四章 第一夜*繋がらない、心(1)


日没が、訪れようとしていた。

可流紗は天幕の隙間から僅かに顔を覗かせそっと表を伺う。僅かに残った陽の光が辺りを朱に染めていた。

――次の新月がきた後、白夜が始まるの。そうしたらお祭りがあるの。

先程帰っていった耶玖が、可流紗に楽しそうに語っていたことをふと思い出す。
「白夜。月明け、祭。」
ポツリと、可流紗が呟く。

白夜の間は陽が落ちることなく、月の力がもっとも弱まるのだ。白夜は次の新月の翌日から七夜の間続く。月の力が弱まるということは、すなわち王国の力が弱まるということ。今頃王国ではそのための対抗策がとられていることだろう。もともと大国であるガルベスは、月の加護がなくとも他国を圧倒できるだけの力を持っている。其のため、たとえ月の力が弱まるとはいっても、迂闊に戦を仕掛けてくる国は、ない。

ただ、神秘の力はそれだけで戦の抑止力足りえるのだ。創始者・毘侑はそのことを知っていた。無駄な戦を嫌った彼は大国となってのちも無用な戦いを避けるため、月の加護を得、諸国への切り札としてきたのだ。
その伝統は受け継がれ現在に至っているというわけである。

日が完全に姿を隠していた。
辺りが薄い闇に包まれる。

其の中を近づいてくる一つの影。
可流紗が気づき、そちらに眼を向ける。
長身。精悍な躯。隙だらけに見えて、その実、まったく隙のない動き。

―――――父様、母様、天嘉。
これから果たされるであろう埜白との取引・・・・可流紗はきつく眼を瞑る。

―――――私は、間違っていますか?
苦渋に満ちた問いかけ。しかし答える声は、無かった・・・・。



天幕から、可流紗が顔を覗かせている。薄闇の中、埜白は確かにその姿を捉えていた。
漆黒の髪が僅かに揺れている。こちらに気づいたのか、するりとその姿が天幕の中へと消えていった。

緩やかに草原を渡ってくる風は冷気を含んでいる。その風に身を晒しながら、埜白は可流紗の元へと向う。脳裏にあるのは自分を見つめてくる金の瞳。流れる漆黒の髪。白い肌。
――――初めはただ美しいだけの、飾りの様な娘だと思っていた。なのに捕らえてみればずいぶんと気性の荒い娘で、この状況でも涙一つ見せない気丈さ。其の上、外見からは想像も出来ないほどの熱を内包している。

埜白は、可流紗に興味を持ち始めている己に気づき、くつくつと喉を鳴らしながら、笑った。


埜白が天幕に入ると、僅かな明かりの中、可流紗が敷き布の上に座していた。
静かな瞳で埜白を見据える。

「覚悟はできたか?可流紗=ユライ?」
そう尋ねると、可流紗の眉が不機嫌そうに寄せられた。
「・・・覚悟など。取引、でしょう。」

埜白が可流紗に近づき、其の手が可流紗の肩にかかる。
「そう、取引、だ。」
云うなり、埜白が可流紗の纏っている幾層かに重なりあう薄布を掴み、其の身から引き剥がす。可流紗が、息を呑む。

「さあ。では、はじめようか?」

可流紗の顕になった肢体を眺めながら、埜白が楽しげに、言葉を紡いだ。


身の内を焦がす熱に、埜白は心地よい感覚を覚えていた。一糸纏わぬ姿になった可流紗を、干草を包んだ白布の上に投げ出す。
厚手の上着とシャツを脱ぎ捨て上半身を顕にした埜白が、可流紗の上に圧し掛かる。
恥辱に耐え切れなくなったのか、可流紗が顔を背けるが、その顎を掴み強引に埜白は己の方を向かせた。そのまま軽く口付ける。硬く結ばれた可流紗の唇を舌でそっと舐めるが、開かせること無く、可流紗の首筋へと舌を這わせた。可流紗の身体が強張る。だが、それには頓着せず、埜白の手が可流紗の柔らかな膨らみを捉え、弄ぶ。

「足、開いて。」

耳元で囁かく埜白の声。可流紗が躊躇する気配。それでも埜白が白い太腿を撫で上げると、可流紗の膝が僅かに開いた。
埜白の手が足の間に滑り込み、内腿を滑っていく。

「やっ・・・」

埜白の指が可流紗の秘所に触れたとき、少女がはじめて抵抗を示した。

「・・・嫌?」

からかいを含んだ、笑み。埜白の動きを阻もうとしていた可流紗の腕が力なく下ろされる。「・・ごめ、なさい。続けて・・・」眉根を寄せ、それでも決して涙を見せない少女を見下ろしながら、埜白は愛撫を再開した。



