ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること
ならびに、柊一路の特異性について考察すること

15




「……さあて、どうしてくれよう」

考えて、考えあぐねた末、三年の教室が並ぶ廊下の角からそろりと顔を出す。
開け放たれているシンプルな引き戸。

じっと睨みつけてたってもちろん妙案が閃くわけじゃないんだけど。
出来るなら正面突破はちょっと避けたい手段だ。

ああああ、校内で堂々と夏目氏に声をかけるのはちょっと……どころか、かなり憚られるこの状況が憎い。

「あの、悪魔め悪魔め悪魔め」

ぶつぶつと口の中でたっぷりの悪意を込めて呟く。

私と柊一路の事が、見事なまでに知れ渡っている――これに関しては、今朝、学校に来てからたっぷりこってり、胸焼けを起こしそうなほど理解させられていた。

さすがに正面切って文句をつけてくるツワモノはいなかったけど、あっちこっちから突き刺さる視線が痛いったらない。
しかも。色々問いただしてやろうと思ってた那珂は今日に限って何の連絡も無く休んでくれやがってる。

よもや逃げたんじゃなかろうな。

おかげさまで。まさに孤立無援。朝から今までの間、どれっだけ真相を叫びたかったか。
私は脅されただけで完璧な被害者だっていうのに、なんで理不尽な噂の的にされた挙句、コソコソ逃げ回らなきゃなんないのさ。
しかも。たいしたことないじゃーん、なんて、すれ違い様にばっちり嘲笑の浮かんだ顔で言い放たれた日には。
今日一日のあれこれなんて、人生において思い出したくない出来事ナンバーワンに燦然と輝きまくりってなもんだ。

地味目地味目に、ひたすら目立たず生きてきたこれまでの努力があの悪魔に関わったお陰ですっかり水泡に帰した。しかもたった一日で。
笑えない。まったくもって、笑えない。

塵芥ほども望んだわけじゃないってのに噂の渦中にいる今、身動きがとり辛い事この上なく、ましてや大っぴらに夏目氏とコンタクトなんてとんでもないのだ。
ただでさえ尾ひれのついた噂話にさらに余分な要素を付け加え、上級生のお姉さま方に射殺されそうな目で見られるのはごめん被りたい。

となると、だ。夏目氏がひとりになったところを狙ってみるかと思ったわけだけど。
私の思惑なんてなんのその。夏目氏ってば、ちっともひとりになってくれない。誰かしらご友人が側にいる。

夏目氏は、柊一路と違って随分、交友関係が広いらしい。

今日一日、それとなく、かつコソコソと人目を避けてつけ回してみたものの成果はなし。そしてあっというまにやってきた放課後の今。

極力気配を消し、夏目氏が教室から出てくるのをこうして無策で待っている、と。

このままじゃあ。まず間違いなく、埒が明かない。

帰り道を狙うのも一案かもだけど。一人になるのを見計らっているうちにずるずる家までついていくことにでもなったらなったで、私ってば軽くストーカーっぽくない? あああぁぁっ、さっさと一人になってくれないかなあ、夏目氏。

壁に向って項垂れながらふーっと溜息を一つ。
病み上がりに何やってんだ私。軽く人生を悲観したくなるわぁ。

「ゆーなちゃん?」

乾いた笑いが一瞬で吹っ飛び、ぎゃあ、という悲鳴が喉まで出掛かって危うく飲み込んだ。
あわてて振り向くと、いつのまにやら背後に、夏目氏。

び、びっくりした。心臓が口から飛び出るかと思った。
いつの間に教室から出てたのこの人? 私、HRが終わって直ぐここに来て張ってた筈なんだけど。

「あー……あの、えーと」
「うん。あのさ、今日ずーっとオレの後、ついてきてたよねー」

少なからず動揺して口ごもっていると、夏目氏に笑顔で問われた。……というよりもこれって質問じゃなく確認だよね? 気付いてたんならもっと早くに声掛けようよ夏目氏。今日一日の苦労を思って、ひくっと口元が引き攣る。

――いやでもあれだ。それはそれで話が早いってことで。
よおおし、前向き解釈完了。

「夏目先輩、ちょっとお話があるんですけど。その、ええと……人のこなさそうなところにちょっと付き合ってもらえませんか?」

辺りをさっと見回し人目の無いことを確認してから、そっと夏目氏に近づきこそりと小声で囁いた。

「んー?」

割りと真剣に提案した私を、珍獣を見るかのごとく見返して夏目氏が小首を傾げる。何か仕草が乙女だな夏目氏。いや、可愛くはないケド。

「えーと、ね。面白そうではあるんだけど、オレ、一路の敵に回る気はないよー?」
「――は?」

敵って……別に敵対してほしいなんて思っちゃいませんが。そりゃ私にとって柊一路は天敵だけど。
意図がわからず目線だけで聞き返す私に、夏目氏はちょっと眉を顰め、左手で顎を摩り――。

