ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること ならびに、柊一路の特異性について考察すること 13 |
ちょ、ちょっと、なに、この状況……! 仏頂面の柊一路は、どうやら甚くご立腹らしい。 でも。なんっでわたしが怒られなきゃならないわけ? すっぽかしたのは悪かったと思う。 だけど、あの雰囲気の中、どうやって入ってけっての。 「お取り込み中だったようなので遠慮したんです」 「取りこみ中かどうかなんて俺が決める事だと思うケド?」 素っ気無く答えた私に、これまた素っ気無く間髪いれずに柊一路が。 そりゃあそうかもしれないけどさぁ。 世間一般としての常識ってあるでしょうが! まったく、ああいえばこういう。子憎たらしい。 私だってね、馬には蹴られたくない――余計な恨みは買いたくない。 睨む私を、身長に物を言わせた柊一路が高みから見下ろしてる。 この位置関係にも、なんだか腹が立つ。 柊一路の上体が、ぐっと私のほうに傾いてきた。 近距離。だけど、睨み付けたまま、目が逸らせなくなる。 癪だけど、どうしたって鑑賞に堪えうる顔、してる。 これで愛想の一つもあって。更に捻じ曲がった黒い性格を直せばかなりいい線行くんじゃ……いやいや、人はやっぱり中身。中身が重要……っ! 「つまりアンタ、立ち聞きしてたわけだ?」 びく、ぎく、どき。い、いきなり痛いところをついてこないでほしい。 額にいやな汗かいちゃったじゃないの。 「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください。最初の方、ちょこっとしか聞いてません」 「へぇ、どこまで?」 どうしてそんなに切り込んでくる、柊一路! 半分以上不可抗力だけど、うっかり全部聞いちゃったのは好奇心に負けたから。 つまり叩かれればほこりが出る、やましい身。 「か、彼女が先輩に好きですって言ったとこまで、です」 嘘ですが。その後もばっちり聞いちゃってましたが。 柊一路の探るような目に、どくどくと心臓がはねる。ずずん、と罪悪感。 やっぱり嘘はよくなかった、と思う。いっそのことばれちゃった方が楽か……楽なのかーっ!? しばらくの沈黙の後。 「――あ、そう」 後ろめたさに強張っていた私の腕は、ぱっと解放された。 あんまりにも呆気なさ過ぎて、面食らう。ぱかっと口まで開けて、ぽかんとする。 なに、この反応。いや、いいんだけど。うれしいんだけど。 「なに」 「――いえ、べつに」 問われて、ささっと目を逸らす。 この呆気なさ。もしかして……最初の方しか聞いてないって言ったから? 好きな子がいるって部分を聞いているか聞いてないかが、重要だったってこと? でも依頼に関わりが無きゃ、私は別にどうだって――。 そこで。ちらりと目の端で柊一路をうかがった。 なにか関係ある、とか。やっぱり柊一路の好きな人って、捜し人なのかもしれない。 やな奴だけど、性格悪いし、黒いけど。 しんどい恋、してる、のかも。 柊一路の好きな子ってどんな風なんだろ? ってちょっと思う。 その子の前だと柊一路ってば、どんな風になるんだろ? 案外すごーく、甘くなったりして。それか真逆で苛めちゃうとか? 「だから、ナニ」 「だから、別になんでもないです」 「嘘付け。目のそらしかたがあからさまに不自然なんだヨ」 がしっと。頭をつかまれた。 「言いたいことがあるならいえば?」 正に有無を言わさず。柊一路と向き合わされる。さっきの比じゃないくらい、柊一路が近い。なにもかもが、近過ぎ! はーなーせーっ! 「こういう真似、止めて下さいって何度も」 「いい加減、諦めれば」 諦めろって何!? 何を諦めろってのーっ! 肌を掠める柊一路の匂い。感触。 この状況で黙り込まれると、どうしていいのかわからなくなる。 まつげ、ながい。鼻、高い。……そんなことはどうでもよくて。 頬が熱い。頭が茹だる……っ。 あわててうつむくと、今度は至近距離で視界に飛び込んでくる喉仏。 開いたシャツからのぞく鎖骨。 目のやり場に、困る。暴走、まではいかないけど。力が身体の中で渦巻いてるのがわかる。じりじり体の中が焼けるような。 「侑那?」 無駄に良い声。普段はいやみなことしかいわないくせに。 今は有無を言わさず、支配するように響く。 ぐわぁん、と頭の中でこだまする音はきっと警鐘。 なにか。なにかこの状況を変える方法。 このままじゃ駄目だ、絶対まずい。