ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること
ならびに、柊一路の特異性について考察すること

12




しとしとしと。ほんっと、よく降るなぁ。

はぁー。漏れるのはまったくやる気のない溜息。足取りは果てしなーく、重い。
相も変わらずさっぱり成果の上がらない報告書も、薄っぺらい冊子の癖にやけに重いし。

しかも最悪な事に、朝のむかむか気分はまだ引きずり気味。

ううぅ、今日はどんな嫌味を言われるんだろう。っていうか嫌味言われる事前提っていうのがすでにどうなのって気がする。

とぼとぼのろのろと人気の無い廊下を進めば、否応無しにいつもの空き教室。
柊一路、もうきてるんだろうな。

ん? あれぇ? なんだろ?

微かに、違和感。足を止めてちょっと考える。

……あ、わかった。ドアだ。いつもなら閉まってるのに。

引き戸式の扉が全開だった。
柊一路が先に来てる時でも開けっ放しってことはなかったのに珍しい。

ちょっと悩んで、そろそろと抜き足差し足忍び足、音を立てずにそっと近づいた。

教室に差し掛かる手前で、人の声。柊一路のじゃない。ってことは――誰?
教室の中を気づかれない程度にひょいと覗き込む。

いつものように窓際にいる柊一路。ちょっと距離を置いて、セミロングの華奢な感じの女の子。
んー、見覚えないなぁ。

「……き、なんです、柊センパイ」

う、わぁ……。どうにもこうにもこれは。私、とても不味い所に居合わせて、る?
朝といい今といい、タイミング最悪。このシチュエーション。どう考えても柊一路ってば告白されてるわぁ。

あんな仏頂面男に告白。物好きな人もいたもんだと、ついしげしげ眺めて気づく。
肩を震わせ俯く可憐な彼女は、はっきりきっぱり、柊一路には――もったいない。

絶対人生考え直した方がいいって! ああ、ハラハラするっ。
それに柊一路、あんたね、ちょっとは嬉しそうにするとかもっと反応があるでしょうよ、反応が!相変わらずなその仏頂面は彼女に失礼ってもんでしょうがぁぁっ。

「悪いけど」

し、しかも。断りやがった……っ。ちょっと何が不満なのサ、激かわいい子なのに!

ムカムカハラハラしながら、こぶしを握って事の成り行きを見守っていると、するっと女の子の頬に涙が滑った。
淡々と女の子を見返す柊一路に、もう何かを話し出す気配はない。

うわっ、切ない……胸が切りきりする。
そりゃあ、その気がないなら優しい言葉なんてかけるべきじゃないって思うけど――理屈と感情は別物。だめだ、心臓に悪い。

それでなくても女の子の涙は、かなり苦手なのに。
いまは退散して、また後で出直してこよ。うん、そうしよう。

手にした荷物を抱えなおして、そそくさと回れ右。
が、幾分たどたどしい涙声が背後から聞こえてきて。

「……あ、の……ずっと昔から好きな人がいるって……本当、ですか……?」

――え?

「ホントだけど。それがナニ?」

――え? えええええ! ホントなの!? ナニじゃないっての、なによそれえぇぇ!?

目ン玉が眼窩から飛び出る――んじゃないかってくらい、びっくりした。それはもうびっくりしすぎて動きが止まった。

だって、肯定。しかも即答ぉ!?
好きな、人? しかも昔からって――いつから? なに、じゃあ柊一路ってば想ってる人がいるってのに複数人とお付き合いしてたってわけ? ちょ……なにサそれ、この最低男がぁ!

あらん限りの罵倒を頭の中で投げつけ、再びぴたりと扉に張り付く。立ち聞きしてる罪悪感がひしひしとのしかかってくるけど、いまは柊一路の情報をひとつでも多く集めたい。だって本人が非協力的過ぎるのよっ。

「その人が見つかったから、誰の告白、も……受けなくなったんです、か?」
「――見つかってないヨ」
「じゃあ……っ」

どうして。おそらく彼女もいいたかったのだろう台詞を心の中で一緒につぶやきながら、じっと柊一路の答えを待つ。息を詰めて手にした荷物を強く抱きしめる。ぎゅっと掴まれたみたいに胸が痛い。

「見つかってないし――諦めてたケド。可能性が出てきたから」

柊一路は抑揚なくぽつりと言った。

可能性が、出てきた?
しばらく考える。見つかってない。諦めてた。でも今は可能性があって――。
思い当たったのは。

それって、もしかして――私が頼まれてる探し人、だったりして?

この手のパターンだと大概探して欲しいっていう子が初恋の相手で。いまもその子のことが忘れられない、とかサ。
でもだけど。柊一路が探しているのは、男の人だ。本人の口から聞いたんだから間違いようがない。

つまり。

え、ええええ? そういうこと? そういうことなの!? で、でも私にキスしたし、女の子とも付き合ってて……付き合ってたんだよねぇ!?