「んー、まあいっか」

ちょっと引っ掻き回しちゃおうかな――と、面白がるように口角を上げ、にこりと笑った。

「じゃ、連れてってもらおうかな、人のこなさそうな所。ね、侑那ちゃん」
「はあ」

……なぁんかこの人の笑顔、信用できないって言うか。神経が妙にざわざわする、ような。……しかも背筋がゾクゾク……ああああ、これって悪寒? 悪寒?

人選、誤ったかもしれない。

***



「単刀直入に言っちゃいますけど柊先輩について教えてください」

体育館裏に引っ張りこん……もとい、丁重に付いて来ていただいた夏目氏に胸を張って尋ねる。

折角つかんだこの機会。悪寒如きに怯んでなるもんか。この際、聞き出せるだけ聞き出してやろうと、しっかり腹は括り済み。

夏目氏が吃驚したようにパチパチと瞬きをする。ふっと横を向いて肩を震わせた。
……えーと。笑ってる? いや、今の遣り取りで笑いどころなんてどこにも無かったはずですが。

「ははぁ、なるほどねぇ、一路のことを訊きたいんだー。ふぅん、一路のことをねぇ?」

……夏目氏よ。人を指差して笑うのは失礼だって教わった事ないんですか。
そもそも何故そこまで大笑い?
私が柊一路について聞くのがそんなに可笑しいですか。

私がお願いして時間を割いてもらってるわけだから、そりゃあ多少の奇行には目をつぶりますけども。情報料と思えば安いとは思いますけど。
うっかりこちらに何か仕掛けられるよりも、ひとりでどうこうしててくれるならそっちのほうが全然いいですけど……けどっ! いい加減ちょっと笑いすぎですから!

一向に笑いやむ気配のない夏目氏に痺れを切らし、些か気も悪くしながらむっと睨むと、ばつが悪そうにこほんと咳払いをした夏目氏は、ごめんごめんと実にかるーく謝りながら居ずまいを正した。相変わらず、口元はにやけてるけど。

「んー、じゃあまず何からいこっか」
「じゃあですね、柊先輩の生い立ちとか――教えていただけますか?」

ようやくの本題。頭を切り替え、夏目氏の様子をうかがいながら提案してみる。
……ちょっと、後ろめたくはあるんだけどね。やっぱり本人の知らないところでこそこそ探るってのは。

「生い立ちねえ。一路のちっちゃい頃……んー……、あのね、一路のお父さんね、学者さんなの。オレも詳しくは知らないけど考古学が専門なんだって」
「え、そうなんですか」

意外なような、嵌っているような。
学者の息子だからって学者気質とは限らないし、その逆も然りだからなんとも言えないけど。でも何故いきなりお父さんの職業?

「そう。でね、そのお父さんがフィールドワーク主義らしくて、だから世界中いろんなところにつれてかれたらしいよー。こっちに戻ってきたのは高校入学でってことだったみたい」

なるほどそこに話が繋がるのか。

「ああ、それじゃ柊先輩が一人暮らしなのって」
「うん、戻ってきたのは一路だけだから」
「へー、じゃあご両親はまだ遠い異国の空の下ってことですか」

こくこくと頷きながらの何気ない一言。けれどそこでふと妙な間が空いた。
不審に思って眉根を寄せると、夏目先輩が困ったように苦く笑った。

「うーんとね、異国の空の下にはお父さん一人なんだよね」
「お母さんは」
「んー……ちょっと複雑? だから、そこは一路に直接訊いてくれたほうがいいかな」

人差し指を頬にあて、右斜め四十五度に首を傾げた夏目先輩は可憐……とは言い難く、はっきりいって気持ち悪い。即刻、止めていただきたいところけど、あえて無視を通す。なんかここで突っ込んだら負けの気がする。

「言いにくい事ですか?」
「言い難いねぇ」
「わかりました。じゃあ、そこは省いてもらっていいです」

縦に頷くと、夏目氏にまじまじとガンを飛ばされ……てるわけじゃないとは思うんだけど。じっくりみっちり観察された。

「な、なんですか?」
「追求しないんだ?」

すんごく意外という様子を隠そうともしない夏目氏に、ややむっとする。
そりゃ本人のいないところで色々聞き出そうとしちゃいるけど、さ。

「して欲しいんですか?」
「してほしくないなー」
「じゃあいいじゃないですか。私より付き合いの長い夏目先輩がそういうなら余程の事情があるってことでしょう」

本音を言えば、教えてもらえるものなら教えてもらいたい。
けど。踏み込んでいい立場に私がいるのかどうか、夏目氏が――それに多分私にも――わからないってことなら仕方がない。

