ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること ならびに、柊一路の特異性について考察すること 18 |
「つっかれてるわねぇ、柊先輩とがんばりすぎなんじゃないのー?」 五時間目と六時間目の中休み。 ぐったりと机につっぷしていたら、けらけら笑う那珂に思いっきり頭を引っ叩かれた。 すっぱーん。と小気味いい音。 ……いたい。でも頭をあげる気力もない。 眠い、だるい、かったるい。見事な三重奏をくらっている私に追い討ちをかけるなんて、なんて友達がいのなさ。うう、いたわりが欲しい。 「彼が出来たら友達をないがしろにするタイプだったってのは、ちょっと意外だったなぁ」 「……なに、それ、なんのこと」 立ち去る気配のまったく皆無な那珂の様子に、こめかみを揉みながら渋々顔をあげる。 んふふと意味深に笑う友を胡散臭く見つめて頬杖をついた途端、たちまちぼうっとしてきた。 ああ、まったくきっついわあ。 あれから――私と柊一路の脳天に窓が落っこちてきてから、早一週間が経とうとしている。 狙われている対象がどうやら柊一路だとわかったのはあの翌日のことだった。 通学途中の柊一路に、車が突っ込んだらしい――。 幸い直撃はしなかったらしく、無傷。 悪魔的男にはやっぱり悪運がたっぷりあるらしいと呆れたものの、恐ろしい事に車は無人だったという摩訶不思議なおまけがついていた。 そう。摩訶不思議、だ。はっきりした原因のわからない窓落下は、一応老朽化ってことで片付けられたらしいけど、これらの件には柊一路に呪具をくっつけた主が絡んでるんじゃないかと私は睨んでる。 姿がちらとも見えない相手――ああ、まったく嫌。厄介だったらない。 「いやぁ、でもよかったじゃない。そこまでらぶらぶならって、皆温かく見守ってくれる方向に落ち着いたみたいだし」 「……らぶらぶなんかじゃないっつの」 「ん? なんか言った?」 「……なんでもない」 言いたい文句をぐっと飲み込む。ここで否定しても、那珂を面白がらせるだけだってことくらいはここしばらくで学習してる。 無人車以上におっそろしく、厄介な事実。なんとびっくり。私たちの仲は、公認になりつつある、らしいという……。 それもこれも。柊一路の本命女子ってやつが何故か私に確定していて。 囁かれる噂の中では、柊一路が一途な純情男子としてそれはそれは美しく壮大な恋物語が出来上がっているとか、いないとか。 詳しい内容なんて知りたくもないケド……純情な柊一路……それってすんごく無理がない? ねえ、無理がない? 純粋な好奇心として、噂の元を作り上げた人を問い質したい気がしなくも無い。 広く散布しまくった今や、大元が誰だったかなんてわかんないけどさ。 人の噂も七十五日っていうけど早く下火になってくれないもんかなぁ。 実際問題として、校内で動きにくくてしょうがないのよ。 初めのうちは片っ端から否定しまくってたんだけど、それがさらに噂をよんで、人の目が集まってくる。しかも虚実入り混じり、新しい噂が生まれる速度といったら早いの早くないのって。いや早いんだよ! だから前の噂が消えるころになると次の噂が出てくるみたいな悪循環に陥ってる。まったくたちが悪い。 そして悟ったのは、何もせず、言わず、静観することが一番だってこと。 ……早いとこ、私と柊一路の話題に飽きて欲しい……。 「でもさぁ、ちょっと引っ付きすぎなんじゃない? この頃四六時中一緒にいるよねえ」 いたくているわけじゃないっつのっ! ここしばらくの不満やら鬱憤やらを押さえ込む事ができず、ついつい、がるっと低い唸り声が喉からもれ、耳ざとい那珂にしっかり聞きつけられた。 は! 如何如何、ここでまた話題提供なんてしたらこれまでの苦労が無駄になる。耐えろ私、耐えるんだ私! 「ん? なに? なんか言った?」 「ううん、別に何も」 ああ、顔が引き攣る。 