買いに行く?」 「あー、と。」 志筑がズボンのポケットから小さな紙を引き出す。 「黒い布、画用紙、ポスターカラー。・・・・おばけかぼちゃ。」 「ああ。ジャック・オ・ランタンの材料。そいえば、女子の有志が作るっていってたなぁ。」 「・・・・ちゃんと作れんのか?」 疑わしそうに聞いてくる、志筑。 「うーん。どうだろね。でも結構器用な子多いんだよ、うちのクラス。」 「へー。じゃ、とりあえず布から行くか。」 「ん。じゃ、手芸屋さんね。」 志筑がツカツカと歩き出す。その後を追いかける私。 うーん。やっぱ歩く速度、速いわ。 あ、わっと。 路地からいきなり男の人が出てくる。 ぶつかりそうになり、避けようと体をひいた途端。よろけた。 「うわ。ゴメン。大丈夫?」 飛び出てきた人が、よろけた私の腕を掴んでくれたお陰で、こけそうになる体勢をなんとか立て直す。 「いえいえ。全然だいじょぶですから。」 「そっか。ほんとゴメンな。」 おお。ほんとに申し訳なさそうに謝ってくる人だなぁ。 高校生ぐらい、かな。 やや茶色がかった髪は短く切りそろえられ、笑ったらかなり爽やかそうな雰囲気がある。 うーん。志筑とはまったく違うタイプだなぁ。人当たり良さそ。 犬系な人だな、うん。レトリーバーって感じ。 「黒河。」 志筑の訝しげな、声。 私の先を歩いていたはずの志筑が、こちらに戻ってきていた。 眇めた眼でじっと、私と私の腕を掴んでいる彼を見据えてる。 ・・・・は、迫力が・・・怖いんですが・・・。 「離せ。」 志筑が低く言うなり、掴まれたままだった私の腕が、志筑の手の中に移っていた。 ありゃりゃ?・・・うわ。し、志筑。・・・ちょっ・・・! 腕を引かれたついでに、私の身体ごと志筑の両腕の中にすっぽりと、納まっていた。 目の前には、志筑のシャツ。私の身長だと、丁度志筑の胸辺りに顔がくる。 に、にゃあぁぁ。は、離してぇ。む、胸のざわざわが、ざわざわがぁぁ。 てゆうか、心臓がばくばくするんだけど。 頭に血がのぼり始めた私をよそに。 二人の男の会話が頭の上を行き来していた。 「あはは。ごめん、ごめん。僕が急に飛び出ちゃって。」 人当たりよく、レトリーバーさん(←勝手に命名)がにこにこ笑いながら志筑に話しかけている。 「・・・・。」 あ。無言。 この体勢じゃ志筑の表情見えないけど、なんっか、むちゃくちゃ不機嫌オーラを感じるのは気のせいか? ま、間が重い・・・・。 「あ、あの。志筑?」 ばっくん、ばっくんする心臓をなだめつつ。 黙り込んだ志筑に声を掛ける。 しばしの間の後。志筑の腕が緩み、私の体が解放される。 「・・・いくぞ。黒河。」 は、助かった。 もう、心臓限界だったよ。はー、脈拍おかしい気がする。 「う、ん。・・・・あ、と、それじゃ。」 後ろを向いて、軽く会釈する私の腕を志筑が掴んで、ずんずんと歩き出す。 あ、ちょっと。もう。志筑、態度悪すぎよぅ。 だが、志筑の結構失礼な態度にも気を悪くした様子はなく、レトリーバーさんがにこりと笑って手をふってくれた。 「じゃ。またね。」 ん?またね?・・・はて。 偶然道で行き会った人に再び会えるとは思えない、けど? あ。わわ。志筑、ちょっと早く歩きすぎ。 あっというまにレトリーバーさんの姿が人ごみに消えていく。 掴まれてる腕が、じんとする。 「志筑!しーづーき。もう少しゆっくり歩いて!」 たまらず私が声を上げる。 はっとしたように、志筑がやっと足を止めた。 そして、私の腕を掴んだまま軽く下を向き、ふぅっと息をつく。 「・・・・黒河。お前な。」 うわ、声が不機嫌・・・。 「な、なに?」 「隙、ありすぎ。」 へぁ?隙ぃ?・・・私、に? 「どこが?」 いや。真剣にわかんないんですが。 まー、人を避け損なってこけそうにはなったけど。それは、隙、かぁ? 「どこもかしこも、全部。」 きっぱり、はっきり、志筑が言い切る。 ええ!?じ、自分じゃ結構しっかりしてるつもりなのに。 