――あ、やば。

沈黙に耐えかねたのか、ぺこりと一礼した女の子がこちらに向かって早足でやってくる。

逃げる間も隠れる間も、ない。
このままじゃ間違いなく鉢合わせになる。さっと周りを見回して人が居ない事を確かめる。

目を瞑り意識を集中した。

僅かな圧迫感――の後。周りに漂う空気が一変した。かび臭い。

ゆっくりと目を開ける。きちんと魔法が使えていれば、ここは校舎裏にある今は使われていない倉庫の中――のはず。

きょろきょろとあたりを見回し、ほっと息をつく。
雑多な、まるでガラクタのような数々の備品。埃をのたまった床。

どうやら間違いなく目的の場所に飛べたらしい。

あ……っぶなかったぁ。あの混乱っぷりでよくぞがんばった私っ。えらいぞ私……って、そんな自画自賛している場合じゃないのよおぉぉっ!

実際のところ、柊一路に好きな人がいるってのは、とんでもなくうそ臭いと思う。
断る為の口実だった、なんてこともちょっと疑ってる。でも――ならどうしてそんな嘘つく必要が?

仮に。柊一路に好きな人がいるって前提で考えると。
やっぱり両刀? 両刀なのか柊一路!?

あとは、限りなく低いかもしれないけど。柊一路が女性って可能性。

……眩暈がする。

果てしなく無い、ありえない、それは。
私の精神衛生上、その可能性はたいへんよろしくない。

がしがしと頭をかきむしった後、行き詰った考えに嘆息する。

つまるところ、わかったのは。
柊一路に好きな人がいようが、いまいが、それが捜し人だろうが、そうでなかろうが、依頼内容には関係なさそうだってこと。

私は捜す事を依頼されただけ。それ以上でも以下でもない。なら、この事について、余計な詮索はすべきじゃないんだろう。

誇りくさいしかび臭いし――自分の教室戻ろ。

埃の溜まった倉庫の扉を開け放つと、湿気を帯びた風が流れ込んできた。
外はまだ雨。でも誰が見ているかわからないし、今は非常事態でもない。

校舎は少し離れてるけど、しかたない。すこしは頭も冷えるかもしれないし。

濡れる覚悟を決めて倉庫から飛び出し、一気に走った。


***




「ねー侑那ってば。昼休み、なんでびしょぬれで戻ってきたわけ? なにかあったの、柊先輩と」

……なぁんでそんなにうれしそうなんでしょね、那珂ってば。

そもそも。どうして! 何故そこで! 柊一路の名前が出てくるかなぁ?

両手で頬杖をつき、上目でちらりと那珂を見る。前の席に座っている那珂はおやつのチョコレートをぱくりと一口、首を傾げた。
昼休みが終わってからまだ一時間もたってないのに、よく入る。まぁね、私も貰った飴なめてるからえらそうなこと言えないんだけど。

「別になんにもまったくこれっぽっちもないからっ」
「えー、つまんないなぁ」

ぜんっぜん、つまんなくない! 何を期待してたっての。何をっ。
こっちはねぇ、あの男のおかげで散々なんだから。

告白現場なんてものに居合わせてこそこそ逃げ出す羽目にはなるし、予想外に雨脚が強くてびしょ濡れにはなるし。しかも。さっきからぞくぞくぞくっと寒気がっ。これで倒れでもしたらのろってやる、柊一路め、呪ってやるからーっ!

「でもさ、実はなんかあったりしたんじゃない? 私にまで隠さなくていいって」
「なんっにも、天地神明に誓ってないから! だいたい柊一路みたいな傍若無人な暴力男、願い下げっ」

――きらり、と那珂の目が光った。気がする。

「暴力男ぉ? なんかされたの、侑那?」

そ、そこに反応するわけぇ? ああぁ、しまった、余計な興味をそそったーっ。
那珂の目が! 目が輝いてる、輝いてるわぁーっ!

「あのさ、那珂。そんなことよりお菓子、食べすぎじゃない? 太るよ?」
「運動しているから大丈夫。で、何されたの?」

忠告はあっさりかわされ、しばらく同じようなやり取りを繰り返して。

「もうゲロっちゃいなって、ユーナ」

追及の手をゆるめず刑事よろしく迫ってきた那珂に、とうとう根負けした。

「――デコピン」

半分以上ふてくされ、ぼそっとつぶやく。
那珂はあんぐりと口を開け――と、思ったら、私を指差してけらけら笑いだした。

……だから、だから言いたくなかったのにぃっ!