「ふーん? それじゃあさ、柊先輩って、そんなにいいの?」 「よくない」 「え、じゃあ下手なんだ?」 下手? なんだか話がみえないような……ええと、性格的な問題をさしてるんじゃなくて? でもそうすると、下手じゃなく、悪いって表現が正しいんじゃ? 「えーと。なにが?」 「なにって、アレ……あれ? もしかして、まだ? え、だって朝、一緒に登校してるよね」 「してるけど……」 何をかくそう、それが寝不足の一因でもあるからね。 車突っ込み事件があってから、朝、柊一路のアパートまでわざわざ回ってお迎え……。小学生か! いやむしろこれって男女が逆だろ! っていう、ね。せめて送迎中はお弁当休ませてっていってもきいてくんないし。 一時間の早起きは、激キツなのよおおおぅッ! なんだ、なんなんだ、私はあいつの女中か? 女中なのか?! 机の木目を睨み、拳を握り締め、ふつふつと湧き上がる怒りに身を震わせかけ――。 「なーんだ。じゃあ泊まってるんでしょ、柊先輩のとこ」 やっぱりとでも言いたげな那珂に、ぽかーん、と口が半開きになった。 目玉が瞼から外れて転がり落ち――てないわよね、大丈夫よね、私の目ん玉さんは無事よね? 「泊まって……? ……は? ……はあ!? なにそれ! と、泊まってるわけないでしょう!」 「ええ? そうなの? だってこの頃ずっと眠そうにしているし、てっきり」 てっきり、なに? なんで私が柊一路んところにお泊りなんぞしなきゃいけないの!? ねえ、なんで!? 「それに、侑那が先輩の家からべったり引っ付いて出てきたところを見た子がいるって噂よ?」 また噂。うわさっ。ウワサ! ええい、そんな阿呆なウワサを立てた誰か! 私の前に姿を現しやがれえええ! 「事実無根! 無実!」 かっと両目を見開いて拳を机を叩きつける。 那珂がちょっと引いてるけど、そんなことにかまってる余裕なんぞ今の私にあるわけもない。 「……えー、ほんと? 実は心あたり、あったりするんじゃないの?」 ちょっ……まだ言うか! ああ、なに、その疑いの眼。 そりゃお迎えには行ってる。でもドアの前で待ってるだけだし。アパートの門を一緒に潜るくらいのことはしているけど、やましいことなんてこれっぽっちも、針の先ほども、否、マイクロファイバーの先ほども、ない! ダ――ダメだ。私の今後を考えるなら、せめて朝だけでも柊一路と別行動をとらねば。 これじゃ、依頼がすんで柊一路と無事ハキョクした後、本当の初彼を作ったりとかするときに、恐ろしく不利になる。 私だって少しは女子高生らしい日常ってもんを送ったっていいと思うのよ。それくらい罰はあたらないと思いたい、私が魔女ってことを加味したとしても。 「ふぅん。ま、その様子じゃ嘘ではなさそうか。アンタと柊先輩って、なあんかさ、よくわかんない関係だね」 なにやら一人納得したふうの那珂が、とてつもなく不思議そうに首をかしげる。 よくわかんないか……そりゃそうだ。当事者の私にだってよくわかんない関係なんだもん。 でもとりあえず。今の状況が私の未来にとんでもなく影を落としそうだっていうことは、よく分かった。 そして。とてつもなく陰鬱な気分と共にはじまった六時間目の大半は船をこぐ事に費やし。 ホームルーム終了と共に鞄を引っつかんだ私は、猛然と教室を飛び出した。 ――起死回生の一手、効いててよ! 祈りながら、一路(名前じゃなく副詞的意味合いで)、柊一路の元に向った。 「先輩! どう、でした?」 丁度、教室を出てきた柊一路のシャツを引っつかんで尋ねるあたり、私もかなり必死だ。 荒い息でやや咳き込む私を、柊一路が不思議そうに見下ろしていた。 今日はよくよく、不思議そうに見られる日らしい。 あー、全力疾走のお陰で、膝ががくがくする。 これはきっと筋肉中に乳酸が蓄積されていま正に大変な事に。なんてことはどうでも良くて。 さあさあ答えはどうなの柊一路。 