「自分じゃ、結構しっかりしているつもりだろ。」 あ、あら。なんか思ってること見透かされた? 返す言葉に詰まり、押し黙った私に志筑が呆れたような顔を向けてくる。 やや乱れた髪をうっとうしそうにかきあげながら、すっと私の腕を放した。 「いいかげん、気づけよ。」 「なにを?」 「・・・隙だらけだって、こと。」 わ。ちょっ、なにすっ! 志筑の長い指が私の鼻を摘む。 「ひづき!?」 抗議の声をあげる私を無視し、志筑がにっと笑う。 「ほらな。隙だらけ。」 な、なにするか! ここ、往来なのよ?人通りがあるのよ? おまけに、志筑に触れられてる所は、なんだか熱いし。 ああ、志筑が何考えてるのかさっぱりわからん。 堪り兼ねた私が、ぺしっと、志筑の手を振り払った。 「うー、もう!ふざけてないで、さくさく買出し行こ!」 きっと志筑を睨んだ後、憮然としながら歩き出す。 これ以上志筑に触れられたり、見られたりしたら本当におかしくなりそうだった。 ざわざわ、どくどく。 なんとか平静を取り戻そうと、軽く深呼吸。 その途端。右手に少し冷たくて骨ばった感触。 「!?」 なっ・・・なに? あまりに突然の事態に、一瞬思考がホワイトアウト、する。 「し、しづ、き?」 「なに?」 私の横に並んだ志筑がしれっと返してくる。 いや、なに、じゃなく。 手、手ぇっ! 私が視線を向けた先には、私の右手をしっかりと握っている志筑の左手。 志筑もちらっと、そこに眼を向ける。 「ああ。迷子防止。」 ま!・・・あんた、私を幾つだと・・・。 「ほら、いくぞ?」 い、いくぞって・・・このままぁ!? が。私の心の叫びも虚しく。 志筑が有無を言わさず手をひく。 そして。 私は反論の言葉もなく。 志筑と手をつないで土曜の市街地を闊歩することと、なっていた。 「あ。志筑、ほらほら、あそこ!」 前方に右手に見える小さなフラワーショップ。 私が買い物袋を提げた左手でそっちをさしながら、志筑とつないでいる手をぐいぐい引っ張る。 「お。かぼちゃ。」 「うん。あれ、そうだよね。やった、これで最後♪」 現在、15:30。 意外と時間かかったなぁ。 でも。あとおばけかぼちゃを買えば、私たちのノルマは終了だ。 早速、志筑をひっぱり。早足にフラワーショップに向う。 「・・・うわ。これ、かなりおもそうだねぇ・・・」 遠目で見たときはそうでもなかったのに。 でんと店先におかれたそのかぼちゃは、すいかくらいの大きさ。 「どうする?もう少し小さいの探そうか?」 「いや。これでいいだろ。これくらいなら持って歩ける。」 「んー、じゃ、決定。」 そして、数分後。 店員のお姉さんが袋に入れてくれたかぼちゃを志筑がさげ、お店を後に、した。 よし。これで全部。買い物終わりだー。 思わず安堵感で、笑みが漏れる。 だって。もう。むちゃくちゃ緊張してるんだもんさ。 品物選んで、会計してるとき以外。志筑が手、離してくれないし。 でも。あとはもう帰るだけ。 これでもうこの緊張感ともお別れよ! 「黒河。・・・まさかこのまま帰るつもりじゃないだろうな。」 私の様子を見た志筑が疑わしげに聞いてくる。 え。そりゃ、もちろん帰るつもりよ?もう帰る気満々だし。 「おまえな。一旦学校に寄って荷物、置いてくからって、さっき話したろうが。」 「え。・・・・・そうだったっけ?」 「オレに月曜の朝、この荷物もって学校行けって言うのか?」 ・・・・かぼちゃをもって登校してくる志筑・・・・・。 あー、たしかにそれはちょっと、微妙だよねぇ・・・・。 ま、私は学校に行ってもそんなに回り道じゃないし。 さくさく行って、早く荷物置いてこよう。うん。 こうして。私と志筑は、休日の学校へと足を向けた。 「皆、結構おそくまで部活やってるんだねぇ。」 校門を潜ると。校舎の正面に広がる運動場が見える。そこには、運動部の練習姿。 既に時刻は16:00をまわっている。 