11. パレードにて、七夜からまれる


「あ、魔女さん!」

小さな女の子の歓声。
渡り廊下からこちらをのぞいてるお母さんと女の子。

どうやらさっきの声はあの子のだったらしい。

で。魔女、て。私、かな?
パレードの中には、魔女の仮装をしている子が数人いるが、女の子は何故かしっかり、私を見ている。あ。ひょっとしてこの服のせいで目立ってるからか?

ふはは。もうやけくそよ!

私は、にっこり笑い。大きく女の子に向けて手を振る。

お。振り返してくれた。

女の子は、うれしそうに。
ぶんぶんとこちらに向って小さな手を振ってくれる。

かっわいいなぁ。

「あら。七夜ったら。ずるいわ。一人で人気者?」

いたずらっぽい笑みを浮かべながら、由紀が私の肩に手を掛けてくる。

「うらやましかったら、由紀も手、振ってみたら?」

「うーん。私は遠慮しとくわ。ほら、あんまり愛想良くして、勘違いした人に絡まれても困るし♪」

・・・・そうですか・・・・。

ま。確かに。午後になって、外からのお客さんがかなり入ってきている。
他校生なんかも結構きているみたいだし。
中には、あんまり品性方向とは云いかねる人たちも、いる。

私が対処したいざこざの中には、午前中だったからまだなかったけど。
午後になると、仮装した女の子がしつこくナンパされたりとか、あるらしい。

そして。そうこうしているうちに。
私たちの仮装行列は、外を回り終え、校舎の中へと入り込んでいた。

模擬店のある教室が並ぶメイン通り。
当然。お客さんもかなり多い。

雑然とした廊下を、猫娘に扮した同じクラスの女の子がジャック・オ・ランタンを掲げ、パレードを率いていく。

ジャック・オ・ランタン。志筑と、一緒に買いにいったおばけかぼちゃ。
いまは、きれいに中身がくりぬかれ、三角の眼とぎざぎざの口がぽっかりとあいている。

あの時は。こんなふうに、志筑と気まずくなるなんて、思わなかった。

志筑。・・・・今日は、全然、姿見てないな。

なんとか浮上させようとしていた気分が。志筑のことを考えた途端。一気に沈下、した。

はあぁ。

由紀に気づかれないように、そっと溜息を漏らす。

ああ。だめだめ。とりあえず。志筑のことは、一旦置いて。今日は、ハロウィンを無事に乗り切ることだけ考えよ、うん。
軽く頭を振り、顔を上げる。

ひゃっ!?

歩いていた私の腕がいきなり引っ張られる。

ちょ、危ないな!誰よ!?

んん?・・・・ほんとに、誰?これ?

中肉中背。多分、高校生だと思うけど。だらしなく気崩したシャツとだぼだぼのジーンズ。つんつんに固まった髪は、ほぼ金色。
にやにや、笑う、顔。
・・・・うーん。ちょっと好きになれそうもないタイプだわ。

「あんた。かわいいなぁ。ちょっとさ、学校ん中、案内してよ。」

はぁ??なんで私が、案内しないといけないのよ?
校門のところにでもいって、校内案内図もらってくれば?

「すみませんけど。私、パレード参加の途中なんで。」

眉間に皺を寄せつつ。掴まれた腕を解こうと、力を込めて自分の方へ引っ張る。
だが。相手には離す気がないらしく。

「そんなこと、いわないでさ。パレードなんて抜けちゃえば?」

・・・・・何、こいつ。

私の中で、『好きになれない』から、一気に『嫌い』なタイプに分類わけが移動された。

「ちょっ!」

「離しなさい。」

私が上げようとした抗議の声に被って。
静かな、けれど、毅然とした由紀の声が響いた。
同時に、私となんだかわけのわからない男との間に由紀がすっと割ってはいる。

ゆ、由紀。そんな無謀な。

「お、あんたも可愛いね。ああ。あんたでもいいや、案内してよ。」

無言なまま男を見据える、由紀。

あたりには、いつの間にか人垣ができていた。

皆。この騒ぎに気づき。ことの成り行きをうかがっている。

ああ、もう。こんだけ人がいるのに。なんで先生が、いないわけ!

