ルール01.魔法が効かないことに、私こと桜侑那が愕然とすること
ならびに、柊一路の特異性について考察すること

27




「ゆーなちゃん、おっはよー」

さわやかな朝。校門の横で温和な笑みを浮かべながら手を振る人物を見て、取り繕う暇も無く、眉間にくっきりしっかり皺が寄った。
……なんだって夏目氏がこんなところで突っ立てるの。おおいやだ、厄介事の匂いが、ぷんぷんする。

「おはようございます。急いでるので失礼します」
「うわぁ、冷たい反応。傷ついちゃうなぁ」

よくいうわぁ、そんないい笑顔で言っても、真実味はさっぱりないっての。

完全無視を決め込み、すたすたと校門を過ぎた私の後に、夏目氏は当然のようにくっついてくる。

つかずはなれずな距離。けれどちらちらと視界に入り込んでくる、微妙な距離。
どうしたって意識から追い出せない絶妙さ。

自分をアピールする術を心得たその動きに、つい声をかけそうになったけど、ぐっとこらえた。

相手の術中に簡単にはまるなんて、癪すぎる。それに、そう。いまは夏目氏よりも柊一路、だ。

柊一路の居る場所なんて、学校と自宅ぐらいしか思いつかない。
自宅が駄目となると、学校だけが頼みの綱ってことになる。

くっ……、こんなことならもっと柊一路の行きそうな場所を日ごろから調べとくんだった。

今朝、もう一度携帯に掛けてみたけど、相変わらずつながらないし……。
どうやら柊一路の機嫌はちっとも回復してないらしい。

ぐああぁ、なんだってのよおおぉぉもうっ!
一晩ぐっすり寝たら、翌日の機嫌はすっきり! でいいじゃないの! もっと人生楽しく明るく生きてくれ柊一路!

ああー……朝日が目に染みる……。床で寝ちゃった所為であちこち痛いし。

せっかくの晴天だってのに、私の気分はどんより沈みまくりだ。
なんにせよ柊一路と会わなきゃ何もはじまらない――けど、会えたら会えたで、楽しくは無いんだろうことが容易に想像できる。

ん? それって、会える会えないに関わらず、どのみち同じってこと?
いや、会えないで何の進展も無いより、顔つき合わせて話をしたほうが、幾らかマシ――かなぁ? ああああ、ちっともマシって気がしない!

ふぅ、と、目頭を押さえた。なにごともなく登校、しててくればいいんだけど。

「一路と喧嘩でもした?」

すぐ隣から、ひょいっとこちらを覗き込んできた夏目氏にぎょっとする。いつの間に……。

「あ、図星ー? ゆーなちゃん、顔が怖いなぁ」
「……地顔です。ほっといてください」

あははと朗らかに笑われ、怒りを通り越して呆れる。ああ、脱力。
人当たりのよさそうな雰囲気は、あの仏頂面な黒男とは、ものの見事に間逆、だ。
どういう経緯で仲良くなったのか、摩訶不思議すぎる。

――この人、これでどうして柊一路の友達なんだろう。

まあ大きなお世話か、と思ったところで。ふと、閃いた。

……そうか。柊一路の友達、なんだよ、ね。

「夏目先輩、つかぬことを伺いますが、柊先輩、学校に来てますか?」

自分でもいささか現金だと思うけど、これまでの態度を一変、唐突にたずねた私に、けれどさすがは夏目氏、動じることなくにこりと笑った。
というよりも、地顔が笑ってるみたいにみえるから、ホントに笑ってるのかというと微妙かもしれない。
これも一種のポーカーフェイスって気がする。

「ん? うん、来てるはずだよー。俺より先に家でたから」
「……夏目先輩の家に、泊まってたんですか」

思わぬ情報に、足が止まった。

そうか。夏目氏のところに居たのか。ほっとため息が漏れた。ん? ……ほっと?
居場所がわかってよかったっていうのは当然なんだけど……それ以外にもこうなにか……ざわついていた胸のもやもやが、ちょっとおさまった、ような?

「うん、それでね、ゆーなちゃんから鍵もらってこいって一路に言われてさー」

ちょーだい、と夏目氏が手のひらを上に向けて差し出してくる。

……なるほど。鍵、ですか。

それが夏目氏が校門にいた理由か。なんだじゃあ無視しなきゃもっと早くに事はすんでたんじゃない。

ああああ、私ってば、全然冷静じゃない。
もっと落ち着け。クールにビジネスライクに、びしっといかなきゃ。これは仕事でもあるんだから。

すうっと空気を吸い込んで、大きく吐く。肩の力を抜いて、夏目氏の言葉を頭の中で繰り返した。

よし、とりあえずこれでわかったことがひとつある。

届けに来いって伝言じゃなく、夏目氏に渡せって事は――つまり、柊一路は今日も私に会う気はない、と。

「私、柊先輩に避けられてます?」
「……うーん、どうだろうねぇ」

夏目氏の微妙に下がった眉が、すべてを物語っていた。

ふ、ふふふ、ふ、いーい度胸じゃない? こっちはねぇ、色々あるのよ聞きたいことが。
そうそういつでもアンタの思惑にのってやる義理なんて、私にはこれっぽちもありゃしないのよ。