何がまずいのかわからないけど、とにかく――まずい。 柊一路をあっといわせる打開策。 あっ、なんていってくれなくてもいいから、即刻私を離せっての……っ! ――聞いてみたら? ――何を? ――私のこと、好きですかって。 違う。那珂の馬鹿ーっ、こんなこと訊いてもしょうがないから! そもそも打開策じゃない! ない、のに。柊一路の黒い目に引きずり込まれるように、するりと口から滑りでたのは。 「――先輩、わたしのこと、好きなんですか?」 顔を上げた私の真正面で、柊一路が、目を見開いた。 *** 好きなんですか? 好き? 柊一路が私を? ば、馬鹿ですか、私!? 言うに事欠いて。なんてこと訊いてんの。 よりにもよって、なんで――もう、滅茶苦茶。 ありえないって自分で結論付けたばっかりだってのに。支離滅裂すぎる。 さいあくだっ、サイアクーっ! 自分の言葉とは、とっても思えない。 別の生き物が口に憑いていたんだ、そうに違いない……って、逃避している場合じゃないからーっ! 「……な、なぁんてこと、ありませんよ、ねぇ」 あはははと、無理やり笑ってみた。 ここはぜひとも冗談で済ませたい。否、済ませるべきだ、絶対に。って私の本能が声を大にして叫んでる。リフレインしてる……っ! なのに。柊一路は微動だにしやがらない。 ちょっと、間が重いんだって、間がーっ! なんか反応してよ、憎まれ口でもこの際、全然かまわないから! 私のこと好きですか、なんて聞かれたこと、ないんだろうなぁ。多分。 好きです、とは言われ慣れてても。 私も自分にびっくりしたけど、柊一路も驚いてるに違いない。 あああぁ、馬鹿なこと言った、訊いた。 時間よ戻れ……っ! って、そんな影響の馬鹿でかいこと、いくらなんでも出来ない。心情的には物凄く、したいけど。 「……あ、あの。です、ね?」 引きつりまくった作り笑い。そろそろと声をかける。 柊一路は仏頂面、というよりも寧ろ表情がない。 静けさが怖い……静寂が怖いぃーっ! 空気が。重い。半端でなく。 多分、柊一路ってば固まってる。 ぎりぎり笑みに見えるかもしれない引き攣った顔で、私もつられて固まった。 しーんと静まり返った中、目を瞬かせた後。 柊一路は、実にわざとらしく――。 嘆息した。 「オレが好きだっていったら、アンタどうすんの」 「え?」 否定されることが大前提。それはまったく考えてなかった。 「えーと。そうですね、心の底から困ります」 「ああそう」 真顔で答えたわたしから、柊一路がふいと顔を背ける。 でも、ようやく柊一路が動いてくれたことで、ほっとした。 よかった、とりあえず喋ってくれれば、嘲笑だろうが不機嫌だろうがなんでも許す。 もう、私の馬鹿な質問は、このままうやむやにしても、いい気がする。 答えなんてわかりきってるわけだし。これ以上、赤っ恥は晒したくない。 「あの先輩、私、報告書とってきますから。とりあえず目だけ通し」 「あんた――馬鹿だろ」 私の言葉をさえぎって。やけにしみじみと柊一路が呟いた。 「はい?」 ひくっと口元が引き攣った。 だけど。言われたことには、とってもむかっ腹が立つけど。否定できない。 キレるな私と、かりかり頭をかいて。 「あー、やっぱりないですよね。ありえないですよね、すみません。忘れてください」 まさに身から出た錆。いらぬ恥じかいたなぁ。 まあでも。那珂の突飛な仮説にもこれでも結論がでたわけだ。 と、思った矢先。 「――ありえないなんて言ってない」 ぼそり、と。柊一路が。 「は?」 「心の底から困れば?」 「は? え?」 「間抜け面」 「え、ええええ?」 なに、を。いいだしたわけ。このひとは。 からかわれてる? おちょくられてる? 多分、いや、きっと――またおちょくってる。そうに違いない。 今までの行動を省みれば一目瞭然。柊一路が真面目に言ってるわけがない。 まったく。性質が悪いったら……っ。 「……わかりました。あり得なくないなら、わたしとお付き合いしてくださるんですか? 柊先輩」 心持ち声のトーンを上げて、ふんぞり返る。 そうくるのなら、のってやる。 私だっていつまでも動揺してるだけじゃぁないってことを思い知らせてくれる。 柊一路のお陰で、だいぶ免疫ができてきてるなぁ。 ……ああぁ、こんな免疫、いらなかったのに。 「へぇ、それホンキ?」 「ええ、もっちろん」 まるで珍獣を見るような視線でたずねる柊一路に、にっこりと笑顔で返してやった。 