男に腕をつかまれたまま、人垣の中を見回してみる。
だが、イベントは生徒の自主性にまかせるというこの学校の主旨の通り。あたりに教師がいる気配は、なく。

や、役にたたないぃぃ!

そして。とうとう。
由紀の無言の非難を受けていた男が、にやにや笑いを消し。

「うわ。あんた生意気そうだなぁ。なんだよ、その眼。」

不機嫌そうに言い放った。


・・・・ぁああ。なんだが、ますます事態が悪い方向に!


あ、あれ?・・・副委員長が、いない。

ふと見た先には、一緒にパレードに参加しているクラスの子たち。
男子も女子も、由紀と男の無言のにらみ合いに、声を掛けるタイミングを逸してしまったらしい。まぁ。私も、そうなんだけど。

で。その中に。副委員長の姿が、なかったのだ。
ど、どこいっちゃったの、副委員長ぉ??

「その手を、離しなさい。」

再び低く、由紀が男に向って命じた。

「んだとぉ。・・・・なまいき、なんだよっ!」

完全に眼の据わった男が、後半のセリフと共に、由紀に向って腕を振る上げた。それと、同時に私の腕が解放される。

ばっ!由紀!

・・・・ばしん!!


「七夜!」

うわ。由紀の声が、遠い。


男の、由紀に向けられ振り上げた手が、とっさに由紀の前に出てかばった私のこめかみあたりをひっぱたき。
その反動で、くらりと、私がへたり込む。

いったぁぁ。な、涙がでるわ。

男に叩かれた部分が、熱をもってひりひりしている。

まぁ。流石にぐーで殴られなっただけ、ましかも。


「なっにすんのよ!この最低男!」

へたり込んだ私をささえた格好で、由紀がぎっと男をにらみつける。

うわわ。由紀ってば。まずいって。
これ以上興奮させると、この男なにするかわかんないよ。

ふらつく頭をふって。由紀を制止しようとなんとか身を立て直した私の耳に。
人垣を掻き分けてくる、聞き覚えのある声が、届いた。

「どけ。」

座り込んでいる私の前に、なにやら真っ黒い布がふわりと広がる。

・・・なんでしょ?これ?

黒い布をたどり。上を見上げれば。

ああ。マントか。背後から見ると首がすっぽり隠れるくらい襟のたった裏地の赤いマント。
そして、マントの裾からは、スーツの黒いズボンがのぞいている。
なるほど。今日は、さんざんみた衣装だ。

バンパイア。

マントとスーツでいいから、結構お手軽なんだよね。


「なに、やってる」

私と由紀をかばうように背後に隠してくれたバンパイアが、地の底を這うような声で、相対している男を威嚇、する。

あ。この不機嫌オーラ全開の、声。そうか。聞き覚えがあるはずだわ。
志筑、だもん。

漸く声の主にいきあたり。私は、ほうっと安堵の溜息を漏らす。
志筑がきてくれた。
なぜかそのことに泣きそうになるほどの安心感を覚える。

あ、あれ。副委員長?

人垣の中。こちらに軽く手を振っている副委員長の顔が確かに見えた。

そっか。副委員長が、志筑を呼んできてくれたのか。
姿、見えないと思ったら・・・。

どうやら、私が絡まれた時点で騒ぎになると思い、志筑を探しにいっていたらしい。
うーん、いい機転している。副委員長ったらいいお婿さんになりそうだわ。

などなど。志筑の背後に座り込みつつ。つらつらと考えていた私の頭上から。

「その腕、潰されたくなきゃ、とっとと失せろ。」

志筑・・・。校内で暴力沙汰は、まずいって。

だが。吐き捨てるようにいわれたその内容よりなにより。
志筑の迫力に押され、男は一言も口をきくことが、できないらしく。

マントの隅から顔を覗かせてみれば。
さっきの威勢はどこへやら。既に蒼白を通り越し、真っ白になった男の姿。

や。あの人だけじゃ、なく。
私たちを取り囲んでいる人垣の。志筑の正面あたりにいる人たちまで、なんだか青い顔をしている。


うーん。確かに志筑の不機嫌オーラは、見慣れない人にとってはかなり怖いよね。
しかも、今日のはいままでみたのより・・・・5割り増しくらい、かも。


まだ。痛むこめかみを押さえつつ、ことの成り行きを見守る中。
果敢にも、男の口が二、三度パクパクとひらかれたり、閉じたり。
だが。それ以上何か言い出すこともできず。