「侑那ちゃん、実はいい子なんだねえ」

言いっぷりがすんごく腑に落ちないんですが。実はってなんだ、実はって。しみじみ言わんで下さい。
それって、夏目氏は今まで私のことをどうみてたってことなわけ?
聞き捨てなら無い一言を頂戴し、今度は自分の眉間にくっきり皺が寄ったのがわかった。

「あれー、褒めたのに不満そう?」

にこにこ笑顔で嬉しそうに言われ――夏目氏、実はサドっ気があったりするんじゃないだろうなと嫌な予感がムクムクと頭をもたげる。
この人、間違いなく柊一路の友達だ。なんだかものすごーくさっさと話を切り上げたくなってきた。

「……ありがとうございます、と一応言っておきます。ってことで、話の続き、お願いします」

夏目氏を促し、話の流れを――多少強引とはいえ――元に戻す。

えーそう? と若干不満そうな声を漏らした夏目氏は。
しばらく考えこんだと思ったら、突如としてたたみ掛けるように喋りだした。

「んー、とね。十二月四日生まれのいて座、血液型はA型。身長182.5、体重72
.5、高三の17歳。見ての通り愛想は無いね。後、基本的に好き嫌いはないけど、何故かオレのお薦め品は拒絶する傾向あり。割りと動物好き、というか、動物に好かれる性質かな。後は」
「ええ? あの、ちょっと待って、待って下さいって」

生まれた日とか血液型は占ったり術を施す為に参考になるけど(もちろん柊一路に対して私の占いや術が有効とは思えないけど)、身長体重、好き嫌いなんて教えてもらってもはっきりいって仕方が無い。
が、慌てて止めたにも関わらず、夏目氏の口は滑らかだった。

いらんことを喋る有様は立て板に水の勢い……。

柊一路に関する無駄知識が着々と増えていくのを感じながら、この独尊なところはやっぱりどうあっても間違いなく柊一路の友人なのね夏目氏と、再確認した。というかさせられた。

ああああっ、寝るときはパジャマ派とか歯磨き粉はスーパーミントだとかシャンプーはシトラス系だとか激しくどうでもいいっ!

「それとね、部屋にはテレビが無くて、暇な時は概ね読書で時間を潰すけど、古書店で適当に買ってくるからこの間は『ふぐ調理師必読! 資格を取るHOWTO』を読んでたね。あ、そうそう、因みに特に好きな食べ物は和食全般とラズベリージャムだよ」
「――はいぃ?」

しっかりワンテンポ以上は遅れ、半ば以上聞き間違いだと確信しながら、聞き返した。けど。夏目氏からは――。

「ん? だから和食全般とラズベリージャム」

やっぱり同じ言葉が返って来た。

……ジャム? ラズベリーの? 好きな食べ物が? 何、その乙女アイテム。あの仏頂面でラズベリージャム?

「ちょっと意外でしょー。うわー侑那ちゃん豪快な笑いっぷり。でもその辺にしといた方がいいかもよー?」

無理無理。は、腹が。腹筋が痛いっ。
堪えきれず、腹を抱えてケラケラどころかゲラゲラゲラ。正に抱腹絶倒。
目尻に滲んだ涙は指先で拭っても拭っても溢れてくる。

甘党。あの柊一路が甘党。これを笑わずして何を笑えっていうんだ。

「あー……、あのね、侑那ちゃん」
「は、はい?」

笑いすぎたおかけで痛むみぞおちを押さえ、涙を拭き拭き上体を起こす。

――ん? なんだか夏目氏の顔が若干引き攣ってるような、気が?
しかもじりじりと後退してるような気もするんだけど。

どうかしましたかと問いかけようとした時、すうと頭の上に影が差した。
日が翳ったのだと思い、反射的に空を見上げる。

そこに――。

「――何やってんの」
「ひ、柊、先輩?」

あ、悪魔がっ、悪魔がいるっ!
あんたこそ何をしてるんだ、何を。神出鬼没というか。昨日も思ったけど気配がないんだっつの気配が……っ。

どこか責めるように軽く睨まれ、私はあんぐり口を開けたままという間抜けな姿で立ち尽くすしかなく。
柊一路の視線は、そんな私からするりと外され夏目氏に向けられた。

「秋一、お前今日急いでるんじゃなかったっけ?」

柊一路の一瞥を受け、夏目氏は何故か慌てたようにこくこくと頷きまくった。

「あーうん、そうそう。俺急いでるんだった。それじゃあこれで。またね、侑那ちゃん」
「え? あ、ちょ……っ、ちょっとま、夏目先輩?」

右手を上げて脱兎の如く駆け出した夏目氏の背中に手を伸ばすが、それはもちろんきれいさっぱり無視された。というか。私の制止が聴こえていたかどうかも怪しい。

――逃げ足早すぎってもんでしょーが、それはっ!

