五章 真昼の襲撃(1)


――――何?・・・何の、音?

体を清めた後。天幕に戻った可流紗は熟睡していた。
体の痛みは引いたものの、ひどく疲れきっていることに代わりは無く、婆様が姿を消すと同時に寝具に倒れこんだのである。


そして、数刻の後。太陽が中天に昇った刻限。
可流紗の混濁する意識の中に入り込んできた、雑音。


ああ。聞き覚えのある、音。そう。
私は、知っている。
これは、獣の蹄が大地を駆ける音。
それと。もう、一つ?
・・・この音も、知っている。
硬質な、響き。
冷たく鈍い光を放つ・・・剣戟、の音・・・・。


「っ剣戟!?」

可流紗の意識が一気に覚醒、した。



―――時は、遡り。夜明けの刻限である。

「若長。」

可流紗の元から己の寝所に向っていた埜白は、再び呼び止められていた。

「・・・環鎖(カンサ)。・・・お前が、来たのか。」

声を掛けてきた男をまじまじと見つめ、埜白がやや顔を顰める。

埜白の前に生真面目な様子で佇んでいるのは、30代前半の逞しい偉丈夫である。埜白より背は低いものの全体に鍛え抜かれた体躯をしており、族長、つまり埜白の父親の片腕として自他共に認められている男であった。

「・・・何故、カー・舵嘉(ダカ)の元へ戻ってこない。」

環鎖がぼそりと、問う。

「親父殿、何か云っていたか?」

問いに、問いで答える埜白。カー・舵嘉とは族長のことである。カーは、各部族の族長にのみ冠される敬称なのだ。

「・・・・」

環鎖が黙り込む。元来この男は寡黙であり、必要な事以外で口を開くことがない。其の分、使命には忠実で、余程のことが無い限り環鎖を煙に巻くことは出来ない。その上で族長が環鎖を埜白への使いとしたのであれば、ほぼその内容は予測出来た。


「・・・戻ってこい、と。」


埜白に告げられたのは思ったとおり、族長からの強制送還命令、だった。

「そうか。・・・分かった。確かにこの時期にそっちを離れたのは不味かった、な。」

埜白が軽く溜息を吐く。それを受けて環鎖が軽く頷く。

「・・・カタ族の動きが不穏になってきている。このままいけば、同族同士の内紛になりかねん。」

「ああ。まったく、頭の痛い所だ。・・・環鎖、ここの守りは?」

「心配ない。マロウ族の守備隊が定期的に見回ることになった。」

其の言葉に、埜白が僅かに眉根を寄せる。

「・・・マロウ族、か・・・。」

独白めいた呟きの後、不意に黙り込んだ埜白は、環鎖と共に集落の中を進んで行った。


―――そして、半刻後。出立の準備を整えた埜白、淦遮、環鎖は馬上の人となったのである。



何?!どうして、剣戟の音なんて聞こえてくるの!

混乱する思考を必死に鎮めて、可流紗が天幕の入り口へ近づく。

そして、表を伺った可流紗の眼に飛び込んできたのは信じがたい光景、だった。
集落の入り口、草原の広がるその付近で、集落の女たちが各々武器を手に、馬上見知らぬ男たちと戦っていたのである。

「・・・なんてこと・・・。」

まさか、私の存在がばれた・・・?

瞬時に可流紗の頭に浮かんだその考えは、即座に否定する。

違うわ。この連中、誰かを探している様子ではない。では、何故?

可流紗が思案している間も、集落の女たちは戦い続けている。だが、如何せん力に差があり過ぎた。女たちの劣勢は明らかだった。

ふと、視線を集落の中央部に向ける。

「耶玖っ」

可流紗が驚愕の響きも顕に幼い少女の名を口にした。
その目線はこちらに向って駆けてきているのであろう小さな少女を凝視している。

集落の入り口は既に半壊状態となり、馬上の男たちが蛮刀を片手に進入を開始しているのだ。耶玖の身に降りかかるであろう暴挙を想像し、可流紗の身の内に戦慄が走る。

「――――っ、させない!」

鋭利な刃物を思わせる眼光を放ち、可流紗が吐き捨てる。素早く身を翻すと、婆殿が用意してあった衣類の中から黒衣の外套を掴み袖を通し、背中に垂れた頭巾を目深に被る。


再び踵を返した可流紗は天幕の外へと、躍り出ていた。



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