ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること
ならびに、柊一路の特異性について考察すること

05



「は……? ……倒れた?」

翌日の昼休み。お昼ご飯もそこそこに、怒りマックスで訪れた柊一路の教室。

ちっ、律儀に言われた通りにするしかないなんて癪だったらと思いつつ、扉から覗いても柊一路の姿は見当たらなくて。
うろうろしていた私の肩を叩いたのは、昨日柊一路のメッセンジャー役をしていた季節感溢れる名前の持ち主、夏目秋一氏だったわけで。

その夏目氏が「一路なら倒れたよー」と、満面の笑みで言い放ったのは今しがたの事。

「……倒れたって、あの腹黒おと……柊先輩が?」

ついうっかり。腹黒男、なんて本音がぽろりと零れる程、驚いた。

「うん、そう。ごめんねぇ」

相変わらず語尾にハートマークのつきそうな甘ったるさで何故か夏目氏が謝る。
どうやら私の言い直しはさらりと聞き流してくれたらしい、けど。

まあそんな事はこの際どうでもいいわけで。やや気勢を削がれる事しばし。

なんてこと。
依頼された内容に関する資料やら何やらを抱えて大荷物で来たってのに。

おまけに昨日の夜は。
さっさと縁切りを果たすべく調べ物をしていて。その合間にはおばあちゃんの言葉を思い出そうとして唸ってみたりしてたし。

つまりすることはテンコ盛りだったから、ばっちり寝不足なのよ、こっちは。
出来る事なら昼休みはちょっと寝たいなーなんて思惑もあったってのに、のこのこ此処までやってきて。

なのに当の本人は居ないときた。

「んー、なんかさー、朝から調子悪そうだったんだよね。二限までは机の上に突っ伏してたんだけど、全然よくなんなかったみたいでさ。三限目の中休みに倒れかけたから、無理やり強制送還したとこ」
「……病気……、――そう、ですか、でしたら結構です」

居ないんじゃしょうがない。――具合が悪いって言うのなら、尚更しょうが無い。
幾ら私だって具合の悪い人間に無理を強いるほど非道じゃない、つもり。
やり場の無い怒りも肩透かしを食ってちょっと収まった。

――でももう眠気も冷めちゃったしなぁ。

それならさっさと屋上にでもいって資料の検分でもはじめようと、踵を返す。

「あ、いやいやいや、ちょっと待ってよ。はい、これ」

――は? これ? 何?

呼び止められ、ちっと舌打ちしそうな勢いで振り向いた、私のまん前。
ずいっと差し出されたのは、コンビニの袋に入った……レトルトお粥?

「なんでしょうか」
「ん? 見舞い品」

ウレタン樹脂製の床に、がそっとビニール袋を叩きつけそうになった。
食べ物は大事にしましょうっておばあちゃんの格言が思いとどまらせてくれたけど。
なんで私が見舞いにいかなきゃならないの!

「きっぱりお断りさせていただきます」
「えー、そう? でもあいつ一人暮らしだしさー、結構具合悪そうだったし」
「可愛らしい女の子が看病してくれるんじゃないですか?」
「んー、や、あいつ基本的に女の子を自分の家に入れんの嫌がんだよねー」

……それはナンデスカ、暗に私が女じゃないとでも言っているわけですか。

「でしたら生憎と、私も一応属性は女、ですので……尚更お断りです」
「あー、ごめんごめん、そういう意味じゃなくってさー。つまり、その一路が君を呼んでたっていうかさ。いやー、やっぱ言わないと駄目かー、んじゃ、イチロからの伝言いきまーす」

伝言!? そんなものがあるわけ? い、いかんでいい! いかんで……っ!

「ユウナ、一日に一回は状況報告。これは当然の権利だよナ? だってさ」

私の願いも虚しく、夏目氏は満面の笑顔で言い放った。
しっかりばっちり柊一路の物真似付きだし。それがまた似てるし……柊一路に見立ててぶん殴ってやりたい。

けれど。授業も済んだ放課後。

私は自分の資料その他の大荷物と、渡されたコンビニのビニール袋を腕に抱え。
更には地図まで持たされて夏目氏に笑顔で学校を送り出されていた。

「それにしてもユウナちゃん、イチロにどんな弱み握られてるの?」

いえるわけないじゃないですか。

無言で立ち去る私の背後で「頑張ってねー」と暢気な声援が飛ばされ、た。

ああ、行きたくない。



***




「さて、と。着いたはいいけど……これからどうするかよね、私」

自問。

「チャイムを一回だけ押して、応答が無かったらさっさと帰ればいいんじゃないの、私」

自答。

そうよね、もし柊一路に会う事ができなきゃ、見舞い品は明日夏目氏に突っ返せば良いだろうし。
頭の中にふざけた顔の夏目氏を思い浮かべながら、口の端に悪い笑み。

よし、この案で行こう。

月極めアパートめいた作りの簡素な建物の二階。
よく言えばシンプル――というか、質素な扉の前で、独り大きく頷いた。

――ビーッ。

間延びしたチャイム。暫く待っても応答、なし。

よし、これで心置きなく帰れる。さくさくさっさと帰ろうじゃあないの。
が。つい出来心が。
何を思ったのか、うっかりドアノブに手をかけてしまったのが運の尽き。

何で開いてるの……。

空を仰ぎ、自分の好奇心を思いっきり罵倒してみる。
しかもこの状態で帰ってしまえない自分に、心の涙はそりゃもう滂沱の如く。

「――おじゃま、しまーす……」

小さく声を掛けて覗いた扉の向こうは、やけに薄暗かった。

「遅い」

こじんまりした部屋の中。

恐る恐る覗いた視界に飛び込んできたのは、何故かローソファにぐったり伸びている柊一路。
その第一声に、ぷちん、と頭の神経が一二本千切れた気がする。

お、遅い!?

こんなところまで遠路はるばる――と、言っても学校から徒歩20分ってところだけど――やってきた私にのたまう事はそれだけか!?
帰ってやる! 絶対必ず何がなんでも帰ってやる!

「……ナニしてんの、さっさとドア閉めて入って来いヨ」

無言のままくるっと後ろを向いて。
足音荒く立ち去ってやろうと決めた私にかけられる、否やを許さない柊一路の一声。

――情けない……自分が心底情けない……っ、こんな男の言いなりにならなきゃならないなんて……っ!

ギリギリ、ギリリと唇を噛み、握り締めた拳に憤りの全てを封じ込めて。
部屋の中に入った後。扉を、叩き締めた。



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