男は、くるっと身を翻すと、罵声を上げて人垣を掻き分けつつ。人ごみの中に消えていった。


・・・・はー、助かった。

辺りに漂っていた緊張感が、一気に拡散した。

私の隣に座り込み、心配げにこちらを見つめていた由紀に笑いかける。

「七夜、もう。・・・馬鹿なんだから。どうして、飛び出したりしたの。」

あ、あわわ。ゆ、由紀。そんなたいしたことないから。
な、泣かないでぇ。

ほろほろと、由紀のアーモンド形の大きな目から涙が零れ落ちる。

「ごめん。・・・ええっと。でも由紀も、私をかばってくれて、ありがと。」

「馬鹿ね。当たり前でしょ。」

「・・・うん。だから。私も、当たり前だよ。」

由紀がちょっと驚いた表情を見せ。くすくす笑い出した。

「ホントに、お馬鹿。」

どうせ。反論しませんよ、だ。

そして。ふと、気づけば。辺りにできていた人垣もことがすんだとみて、皆それぞれに散っていた。
後に残っているのは座り込んでいる私と由紀。それに、志筑。

少し離れたところに、一緒にパレードをしていたクラスメイトが呆然と佇んでいる。
ああ。パレード、大失敗だよね、これじゃ。うーん。ちょっと申し訳ないかも・・・。


「黒河。・・・叩かれた所、大丈夫か?」

私の上に、影が落ちる。見上げたその先には、こちらに屈み込んでいる志筑。
スタンドカラーの白シャツにブラックスーツ。
・・・・黒豹、みたい。
志筑の雰囲気は、大型の猛獣を思わせた。

だが。どうやら不機嫌オーラはなりを顰め、いつもの志筑に戻っている。

「ん、大丈夫。ちょっとひりひりするだけ。」

僅かに笑いながら、こめかみを押さえた。

「悪かった。もっと早くにきてれば・・・。」

私がおさえているところに、志筑の手がそっと触れてくる。

わわ。いや、いや。志筑のせいじゃ、ないし。
そんな。すまなそうにしないで。

「そんなこと、無いよ。志筑がきてくれてよかった。・・・え、と。ありがと。」

本心から。志筑が来てくれて、すごく、うれしかった。
あ。なんか。いまなら、素直にいえそうな、気がする。

「・・・それとね。」

「?」

私の続くセリフに、志筑が不思議そうな顔をする。
うん。大丈夫だ。

「この間は、ゴメン。・・・・本。痛かったでしょ?」

「・・・いや。」

志筑が、苦笑する。

・・・・やっぱり。痛かったよね。結構な厚みがあったもん。あの本。

「オレも、言い過ぎた、な。」

!?なんと!志筑が、謝ってくれるとは!

全然期待してなかったことだけに、これはうれしさ倍増かも。

思わず顔がへろっと綻ぶ。

「・・・黒河・・・」

あはは。ごめん、ごめん。あんまり青天の霹靂なもんで。

へろへろと笑う私を見て、志筑がちょっと顔をしかめた。
でも。いいもんね。気にならない。

志筑とこんなに普通に話したの、何日ぶりだろ。
さっきまでの沈みっぱなしだった気分が嘘のように。すごく爽快。

我ながら。ゲンキンだとは、思うけど。
でも。知らず知らずのうちに緩む顔だけは、いかんともしがたく。



そして。私は、すっかり忘れ去っていた。
パンプキン・ジャックまで、残り数時間だということを。


私の運命の時が、迫っていた。



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