ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること
ならびに、柊一路の特異性について考察すること

08



「あの男はぜえぇったい、疫病神っ」

飄々とした様子で登校して来た柊一路を教室の窓から見下ろせる校庭に見つけ、隣で懸命にマスカラをつけている那珂に向けて思い切りぼやいた。でも気分はさっぱり晴れない。

「いいじゃない、疫病神でも。いい男だし」
「いい男な疫病神より平凡な福の神が私はいいの!」

ドン、と怒りの篭った鉄拳を那珂の机に叩きつけギリっと歯軋り。
落ち着きなよ、なんて那珂に呆れ顔でなだめられたけど、とても落ち着ける気分なんかじゃない。

柊一路はどうやら学校に来られる程度には、回復したらしい。

それ自体は処置をした身としてはまあ一応喜ばしいわけよ。
あくまでも何処まで行っても一応だけど。

だから別に呪が上手く解けたとこに腹を立ててるわけじゃ、もちろんない。

事の起こりは今朝七時。
まだ半分寝ている頭でもそもそ朝ごはんを食べていた時だった。

自宅の電話に柊一路からの電話が入った。
あろうことか。よりにもよって。柊一路からの!

ママさんに柊君ていう男の子から電話よー、なんて言われた日には飲んでたカップスープも口から吹き出すってものよ。
私が、どれっっっだけママさんへの言い訳に苦労したか!

おまけに、こそこそと受話器を受取って、小声ながらもぶっちぎれて文句を言いまくった私に柊一路は一言、じゃあアンタの携帯番号教えろよ、と。

――だぁれが、教えるかってのよ!

ぺっと吐き捨てたい衝動に駆られながら欠片ほどに砕かれた理性を根性でかき集め。
どうにか断片をひっつけ合わせて理性らしきものを取り戻して。

そこで漸く私はいやいやながらも用件を訊いた。
こんな馬鹿早い時間に電話をかけてくるからには何かのっぴきならない事情があるんじゃないかと、もしかしたら呪の解除に何か問題があったのかも、なんてちょっとした不安を抱えながら。

が。柊一路が答えて曰く、つまり私に弁当作って来い、と。

何をすっとぼけたこといってんのコイツは、と心の中では静かに怒り。
口先では、どうして私が柊先輩の為にお弁当を作らなきゃいけないんですか、と返して。
それに対する柊一路の答えに更にむかっ腹が立ったわけで。

「だって人が折角作ってやったものを飲んでよ、腹の調子が悪くなったとかって普通言う!? 言わないわよね!?」
「侑那、あんた一体何作ったの? というかそもそも柊先輩とは結局どんな関係?」

は……っ、しまった、つい熱くなって。
那珂にも詳しい事は言ってないし、言えやしない。私の秘密は、大概のものより結構衝撃的なものだし。

「ごめん、なんでもないの」

引き攣る口元で誤魔化し笑い。これで誤魔化せてるとは思わないけど、疑わしげな眼差しながら那珂は再びマスカラと格闘し始めた。

まったく、人騒がせな疫病神め。
やっぱりお弁当の中身、ぎっとぎとのこってこてのおなかに優しくないメニューにするべきだった。

良いように使われている自分も腹立たしいったらない。
ギリギリ歯軋りしつつ見下ろすと、暢気に校門から校舎までの道を進む柊一路は、やや遠巻きに他の生徒から眺められている。

あ……、やだ、上向いた。しかもなんだか目が合った、気が。

「侑那、昼休み、オレんとこ来いよ」

僅かに目を眇め、柊一路が。
張り上げているわけでもないのによく通る声ですね、先輩……って、おいっ!

「あらら、一路先輩だいたーん。侑那、ファイトー」

怖くて教室内を振り向けない私に、那珂が手鏡を覗き込みながらにやりと笑った。

嗚呼。どうして私、あんな男に関わっちゃったの。
後悔の馬鹿ーっ、どうして先に立たなかったのよおおぅ!



***




「それで? 何かわかったか、魔女」

……なんでこうも喋る言葉の全てが嫌みったらしいんだろう。

旧校舎2号棟、その中にある空き教室のひとつ。
幾つかの机と椅子、それに教壇と黒板、最低限のものしか置かれてない、しかも通常の教室としての広さも持つここでなら、多少のおイタは大丈夫――だと思う。思いたい。

なんにせよ前回の轍は間違っても踏みたくない。
そのためにわざわざこの場所に柊一路を引っ張ってきたんだし。

「柊先輩、その呼び方、激しく止めていただけませんか?」
「ふぅん、嫌なわけだ。でもな魔女、決定権は?」

窓際にぽつりと置かれた椅子に足を組んで座って。
おまけにやる気のなさそうに窓の桟に頬杖までついた柊一路は、どこまでいっても尊大だ。

「――あー、はいはい。柊先輩にございますね、すみませんでした!」

やけっぱちに叫ぶ。かーっ、まったく嫌みったらしい、この高慢ちきなバカ殿め!
大体私にはちゃんと侑那って名前があるってのよ。個を特定する上で名前って重要なんだから。

別にね、呼んでもらいたいわけじゃないけど……なんか不愉快。

抱えていた資料をどかっと机の上に叩きつけ、一番上にのったモバイルパソコンを開く。

「随分と現代的だナ?」
「近頃は私たちの世界も新しいものを取り入れるのに意欲的なんです。でないと時代の流れに取り残されてしまって生き残れませんから」

そっけない私の答えに柊一路は感心したようにへえと頷いた。

現代的ツールの導入。
事実顔をあわせる必要の無い交渉はとても都合がいい。
正体がばれる確率は段違いに低くなるし、お手軽さも増す為か依頼も多いし。

まあそれもこれも、ある程度メールから相手の感情を読み取りどれだけ本気なのか切羽詰っているのかわかる能力があればこそだけど。

「とりあえず途中経過ですが」

くるりとパソコンの画面を柊一路に向ける。と同時にペーパーファイルを差し出す。 まだファイリングしていない資料がディスプレイにいくつか。間に合った分は紙媒体としてまとめてある。
迅速正確がモットー。そこが売りでもある私の仕事っぷりは自分で言うのもなんだけどそこそこ優秀だと自負している。

