ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること ならびに、柊一路の特異性について考察すること 06 |
「夏目先輩からの志です」 「イラナイ」 私の掲げた袋。 ちらりと視線を寄越した後、だらりとのびきった柊一路は、再びかったるそうに顔を背けてしまった。 そんな即座に拒否しなくても……夏目氏、ちょっとだけ哀れかもしれない。 「何も食べないのは身体に悪いですよ?」 「――アンタ、それ中身ちゃんとみてないダロ」 ん? 中身? 別に普通のレトルトお粥じゃないの? ……えーと……おか、ゆ? がさりと袋から取り出して手にしたアルミパック。 たっぷり水分を含んだ銀色に輝くご飯の写真。それはいいのだけど。 パックの隅っこに、なんとも目を引かれる衝撃的な一文。 「ちょ、ちょこれーとそーす付き……?」 え? チョコってあのあれだよね? カカオを原料にした主にお菓子に使われる、アレ。 「――アイツの味覚は昔からオカシイ」 不機嫌そうに、というよりも寧ろ拗ねてるみたいな感じで柊一路がぼそっと。 あー、それはそうでしょうね。 何せチョコレートごはん……、チョコレート。流石にちょっと遠慮したい感じだわー。 「調査不足だな、魔女――アイツの悪食は割と有名」 お粥パックを手に突っ立っていたら、柊一路の一瞥を喰らった。 ……くあーっ、弱ってるくせに口の減らない! 大体、私は依頼対象でもない人の事を事細かに調べたりしないんだから、知らなくて当たり前。 でもそういわれると、夏目氏が何で今まで依頼対象にならなかったのか不思議。 結構もてそうなのにねぇ? ひょっとしてこの悪食が原因とか? 「……わかりました。そしたらこれは食べなくてもいいですから。兎に角、ですね。こんなところで転がってないで布団、入ってください。布団」 床じゃないだけマシとはいえ、どう考えても体が凝りそうな現在の場所から移動させようと柊一路の腕を引っ張り上げる。 こんな奴、ほっておけばいいとは思うものの……ああ、自分の性分が恨めしい。 柊一路がちらりと私を見て、だるそうに身体を起こす。 少しは助けになるかと、背中に手を回して支え。 ――ん? 何これ、静電気? 指先にピリリと走った痛み。 いや静電気、というか。何か背中がざわざわした? ……なんだろ? ああでも今は! それより目先の布団、布団を目指さないと私……っ! このままじゃ柊一路に絶対押しつぶされる!! そんなに広くはない部屋の中、四五歩も行けば隅に備え付けられたベッド。 そこまでの距離がやけに長い。 何せ柊一路が思いのほか重いのよ……っ! 洒落じゃなく! 真剣に……っ! ふぬーっと一声、柊一路をベッドの上に座らせ、肩で息をつく。 見た目細いくせに何でこんなに重たいのよ! 一体その体の中に何が詰まってるの、柊一路! ――でも、とにかく。これで柊一路本体はいいとして。 ええと、とりあえず何か食べさせた方がいいわよね? キッチンの中に何かあるかな、なかったら適当な所に買出しに行かないと。 そしたらとりあえずキッチン、キッチンは……、と。 「へ? あ、わ……っ、わぁ!?」 な、何す……ほ、本当に何すんの!? 台所に向おうとベッドから離れようとしたら、急に腕を引っ張られて。 慣性の法則に従って、どさり、と。ちょっと硬めなベッドの上で私は何故か正座。 そんな力がどこにあったのよって、真剣に突っ込みたい! 動けるならちゃんと自分ひとりの力で動けってのっ! 「な、何ですか!」 正座姿のまま、ずりり、とベッドの上を柊一路から遠ざかる。 近い、位置が近すぎる! 「まだ帰るなヨ」 「――は? いや、まだ帰りません、けど……」 ええ? 何? 私が帰ると思ったわけ? そりゃ出来る事なら帰りたいと思ったのも本音だけど。どうも弱っているのは本当みたいだし。 ……これはなに? もしかして柊一路、ちょっとは気が弱くなってる、とか? さっきの拗ねっぷりといい、この行動といい。 柊一路ってば割りと普通の男の子っぽい、気が。 あ、でも不味い。こう素直に頼られちゃうと、悪態もつけなくなりそう。 「一応、何か軽く食べられるものくらいは置いていくつもりなので」 「――それは、ドウモ……」 そこで一旦。柊一路が言葉を切って。 「……作れんの?」 実に不審そうな様子で、とんでもなく失礼なことを……ことを……っ! 前言撤回! やっぱりこの男は憎たらしい……っ! そりゃ、豪華なご飯とはいかないけど! お米をぐつぐつ煮込んでお粥ぐらいなら、作れるっつーのっ! とくとみせてやろうじゃない、私の腕前! 腕まくりをしながら柊一路に憤然と無言でアピール。 観念したように、柊一路が肩を竦めた。よし、勝った。 「なあ、ユウナ」 「はい?」 「アンタ、男の所に一人で来るのに危機感とか全然無いダロ」 「――はい?」 ……何? 話の流れが、おかしな方向? 「それとも、何とも思ってない男に抱かれるくらい何ともナイ、か?」 ……は? なんとも思ってない……え……え!? 「――な、な……っ、何、な……っ、な、何でそんな話になるんですか……っ!」 「魔女は悪魔信仰を持ち、その集会では背徳的行為が行われる――つまり男に抱かれることもあるんダロ、魔女?」 あ、悪魔信仰って……いや、そもそも私の家系は割りと集会とかそういうものとは無縁で。 魔女が清く正しくって言うのも可笑しな話だけど、とにかく信仰してるわけじゃないし。 そもそも悪魔と契約をしても代償を求められる上に、身の丈に合わない相手を呼び出したりした日には、とんでもない事になるらしいって聞くし。 や、それより男に……って、柊一路! アンタのそれは名誉毀損、セクハラ発言! 「は、背徳的行為も何も、私はぴっちぴちのきむすめ……っ」 は…っ! 俯き慌てて口を噤むもとき既に遅し。 恐る恐る上げた視界には、柊一路の尊大な、不遜な、フフンってな顔、が。 な――なんかわかんないけど、私。墓穴を掘った? しかも。柊一路は追い討ちをかけるみたいに。 「へぇ……ならサ、魔女は快楽に弱いって言うのは?」 なんて聞いてくる。確かこれ――思い出したくもないけど――昨日も訊かれた。 柊一路、一体どんな根拠があってそんなことを言ってるわけサっ。 そもそも、これが看病しに来てやった人間にする仕打ち!? ていうか、大人しく寝てなさいよ、病人なんだから! 「ちょ……、ひ、柊せ……、」 やめてよ、何で傍によってくるのよ。 ああ、ちょっと腰、引き寄せるな! ……て、うん? 狼狽しながらもどうにか拳を握り締め振り上げた所で、柊一路の頭が私の肩に乗って。 腰にかかっていた手がするりと落ちた。 「あの……? どうし……、」 「ダルイ……」 いや、それは多分だるいんだろう、とは思うけど。 何かそれ以前に、さっきよりも具合、悪くなってる? あ、そういえば柊一路の背中。嫌な気配がした、けど。 まさか、ね。まさか……。 「ちょっと、失礼します。」 ぐいっと力いっぱい柊一路の身体を押し退けて、背後に回りこむ。 意外に広い背中。少し迷って、黒いシャツを思いっきり上に押し上げた。 「――っ!」 肩甲骨の丁度下辺り。漆黒の文様が浮かび上がっていた。渦を巻く蔦のような印。 これって……。 「ユウナ……?」 億劫そうに柊一路が顔だけをこちら向けて。 だるそう。なるほど、納得。 顔に片腕を当てて辛そうに息を吐く柊一路は、多分、さっきまで軽口を叩いていたのが信じられないくらい、拙い状況になってる、はず。 辛いなら、辛いって、言え……っ、もう強情過ぎ! 無性に腹立たしくて。 坐っていたベッドを乱暴に足で弾いて立ち上がった。 今、柊一路は、呪(まじな)いを掛けられている。もちろん執行者は私じゃない。 ――多分、発動の元となっている呪具があるはず。 「先輩、女の人からもらって、そのまま持っているものってありますか?」 「――基本的にはもらわないし、勝手に置いてかれたものは捨てる。面倒ダロ?」 この最低男! ああ、もうやっぱり助けるのやめたい……っ。 でもそれは――私の魔女としてのプライドが、許さない。 柊一路は一応、依頼主。私のテリトリーで、こんな真似……っ! ふんと息を吐き、きょろきょろ。辺りを見回す。 柊一路に掛けられているのは、術を掛けたい相手に呪具を持たせて発動させるタイプのもの。 普段身に付けているものである可能性が高いんだけど。 「ちょっと鞄の中身、拝見しても?」 「どうぞ」 ベッド脇に置かれていた黒い鞄。色々収納場所が満載なそれを引っ張り寄せて、一つ一つ中身を確認していく。 それにしても。 持ち物は少ないくせに、なんでこんなに至るところに分散して入っているの、面倒な。 慎重に、ゆっくりと。一つ一つ物に宿る気配を辿る。 そして最後に手を入れたのは、側面についた小さなポケット。 そこに目当ての物があった。 小指の先ほどしかない黒い棒状の表面には、細かな文字がこれでもかって程書き連ねてある。 これが大元か。 「ご存知ですか?」 「いや、知らない」 指の間に挟んで翳した私に、柊一路が首を振る。 多分、知らない間に鞄に入れられたってところだろう。 それにしてもこの呪具。巧妙に気配を消してある。 「先輩、他にも誰かから恨みを買ってるようですよ? 私とは別ルートで」 「――あんたで対処できる範囲内?」 「別料金、頂きますけど?」 しれっと答えた私に、柊一路は眉ひとつ動かさず「ばらすケド?」と言い放った。 ……悪党はこいつだ。間違いない。 ほんのちょっとだけ、柊一路を呪った誰かをナイス、と喝采したい気分になった。 こんなことに力を悪用する奴を賞賛なんて、出来るはずないけど。 ――でも、かなり強い力の持ち主だ。この呪いを施したのは。 柊一路に触れてなきゃ、多分……気付かなかった。 何だろう。何か、すっごく厭な――感じ。 |
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