土曜だって言うのに、張り切っているなぁ・・・。 「部の方で、ハロウィンの出し物に参加するところもあるしな。その準備もあるんじゃないか?」 後から校門を潜った志筑が私の後ろから校庭を眺めつつ、ぼそっと呟く。 「あ、なるほど。」 私は部活やってないぶん、その辺は良くわかんないんだよね。 そのまま校庭を眺めつつ納得する私をよそに、志筑が校舎に向ってすたすた歩き始める。 さすがに。学校付近に近づいたところで。 手を引かれなくてもはぐれる心配は無いからと志筑を説得し、やっと私の右手は解放されていた。 先を行く志筑の後を追い、私も校舎に向う。 これで。教室に荷物を置けば。やっと私の長い一日も終わる。 いろいろあったなぁ。主に志筑関連で。 やや感慨にふけりながら。 校舎2階にある教室に辿りついた。 あれ? 教室から、志筑の話し声が、する。 私より先についてたはずだけど、誰か他にクラスの子がいたのかな? そして。志筑の声の合間に聞きえるのは。 あ。この声。 開けっ放しになっていた教室の扉から顔を覗かせると。 そこには予想通り。 「由紀」 窓際に佇む華奢な姿が、見えた。 そして。その傍には。僅かに笑みを滲ませた志筑。 「七夜。あらら、荷物重そう。」 私の声で振り向いた由紀が、眼を見張る。 志筑が持っていてくれた荷物の方がかなり多かったのだが、それでも私もかなり大きめな袋を提げていた。 「うん。重さはそうでも無いんだけど。かさばっちゃって。」 軽く袋を掲げて見せる。由紀が傍に来て、私の手から袋を受け取った。 「うーん。でも結構重いよ?志筑君に全部持たせちゃえば良かったのに。」 「・・・叶。おまえな。」 由紀の言葉に、志筑がやや顔を顰める。 二人のやりとり。 胸が、ざわざわ・・・する。 目の前で、さっき由紀に笑いかけていた志筑の姿がくるくる回っている。 「・・・七夜?」 由紀の気遣いの滲んだ、声。 どうしよう。私。どんどん・・・変。 志筑に関わることに、ざわざわしたり、どくどくしたり。 「あ・・・と、由紀、どうして学校に?」 私の異変に気づかれたくなくて。 ふっと、由紀から視線をそらす。 「今日、本当はくるつもりじゃなかったんだけど。ちょっと学校の傍まできたから寄ってみたの。もしかしたら誰か荷物置きにくるかと思って。」 由紀が、小首をかしげながら答えてくれる。 たぶん。私の様子、変だなと、思ってるよね。 でも、口に出して問いただしてくるようなことは、しない。 由紀のこういう気遣いに、私はかなり助けられている。 様子がおかしくても、相手が言い出すまで、待つ。 これはかなり根気がいるし、一緒に行動をすることが多い友達ならなおさら、問い詰めたいと思うだろう。 でも、由紀はそれをしない。 ただ、傍にいてくれる。 そして、相手が相談を持ちかけてくれば、きちんと自分の考えを、述べてくれる。 余計な先入観や、同情なしに。 やっぱり。私にとって、由紀は大切。 すっと、胸のざわざわが、止んだ。 「そ、か。・・・・あの。私、ちょっと用を思い出した!・・・ということで。帰るね!志筑、 ちゃんと由紀のこと送ったげて!」 努めて明るく。志筑の方は、見ない。 そのままくるっと踵を返し。教室から駆け出していく。 背中から、由紀が驚き私を引き止める声が、追ってきた。 でも。私はそのまま立ち止まらず。一気に階段を駆け下り、校舎を飛び出していた。 志筑は、強引でちょっと訳の判らないところはあるけど。でも。 きっと。由紀を大切にしてくれる。 うん。これは此処しばらく志筑と行動を共にして確信したこと。 きっと、志筑は彼女を大切にする。 だから。だから。志筑。せっかくのチャンス。ちゃんと由紀に告白するのよ! 家路を小走りに辿りながら、ざわざわの止んだ胸が。今度はひどく苦しく、なった。 |
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