「デコピンー!? やぁだ、なにその子どもの罰ゲーム! あんたこそなにしたのよっ」
「――べつに。彼女を紹介しましょうかって言っただけだし」

おかしなことなんて何も言ってない。多分。
WitchCafeのことを知ってるってことは、私がどんな依頼を請け負っているかってことも、柊一路は知ってるはず。

「ははぁ、なぁるほどねぇ」
「なるほどって……どうして」

したり顔でうなずく那珂に首を傾げる。
なに、その反応。那珂には柊一路の行動が理解できるってこと?

「だってねぇ、好きな子にそんなこと言われたらさー、でこぴんのひとつもしたくなるでしょ」

あー、好きな子にねぇ、なるほど……それはそうかも、なるほ……?

「――え? ええええええぇっ!?」

ちょっとま……っ、今、今なんて!? す、好きな子、とか……もしかしてそれ、私のこと!? 私ーーっ!?

「だいたいさー、こないだから気になってたんだけど。柊先輩って優しいよ? さり気に紳士的っての?」
「はあ!?」
「じゃなきゃ、あんなに人気あるわけないって。結構本気の子、多いみたいだし」

せっせと一口チョコを口元に運ぶ那珂を凝視する。

好きな子云々は――間違いなく那珂の激しい勘違いか冗談だからこの際、脇に置いておくとして。
初対面でいきなり人の唇を奪う男の何処が紳士的? 何の冗談それ。

「あの男が優しくて紳士的って言うなら、世の人間はみんな優しくて紳士的になるって」

天地がひっくりかえっても柊一路にそんな形容詞は似合わない。私の中で、柊一路はそういう位置付けだ。
でも那珂は、そんなことないけど、と言いながら不満そうに口を尖らせてる。

「あ、じゃあさ、あれじゃない? 好きな子には意地悪したくなるとか!」
「小学生か!」

われながらすばやかった突っ込みは、あはははと笑い飛ばされた。
くそう、思い切り他人事だからって。

「んー、結局さ、侑那ってば、先輩にやさしくしてほしいんじゃないの?」

な……っ、に、それ! どこをどうとったらそんなことに!?

「二股どころか三股も四股もするような男にやさしくされても嬉しくないからっ」
「――はぁ?」

気の抜けたように那珂がぽかんと口を開いた。

「なにそれ。誰がそんなこと言ったの」
「だ、誰って」
「それはないよー侑那。柊先輩って、あんまり浮いた噂のない人だよ?」
「それこそ――なんの、冗談」

冗談じゃないって、と那珂はほおばったチョコを飲み込んで。

「好きな人がいるって一部では有名だったし。付き合う子もそれ知ってて、それでもいいからってことだったらしいし。だからアンタが本命だったんじゃないかって、すんごいうわさになってるわけだし」

そ、そんなうわさになってたのかーっ! 違う……っ、柊一路の本命は間違っても私じゃないぃ!

「あの人が私を好きとか、ありえないんだって!」

天地がひっくり返っても、そんなことあるわけない。私と柊一路は、脅される者と脅す者、依頼された者と依頼した者。実にビジネスライクな殺伐とした関係なのっ!

「えー、そんなのわかんないじゃん」
「わかる」
「ふーん、じゃあさ、聞いてみたら?」
「何を」
「もちろん、私のこと好きですかって」

んなこと、まかり間違っても訊けるかーっ!

「――人の不幸は蜜の味って顔してるんですけど? 那珂さん」
「やぁだ、そんなことないって。心配してるって」

巻いてある髪を更にくるくると指先に巻きつけ、那珂が両の口角を上げる。
胡散臭いっ、胡散臭すぎるっ。

「ユウナ、こわーい、顔」
「もともとです!」

怖いだの飽きただの、誰も彼も人の顔に好き勝手なこと言ってくれて。
がたん、と勢い良く椅子から立ち上がる。

どこいくの、とのんびり問われ、トイレ、と語尾荒く返した。

「もう授業始まるよー」
「わかってる!」

ずんずんと歩きだしたわたしの背後から声が追ってくる。
思いっきりの顰め面で振り返ったら、変顔ーと更にけたけた笑われた。

ええい、もうどうとでも言ってよ。
大体、柊一路のことにしたってね。別にやさしくしてほしいわけじゃないっての!
ただ、ふつーの。ごくごくふつーの、依頼に支障を来たさない程度の人間関係ってやつを築きたかっただけで。

それが何。勘違いだの噂だの……っ、私を色恋沙汰に巻き込むなーっ!

「……っ!?」

怒りに任せ猛進していたところを、急に引っ張られた。
L字型に分岐した道へ、腕をつかまれて連れ込まれる。無理やりかかった力に身体が傾ぎ、悲鳴を上げるまもなく、ぼふん、と何かに顔をつっこんで。

「……い、たぁっ、ちょっとっ、何する……っ」
「何? それは俺の言うことダロ? 依頼主を待たせた挙句、すっぽかした理由は?」

柊一路が凍りつくような冷たい目でわたしを見下ろしていた。



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