13. 七夜、脱力する


「し、志筑、由紀のことが好きなんじゃないの!?」

開口一番。志筑に向って思いっきり素っ頓狂な声をあげる。
私のその言葉に、志筑が嫌そうに顔を顰めた。

「はぁ?・・・なんだそれ。勘弁してくれよ。」

「だ、だって!由紀のこと、見てたし。由紀が帰ったのか、とか、気にしてたじゃない!」

「それは、だな。」

「それは?」

「・・・・やっぱ、知らないんだな。」

志筑がふかーく、溜息をつく。

「へ?何を?」

「叶が、お前に近づこうとする男をことごとく撃退してたこと。」

「・・・・・・え、ええぇぇ!」

な、なんじゃそりゃぁ!
由紀、そんなそぶり、全然してなかったし!
私、全然わかんなかったんだけど!?

「オレは、ずいぶん警戒されてたからな。」

志筑が苦く笑う。

「だっ、どーして、またそんなことを?・・・由紀ってば。」

「すぐ厄介ごとを引き受ける、おまけに一度引き受ければ、きっちり最後まで責任をとろうとする。・・・・そういうところにつけこんでくるような男たちに、お前は渡せないんだと。」

「・・・な・・・ななに、もうっ。由紀ってば!」

いたずらっぽい笑みを浮かべた由紀の顔が、脳裏に浮かぶ。

わ、私の知らないところで、そんなことしてたとは。
そんなに私。つけ込まれ易く見えるのか?
・・・うう。でも。心配してくれてた、んだよね・・・。


ちょっと、しんみりしかけ。ふと、疑問が湧く。

「あ。じゃあ。学校に買出しの荷物を置きに行った日、由紀と何話してたの?」

そう。志筑が笑いながら。由紀と教室で話してた。
これは、もう絶対志筑は、由紀を好きなんだなぁ、と思ったのに。

んん?ちょっと志筑が言いよどんでる。
あ、顔そむけた。

「・・・黒河七夜の手を引いて、歩いたこと。」

ふは。わ、私の話題だったんデスカ・・・・。

「な、なんだ。そんなこと・・・って、じゃあ、次の日微妙に由紀の機嫌が悪かったのって。」

「ああ。オレが原因だろ。・・・お前が帰った後、むちゃくちゃ不機嫌だったし。」


じゃ。志筑が由紀のこと好きなのかと思ったもの、ぜぇえんぶ。私の勘違い。

じ、自分の間抜けさ加減に泣きたくなって来た。

やっぱり。私の恋愛事に関する感覚は信用しちゃいけないらしい・・・・。


「なんか。気が抜けた・・・・。」

呆然と志筑の顔を見ながら、とんでもない脱力感に襲われる。


「で?」

志筑のほんの少し笑いを含んだ声。

あ。また。胸が、ざわざわ。

んん?で?

「返事は?」

返事?・・・返事・・・・。

「あ。」

ぱっと、閃く。

へ、返事かぁぁ!!
ぜ、全然考えてなかった。

あんまり衝撃的内容だったもんだから、一時的に脳からドロップアウトされていたらしい。

「あー、あの。ええっと。」

ど、どうしよう。や。どうしようというか。

私は。志筑が好きなの、か?

ここしばらくの志筑に関してのざわざわ、どくどくは。そういうことなの?
ああ。でも私の恋愛に関する感覚の信頼性は今さっき失われたばっかりよ?

おろおろする私を。志筑がじっと見ている。

あ、あんまり。見ないで欲しいんだけど。
全然まとまらない考えが、ますますなんだかわけの判んないことになるし!


「七夜。」

艶を含んだ志筑の声で、名前を呼ばれる。

う、わ。志筑、目つきが怪しいって。
し、心臓止まるから、いや。もう。ほんとに。


「七夜、返事は?」

すっと、志筑の長い指が私の首筋に、かかる。

「!?」

「・・・・答えないなら、このまま喰っちゃおうかな。」

く、喰うって!?喰うってぇぇーーーっ!?

い、いやいや!
それは。あれだよね。その吸血鬼仮装にあわせた、冗談だよ、ね?

が。くちをパクパクしながら動揺する私をよそに。

志筑の顔が。近づいてきて。

「・・・ちょっ!し、志筑!?」

だ、し、心臓、口から吐き戻しそうだってばサ!!

「連。」

は?連?何が?

