ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること ならびに、柊一路の特異性について考察すること 04 |
教室の扉を開けた瞬間。 一斉に皆が静まり返り、ものすっごく嫌な予感が、した。 ……な、なんだろ? 柊一路に呼び出されたんだから、何かしら聞かれるとは、思ってたんだけど。 こんなに静かなのって、めっちゃくちゃ不気味。 ちょっと目を見張り。教室内にそれとなく視線をめぐらせる。と、窓際にいた那珂と目があった。 どことなーく、その笑顔がナニゴトかの誤魔化しを含んでいると感じるのは、私の気のせいじゃあないと思う。 どうしたのと不思議に思いながら、一歩足を踏み出す。 「ねえ! 侑那、あんた柊先輩に告ったって本当!?」 扉の近くにいたクラスメイト、直ちゃんに思いっきり腕を掴れた。 何故かそれを契機に、どわーっと一気に私のそばには人だかり。 「それで、返事は! 返事! どうだったのよ!」 「いや、勇気あるわー。やっぱり玉砕しちゃった?」 「まさかオッケーだったなんてことは無いよねぇ?」 今までの静けさがまるで嘘のように。けたたましく尋ねられ、て。 「――は?」 何がなにやらわからず。 またもや間抜けな調子で誰にとも無く気の抜けたような声を漏らした。 なんだか、今。ものすごく恐ろしいことを聞かれたような気がしたんだけど。 気のせい。幻聴。それとも、どこか異次元にでもやってきたのか、私。 でも、だけど。見知っている顔は確かにクラスメイトたちのもので。 私を囲んでいるその人垣の外には、もう見紛うことなく誤魔化し笑いをしている那珂がいて。 そういえば教室を出る前に。那珂が、フォローしといてあげるわよって、言ってて……。 はっ! てことは? これが那珂のフォローの結果? 結果!? 私があの、あの! 性悪男に告白したことになっちゃってるってわけ!? あ、あのねーっ! よりにもよってなんてフォローの仕方するのよーっ! ああ、私。どうして那珂にフォロー任せちゃったんだーっ!! 憤懣やるかたなく脳天はぐらぐらと沸騰。危うく神経の一、二本軽くいっちゃう勢いで。 無言でクラスメイトたちを押し分け、那珂に向けて一直線に突進していった。 「那珂ーっ!」 「あははは。ごめーん!」 けらけらと笑いながら、那珂が手を合わせてくる。 う、嘘だ。絶対それ、謝ってない! 誠意が籠もってない! ああ、そういえば。忘れてたよ、うん。忘れてた。那珂はこういう奴だったよ、そういえば。 ええい、とにかくこの状況をどうにかしないことには、私の平穏はないってことか! さぁて、どうしよう。 いっそのこと忘却系の魔法をかけるか、調合薬でも混ぜ込んだ飲み物でも振舞ってみるか。 ……なーんて、だめだよなー。と、なるともう一つの案か……。 何かもう凄く凄く癪なんだけど。どうして私がって思うんだけど。 多分これが噂を消す一番手っ取り早い方法。私と柊一路のつながりを断つ絶好の言葉。 あー、でも言いたくない! 言いたくないけどしかたない! 「ねえ、ユウナってば! それでどうだったのよ?」 わくわくわく。クラスの中でも群を抜いて好奇心の強い直ちゃんが私の袖を引っ張る。 く……私の気も知らないで……。 でもとにかく。色々腹の中に押し込んで。ちょっと辛そうな様子を演出、してみる。 そしたら。見事にしんと辺りが静まり返って。 それ今だと私は目を伏せ、目元をそっと指で拭った。 「――振られちゃった……。私なんかじゃやっぱり駄目だったみたい……」 瞬間。ああ、と教室の中に凄く納得した空気が流れた。 集まっていた皆が口々に。 まあ気を落とすなよ、とか、次の男は上手くいくって、とか、要らぬ心配を残して立ち去っていく。 あーあー、そうでしょう、そうでしょう。私はしがない地味で目立たぬ一学生。 そりゃ柊一路みたいな人に相手にされるわけがないっていう、ね……。 あー、腹立つ! 腹立つ! 腹立つーっ! 覚えてなさいよ、柊一路め! さっさと席に戻って、ゆっくり対応策を練って準備万端整えてやると、意気込んで。 席に戻ったところで、廊下の窓からやけに小奇麗な顔がのぞいた。 あ、この人、確か柊一路の友達。事前調査でちょっと調べた時わかったんだけどかなり柊一路と親しかった、はず。 その人がなんでこんなところに。ええと、名前なんて言ったっけ? 何かこう季節っぽい感じだったと。 「あ、侑那ちゃん? 初めまして、オレ、夏目 秋一っていうの。んで、早速だけどイチロから伝言ー。”明日の昼休み、俺の教室までコイよ”だって。いかないと後が怖いと思うから、気をつけてねー」 恐るべきナチュラルハイっぷりを披露しまくる柊一路のご友人は、実に甘ったるい声でのたまった。 語尾にハートを飛ばすな、ハートを。ああでもそうそう、夏目だったっけ、名前。 て。いやいやいや。 今の着眼点はきっとそこじゃない。 言うだけ言ってさっさか歩き去ってしまった夏目秋一が寸刻前まで居た位置。もう痕跡すら無いそこを凝視、してみたりして。 今、何言って去っていったんだっけ、あの人。 明日。昼休み。教室。来い。柊一路。 ばらばらとした単語。それが一つにまとまって。 ……っ!! ちょ……っ! 私が今必至で皆にしたフォロー台無し!? あ、あの性悪、黒男! 絶対狙ってやってる、私のこと困らせて何がたのしいってのよ! 覚えてなさいよ! ほんっきで覚えてなさいよ、柊一路ッ! 遠からず吼え面かかせてやろうじゃないの! ああ、でも悲しいかな今は。 「ちょっと振られたんでしょ、ユウナ!」と方々からの詰問、が。 「――ち、違うの。ほら、ええと。お友達ならって。そう、振られたけど! ちょっとだけ読書傾向が似ていてね? それで本を借りる約束を! そ、そんな感じ?」 苦しい誤魔化しっぷり。私の轟々と燃え盛る怒りの炎は収まるどころか、最早益々勢いを増すばかり。 さっさと依頼を片付けて、さっさとこの縁もぶちぎりたい。 私の決意は固く、依頼完了後にまだ何か言ってくるようだったら、いっそのこと柊一路の人生をぶった切り……。 ふつふつと腹のそこから沸いてくる黒ーい思惑に、私は危うく悪の領域に片足を突っ込みかけていた。 ――おばあちゃん、私、もしかするとついうっかり由緒正しき我が家の家系図を汚してしまいそうです……ふ、不束な孫でごめんなさい。 |
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