どうだ、こうくるとは思わなかっただろ、柊一路。 さっきの女の子だって断ったくらいだもんね。さくっと前言撤回するがいい。 はっはっは、と胸の内で高笑い。とっても爽快。 今まで柊一路から受けた所業を考えれば、これくらいの意趣返し、なんてことない。はず。 意気揚々と見上げる私と、見下ろしている柊一路。 妙な空気が流れた。――あれ? なんだか雰囲気おかしくない? 「――いいヨ」 「はい?」 「付き合うんダロ? いいよ。」 「――え?」 空耳? 幻聴? 「あの、いまなにか仰いました?」 「いいよって言ったけど?」 再確認。結果。同じ答え。 いいよ? いいよって言った? 笑顔のまま凍りつきながら、ふーっと、意識が千里の彼方に遠のいた気がした。 ――なななななにを! 何を言い出して……って、言い出したのはわたしだけど! 「ちょ、ちょっと待ってください! わたしは別に買い物に付き合ってほしいとか、どこかにいくのに付き合ってほしいって言ってるわけじゃなくてですね……っ、つまり、交際? そう、交際の方の付き合う、を言ってるんですよ!?」 機関銃のように、畳み掛ける。でも柊一路はまったく動じず。 おかしい、なんで私がこんなに困ってるんだ……! 「わかってるケド?」 わかってるのか!? ほんとうか!? 「だって、センパイ、好きな……っ」 「好きな?」 ぐっと言葉に詰まった。 まずい、立ち聞きしてたのが、ばっちりばれる。 「好きな、おかずは何でしょうか……」 「接続詞がおかしいヨ、アンタ」 わかってます。これ以上ないくらい、自分でわかってますとも。 「……ホンキ、ですか?」 「何が」 「私と、付き合うんですか?」 「付き合うヨ? 何? あんた自分で言い出したくせに取り消すわけ? もしそうなら、それなりに誠意を見せてもらうことになるけどナ、魔女?」 誠意? 誠意って何。どうせ碌でもないことにきまってる。 「わたしのこと、好きなんですか?」 「――別に、好きじゃなきゃ付き合えないわけじゃないダロ」 「それは、ちょっと最低です」 なんてやつだ。やっぱり、こいつ、こういうやつなんじゃないか! 眉根を寄せて睨みつける。 でも柊一路は軽く肩をすくめただけで、私の発言に対しては何も言わなかった。 代わりに。 「決まりだな」 「きまりって、何がですか」 「しらばっくれんな、魔女」 ぐっと喉が鳴った。しらばっくれたい。 「無言ってことは二言は無しだな。これも一種の契約ダロ? 魔女」 こともなげに契約の二文字を出され、絶望的な気分になった。 二言なんてありまくりに決まってる。 でも、私が言い出して。柊一路が受けた。 契約。それをたてにされたら何も言えない。 認めたくない。けど。柊一路の方が一枚上手、だ。 どうやら私は、自らどん詰まりに頭を突っ込んだらしい。 火刑台に括りつけられる瞬間って、もしかしてこんな感じなんでしょうか、ご先祖様……。 まだしっかり自体を飲み込めてない……むしろ、飲み込みたくないでいる私の上に影ができる。 はっと顔を上げると、暖かな体温がかすめとるように唇に触れた。 「どさくさまぎれになにす……っ」 非難は柊一路にかっ攫われた。 奪われるように抱きしめられて、もう一度、キス、された。 今度は深くさぐられて。何度も何度も唇が合わさる。 息をつく暇もない。何も考えられない。 柊一路のシャツをぎゅうっと握り締める。 どうしようどうしよう何これ。 「……ふ……やっ、や……だっ、はなしてくだ……っ」 「――聞いてやるわけ、ないだろ」 低く、低く。柊一路の声が色めいて。 ぐるぐる回る、足元が。熱い体温。自分のものか、柊一路のものか、わからない。 考えがまとまらない。背筋がぞくぞくする。鳥肌が立つ。 柔らかい舌の熱が。心地よくて――気持ちいい。 おかしい。どうして、暴走しないんだろう。 散漫な、意識。うまく物事が考えられない。 とうとう立ってられなくなってその場にへたり込んだ私から、柊一路の腕がゆるりと離れた。 ぼんやりと、見上げる。柊一路は、親指で唇を軽く拭ってる。 なに、いまの。これまでと、違――って、いま、私……っ。 うわぁぁっ、違う、違うんだってばっ! 何がどう違うのかわかんないけど、とにかく違うーっ! はっと我にかえれば、僅か前の自分の心情がとてつもなく恥ずかしい。 魔女は快楽に弱いっとは柊一路の言だったはず。 そんな馬鹿なと一笑に付したはずなのに。はず、なのにぃ! 信じられないことに。多分、私が、溺れて、た。 