08. 志筑、暴言をはく |
無言のまま、私の少し前を進む志筑。 放課後、最終帰宅時間が迫っているだけあって、廊下にはほぼ人の気配がない。 ――なんか・・・緊張する。 結局。志筑が教室に向けて歩き出してしまったため。 私はすっかり図書室に行くタイミングを逃してしまっていた。 「あの。志筑?」 意を決して声をかけた私に、志筑が視線だけを向けてくる。 不機嫌オーラ、全開。 なんか、志筑の周りだけ、もくもくと黒煙がただよっているような。 「・・・・・。」 あまりの迫力に。私が言葉をなくし口ごもる。 その様子に、志筑の足が止まった。 でも、変わらず私をちゃんと見ようとはせず。横を向いたままではあったけど。 「・・・・あいつから、もらうのか?」 低い声でぽつりと、志筑。 え?・・・あいつ?・・・もらう? あいつって。奥丹先輩のこと? 志筑ってば。仮にも相手は上級生だし。あいつ呼ばわりはどうよ? てか。何をもらうの?? 「ええ、と。・・・話が見えないんだけど?」 「ジャック・オ・ランタン」 「ああ。さっきの。ううん。もらう約束なんてしてないし。そもそも、奥丹先輩が参加するのかすら聞いて無いもん。」 「参加するよ。」 「え?」 「あいつは、絶対に参加する。」 「???なんで志筑が、知ってるの?」 「・・・お前さ。隙だらけな上に、鈍いよな・・・・。」 なっ!し、失礼なっ!! なんで志筑にそこまで言われなきゃならないかな! 「・・・志筑こそ。態度、悪すぎじゃないの?奥丹先輩に対して。どうしてあんなに無愛想かな。」 いや。志筑は普通にしててもけっして愛想がいいとはいえないけど。 それにしたって。あの態度はどうよ? 「ほんと、お前。鈍いよ。」 どうして、そうなる。 だいたい、志筑の無愛想と私が鈍いことになんの関係があるっての? 「志筑、わけわかんないっ。」 「鈍いお前には、わかんないだろ。」 むっかぁぁ。 「わっかんないよ!もう!」 あ、やば。なんか、もう。感情的になってきた。 ここしばらくのわけわからんざわざわ、どくどくのストレスかもしんない。 心の一方で冷静に分析しながらも。 一度噴出した感情は、急に止めることもできず。 「もう。志筑の、志筑のことなんてっ。知らないんだから!!」 頭に血がのぼるって正にこうゆう感じだろうな。 がおっ。とばかりに志筑に吼えかかる。 私の剣幕に。志筑がやっとこちらを向いた。 「お前は。もともとオレのことなんて、何にも知らない、だろ?」 無表情に私を見つめてくる、志筑。 ――何にも、しらない。 ずきんっ。胸が、痛む。 志筑の言葉に、不覚にも目尻に涙が、滲む。 「し、志筑の、あほんだら!!」 ばしん。 気づいたときには、抱え込んでいた本を志筑に向けて投げつけていた。 とっさに志筑が片腕を上げ、私が放った二冊の本は志筑の腕に防がれる。 ばさり、ばさりと廊下に落下する本。 だが。私は。投げつけた本を拾うこともなく、踵を返すと志筑の方を一度も振り返ることなく、脱兎の如く廊下を駆け出していた。 志筑に本を投げつけて。 翌日、学校に行くと。机の上に、投げつけたはずの本が、置かれていた。 志筑の態度は、変わらず。まるで私との言い合いなどなかったかのように接してくる。 ――なんで。そんなふうに、何にも無かったみたいに・・・・。 その日一日、志筑と二人きりにならないようにしながら。 鬱々と考えた結果。私は一つの結論に到達していた。 私は、志筑にとって。どうでもいい存在だから。 わざわざ。あの程度の言い合いで、態度をかえるほどの価値も、ないんだ。 きっと。由紀の付属品くらいにしか、認識されてない。 考え抜いた結果は。しかし。ひどく胸の痛くなる、もので。 私は。その日から、志筑の顔をまともに見ることが・・・・できなくなっていた。 「七夜。あのね。私に何か言いたいこと、なぁい?」 昼休み。 天気がいいので屋上でお昼を食べようと私を引っ張ってきて。 おもむろにかぼちゃプリンをくれた後。 右に45度。首をかしげながら、にっこりと、由紀が聞いてきた。 「ん?・・・・んーん。」 かぼちゃプリンを頬張りながら。ぶんぶんと首を横にふる。 「ほんとに?・・・・ほんとーに?」 な、ないない。由紀、そんな疑わしい眼で見ないでって。 めったなことじゃ。こんな風に聞いてくることなんてないのに。 よっぽど、私の態度。おかしかったのかな。 こくこくと、今度は首を縦に振る。 そして。漸くプリンを飲み込み。 プラスチックのスプーンを握り締めたまま、由紀をじっと見つめる。 「はぁ。・・・・いいの。言いたいことがないなら。ただそう思っただけだから。」 諦めたように息をはく、由紀。 う。やっぱり。気づかれてる。私が、ここ最近志筑を避けてるって。 でも。無理には聞き出そうとは、しない。 ゴメンね。由紀。 私は、心の中で手を合わせる。 でも。こればっかりは。いえない。 だって。志筑の口からいうべきことだから。 ――志筑はまだ由紀に告白してない。 たぶんだけど。でも、当たってると、思う。 だから。由紀には、相談できない。 ここ最近の私の態度を説明しようとすると。 どうしても志筑の気持ちにも言及する必要が、でてくるから。私から由紀に告げてしまうのは。志筑に対して、失礼だ。 ――志筑、『パンプキン・ジャック』に参加、するのかな? ぱくり。スプーン山盛りにしたプリンを、一口。 甘いはずのプリン。でも、志筑のことを考えていると、何故か苦いような、気がした。 真っ青な。秋晴れの空。 ハロウィンまで、あと三日。 それはすなわち、実行委員という志筑とのつながりが、失われるまでの期限でも、あった。 |
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