自負、してる……してたん、だけど。

「これだけ?」

今回ばかりは――そう言われると思った。

この数日、術を総動員して情報をあつめた。癪だけどそれこそ必死に。
捜し人の依頼も今まで無かったわけじゃない。それなりのノウハウもある。初恋の人を捜して欲しい、なんていうのもあったし。

なのに開いたファイルには驚くほど少ない文字の羅列。

つまり絶対的に成果がない。中身が無い。
ないないづくし。それはもう笑っちゃうくらい。

私の纏めた資料の挟まったペーパーファイルを柊一路が気のない様子でぱらぱらと繰る。

「まさかこれで俺が納得すると思ってナイよな?」

えーえー、ごもっとも。悔しいけど返す言葉はございませんとも。
言葉に詰まった私の前で、柊一路が溜息をついた。

「次回はもう少しましなものを期待してる」

ファイルを閉じて指でぱんと叩いた柊一路が席をたつ。

「え、あ、ちょ……、ちょっと待って下さい」
「何」
「もう少し情報はありませんか? 細かい事でも何でもいいんです」
「ナイよ」

ないよって。たった一言で済ませないでよ。
もうちょっとこう考えるそぶりとかするでしょ普通は!

「本当ですか? 本当に何も?」
「ナイ。調べるのがアンタの仕事だろ。それともなに? もうギブアップ?」

食い下がった私に柊一路の冷めた一瞥。
誰が。だぁれがギブアップだってのよ。言ってくれるじゃない、この。

メラメラと闘志が燃えてくる。軽んじられて黙っていられるほど私のプライドは柔軟じゃないのよ。

「――善処します」

ぎゅっと拳を握り締めてきつく柊一路をねめつける。
顎を反らした柊一路が、ふとやわらかに笑った気がした。

……いやいやそんな、まさか、ね。私、ちょっと疲れてるのかもしれない。

「そう願いたいネ。じゃ、オレ戻るから」

ええ、ええ。今後の成果をみてろってなもんよ。
歩き出した柊一路が、扉側にいる私の方へ近づいてくる。

そしてすり抜け様。負の感情をふつふつとやる気に変換していた私の頭を、柊一路がポン、と。

は、い? なに?

「と、まあそれとは別に昨日は助かった。アリガトウ」
「はぁ……どういたしまして」

何事? 突然。
っていうか、柊一路が素直にお礼とか、ものすんごく意外過ぎる。
まさかとは思うけど、なんか企んでるんじゃないでしょうね……?

若干の警戒を含みつつ、でも私は相当間の抜けた表情をしているに違いなかった。

ぱちぱちと何度か瞬き。柊一路の足音が背後に聞こえる。
何度目かに目を開けて、ふとめぐらせた視線の先。

机の上にある小さな手提げが視界に納まった。

「――あ、お弁当」

ぽつと言ってからしまったと思う。
咄嗟に口元を手で覆ったけど、遅かった。

戸口で振り向いた柊一路は踵を返し戻ってくると、えっらそうに顎を反らして私を睥睨した。

「へぇ、ちゃんと作ってきたんだナ」

よっく言うわよ。脅し半分に自分が作ってコイっていったんじゃない。
忘れてたんなら余計な事言わなきゃ良かった。私の馬鹿。

「いらないなら別にいいですけど」
「貰ってくけど。それで中身はちゃんと食べられるワケ?」

まあ見事に憎まれ口ばっかり叩く。
やっぱり昨日、あのまま放置しとけばよかったかも、とは今日だけで何度思ったことか。

「食べてみればわかるんじゃありませんか」

そっけなく言い放ち、手にした包みをずずいと突き出す。
柊一路がそれを受取って。

――指先、が。

「……っ!」

ばっと手を引いた。一瞬だったけど触れた体温。
確かに、意図的に、柊一路の指が私の指先を撫でた気が、した。

「――まあ、あんたの場合見た目が悪くとも味はそう酷くないみたいだからナ」
「すみませんね、見た目が悪くってっ!」

ええい、やっぱり可愛くない!

お弁当の包みを下げて、今度こそぶらぶらと出て行く柊一路の背中を力いっぱい舌を出して見送ってやった。
けどよ。由緒正しき魔女の末裔。その反撃がこの程度って。

かー、もう腹立たしい……っ!

「ああそれと。わかってるとは思うけどこれ、今日だけだなんて思うなヨ?」
「は、い!?」

廊下に出た柊一路が突然、こちらを振り向きもせずのたまった。

私のささやかな逆襲に気付かれたのかと慌てて舌を引っ込め、いや後ろの目でもない限りそれはありえないと思いなおして。
えーと? 柊一路がこれと指したのは私が渡した包みで。

ということは、なに? これから私に毎日おさんどんしろと?

ふ、ふざけるのは態度だけにしてよ!
私はあんたの給食のおばちゃんじゃないってのよーっ!

戸口から見えなくなった背中。あんぐり口をあけ見送る私。

――駄目だ。もう悪態つく気力もない。

とりあえず。今は柊一路に対する腹立たしさはきっぱり忘れよう。
何としても捜し人を見つけ出し、さっさと柊一路との縁なんて叩き切ってやる!



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