で、結果。私は柊一路と二人きり、と。

どうにも気まずいというか。気詰まりというか。まさか昨日の今日でまた顔を付き合わせる嵌めなるなんて。

実はこういう状況が嫌で、今日は一日、ことごとく柊一路を避けまくってた。
お弁当だって朝の内にわざわざ下駄箱に突っ込んでおいた。

夏目氏と話すのだって人気の無いところを選んだってのに、なんでこんなとこに来るのよ。

「アレ、溺愛してる彼女がいるカラ」

くいっと顎で示されたのは夏目氏が消えていった方角。
アレ、の部分はどう考えても夏目氏を指している。

「はあ……そうなんですか」

自分でも随分と気の抜けた受け答えだと思う。
だけど。そんな情報を訊かされても、どう返せばいいのやら。
溺愛してる彼女ねえ。ああ、だから夏目先輩関係の依頼が私のところに来なかったんだ?

納得納得。でも。どうして今そんなこと?

「――帰る」
「はあ、どうぞお帰り下さい。それではまた明日お元気で」

右手をさっと上げ、見送る準備を万端整え愛想笑い。
小馬鹿にするような柊一路のアンタも来るんだよ、という一言でその愛想笑いすら引き攣った。

「え……、まさか一緒に、とか言いませんよね」

頬を痙攣させる私の手を、柊一路が無言でつかむ。
引っ張られて、右足がふらりと前にでた。

な、なに。どうした柊一路。手っ、手とか手とか手とか。あああ、ちょっとまてまさかこのまま人目のあるところに行く気なんじゃ……。ぞっと、背筋が寒くなった。
ひ、柊一路、あんたは女の怖さって奴を知らないのか! 色恋沙汰の絡んだ女子は半端なく恐ろしいものなのよっ。
これ以上私を窮地に陥れてどうする! 依頼どころじゃなくなる。なくなるから!

「わ、わかりました、わかりました。一緒に帰らせていただきます。だから手を離して一メートル以上離れて歩いて下さい」
「馬鹿じゃないのアンタ」

ば……っ、私の妥協案を一蹴どころか、足蹴か!
五月蝿げに眉を顰めぞんざいに歩く柊一路に引っ張られ、仕方なく右、左と足を出しながら、 深呼吸を繰り返し、気を落ち着かせるべく努力をしてみる。

そう。平常心、平常心だ私。
何をおいてもこのままの状況は不味い。とっても不味い。

――かといっていい手立てが閃くわけでもないんだけどさあぁぁぁぁっ。

思考の語尾が魂の叫びになるくらい動揺してた。

結局。ああそうだ、と柊一路が足を止め振り向くことで無言の――それはもちろん表面上だけで私の脳内では罵詈雑言の嵐だった――行進は唐突に終える事が出来たんだけど。

しかもしかも。なんとも幸いな事に。
止まった場所は体育館裏から続いている旧校舎の裏手。まだ人気は皆無。
よし! 私、ラッキィィっ! これもきっと日頃の行いに違いない!

「返しとく」

普段の自分に惜しみない賛辞を捧げていると、チェック模様のナプキンで包まれた物がこちん、と頭の上に乗せられた。

「返しとくって――ああ、お弁当箱ですか」

両手で持ったそれは軽く、左右に振ってみると中仕切りの揺れる音だけがカラカラとした。
中身は空っぽ、らしい。
一応全部食べてくれたんだ――なぁんて、ちょっと感心してたら。

「冷凍食品多すぎ」

ちゃっかり文句つきだった。
あさっぱらからそんな手の込んだものつくれないっつの。私だってそれなりに支度に時間掛かるんですよ。年頃の乙女ですから。……一応。

「あ、じゃあ明日からラズベリージャムを挟んだサンドイッチにしますね」

さっき仕入れたばかりの新情報。ふっと思いついたそれを、にやりと含み笑いで意地悪く柊一路に突きつける。

ああ、ありがとう夏目氏。
無駄知識だなんていってごめんね、いま正に役に立ちました。

貴方の勇姿は忘れませんと、心の中で夏目氏の胡散臭い笑顔に合掌する。

ははは、どうだ驚いたか柊一路! ……ん、あれ? あんま驚いてない?