「あずけません。自分で渡しにいきます」

夏目氏の手のひらをぺしっと軽くはたく。
にっこりした私に、おやっというように夏目氏が首をかしげる。

「そう? じゃあ、一緒に教室いこっか。いやあ、あいつも大概だけど、ゆーなちゃんも結構なものだよね」
「……意味がわかりませんが」

うんうんと訳知り顔でまた頷いている夏目氏をみて、大丈夫なのかこの人、と一抹どころで無い不安を覚えた。
妙に女慣れしているのは彼女がいるからなんだろうけど――やっぱり、どうにも胡散臭い。

出来るなら、あんまりお近づきにはなりたくないタイプ、だ。
表面上は付き合いやすいけど、一皮むいたら絶対にとんでもない本性があるんだよなぁ、こういう人って。

「夏目先輩の彼女って、色々大変そうですよね」

歩き出した夏目氏の隣に並ぶ。
無駄口をきける程度には、さっきまでの焦燥感が薄れていた。認めたくないけど、これってやっぱり柊一路の無事がわかったから、なんだろうなぁ。

「ええ? なんで? 俺、浮気しないし、優しいよぉ?」

何を言われているかさっぱりわからないって様子の夏目氏が、心外だなぁ、と呟くけど、それもまた胡散臭い。

「でも彼女からの別れ話には絶対うんてうなずきませんよね?」
「そもそも彼女から別れ話を切り出されるようなヘマはしないよ?」

にこにこ笑顔でその台詞を言うところが、あらゆる意味で恐ろしい。この人ホント曲者、だわぁ。

「……それはどうも失礼しました」

半ば呆れつつ、話を切り上げた。
いまは夏目氏のディープな色恋に首を突っ込んでる場合じゃあ、ない。

天下無敵の仏頂面を引っさげているだろう男の、造作だけは完璧な顔が脳裏に浮かぶ。
さあ、これからが勝負だ。きっちり話を着けてやるから、首を洗って待ってるがいい柊一路!





あっという間にたどり着いた、教室。入り口だけなら、ここしばらくの護衛業で嫌というほど見てきたけど――。

こくっと、軽く喉がなる。

なじみが薄いのか濃いのか、見慣れちゃいるけど……三年の教室に入るのは、さすがに敷居が高い。

うわぁ、視線が痛いわああぁ。
アンタなんで居るのよって声なき声がビシバシ届いてくる。

夏目先輩が先導してくれて、正直、助かった。
私が入り口で呼んでもどうせ出てきやしないだろうし、そうなると必然的に柊一路の机まで行かなきゃならなかったわけで。
うん、ひとりだったら、ものすんごくキッツイことになってたに違いない。

柊一路とは正反対な白シャツを着た夏目氏の背中を、心の中で南無南無と拝んだ。
夏目氏、意外に面倒見がいいんだろうか。この間、暗雲を背負った柊一路が来たときには、あっさり私を置き去りにしたけど。
あれは見事な逃げ足だったなぁ、ハハハ。

そう長くも無い距離――心情的には万里の長城ばりの長さだったけど――を進んで、柊一路の机の前で止まる。
私が入ってきたことなんてとっくにに分かっているだろうに、柊一路は窓側を向いたまま、完全なる無視を決め込んでいる。

……このやろう……私の顔も見たくないって? なら、どうあってもこっちを向いてもらおうじゃないのさ。

「柊先輩、少しいいですか? 話があるんですけど」
「俺はナイ」

ああああ、なんだってのこの態度!
くそぅ、こっちが話したくないときにはがんがん構っておいて、いまさらかよ! ふっざけんなっ!

いや、落ち着け私。冷静に。こんなときこそ、冷静に!

「私は、あるんです」

ばんっと机の上に手のひらを叩きつける。頬杖をついた柊一路が、ちらりと視線だけを上に向ける。
身体をややかがめてはいても、さすがに座っている柊一路よりは私のほうが目線が高い。