ここが私の今後の生活を決定付けるんだから、慎重かつ素早く答えるんだ柊一路。 「とりあえず何もなかったナ」 マジですか、やりましたか私! いよっしゃあ! 拳を突き上げて、狂喜乱舞。は、さすがに出来なかったけど、一安心である事は確かだ。 これで下僕並みの送り迎えからようやく解放されるわ。私やったよおばあちゃん。 「侑那」 「はい?」 喜びをかみしめていた私は、だだ漏れる満面の笑みのまま、うかうかと柊一路を振り仰いでしまった。 すいっと柊一路が身を屈め、私の右肩に、重みがかかる。 ええ?! という悲鳴に近い声が、周りから聞こえた。 「そんなに嬉しいワケ?」 私の肩に顎を乗せた柊一路が、周囲のことなど何処吹く風といわんばかりに淡々と問いかけてきた。 「え、は……い?」 笑顔のまま凍りつく。喉に絡んだ声が、僅かに上ずっていた。 ここは廊下。そしてホームルーム終了直後。まわりには人がいっぱい……って、何、何をしてんのこの人は! 「ちょ……柊、先輩!?」 いつの間にかがっちり腰にまわっていた両腕から逃れるべく、後ずさりする。 もれなく柊一路がくっついてきた。 「なにやってるんですか離してください」 「いや、珍しくアンタの方から迫ってきたから要望に答えようかト」 待て。私がいつどこでアンタに迫った。何の妄想ですかそれは。 それよりも何で私が後ろに下がると一緒についてくるのよ! 馬鹿みたいじゃないか! ああああ、道行く人が唖然としている! 消えたい! ぱぱっと空間移動したい! こんな公衆の面前でそんなことできやしないけど! 「馬鹿なこと言ってないで、離れて下さいってばっ、なんでついてくるんですか」 「俺の傍にいる必要がなくなってそんなに嬉しい?」 「はあ?」 なにわかりきった事を。そりゃ嬉しいに決まってる。 後はお弁当作りがなくなれば、もう十五分は確実に遅く起きても大丈夫なんだけど、そこは拒否られるにきまってるから、まあ贅沢はいわな……って、まって私。そこ贅沢と違うから! 寧ろ作らない方が当然だから! 彼女って言っても、嘘なわけだし。義務もないし。強いていえば脅されているけど! うん、そこは重要だよね! はははは……はあ。 これはアレだ、慣れって恐ろしいってやつだよねえ。 さっきまで噛みしめていたはずの喜びが霧散し、一気に陰鬱になった。 その間も、私が後ずさり、柊一路がついてい来るという、どうかんがえても尋常じゃない状態で攻防を繰り広げつつ、しばらく。 「……っ、い、あ……ひゃあ!」 まったく突然に、今まであったはずの支えがなくなり、気付いた時にはすてーんと盛大にすっ転んだ後だった。 いやって程しりもちをついて、目の前に古典的な星模様が飛んだ。気がする。 「い、たた」 そりゃ離してっていったけど、これはないんじゃないですか。 尾てい骨がゴリって言ったっつの、ゴリって! あらん限りの恨みの念を込めて見上げた先では、柊一路が涼しい顔をしている。 かけらも悪いと思っちゃいないなこの男は! つか、ここどこよ!? さっと素早く辺りを見回せば。廊下の突き当たりにある妙に広い空間。 設計ミスなんじゃないかって専ら評判の奇妙な一角だ。ちょっと奥まっているから、わざわざ覗きに来ない限りは人に見られる心配はない。心配はない、けど。柊一路に遠慮してか、誰も覗きには来てない、けど! ああ摩訶不思議。 私の評判にこれまた致命的な一撃をくらいそうな気がするのは、何でだろう。 はい、それはここが暗にカップル専用の場所となっているからです。 自分の迂闊さを嫌って程悔やむのは、これで何回目だっけ。 打ちひしがれつつも、心の中で叫ばずにはいられなかった。 なんだって柊一路に隙を見せたのよおおお私の馬鹿ぁぁ!! どうやら柊一路に関することに限り、私の学習能力は極端に低くなる、らしい。 |
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