力の暴走がなかったってことは、柊一路を受け入れていたって事で。 なんっで、なんでそんな突然……っ。 全身が――熱い。スカートの裾を握り締めた手の甲まで、赤くなってる。 このぶんじゃ、顔とかものすんごく赤くなってる、と思う。 絶対、からかわれる。茶化される。ぎっと柊一路を睨みつけて身構えた。 「アンタさ、なんか食ってた?」 「……はぁ?」 尋ねられた内容の突飛さに、間の抜けた声がでた。 なに。突然。意味がわからないんだけど。 食ってたって何を――あっ。 「梅飴?」 「……渋」 気の抜けた、というか今の状況にあまりにそぐわない質疑応答。 那珂に貰った飴は、気付いてみればすっかり溶けてる。 まだ結構残ってたはずのそれは、もう、わずかに甘さが残るばかりだ。 考えたくない。考えたくないけど、どうやら柊一路の口の中へ消えたらしい。 ……ぐあーっ! どうしてこの男は、ぽんぽんぽんぽん軽々しく人の唇を……っ! しかも。そのうえ。どうして私が悩む必要があるっての! 私の同意なしにされたことに、思い悩む必要なし! 勢いで結論付けた私の前に、柊一路が屈みこんできた。 知らずにビクッと肩が震える。 今度は何するつもり……っ。 威嚇を交えつつ警戒するしていると、すっと私の前髪が持ち上げられ。 柊一路の額がこつり、と合わさって。 「熱い」 ――は? 熱い……熱いって、ちょっと、何っ。 呟いた柊一路に、引っ張り起こされた。 わけがわからず混乱する。おかげで抵抗するのも忘れ、柊一路に腕を引かれるまま、つい歩き出してしまった。 「……ちょっと、何するんですか……っ、離してくださいっ、離してってば!」 「五月蝿い。騒ぐと担ぎ上げるケド?」 か、かかか担ぎ上げる!? 想像しただけで血の気が引く。 そんなとんでもなく目立つことをされた日には、冗談ごとでなく呪い殺されるに違いない。 結局。なすすべもなく引っ立てられ、渋々、柊一路の後に従う。 すこし、足元がふらついた。 背筋がぞくぞくする。寒気。悪寒。 うぅ、熱い、寒い。具合、悪化してる、これ絶対。 廊下を進んで。階段を下って。 ちょっと周りを見回す余裕が出来た頃、人がいないことに気付いた。 いつの間にかチャイム、鳴ってたんだ。 人に見られる危険性が減るのはいいことだけど、私、何処連れてかれるんだろう。 というか。さっきの。何度目のキス、だっけ? くっそう、柊一路め。 かえせ、もどせ、私のファースト、セカンド、サードキス。 「オイ」 「え……、うきゃっ」 柊一路が立ち止まってた。 気付かずに思いっきり体当たりをかました私は顔面強打。 ……なんかさぁ、前もこんなことあった気がする。 立ち止まるなら立ち止まるで、もうちょっと予備動作ってものがないのかアンタは! ぎっと見上げた先にある柊一路の仏頂面。 その後方にあるプラスチックの白いプレートには『保健室』の文字が黒々と。 ――保健、室? もしかして、さっきの熱いって、あれ。私……熱ある? ひたっと自分の額に触れてみる。熱い、ような。 しげしげと柊一路を見遣る。と、さっさと入れ、と目線で威圧された。 ……わかってます、入りますってば。うぅ、こういう態度はやっぱり柊一路だ。 保健室のドアをノックしようとして。でも。そのまま手を止め、足元へ目線を落とす。 自然とうつむき加減になったら、髪が顔の側面に落ちてきて。 ちょうど良く表情を隠してくれた。 「……その……アリガトウゴザイマス」 柊一路にお礼とかありえない。ありえないと思ってた。けど。 「ドウイタシマシテ。いいからさっさと中入れ」 単調な声。ぱっと横を向くと、柊一路はきびすを返していた。 遠ざかる背中は、思ったよりも広くみえる。 柊一路のいなくなった空間。 つかまれていた腕が、妙な感じ。少し、物足りない。 霧雨のような雨。廊下の窓ガラスに溜まり流れ落ちる雫。 雨、まだ止んでないんだ。 そっか。調子が狂うのも、ちょっと優しいじゃないか柊一路、なんて思っちゃうのも。 雨だから。そうに、違いない。 ふー、と溜息をついて、ドアをノックする。 先生のどうぞーという声に促され、保健室の中へ入ろうとして。 ふと何かが気になった。 ……あれ? でも待って。なんか忘れてるよう、な? はた、と気付く。 そういえば、私。ひょっとしてもしかして。 柊一路の彼女に、なったんだろうか? ――目が、回る。 |
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