「きっついな……」

埜白の眉間にやや皺がよる。組み伏した可流紗の吐息が荒くなる。慣らしたとはいえ、可流紗の中は、予想以上に狭かった。膝を割り開き、自身の先を中に挿れた時、その熱さに浮かされるように無理やり腰を進めた。愛撫するたびに強くなる可流紗の甘い香りにあてられたのかもしれないと、埜白が思う。

暗闇の中、たっぷりと干草を包んだ白布の上に埜白が貫いている少女の肢体がほのかに浮き上がっていた。

体の下に感じる可流紗の細い体が微かに震えている。「可流紗?……おいっ」埜白が呼びかけるが返事はない。埜白は手を伸ばし、側にあった獣脂の蝋燭に火を灯す。
灯りに照らされた少女は、苦しげに眼を硬く瞑り、真っ青になりながらきつく唇をかみ締めていた。

「……ちっ」

事を急ぎすぎていたことを知り、埜白は自分に対して軽く舌打ちをする。この少女を大切に思っているわけではない。ただ子供さえ生んでもらえればいい。だがそれでも、自分に対して取引を持ちかけてきたこの気丈な娘をなるべく傷付けたくないと、埜白は思いはじめていた。

「…大丈夫だ。息を吸って。…そう。力を抜くんだ。…慣れるまで動かないから…。」
可流紗がなんとか体の力を抜こうとゆっくりと深呼吸をする。

何度か繰り返した後、可流紗が苦しげに口を開いた。
「ふっ…・・・平気…だから。続けて。……取引、だわ。」

―――――取引。その言葉に、埜白が微かな苛立ちを覚える。

「はっ、さすがにガルベスの守護神だな。塔に戻る為であれば、その身を差し出すことも厭わないか。」
可流紗の細い肩を押さえつけながら、埜白が酷薄に言葉を紡ぐ。

身体を繋げたまま、蹂躙されながら・・・・・それでも可流紗は埜白を真っ直ぐに睨み付けた。
「・・・・誰が、国のためになど・・・・。私にも、守りたいものがある、だけだわ・・・・・。」
二人の視線が絡み合った。埜白が薄く笑み、強引に口付け可流紗の唇を割り開く。埜白の舌が可流紗のそれを捉え、思う様蹂躪しようとする。

「っん、・・・うっ」可流紗が苦しさに耐え切れず、埜白の胸を両手で押し返そうと力を込める。だが、その抵抗すら埜白の力にはかなわず、封じ込められる。

ふと、埜白の唇が離された。可流紗が荒い息をつく。
埜白の体が可流紗の中からぎりぎりまで引き抜かれ、再び深く沈められた。可流紗の口からか細い悲鳴が、漏れた。

「取引、だ。取引の代価に見合った分、楽しませてもらう。」

埜白の呼吸も乱れていた。額に汗が滲む。少女の言葉に苛立ちながらも、その頑なな姿、そして自身を締め付ける少女の熱い体内に、埜白はかつて感じたことがない程、情欲していた。


可流紗の天幕から、漆黒の影がするりと忍び出てくる。白み始めた空を背にゆっくりと歩き始めるその姿に、青年の声が掛かる。

「・・・・埜白様。」

影が声のした方向に顔を向ける。天幕からやや離れた共同集会用広場に長身の青年が佇んでいる。

「淦遮、か。なんだおまえ、ずっとそんなところにいたのか?」

くっ、と声に笑いが滲む。
―――いつもより、甘い声音。はだけた胸元の浅黒く日焼けした肌には汗が滲み、普段は切れ長の瞳がいまはけだるげに伏せられている。
埜白の元へ近づいてきた淦遮がその情事後の様子にやや怯み、足を止める。いままで何度か女性と寝所を共にした直後の埜白を見ているが、ここまでその跡が色濃いことはなかったのだ。寧ろ、どちらかというと淡々としていた印象が強い。

「あっ、はい。その・・・・月姫様の様子、は・・・?」

「・・・・・やりすぎた、かな・・・・」
口元を歪めながらぽつりと呟く埜白の言葉には、自嘲の響きが混じっていた。

「・・・・はあぁ〜、埜白様〜。」
いったい、何をしたんですかぁ。がっくりと頭を下げる淦遮の悲壮な声が早朝の空気に、溶け込む。

「淦遮、婆殿を呼んで来てくれ。可流紗の世話を頼みたい。・・・・途中から意識が、無かった。」

さくさくと淦遮の横を通り過ぎ、自分に与えられた寝床へ向う年長の青年の背を眺めながら。淦遮はそっと、呟いた。

――――埜白様。相手の意識が無いのに、やめなかったんですか。・・・・・ケダモノじゃないんですから・・・・・自制しましょう、というか自制してくださいよぉ・・・・・・。


その懇願は果たして、埜白に届くことは、なかった。



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