唇が触れ合うか合わないかの、ぎりぎりの、距離。

志筑が、囁く。

「志筑じゃなく、連。」

ああ。名前ね、名前。そうそう。志筑連。

いやいや、そうじゃなくて。と、とりあえず。
離れてくれないと、声もでないんだけど?

「七夜?」

志筑が、問いかけるように私の名を呼ぶ。


うわあ。・・・もう、だめだぁ。
たぶん。たぶん、私・・・・そうなんだろうな。


「ス、キ・・・・だから。・・・・志筑が、好き。・・・しづ・・・」


全面的に降伏した私のうわごとのような告白。

言い終わる前に、志筑の手が私の頭を包み込み強く引き寄せる。
軽く触れるような、キス。


う、うわぁぁ。

志筑の唇の感触に、身体が強張った。きつく眼を瞑る。

ど、どするべきなの、こういう場合。
告白と同時にちゅーは、普通のこと??
どうする、どうする!?

またもやぐるぐる回りはじめた堂々巡りな疑問に、ますます身体が強張る。


ふと、志筑の手に込められていた力が、緩んだ。


・・・・あ、れ?


恐々眼を開けてみると。
そこには。苦笑いを浮かべた志筑。


「七夜。ハロウィンにいう台詞と言えば?」

へ?・・・・そんな、唐突に。
ええっと。確か・・・。

「Trick Or Treat?」

―――何かくれなきゃ、いたずらするぞ。

で、いいんだよね?

「HappyHalloween」

志筑の大きな手が、握られたまま私に差し出される。

無意識のうちに、掌を上にして、腕を伸ばすと。

「あ。」

掌の上に、わずかな重み。
志筑が開いた手から、ころりと小さなオレンジ色のかぼちゃが落とされる。

「これ。どうしたの?あ、志筑やっぱり参加申し込んでた?」

わずかに志筑の熱が残る、陶製の小さいジャック・オ・ランタン。
表面には、三角の眼が二つとぎざぎざの口が描かれている。

「まさか。参加申し込みなんてしてない。さっき、余ってたのをもらってきた。これくらい、実行委員の特権で許されるだろ。」

私が、欲しいって。奥丹先輩と話してたから?

あ。でも。参加して無いってことは。
志筑ってば。奥丹先輩の番を取っちゃったてことじゃない。

「・・・・奥丹先輩に悪いことしちゃったね。」

私の言葉に、何故か志筑が嫌そうに顔をしかめた。

「いいんだよ、別に。どうせ告白しても振られてた。」

ぶ。あんたね、なんでそんなこと言い切れるの?
奥丹先輩、結構かっこいいよ?

眼で問いかける私に、志筑が呆れたような視線を落としてくる。

「・・・ホントに、お前は。・・・・いいんだよ。とにかく。これは、オレとあいつの問題だから。」

そう。はっきり言い切られ。私はそれ以上の追及を諦めた。
このぶんじゃ、どうせ奥丹先輩とさっき何を話してたかも、教えてくれそうもない。


そして。手に乗ったかぼちゃに視線を落とす。
志筑が私の何気ない言葉を覚えててくれたことが。すごくうれしい。

私も何か志筑に返せることがある?
なんとか志筑に伝えたくて。私は。

「・・・ありがと。・・・連。」

志筑の名前を、呼ぶ。


うわ。・・・結構、これは恥ずかしいかも・・・・。

し、志筑、無反応??

意を決して、上目遣いに視線を上げると。

そこには、ほんの僅かに目元を赤くしつつ。口元を片手で覆っている志筑の、姿。

・・・・んん?これは・・・よもや?

「・・・・照れてる?」

「ばぁか。」

上から見下ろしながら、志筑が私の頭を再び腕の中に抱え込む。

わっ。ちょっ、志筑!
髪の毛、くしゃくしゃになるってばサっ。もう。

でも。思ってることとは裏腹に。
自然と顔に笑みが浮かんでくる。


ああ。・・・・私。志筑が、好きだ。


突然。でも、ごくごく自然に。するっと、思えた。


ハロウィンパーティの喧騒にが遠くに聞こえる中。
私は確かに志筑への恋を、自覚、していた。



Back ‖ Next

ハロウィン・パーティ INDEX


TOP ‖ NOVEL


Copyright (C) 2003-2006 kuno_san2000 All rights reserved.