勝ち誇ってはみたものの。柊一路は思案気味に黙り込んでいて。
私の視線に気付くと、なんだか落胆したような溜息をもらした。

「秋一から聞いたんダロ?」
「――情報源は秘密、です」

ま、どう考えてもばれてるだろうけど、ここは一応夏目氏に義理立てしておこう。
私をおいて逃げたとはいえ、面白い情報をくれたことだし。
柊一路にあんまり打撃を与えられなかったのは残念だったけどね。

「まあ、それはともかくとして、ですね」
「なに」
「なに、じゃないですよ先輩。どーしてくれるんですか、私のこの窮状っ。なんだって私と先輩の……その……関係性が広まってるんですが。お陰でこれ以降仕事がし難くなるのは確実ですよ? 先輩だってそれは困るでしょ」

この際だから言いたい事を言いたいだけ言っとこうと、びしっと人差し指を突きつける。噂を作る側が噂の渦中に。不出来な冗談過ぎておもしろくもない。

「いっそのこと止めたら? 魔女業」

ぺろっと、とんでもないこと言いやがりましたよこの男は。
そんな簡単に止められるわけない。そりゃ、今は新しい依頼を受けてないからほぼ開店休業状態ではあるけど。

切実な思いで私に依頼を持ち込んでくる子達がいるって、知らないくせに。
全てを願いどおりに出来るわけじゃないけど。それでもささやかな手助けが後押しになることだってあるんだから。

……ああだけど。私がいま二進も三進もいかないことになってるのも、その依頼が原因なんだけどね!

「もうなんだってこんなややこしい事態に……」

がりがりと頭を掻き毟りたい衝動を抑えた反動で、吐き捨てるような言葉がぽろっと零れた。

「ややこしくしてるのはアンタ」
「は? わたし? なんですかそれ」
「自分で考えれば」

むかっとする。今まで溜めて込んでいた鬱憤が一気に頭の天辺に上り、ぶわっと噴き出した気がした。

「なんですか。この間からそればっかり! だいたいですね。格差を感じるわけですよ、他の女の子との。優しいなんて噂嘘っぱちですよね。全然まったく優しくなんてないじゃないですか。なんだってこんな仕打ちを」

受けなきゃならないんですか、と言い終わる前に、柊一路の顔がずずいっと近づいた。
……な……っ、なに。近い。

「お望みなら優しくしてやってもいいケド。そのかわり後悔はするなよ?」
「こ、後悔するって何を」
「色々」

色々って。色々ってなんですか。
ああ、だけど。優しい柊一路なんて、豆腐の角に頭をぶつけてぽっくり以上に私の中ではありえない。
私に笑いかける柊一路なんてものをうっかり想像して一瞬思考が停止した。

きっしょくわるい! 気色悪いぃっ! 無理だ、それ。無理無理。想像だけで私の許容範囲を軽くオーバー。
優しくされる前からたっぷり後悔に襲われた。

そもそも、馬鹿なこと言った。柊一路にとって私は、女性である前に多分被雇用者なわけで、それなら優しくする道理もない。

「……やっぱいいです。優しい先輩とか問答無用で殴り飛ばしてしまいそうですから」
「殴るのかよ、もう少し魔女らしい報復は出来ないワケ?」

柊一路が呆れたように片眉を上げた。

出来るもんならぜひともそうさせて頂きたいですよ、ははは!
だって魔法が効かないんだからしょうがないじゃないの。
そうでなきゃ今頃、あーんなことやこーんなことをして……しこたま報復してる。うん、してる、はず。

「魔女が空を飛ぶ方法、悪魔と性交を行う方法、魔女が人を性的不能や不妊症にする方法、男から性器を奪い去る方法、人間を獣に変える方法、嵐や雷や雹で人畜に被害を与える方法……色々あるよナ。一番二番はともかく、それ以外は割りと効きそうだケド?」
「……は?」

淡々と指折り数える柊一路に、自分の耳を疑った。
いま、なに言った? ものすんごく、いやぁなモノを聞いたような。
魔女にとって、いやおそらく魔女にとってだけじゃなく――中世欧羅巴の、暗部。

「魔女の、槌」

無意識の内に口から滑りでたそれは、とても嫌な響きだった。



Back ‖ Next

魔女のルール INDEX



TOP ‖ NOVEL



Copyright (C) 2003-2009 kuno_san2000 All rights reserved.