「目立ちたくないんじゃナイの?」

……ええ、目立ちたくありませんともさ。今後の仕事がやりにくくなるからね。
馬鹿なことしてるなって自覚は充分あるからご心配なくだこのやろう。

「そう思ってくださるんでしたら、私と一緒に大人しく来てくれませんか」
「そろそろ始業時間ダロ」

意外とまともな反論をされ、ぐっと言葉に詰まる。
確かにこのままぐずぐずと押し問答をしていたら、先生がくるのも時間の問題だ。

無言のまま、無為に時間が過ぎる。
柊一路の態度に、軟化も妥協も見受けられないまま――予鈴が、鳴った。

……時間切れ、か。仕方が、ない。ここは一旦、引くしか、ない。

「――昼休み、もう一度きますから」

こちらを見ようともしない柊一路の冷たい横顔を、きっと見据える。
そっぽを向いた柊一路が、ちょっとだけ肩をすくめた。

「ご自由に」

間違いなく、すっぽかす。直感が告げていた。
とんでもなく、そっけない態度。今までもずいぶんな扱いを受けたと思うけど、群を抜く酷さ、だ。

――そう。あくまでもそういう態度を貫く気ってこと。なら、私にだって考えがある。

「夏目先輩」

ぐるっと首をめぐらせて、柊一路からちゃっかり距離をとっていた夏目氏を呼びつける。

「え、おれぇ?」

すっかり傍観者を決め込んで寛いでいたらしい夏目氏は、ぎょっとしたように自分自身を指し示した。

「はい、オレ、ですよ。いいから、手、出してください」

問答無用で夏目氏の手を引っ張る。
胸ポケットに入れていたボールペンを引っ張り出して、夏目氏の手のひらにさらさらと番号を書き込んだ。

「これ、私の携帯番号です。柊先輩を見張っててください。もちろん、どこにいるかは、逐一私に連絡をくださいね?」
「ええええ、そんな無茶な」

とんでもないと言わんばかりにブンブンと両手を振る夏目氏の襟元を引っつかむ。

「……この間、私のことおいて逃げましたよね?」

ぼそっと告げると、気まずそうに目を逸らされた。

「えーまたそれー? あれはねー、生命の危機を感じたから……うん、むしろ今も感じてるかも」
「……いまも、ですか?」

なんだか夏目氏がちょっとだけ青ざめている、ような。
どうしたのかと首を傾げたら、がたん、と背後で音がした。くるりと景色が変わり、風が頬をふわりと撫でる。

え、え、え……え?

ずるずると引っ張られ、かしぐ身体にしたがって、自然と足が動いていく。
しばらく呆然とし。視界の大半を占める黒に事態を悟って、唖然とした。

――ええええええっ!?

「ひ、柊先輩?」

ちょ、ちょっと待って、いたたたっ。
そんなにぐいぐい腕を引っ張らなくても、ついていくってば。

っていうかさ。さっきまで授業がどうのこうのって駄々こねてたよね?

どうしたんだ柊一路。ああもう、まったくどうしてこう読めない行動を取ってくれるんだか。
ホント、天邪鬼っていうか。今までだってさ、私の言葉を素直に大人しく聞いてくれたことなんて、まったく微々たるもの……いやいやいや、むしろ奇跡に近い確率だもの。

つらつらと考えているうちに、ぐんぐん景色が変わっていく。

……これ、どこに向かってるんだろ。人が少なくなってきたっていうか、ほぼ無人なんですが。

本鈴が、校舎全体に鳴り響いてる。今日の一時限目は数学、だったかなぁ。

昇ったり降りたり昇ったり降りたり。柊一路に連れられるままどれだけ歩いたかあやふやになってくる。

息が切れて、前を行く背中を見ているだけで精一杯になってきたころ。
吸い込んだ空気が、澱みの無いそれに変わった。

そして、もはやおなじみになってしまった、ドンっという衝撃に襲われた。

うん、わかってた。なんとなくわかってた。でもちょっと油断してたって言うか……。
私も大概学習しないけどさぁ。でも柊一路よ、あんたはどうしてそう突然立ち止まるかなぁ!

鼻を押さえて、あたりを見回す。見覚えのある景色に、痛みも忘れ、首をかしげた。

――ここって、立ち入り禁止になったんじゃなかったっけ?

盛大に水に浸った後、扉はしっかり閉ざされて、ここには出入りできなくなってたはず。
まだ一部の部屋は使われているけど、だいぶ老朽化してるのもあって、そろそろこの建物自体、取り壊されるんじゃないかって噂もあった。

そろそろ耐久年数的にもギリギリだろうとは思うけど、取り壊しを早めた責任の一端は、私にもある。
……若干心苦しいっていうか……罪悪感に襲われるっていうか……ハハハ。

そうか。思えば、ここから災難がはじまったんだよねぇ。
正体がばれるわ、思いっきり初チューは奪われるわ、力は暴走するわ、魔法が聞かない人間が現れるわ……ああああっ、ろくな思い出が無いぃぃ!

柊一路と初めて話した、旧校舎の屋上。実に、数ヶ月ぶりに見る景色に大きな変化はなかった。
水はすっかり乾燥しているけど、壊れたタンクはそのままだ。

なのに、私と柊一路の関係性だけは――ずいぶん様変わりしたよねぇ。

黒に包まれた背中に、思わずため息がこぼれた。



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